猫パンチですにゃ

 俺が連れてこられたのはケットシーの里から少し離れた場所。ミコの指さす方を見て見ると、確かに自分がよく見た事がある。人間の姿がそこにはあった。


「あそこに偉そうに座っているおじさんが私達を追い出そうとしてくるの」


「追い出すって言ってたけど、どんな事をして追い出してくるのにゃ」


「罠で捕まえようとしてくるの。見て、ちょうど人間が卑劣な罠を仕掛けようとしているわ」


 ミコがそう言ったので、俺はその人間が仕掛けている罠を見た。鉄の檻の中にはよく焼かれた魚が置かれていた。自分もケットシーになったからだろうか、良く焼けた香ばしい匂いが鼻から入ってくる。確かにいい匂いなのはわかるのだが。誰の目から見てもわかるのだが、魚欲しさに檻に入ると捕まってしまうという仕組みなのだろう。あれでは、誰も引っかからないんじゃないだろうか。だって、罠だってすぐにわかるし。


「ちなみに、あの罠に捕まっちゃうとね。恐ろしい事が起きるのよ……」


「お、恐ろしい事にゃ」


 ミコがすごい剣幕で言うもんだから、俺はいろいろ想像してしまう。捕まっちゃうと殺されちゃう何てことはないよな。でも、現実世界でも危険な害獣は殺されちゃうわけだし、ケットシーも捕まったらやっぱり殺されなくとも保健所みたいな所に送られてしまうのではないだろうか。と俺は脳内で起こりうる恐ろしい事を連想した。


「捕まるとね。強制的にお風呂に入れられてしまうのよ!?!?」


「にゃんだって------------!!!!」


 勢いで驚いてしまったが、別にお風呂に入れられるぐらいいいのではないのだろうか。特に問題ないとしか感じない。ああ、でも猫的には水に濡れるのを嫌う傾向があるもんね。


「しかも、その後は三食昼寝付きでたまに人間に撫でられるという至福の時間よ。それに慣れた、ケットシー達は人間の元からケットシーの里に帰ってきてもね。もう、元の生活には戻れないと里を出て人間の元に行ってしまうのよ。くぅー、恐ろしいわ!!」


 あ、これあれか。野良猫が人間に拾われて、もう危険な野良には戻れないようって事かな。これって、丁寧に捕まえて保護して時間が経ったら野生に帰してあげてるって事だよな。いい人達なのでは。


「私なんて、三回も捕まってしまったのよ」


「それは捕まりすぎだにゃ、ミコはもう少し考えて行動した方がいいにゃ」


 三回も捕まって、何もない事を見ると本当にケットシ―を捕まえて、時間が経ったら里の外へと逃がしているだけみたいだ。結局、何匹かはミコみたいに里の外に追い出しても、ケットシーの里に戻ってくるから意味がないと。これは、本格的に人間は何をしているんだ。


「人間は本当にケットシーを追い出したいって事でいいんのにゃ?」


「当たり前でしょ!! タケルは私の恐ろしい話を聞いていなかったの!?」


 聞いていたからこそのこの反応なのだが。ケットシーが人間に割と大事にされている感じがしてならないんだけど。その話が本当なら、交渉の余地が余裕で残されているのではないだろうか。


「それで、ここからどうすればいいかにゃ……にゃにゃ!! ミコ、どこにいるにゃ!!」


 俺が横に向いた時には、ミコが俺の横から姿を消していた。どこに行ってしまったのかと探していると、檻が閉まる音がした。まさかとは思うが、俺は檻の方を見るとミコが焼き魚を咥えて立っていた。普通に考えて、さっきまでの話の流れで、檻に入って行く奴いるとは思いもしなかった。俺は急いで檻に近づいた。


「な、何をしてるにゃ」


「最近焼き魚を食べていなくて、くっ!! 卑劣な罠にはまってしまったわ!! 私はもう駄目そうね。タケルだけでも逃げて!!」


「そんな、美味しそうに頬張る姿を見せられてから言われても困るにゃ。俺もお腹すいたにゃあ。そう言えば、ここに来てからは何も食べてないにゃあ」


「これは、あげないわよ!!」


 美味しそうに一心不乱に焼き魚を頬張るミコの姿を見て、俺もお腹がすいてしまった。焼き魚がここまで美味しそうに見えてしまうのも、俺がケットシーになってしまったからだろうか。


「また、貴方ですか。おや、新顔もいるようですね」


 俺は声のする方を見ると、ミコが先ほど偉そうに座っていると指を差したおじさんが立っていた。ピンと伸ばした髭をさすっている。その、人を見た目で判断してはいけなのだが、偉そうとか嫌味を言いそうと言った貴族風の男性だ。


「こんにちわにゃ」


「おおっ、これまた愛らしい姿に丁寧なあいさつ。そして、可愛らしい語尾。可愛いケットシーですね、私は白の国で貴族をやっております。ロナウドと申します」


 ロナウドと名乗った男性は俺に丁寧に挨拶をしてきた。なんだろうか、これがケットシーを追い出そうとしている人間の姿なのだろうか。ただの猫好きのおじさんにしか見えない。


