かわゆいガチョウの持ち主とあったかいのを探しに行くまで

児玉二美

第全話

「ハーモニカじゃないから、誰かと思ったら、やっぱりイサか」

「こんな時間にどうしたの」


「どの自販機もつめたいのしかなくってー……。あったかいの求めて、さまよい歩いてた」


「まだ春なのにね。コンビニ行けばよかったんじゃナァい」


「こっからだともう、かなり距離あるよ……疲れた」


 背後には、高速道路の高架が通っている。


 演奏を中断してるイサこと砂金いさご君の左隣に腰を下ろし、俺は煙草に火をつけた。


「誰だかわからなかったら、近寄らなくね?」とイサ。


「それいうならー、俺なら逆に住宅密集帯で、はばかりなく演るね」

「車の音に紛れる感じがまたいいんだよ。しかしよく聴きつけたね」


「背中も」

 と言いながら、俺はイサのパーカーのフードをつまんだ。

「フィンランドの名だたる小説の主人公の親友マブを醸してるんだよねー」

 そして手を離して訊いた、「その楽器は何?」


オカリナocarina」とイサは答えた。


「オカリナ?」

「笛の一種」


「ぃや、オカリナは知ってるけど」と俺は、手のひら大で見るからに木でできている、筒のようなそれを指して言った。「そういう形したのもあるんだ」


 俺が知ってるオカリナは、プラスチック製と陶器製だ。

 前者は子供時代の学習雑誌の付録で、赤いプラスチックのものだった。

 陶器のは、社会に出てからアイデアグッズの店でガラスケースにあるのを見かけた。


「オカリナの'oca'は、イタリア語の『ガチョウ』から来てるんだよ」とイサが言う。


「ほよ」

「ってフリーなオンライン百科事典に書いてたよ。で、'−ina'は『小さい』って意味の接尾語。で、オカリナ」


「ガチョウねーぇ……鳩の腹のイメージだった」


 座ったら急に身体の寒さが増した。


 ハーモニカでは耳覚えのなかった曲を六小節ほど聞かせると、イサは木の笛を口から離し、

「月がまばゆいね」


「ああ。家を出たときギョッとした……あんまり皓々としてて」

 歩いていたら建物の陰から覗けて、街灯よりも明るく見えた月だった。


「春でもやっぱり寒ぃ」

「寒いよね。風が冷た……」


 俺は、「何であったかいのが姿を消したんだろう……。フィンランドの名だたる小説の、地球の終わりが浮かんできた」


「『フィンランドの名だたる小説』だなんて言い回ししてないで、タイトルで言えば?」

「イサだってさっき『フリーなオンライン百科事典』って言ってたじゃないかぁー」


「ハハッ、いいからその顛末を言いなよ」


「地球が終わったんじゃないけど、地球に彗星が接近したんだ。それで主人公の住む谷は騒ぎになった。それだけ」


「それだけ、って。よく知ってそうなのに」


「シリーズは全部読んだー」


「うわ……」まじまじと俺を見て、「女子力」


 手からオカリナが離れたけれど、首から下がる紐が通ったオカリナは、着地はしてない。


「グッズはあんまり興味ないけどー。好きみたいなんだよね。ああいう世界。少女漫画もしこたま読んだ」

「だったらその話ぐらい、説明しんしゃい」


「だから、地球に彗星が接近して、主人公の住む谷が騒ぎになったんだって」


「ぜんぜん詳しくない……」


「あー寒。冷える」高速の車の音と、月の光だけが、俺とイサを支配しているような感覚がしていた。


「フィンランドに緯度が近いアイスランドは温泉の国なんだよね」イサが言った。


「うん、水力発電と、地熱発電で電力をカバーしてるという」

「ジャッパーンと対照的で謎すぎる」

「リケンだよ。ばかばかしいよ」

「ああ。バカバカしい」


「リケンのしくみを、わかってなくて言ってるだろ」


「ああ。わかってないよ。そんな僕は感覚派。ところでね、アイスランドに旅行に行ったと語るバングラ系アジアンに、温泉行ったの? って聞いたら、ハア? ってリアクションされたよ」


「風呂場に浴槽が付いてなかったんじゃない? 観光だか旅行だか知らないけどー」


「それは僕も、後から考えたね。しかしそこにいた人達みィんなアイスランドイコール寒い所、なもんだから僕だけアウェイなひと時だった……」


サウナsaunaはフィンランドがルーツだってね」


「おお。そうなんだ」


 俺は揉み消した煙草を吸殻入れに入れながら、

「そういえばアイスランドもフィンランドも、同性婚できるんだよね」


「君は、同性と結婚したいの?」

「それはわからないなあー。同性を好きになったことがないですから」


「いきなり言うから、願望あるのかと思ったよ」


「行くね、そろそろ。まだ目的を果たしてない」


 イサも立ち上がった。「つきあおうか?」


 そうなって、まずは土手上の道までふたり、草を踏んで上がった。

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かわゆいガチョウの持ち主とあったかいのを探しに行くまで 児玉二美 @kodamahutami

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