第13話 未確認で交渉中

 突然、放課後の屋上で開演したコーヒーショップごっこ。見えないはずの樹木が見え、なおかつ親しい感じの会話。僕は少しづつだがこの状況を理解し始めた。


「僕と樹木が最初に出会った空間で、後ろに倒れていたコーヒーショップの女の子か……。よく覚えてるよ。この子の死が切っ掛けで、僕の死が見逃されてるのが分かったんだったな」


 ジロリと樹木を見た。樹木は「へへへっ」と笑い頷いた。どことなく楽しそうだ。


「内緒にして欲しいって樹木ちゃんに伝えてたんだー。びっくりさせてごめんね」


 ここで一つの疑問が浮かぶ。元々この世界は『僕への願いを叶えるという』名目で作られた世界のはずだ。


「なんで『ひまわりでいず』の世界にいる? 聞かれていたら説明が面倒だと言って、わざわざ彼女が寝ている時に話をしていたじゃないか」


「事情が変わってな。彼女からのたっての願いもあってこの世界に連れてきたんだ」


「たっての願いだって?どういうことだベータ…………?」


 太陽が地平線に溶け出し、空が赤みを増していく。彼女は空を見上げたまま、小さく息を吐いた。


「ーー私の願い…それはね、『市井 ゆう』を『一ノ木 青家(イチノキ アオカ)』『高山 羽希(タカヤマ ハネキ)』『竹下 雪絵(タケシタ ユキエ)』の3人から守ること。彼女達と『市井 ゆう』を仲良しにさせないことなの」


 ハッキリとした口調で言い切ったベータは、僕の目をしっかりと見た。どんどん強くなる目の輝きに圧倒されそうになる。この言葉が冗談でないことはすぐに分かった。


「だから私は『市井 ゆう』と友達になるために、この一ヶ月、一生懸命頑張ってきたの。特に一ノ木さんには細心の注意を払ってきたつもり。一ノ木さんと仲良くなるのが、他の二人と仲良くなっていく切っ掛けでもあるから。私の努力した結果は――松本くんなら良く分かるよね」


「ああ…ようやく分かった。この『世界』が自分の知っている『世界』とは大きくかけ離れている理由が。ベータが積極的に『ひまわりでいず』の世界を改変していたのか……」


「そういうこと。苦労したよー。いつ松本くんが邪魔してくるんだろうとヒヤヒヤしてたけど」


「僕は、観察者だ…。積極的に関わるつもりはない。僕のせいで『ひまわりでいず』は少し変わってしまったけど、きっと元に戻ると信じていた。あの4人の姿を放課後で見れると信じていた。それが、彼女達の絆の強さだと思っている。――そうだ、今日だって市井さんが一ノ木を遊びに誘いたいと言い出したじゃないか。彼女達の運命の糸は切れていない。それについてはどう考えているんだ?」


 その質問にベータは困った表情になった。


「それが問題なんだよねー。どんなに私が努力しても、ゆうちゃんは一ノ木さんに興味を持ってしまう。授業や運動で目立つ彼女を、ゆうちゃんは羨望の眼差しで見てしまう。逆に一ノ木さんは、ゆうちゃんのお淑やかで女性らしい部分に惹かれてしまう。これは……やっぱり運命なんだとは思う」


 ベータの表情がどんどん曇っていく。悔しさと怒りが含んだ表情に僕は困惑した。


「どうしてそんなにこだわるんだ? 『ひまわりでいず』を知っているなら、彼女たちがいかに幸せだったか分かるはずだ!この作品は、誰も不幸になることがない、ファンタジー以上にファンタジーな『日常系』の作品だったはずだ!」

 

 思わず声が大きくなってしまう。


「松本君は、本当にこの作品が好きなんだね。ふふふっ、そう、彼女達は幸せに見えた。それはあくまでそう見えただけ。実際には、不幸ではないけれど、幸せでもなかった。『市井 ゆう』には違う幸せがあったはずなの」


「そうだ――この作品は――僕の人生だ。下手なファンよりこの作品の事は分かっているつもりだ。ベータは『ひまわりでいず』の作者なのか? そこまで言い切れる理由があるのか? 」


「もちろん作者じゃないわ。でも、きっとそう思うの……」


「そんなこと―――」


 僕が言葉を言いかけると、ベータはクルリと後ろを向いた。

 

 スカートがヒラリと舞い、伸びた影がベータの身体を半分覆った。冷えた風が通り抜け髪を揺らす。校内で響いていた生徒の声が、少しずつ減っていた。変わりに、別れの言葉を交わす生徒たちの声が校内に反響していた。


「私は『市井 ゆう』役の声優、『葵 聖(アオイ ヒジリ)』です。お願い、私に力を貸して。『市井 ゆう』に本当の幸せを教えてあげたい。それには『松本レン』あなたの力が必要なの」


 佐藤芳佳ことベータは、こちらを向きそう言った。

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