「うおおおおおお、もう我慢できません。抱かせてください!! 最近、ケットシーが罠にかかってくれなくて、ケットシーを抱いてないんです!!」


「にゃあーーーーーーーーーーーー!! 離すにゃ!!」


 急にロナウドさんが走ってきて、俺を抱きかかえてこう言ったのだ。急に自分より大きな人間が走ってくると恐怖を覚えるのを俺は知った。だから、こう特に何も考える事なく、暴れてしまって右手で猫パンチを食らわせてしまった。ぽふっと威力のなさそうな一撃だった。


「顔にモフモフが!!」


 ロナウドさんもご満悦の表情である。俺も猫パンチをしている猫の動画を見ていた時に一度は食らってみたいと思っていたので、気持ちはわからなくはない。だが、顔を擦り付けられるのはちょっとと俺が顔を擦りつけてくるロナウドさんに嫌そうな顔をしていたのだが、急にロナウドさんが吹き飛んでしまったのだ。俺は何が起きたのかわからずにただ立っていた。とにかく、急に光りだしたかと思ったらロナウドさんが奇麗に空中を舞ったのだ。


「あ、あれは、ケットシー族に代々伝わる秘伝の必殺技一つ、猫パンチね。ケットシーの豊富な魔力を使って放つ一撃よ。流石はケットシーの神様のタケル。私達とは威力が桁違いだわ!!」


「よくわかんにゃいけど、ロナウドさんは無事なのかにゃ。凄い勢いで飛んでいっちゃったにゃ!!」


「ええ、大丈夫よ、安心してちょうだい。猫パンチは殺傷力はないに等しいわ。よくて、気絶するぐらいしか威力がないの。私のなんて、もふっとする程度だもの」


 と言われても凄い勢いで飛んでいったので、一応ロナウドさんの安否を確認するために近づくと、気持ちよさそうにしていたので大丈夫そうだ。俺は安心してミコの元へと戻った。試しにミコが捕まっている牢屋に猫パンチをしてみると、牢屋の鍵が壊れてしまった。まあまあの威力があるじゃないか猫パンチ。


「これで、悪しき人間を倒したからケットシーの里に平和が訪れたわ。ありがとうタケル!!」


「俺には顔は怖いけど、猫好きのおじさんにしか見えなかったにゃ」


 俺はなんか申し訳なさの方が勝ったので、ロナウドさんが目を覚ますまでミコと共に待つ事にした。結局、ロナウドさんが暴走したのでケットシー族をどうして追い出したいのかを聞きそびれてしまったし。待つ事、数十分でロナウドさんが目を覚ました。俺とミコが顔を覗き込んでいる形だ。


「目が覚めたら、可愛いがたくさん!!」


 ロナウドさんはまた興奮しそうだったので、俺とミコは急いで離れるのであった。とにかく、落ち着かせて話を聞くための態勢をとった。


「さっきは猫パンチしてごめんにゃ」


「いえいえ、嫌がるケットシーに急に抱きついた私が悪かったので大丈夫ですよ。それで、私が起きるまで待っていたのはどういう事でしょうか。いつもなら、隙が出来たら逃げてしまうのですが」


「ああ、聞きたい事があるのにゃ。どうして、ロナウドさんはケットシーをこの土地から追い出したいのにゃ?」


 俺はこの人を悪い人だとは思わない。ただの猫好きのおっさんにしか見えないのだ。この人が、ケットシー族を追い出したいなんてありえないと感じてしまう。


「追い出したいなんてとんでもないとんでもない!! 私はただ、ケットシー族の良さを世に広めたいだけなんです!!」


 俺とミコは顔を見合わせる。ミコや王様から聞いていた話と全然違うからだ。というか、ミコも不思議そうな顔をしている所を見るとミコも何もわかっていないようだ。その後もロナウドさんは楽しそうに熱弁してくれる。


「この世界じゃケットシーは弱い魔物として扱われています。その為、魔物使いの方々からもいらない可愛いだけと言われてテイムを無視される始末。そこで、私はケットシーのよさを広める為に土地を買ってケットシーの王様に話をしようとケットシーの里を訪れたのですが、警戒されてしまい話を聞いてくれませんでした。そこで、罠を仕掛けて捕まえてから無礼を承知で説明させていただいていたわけなのです」


「つまり、ケットシー族をケットシーの里から追い出すつもりなんてないって事かにゃ。それどころか、ケットシーとは仲良くしたいって事でいいかにゃ」


「ええ、もちろんです。そもそも、ケットシーは人間の国では幸福の象徴とされています。追い出すなんて罰当たりな事できませんよ。私はただ、ケットシーの良さをもっと多くの人間に知ってもらいたいだけなのです」


 という事らしかった。どうやら、ケットシー達が人間が急に来て追い出しに来たと勘違いしてしまったようだ。ミコも誤解が解けてからはロナウドさんの膝の上で気持ちよさそうにブラッシングを受けている。悲しいすれ違いがこの事件を起こしてしまったようだ。


「ふふん、そういう事なら私に早く言ってくれればいいのに。私が王様に話をつけてあげるわ」


「ミコさんには三回ぐらいは説明したはずなのですが……」


「うっさいわね、猫パンチ!!」


 そりゃ、三回ぐらい捕まってるって言ってたもんね。ミコの事だから、早とちりで話を聞いてなかっただけなのだろう。猫パンチを食らって嬉しそうなロナウドさんを連れて、俺達はケットシ―の里へと帰る。


「これで、一件落着って事でいいかにゃ」

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キャットナイトファンタジー ーケットシーと七つの秘宝ー 宇都宮 古 @utunomiya

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