第11話 GW

 この世界に来てから一ヶ月が経とうとしていた。


 『ひまわりでいず』の世界を堪能しようと考えていたが、残念ながら成果はゼロと言っていい。


 現在、アニメで幾度となく目にした、放課後に楽しそうに話している4人の姿はどこにもない。彼女たちは部活動に精を出す普通の女子高生になっていた。


「どうしたの松本? ボーッとして。お弁当食べちゃうよー」


「だめだよ、よしかちゃん。わたしのあげるから、ほらほら」


 微笑ましいやりとりだ。市井さんとベータは、イチャイチャしながらお弁当の中身を交換している。


 入学式の一件以来、アルファとベータ、そして市井さんと一緒に行動することが多くなっている。

 

 今日も4人で昼食を共にしていた。もちろん場所は屋上だ。


 一ノ木達の影を追うこともなくのんびりとした毎日だった。正直に言えば、これはこれで悪い時間ではなかった。


 ちなみに、樹木は死神の世界に戻っている。気が向いた時に遊びに来るようで、何をする訳でもなく、この世界を楽しんでいる。最近になって『ひまわりでいず』を見始めたらしく、僕とその話をすることが増えた。僕の知っている『ひまわりでいず』の話を聞けることが楽しかった。


「レンって意外と頭良いよな。今日も抜き打ちテストあったのに100点だったし。普段は結構抜けてること多いのになあ」


「意外とってなんだ。普通だよ普通。しっかりと予習と復習をしてるだけ。ね、市井さん」


「わ、わたしは……今回はたまたまだよ」


「いやいやー。ゆうちゃんは頭いいからね。私も見習わなくちゃ。よーし、頭を撫でてなやる。えい! えい」


「ちょ、あはは、よしかちゃんやめて」


 市井さんの頭の良さはアニメのお陰で知っていた。成績が落ち込んだみんなのためにと、先生役を買って出たエピソードもある。


 それに対して僕が成績が良い理由はたった一つだ。二回目の高校生だから。これに尽きる。

 

 頭が良くないながらも、しっかりと大学まで出た経験が生きていた。高校一年生の授業ならまだまだ簡単だった。まあ、残念ながら、学年が上がると厳しくなってくるのだが……。


 昼食を食べ終え片付けをしていると、


「――今度の休みにみんなで遊園地行こうよ」


 と市井さんが言った。まさか市井さんから誘いの言葉が出てくるとは思わなかった。


「ゆうちゃんやるね! いいアイデア! 喜んでる顔文字を10個送信したいくらい」


「それなら俺は草を300個くらい生やして送信してやる! 」


 なんて迷惑な話だ。ウイルスに感染したと勘違いした振りをして、通話アプリのグループから削除してやろうか。


「僕も賛成。そしたら、アルファといくつかプランを考えてみるから、夜にまたみんなで相談しよう」


「ありがとうレン君」


 市井さんがニッコリと微笑む。そうだ、この笑顔を間近でみる様になってしまったからだ。


「あ、そうだっ、一つだけお願い、いいかな?」


 市井さんが思い出したように言う。


「ん? どうした? 行きたい場所があるのか?」


「ううん、違うの。…………一ノ木さんも誘ってもいい?」


「えっ!?」


 思いがけない名前が出てきたことに面食らってしまった。


「あ、イ、イヤだったら大丈夫だから!」


 市井さんが申し訳なさそうな表情をしている。そんなことはない。申し訳なくなる理由なんて一つもない。逆に大賛成だった。


「あとで考えようよー。そろそろ次の授業が始まっちゃう。ほら、レンの荷物。しっかり持って。また遅刻君に戻っちゃうよー」


 ベータが話を遮った。確かに次は別教室で授業があるため急がないと遅刻をしてしまう。彼女は僕の手を取り、荷物をしっかりと握らせる。柔らかくてひんやりとした手が気持ちよかった。


 そして、さらに体を僕に近づけてきた。おいおい近すぎるんじゃないか?耳元に息がかかる。ちょっと待て。なんだこの状況は。くすぐったくて、いい匂いがして、頭が混乱しそうだ。


 「今日の放課後、一人で屋上に来て」


 風で流されてしまいそうなほど小さな声だった。鼻と鼻がくっつきそうな距離。唾の飲み込む音も聞こえている。


 今までに見たことがない、真剣な表情をしたベータがそこにいた。

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