第6話 僕は見えない相棒からの連絡を待つ


「――四家さん!」


「久しぶりね真咲君。まさかこんな形で会うとは思わなかったわ」


 長めのボブカットに大きな眼鏡の四家さんは、見慣れたバンから降りて僕を見るなりそう言った。


「すみません、僕がもっと早く異変に気づいていれば……」


「それは無理という物よ真咲君。不確定時空は突然、出現する物だし巻きこまれた人を助けるなんて私でもできないわ」


 四家さんは横たわっている杏沙の傍らに立つと、「なるほど、これは完全に意識を抜かれているわね」と言った。


「このままの状態で、意識が戻るのを待つってことになるんでしょうか」


「うーん、まあ一週間くらいは大丈夫かな」


「一週間? ……どういう意味です?」


「言葉通りの意味よ。杏沙さんと同じように意識を抜かれた人に関するデータがあるの」


「データって、何のデータです?」


「肉体の平均余命よ。抜け殻になった身体が生命を維持できる限界が大体、一週間なの」


「そんな……」


 僕は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。じゃあ、一週間以内に杏沙の意識を見つけ出さないとこの身体は死ぬって事?


「とにかく、杏沙さんを研究室に運びましょう。意識が無くても生命を維持できるようセッティングした看護ベッドがあるの。そこにいれば博士も常時様子を見ることができるわ」


 ああ、なんてことだろう。僕はやりきれなさを通り越して絶望的な気分になっていた。


 僕は四家さんと協力して杏沙の身体を担ぎ上げた。意識のない杏沙の頭が僕のお腹に当たった瞬間、ぼくはどうしようもなく涙がこみ上げてくるのを覚えた。


「真咲君も一緒に、博士の研究室に行ってくれるのよね?」


「…………」


 僕は無言で頷くと、バンの狭い後部座席に杏沙と一緒に乗り込んだ。人形のようにぴくりとも動かずシートにもたれている杏沙は、今までとは全く違う意味で近くて遠い存在だった。


 ――七森。僕はこの一週間、人生のすべてをかけて君の居場所を探すつもりだ。


 僕は杏沙の「あなたにできるの?」という顔を思い浮かべながら、そうさ、一人でも戦える。たとえ相手が侵略者じゃなく、運命っていう弱点すらない怪物であったとしても。


                  ※


「とんだことに巻きこんでしまったね。杏沙の傍にいてくれてありがとう」


 ベッドに横たえられている杏沙を前に、七森博士は心苦しそうに言った。


「あの派手な色の「渦」って、何なんですか?」


「不確定時空と言って、安定した時空の一点に突然現れてそこにいる人の心と体を切り離してしまう特殊な場だよ」


「心と体を……」


「人の心は時と空の狭間で常に「意味」を探している。不確定時空はその人が存在する理由――つまり大切な物とか生きる目的といったものをバラバラにして連れ去ってしまうのだ」


「つまりそいつに巻き込まれた途端、そこにいたくなくなるってことですか?」


「そうだ。元の場所に意識が戻って来るには強い理由を再度、持たなくてはならないのだ」


 それなら、と僕は思った。この街を侵略者から守った時の、あの気持を思いだせばいい。


「博士、僕なんとしても杏沙さんの居場所をつきとめたいです。見つけて会うことさえできれば、この世界に――元の身体に連れ戻すことができる気がするんです」


「ありがとう真咲君。私も実のところ、杏沙の居場所を知る手がかりを見つけられる人物がいるとしたら、それは君しかいないのではないかと思っている」


「僕が居場所の手がかりを? ……でも今のところ、僕にはできることが何もありません」


「それはそうなのだが……」


 七森博士はそこでいったん言葉を切ると、少し困ったように眉を寄せた。


「科学者がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、私は杏沙が二、三日のうちに何らかの手段で君にメッセージを送ってくる気がしてならないのだ」


「杏沙さんが僕にメッセージを?」


「うむ。まあ、肉親としての予感のような物だがね。……それで真咲君。君にこれを託そうと思う。もし君と杏沙との間に気持ちのチャンネルが開くことがあれば、必ず身の周りに何らかの異変が起きるはずだ。その時が、たぶんあの子の居場所を突き止めるチャンスだ」


「何らかの異変って、どんな異変です?」


「それは私にもわからない。君が「これがそうだ」と感じた物がそうだとしか……」


 七森博士は言葉を濁すと「真咲君、これでネックレスのチャームを開けてみたまえ」とつまようじのようなミニサイズのドライバーを僕に手渡した。


「開けるって……この時計をですか?」


「そうだ。裏にネジみたいな物があるだろう?それを回すと裏蓋が開く」


 僕はドライバーを受け取ると、ネックレスに付いている時計を裏返した。よく見ると確かにネジのような物があり、回すと裏蓋があっけなく開いた。


「これは……」


 時計の裏にはめ込まれていたのは、コインを思わせる透明な円盤だった。


「それは渦想チップという物で、意識だけの状態になっても触れることのできる物質だ。それを持ち歩くことで時空を超えた情報のやり取りが可能になる。ただ、実際に活用できた被験者はまだいない。『アップデーター』事件の時のように幽霊になった人間でないとね」


「つまり僕か杏沙さんにしか使えない……」


「理論上はね。そのチップとネックレスをしばらくの間、持ち歩いて欲しい。ただ、杏沙の居場所を探すことに集中し過ぎて君まで不確定時空に巻き込まれては元も子もない。充分、気をつけてくれたまえ」


「わかりました。僕も数日中に彼女からのメッセージが届くことを期待したいと思います」


 僕は強く頷くと、ベッドに横たわる杏沙の方をちらりと見た。


 ――七森、どこにいるのか知らないが僕がわかるならメッセージをくれないか。どんな小さな異変でも、僕は絶対に見逃さない。


 僕はネックレスをかけ、時計を襟の内側に隠すと『渦想チップ』をポケットの中に入れた。


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