第5話 僕は相棒の居場所を探し始める
「なんということだ、杏沙が不確定時空に……怖れていたことが起きてしまった」
僕からひと通りいきさつを聞いた七森博士は、携帯の向こうで苦し気に呻いた。
「すみません、僕がしっかりしていれば……」
「いや君のせいなどではないし、起きてしまったことは仕方がない。それより杏沙の様子はどうだ。生きてはいるのだろう?」
「たぶん……息はしてますが、目を覚まさないんです」
「おそらく意識が別の時空に連れ去られてしまったのだろう。このままでは生ける人形でしかない」
「僕はどうしたらいいんですか?」
「とりあえず、四家君をそちらに向かわせる。二人で協力して杏沙の身体を車に乗せて欲しい」
「わかりました」
「それと……もし差し支えなかったら、君も研究所の方に来てはもらえないだろうか」
「僕がですか?」
僕は突然の申し出に思わず、携帯に向かって「行きます」と頷いていた。
「うむ。君は杏沙と同じ経験をしている唯一の人間だ。できたら一緒に娘を助けだす方法を考えて欲しい」
「もちろん、僕にできることがあれば……」
僕は一も二もなく返事をしたが、じゃあ今の僕に何ができるかというと悲しいことにできることは何もないのだった。
「もし杏沙が別の時空から何らかの形でメッセージを送ってくるようなことがあれば、それは私にではなく君に向けてだろう。真咲君、すまないが私に力を貸して欲しい」
「もちろんです、協力させて下さい」
「ありがとう真咲君。詳しいことはまたあとで相談しよう」
僕が七森博士との通話を終え、横たえた杏沙の傍で四家さんの車を待っていると子犬を連れていた老婦人が歩み寄って来るのが見えた。
「あの……そちらのお嬢さん、どうなさったんです?」
「あ、大丈夫です。ちょっと気分が悪くなっただけで……」
「……これ、なぜか私にかけてくれた物だけど、お返しします。これをかけられた時、おかしな幻がすっと消えました。きっと何かの御守りなのでしょう」
老婦人はそう言うと僕に杏沙のネックレス――たぶん何かの装置だ――を手渡した。
「それじゃ私はこれで……ありがとうございました」
老婦人は僕と杏沙に一礼すると、遊歩道の向こうに子犬と去って行った。
※
「――四家さん!」
「久しぶりね真咲君。まさかこんな形で会うとは思わなかったわ」
長めのボブカットに大きな眼鏡の四家さんは、見慣れたバンから降りて僕を見るなりそう言った。
「すみません、僕がもっと早く異変に気づいていれば……」
「それは無理という物よ真咲君。不確定時空は突然、出現する物だし巻きこまれた人を助けるなんて私でもできないわ」
四家さんは横たわっている杏沙の傍らに立つと、「なるほど、これは完全に意識を抜かれているわね」と言った。
「このままの状態で、意識が戻るのを待つってことになるんでしょうか」
「うーん、まあ一週間くらいは大丈夫かな」
「一週間? ……どういう意味です?」
「言葉通りの意味よ。杏沙さんと同じように意識を抜かれた人に関するデータがあるの」
「データって、何のデータです?」
「肉体の平均余命よ。抜け殻になった身体が生命を維持できる限界が大体、一週間なの」
「そんな……」
僕は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。じゃあ、一週間以内に杏沙の意識を見つけ出さないとこの身体は死ぬって事?
「とにかく、杏沙さんを研究室に運びましょう。意識が無くても生命を維持できるようセッティングした看護ベッドがあるの。そこにいれば博士も常時様子を見ることができるわ」
ああ、なんてことだろう。僕はやりきれなさを通り越して絶望的な気分になっていた。
僕は四家さんと協力して杏沙の身体を担ぎ上げた。意識のない杏沙の頭が僕のお腹に当たった瞬間、ぼくはどうしようもなく涙がこみ上げてくるのを覚えた。
「真咲君も一緒に、博士の研究室に行ってくれるのよね?」
「…………」
僕は無言で頷くと、バンの狭い後部座席に杏沙と一緒に乗り込んだ。人形のようにぴくりとも動かずシートにもたれている杏沙は、今までとは全く違う意味で近くて遠い存在だった。
――七森。僕はこの一週間、人生のすべてをかけて君の居場所を探すつもりだ。
僕は杏沙の「あなたにできるの?」という顔を思い浮かべながら、そうさ、一人でも戦える。たとえ相手が侵略者じゃなく、運命っていう弱点すらない怪物であったとしても。
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