第27話 野球をしよう②~大事な話~

 一本、二本、三本、四本。

 

 途中から数えるのも面倒くさくなった。アルファ相手にノックを始めて30分程経った頃だ。携帯の着信音がなった。樹木じゅもくからだった。


 『今から行くよー』とのこと。言い忘れていたが、樹木は遅れてこの球場に来ることになっていた。SNSのグループ内メッセージなので、他のみんなも返信をしている。

 

「ひかりちゃん来るまで頑張ってー!」


「がんばれー」


 市井さんと太田さんからアルファに声援が飛ぶ。だが、アルファにはもはや返事をする気力は残っていない。というか、さっきから大の字になって空を見上げている。体力の限界らしい。

  

 いつの間にか佐藤芳佳が僕の隣に来ていた。アルファに向かってコロコロとボールを転がし、ぶつけて遊んでいる。手や足に当たっても反応はない。球の勢いが弱く怪我をすることもないので気にせず何発も当てている。たまに球がアルファの言えない所に当たった時だけピクリと反応する。太田さんに幻滅されるぞ。まあ、僕も疲れたし少し休むか。


「平和だねえ……。佐藤芳佳もそう思わないか」


 『ベータ』というあだ名は、ここ三週間で使われる事がなくなった。女性陣達が『芳佳よしかちゃん』と呼ぶため、僕もアルファもいつもの間にか名前呼びに変わっていた。


「いいことじゃん。それとも何か事件でも起きて欲しいの?」


「そんな訳ない。平和が一番だ。それはそうと、一時期の間、明らかに僕と市井さんを親密にさせようとしていたけどどうなった?最近はそういう素振りを見せないけど」


「ああ……あれねー。なんかどうでも良くなっちゃた」


「一ノいちのき達から市井さんを遠ざけるのは?」


「それは成功したよー。今の状況を見てみれば分かるでしょ?」


「そりゃそうだな」


 言われてみればその通りだ。市井さんは常に僕たちと行動しているので、一ノ木達のグループと関わり合いになる機会はなかった。


「おーーーーーーい、芳佳ちゃーーーーーーん、もっとボール転がしてえええええええ」


 アルファの声だ。大の字になったままボールを要求している。ぶつけて欲しいのが見え見えだ。


「分かったわよー。いくよー」


 佐藤芳佳はそう言うと再びボールを転がし始めた。さっきより強く転がしてないか?


「始めは、もっと敵対関係になるかと思っていた。私のする事をバンバン妨害して、意地でも『ひまわりでいず』の世界を再現してくるのかと思ってた」


「うーむ、なんでかな……。佐藤芳佳が市井さんの『声』をやっていたことと、ちょっと関係あるかな」


「え! 私を見てがっかりしちゃったってこと!」


「それはないよ。だって……元々あなたのファンなんでございますよ。イベントにも参加してますし……」


 以前よりも仲良くなっている分、本人に直接言うのが恥ずかしくなってしまった。変な敬語になってしまったし。


「あ、ありがと……」

 

 このタイミングで照れるのはやめてください。


「じゃ、じゃあなんで気が変わったの?あんなにこの世界が好きだって言ってたのに」


 改めて聞かれると言葉に詰まる。ただ、その理由は薄々感じていた。


「多分だけど――――-作者とか声優だとかを意識してしまった事かな。現実に引き戻された。しかも、僕がいるここ・・は『ひまわりでいず』の世界だ。その時点で僕にとってここ・・は『現実』になった。すでに二次元じゃなくった世界なんだ。それに気付いたら、なんか気持ちが冷めた」


「なるほどねー。分かるような気もするよ。私にとって、この世界は『見るもの』ではなく、仕事っていう現実の中で『戦う場所』だったからね」


 『戦う場所』か――――-。僕にとって『ひまわりでいず』というアニメはどんな存在なんだろうか。ふと、そんな事を考えてしまった。

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