第10話 気になるモザイク

 日程は終了し放課後になった。


 校内見学の結果を先に言ってしまうと、『一ノ木 青家』と『市井 ゆう』は接触をした。


 ただ、終了間際に一言二言話しただけで、僕が想定していたものとは大きく違っていた。


 原因はハッキリしている。『佐藤 芳佳』の存在だった。想像していた以上に二人の関係は縮まっていた。そこに一ノ木が割って入る隙はほとんどなかった。


「レン、一緒に帰ろうぜ」


 佐藤英気が声をかけてくる。


「いや、ちょっと…………アルファは先帰っていいよ」


 『アルファ』とは佐藤英気のことだ。佐藤芳佳と混合しないようにと、彼自身が考えたあだ名だった。

 

 可能性は低いものの、放課後に一ノ木達が教室でダラダラ過ごす可能性があった。なぜ可能性が低いかというと、放課後に残っておしゃべりに興じる様になった時期が明確でないためだ。


「分かった、市井さんが気になるんだろう?校内見学の時もずーっと目で追ってたからなあ」


「ち、ちがう!」


 そこはしっかりと否定しなければいけない。これは恋愛感情ではない。崇高な作品愛だ。僕は『ひまわりでいず』の世界を見続ける義務がある。


(いや、そんな義務はないぞ)


 樹木がツッコミを入れているが気にしてはいけない。


「ただ、残念だったな。市井さんは一ノ木とベータとその友達と帰るらしい。今日はお断りされたよ」


 ちなみに、『ベータ』とは佐藤芳佳のことだ。こちらは非公認のあだ名だ。


「いつの間に声をかけてたんだ……」


「ついさっきだっ!その代わりに、明日の昼食を一緒に食べる約束を取り付けておいた!」


 ドヤ顔のアルファがそこにいた。コミニュケーション能力がある人間というのはこういう奴に違いない。


「そうか、ありがとう。…それなら今日は一緒に帰るか。なんか奢るよ」


 一ノ木と市井さんが一緒に帰るのならば、もう放課後に残る理由もなかった。ホッと胸を撫で下ろした。ベータが一緒にいるのが気にならない訳ではないが、それ以上に一ノ木と市井さんの仲が進展しない方が心配だった。


「ホントか!遠慮は全くしないから覚悟しとけ!あ、そこの人!一緒に行こうぜ」


「いや、人増やすなよ!」


「みんなで食べた方が楽しいって!」


「食物を奢るのは決定してるのかよ!スポンサーに許可くらいとれ!」


「大丈夫!大丈夫!」


 アルファは楽しそうに話を進めている。飲み物くらいで考えていたのに……。ある程度の金額以上は絶対奢らないぞ。僕は心に誓った。


(楽しそうでなによりじゃないか。私にも奢ってくれよ)


 樹木も楽しそうに笑っている。こいつはどこまで着いてくる気だ。肩に乗って遊んでるだけの存在じゃないか。これが死神の仕事というなら、どれだかホワイト企業なんだろうか。


 そんな中にあっても、僕は市井さんの姿を無意識に目で追っていた。


 しかし、


 今回はタイミングが悪く(良く?)目が合ってしまった。慌てて目を逸らそうとするも、逆に不自然になるんじゃないかという気持ちが働いてしまい、僕の目玉はまるで石化魔法を受けた様に硬直した。


 どうしていいか分からない。目線が市井さんから外すことが出来ない。30代半ばにもなってこれでいいのか。


 市井さんは戸惑っていたが、口パクで「また明日」と言うと、小さく手を振った。


 僕も、小さく手を振り答えた。どこぞの案内用ロボットの様にぎこちない


 ただただ、恥ずかしかった。

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