第8話 僕はよく似た後ろ姿に誘われる


 ――とりあえず来てみたけど、ここじゃなさそうだな。


 商店街のベンチから通りを行き交う人を眺めていた僕は、早くも空振りの気配を感じ始めていた。


 ――まあ、幽霊がこんな普通の待ち合わせ場所にふらっと来たりはしないか。


 僕は自分がありきたりの場所しか思いつかないことにがっかりしつつ、じゃあ杏沙が指定しそうな場所はどこかと聞かれたらやはりわからないのだった。


 僕がその場を離れるタイミングを失いぐずっていると、突然、すぐ近くで女の子の声が響いた。


「――マサキ!」


 驚いて声のした方を向くと、杏沙とはまったく似ていない小柄な女の子がスポーツマンタイプの少年に飛びついている姿が目に入った。


 ――いいなあ、マサキ君。


 僕がぼやきを漏らしつつ再び通りに視線を戻した、その時だった。不意に僕の心臓が小さく跳ね、視線が商店街の出口に向かってゆく女の子の背に釘付けになった。


 ――まさか?


 僕はベンチから弾かれたように立ちあがると、女の子の背中を追い始めた。


 ――七森……七森!


 僕は声に出して呼びかける勇気もないまま、女の子の背中をひたすら追い続けた。


 ――お願いだ、少しでもいいから振り向いてくれ。もし別人でも落ち込んだりしないから。


 しばらくすると女の子は杏沙がいつも乗るバス停の前を通り過ぎ、『不確定時空』の発生した公園の方向へと向かい始めた。もしかしてあそこでもう一度、何かが起きれば杏沙の「意識」も元に戻るんじゃないだろうか?


 そんなことを期待しつつ女の子の背中を追っていると、突然、誰かが僕の襟首を掴み有無を言わせぬ力で後ろに引いた。


「あんた、なんだってうちのマリを追い回すんだ」


「えっ?」


 驚いて振り向いた僕は、予想外の光景に目を見はった。僕の後ろに立っていたのはパーマをかけた見覚えのない大男だった。


「あの子はうちの看板娘なんだ。休みの日でのんびりしてるところをつけ回すなんて、どういう魂胆なんだ?」


 大男がそう言って僕を小突くと、先を歩いていた女の子がいきなり足を止めて振り返った。


 ――あっ、別人だ。


「ちょっとアキラ、なにやってんの?」


 マリと言うらしい女の子は僕の前に早足で近づいてくると、大男にそう声をかけた。


 確かに背格好は杏沙と似てないこともないが、よく見ると女の子は杏沙より三、四歳は年上に見えた。


「このガキがお前の後をつけていたんだよ」


 大男はそう言って僕の襟首を放すと、短く舌打ちをした。


「あ、あの、知ってる子に似てたもんで……」


「知ってる子? ……ふうん。その子、いくつ?」


「十四歳、僕と同じ年です」


「ガールフレンド?それとも片思い?」


 初対面なのにずけずけと物を尋ねてくるマリに面喰いながら、僕は「ううん、それは……」と口ごもった。


「ははあ、その様子だと片思いだね。――でもさ、黙って後をつけるなんて逆に嫌ってくれって言ってるようなもんだよ?」


「それはそうかもしれませんけど……急にいなくなちゃったんです」


「いなくなった?」


 マリは目をぱちぱちさせると「なんだか気になる話だね。人違いされたついでにちょっと話を聞かせてもらっていいかな」と言った。


 マリはきょとんとしている大男を尻目に、僕に好奇心たっぷりの大きな目を向けた。


                  ※


 マリがの僕を引っ張って行ったのは、僕がアキラに襟首をつかまれた場所からほんの目と鼻の先にある雑居ビルだった。


「あたしは横田万理よこたまり。この人は地元の先輩で濱崎彰はまさきあきら。あたしは定時高校の二年生で、授業に出てない時はこの店で働いてるの」


 マリはそう言っててきぱきとバナナジュースを作り僕に「どうぞ:」と勧めた。


 話をするために僕が連れてこられたお店は、カウンターとテーブルが少しあるだけの小さなお店だった。


「マリと俺は幼なじみなんだ。年は七歳ほど離れてるがな」


 そう言うアキラはあらためて見るとさほど怖くはなく、仕事のできる店長さんといった感じだった。


 僕は杏沙が消えたいきさつを、難しい部分をはしょって簡潔に説明した。マリは途中で質問を挟んだりせず、ふんふんと相槌を打ちながら真剣に耳を傾けていた。


「その話さあ、正直よくわかんないんだけど、片思いの彼女って意識が無いだけで別に行方不明じゃあないのよね?」


「ええ、まあ……」


「目を覚まして欲しくてどっかに行った意識を探す、なんてあんた本気でそんなことをやろうとしてるの?」


「はい、そのつもりです」


 僕の返答を聞いたマリとアキラは顔を見あわせ「こいつは重症だ」という表情をこしらえた。


 無理もない。僕だって飛んで行った意識を探すなんて話を真顔で聞かされたら、この人は疲れていると思うだろう。


「……あのさ、そんなの霊能力者にしかわからないんじゃない?」


 マリは戸惑いつつも、マリなりに考えたアドバイスをくれているらしかった。


 僕は「そうなりますよね、普通は」と前置きした後、ポケットから『渦想チップ』を取り出した。


「このコインみたいな奴が、彼女の居場所へ僕を導いてくれるらしいです」


「お話としてはロマンチックだけどさ、あんた誰かに騙されてるんじゃない?」


 次第に怪しさを増す僕の話にさすがのマリも眉をひそめ、後ろのアキラも「だめだこりゃ」というように肩をすくめた。


「……ね、シンゴ君。あたしもちょっとだけ変な話していい?」


 唐突にマリが切りだし、僕は「はい、もちろん。……なんです?」と返した。


「今、あんたが見せてくれたコインだけど……あたし、どこかで見たような気がするんだ」


「……これを?」


 僕が信じられないという調子で聞き返すと、マリは「どこで見たのかは忘れたけど」と大真面目な顔で頷いた。


「それとね、あたし何となくあんたの顔に見覚えがあるような気がするんだ。気のせいだって言われたらそれまでなんだけど」


 僕はマリの不思議な話を聞き終えると、即座に「信じます」と言った。


「マリさんがなぜだかわからないって言うのと同じように、僕もなぜかその話は本当だって気がするんです」


「ありがとう。……そうだシンゴ君、彼女の手がかりが見つかったら、あたしにも教えて。できることがあったら手伝うから」


「……はい、ありがとうございます」


 僕とマリが奇妙な流れのまま連絡先を交換すると、アキラが「込み入った話はまた今度にしようぜ。俺もこれから仕込みがあるしさ」と言った。


「幸運を祈ってるよシンゴ君。彼女の意識が戻るといいね。意識が戻らないと告白もできないでしょ」


「そうですけど……意識が戻っても、僕の話を聞いてくれるとは思えないです」


 僕は不思議そうに首を傾げているマリとアキラに別れを告げると、店を出てあの『不確定時空』が現れた公園へ足を向けた。



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