第14話 僕はひどく運転しづらい乗り物に乗る
近くでよく見るとその物体は、二ヵ月後に僕が見るボディとは微妙に異なる点があった。まず、人間らしく見せるための人工皮膚が貼っていない。いかにも機械という感じの見た目は、このボディが造りかけであることを物語っていた、
――まあしょうがないよな。いずれもっと僕に似たプロポーションになるわけだし。
僕は一メートル以上ある工作機械をよじ登りながら、なんとか頭部まで完成していますようにと祈った。頭があれば、今すぐ操縦することも可能かもしれないからだ。
「――あっ」
数分かけて胸のあたりにたどり着いた僕が目にしたのは、人間の頭部とはほど遠い「造りかけ」の中味だった。首の上に皿のような物が乗っていて、そこに操縦装置らしきスイッチとレバーが見えていた。
本来は超小型のドローンに『ジェル』の姿で乗り込み、あの皿の上に着陸するだけで操縦できるのだ。首の上に直接スイッチやレバーがあるということは、まだ操縦装置をドローンに組みこむところまで行っていないということだ。
――あそこに直接座れば、なんとかなるかな。
僕は首の上にある「皿」のところまでたどり着くと、『ジェル』の身体を半分以下に縮めて操縦席の中に押しこんだ。
――よし、なんとか行けそうだ。
僕がスタートキーを回すと、エネルギーが充電済みだったのか両腕と両脚が動いてアンドロイド・ボディが作業用スタンドからゆっくりと立ちあがった。
――うわっ、高い!
ぐんぐん上昇してゆく風景に、僕は声にならない叫びを上げた。
ドローンを使って自分の頭に「降りる」時は、頭の皮がぱかっと開いて僕が入ると閉じる。むき出しの頭に収まった状態で立ちあがるのは、十階建てのビルを屋上で操作するようなものだった。
僕は恐る恐る脚を踏みだすと、工房の中を歩き始めた。
一歩歩くたびにアンドロイドの身体が上下左右に揺れ、僕はいつ落ちるか気が気ではなかった。
少し経ってボディの感覚と僕の感覚がうまくなじんで来ると、自分の身体と同じように違和感なく動くようになる。だが、今の僕は初めて一人で自転車に乗った子供のように心もとない状態なのだった。
「あっ……おっと、よっ……うわっ」
僕はふらつく脚をどうにかしようと両手をばたばたさせた。が、それがいけなかった。僕はほどなくバランスを崩し、工房の床に膝をついた。同時にずしんという地震が起きたような衝撃が伝わり、僕はしばし四つん這いになったまま放心した。
――はあ……とにかく、少しづつ慣れて行けばなんとかなるはずだ。
僕が顔だけを前に向け(下を向いたら落ちてしまうので)、自分に言い聞かせたその直後だった。
突然、僕の目に不意打ちのように不吉な影が飛び込んできたのだった。
※
工房の隅に積まれたパーツの山からまるで今産まれたかのように姿を見せたのは、かつて僕が乗り込んだこともあるずんぐりした体格のアンドロイドボディだった。
なぜ一目でわかったかというと、今から五か月後の未来に五瀬さんから『若い頃の僕」だという説明付きで使わせてもらったボディと同じだったからだ。
「顔が……」
僕はこちらに向けて足を踏みだした「試作機」の首から上を見て、思わず絶句した。
本来「試作機」の首から上には若い頃の五瀬さんの顔が乗っているはずなのに、いま顔のある場所に乗っているのは黒いケーブルが蛇のように絡みついた白っぽい球体だった。
球体の真ん中には一つ目のようなレンズがはまっていて、それが僕を見つめるように赤い光を放っているのだった。
「あ……う……」
「試作機」は前のめり気味に立ちあがると、僕に向かって両手を伸ばした。
僕は自分でも驚くような速さで身体を起こすと、ぎこちない動作で後ずさった。
「おおおおお」
「試作機」は僕と同じようにおぼつかない感じの動きで前に進み出ると、しかし確実に僕を求めて距離を縮め始めた。
――動いてるってことは中に誰かがいるんだな? 誰?
僕は実験室の方に後ずさりながら、あれこれ想像を巡らせた。
「おおおおっ」
「うわっ」
出口が近いことを察した僕が身を翻すと、「試作機」がまさかと思う速さで僕の脚を掴んだ。
「――わあっ」
僕は背後から引き倒されながら、すぐ目の前にある扉に向かって必死に手を伸ばした。
「おーっ」
僕が床に這いつくばったまま身体をよじって後ろを見ると、僕の頭部――つまり『ジェル』の僕が乗った操縦席だ――に向かって「試作機」が手を伸ばして来るのが見えた。
――やめろ、やめてくれっ。助けて五瀬さん!
僕が「試作機」から逃れるべく、『ジェル』の手足を動かし皿の外に脱出しかけた時だった。突然、ばちんと音がして「試作機」が動きを止め、そのままぐらりと僕の方に倒れ始めた。
「わ、わああっ」
次の瞬間、金属がぶつかりあう音と共に衝撃が操縦席を襲い、僕は皿の外に放り出されそうになった。数秒の沈黙の後、僕は重しのようにのしかかっている「試作機」の下から這いだすと、ふらつきながら工房の床に立った。
「試作機」はうつぶせの状態で倒れたままになっており、その背中からは差し込み口がむきだしになった四角い突起が見えていた。
――あそこに繋がっていたケーブルが抜けたのか!
僕は助かったことにほっとしつつ、「試作機」の中味を確かめるのもそこそこに工房を出た。
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