第13話 初めての別れと再会。

「正太、姫子ちゃん、年越しそばで来たわよ」

 下から母さんの声が聞こえた。ぼくの聞き間違いかと思った。

とっくに正月は過ぎているからだ。年越しそばというのは、年末に食べるものだ。

ぼくが不思議に思っていると、彼女が言った。

「科法を使ったの。お正月をやり直したかったから、時間を戻したの」

「えーっ! そんなことできるの?」

「だって、あたし、これでもお姫さまだから」

 そう言って、彼女は、ドアを開けて階段を下りて行った。

「正太さま、何をしてる二ャ。早く、下に降りるニャ」

 ニャン太夫さんに言われて、ぼくも彼女の後を追った。

一階に降りると、年越しそばのいいニオイがした。

テーブルには、すでに、父さんや姉ちゃんも座っていた。

久しぶりに見る、家族全員が集合した光景だった。

「お手伝いしなくて、すみません」

「いいのよ。年越しそばは、一家のお母さんの仕事だからね。さぁ、食べましょう」

 それぞれの前に出された年越しそばは、湯気が立っていて、おいしそうだ。

ウチでは、毎年、大晦日は、家族全員揃って食べる。その後は、みんなで近所の神社に初詣に行く。

「ところで、年越しそばって、何ですか?」

 彼女が当たり前の質問をした。それについては、父さんが優しく説明した。

すると、彼女もニャン太夫さんもポコタンも感激したらしい。

「そんな素敵な食べ物があるなんて、すごいです」

「とにかく、おそばが伸びないウチに、食べましょう」

 母さんが言うので、ぼくたちは、箸をつけた。おいしかった。久しぶりにみんなで食べる食事だった。

雰囲気も彼女がいたころに戻っている。みんな楽しそうだった。

無口な父さんも、姉ちゃんも笑っている。母さんが楽しそうにしている。

何よりも、彼女たちが、賑やかにしている。やっぱり、これが一番だ。

 この感じは、ぼくしか知らないことだけに、一人かみしめていた。 

これで、すべてが元通りだ。大晦日からやり直しだ。ぼくは、夢中でそばを啜っている彼女を見て心からよかったと思った。


 翌日は、一年の始まりである元日だ。

彼女は、母さんの晴れ着を着せてもらって、みんなで写真を撮った。

晴れ着姿は、言葉にできないくらいきれいだった。初めて着物を着た彼女は、嬉しそうだった。

 みんなで初詣にも行った。公園で凧あげもした。庭でコマを回したり、羽根つきをした。

顔に墨を塗られたニャン太夫さんの顔を見て、みんなで笑った。

 年末に作ったおせち料理をみんなで食べた。最初は、宇宙人の口に合うのか不安だったけどニャン太夫さんもポコタンも、おいしそうに食べていた。初めて食べる焼き餅、お雑煮、伸びるお餅に悪戦苦闘しながら、何度もお代わりしていた。

 お腹一杯になったところで、ぼくは、彼女を誘って正月気分を味わうために、散歩に誘った。

晴れ着姿で、髪を整えたきれいな彼女を連れて、優越感に浸りたかった。

 彼女は、可愛い下駄を履いて、ぼくと並んだ歩いた。

街中正月気分で、活気があった。昔ほどではないが、公園では、子供たちが遊んでいる。

親子で凧あげをしている人たちもいた。駅前の商店街は、正月セールで大忙しだ。

 それより、並んで歩いていると、すれ違う人たちの誰もが、彼女を見て振り向いている。

彼女は、目移りするように賑やかな街を見て歩くので、ぼくは、説明してあげた。

「お正月は、楽しいですね。街に活気があって、賑やかなのね」

 彼女は、楽しそうだった。町内から駅前まで歩いて帰宅すると、年賀状が届いていた。もちろん、彼女には、届いていない。来年は、彼女にも届くといいなと思う。

彼女やニャン太夫さんたちは、年賀状を見て、欲しそうな顔をしていたので、

余った年賀状で、みんなに書いてあげた。

「手渡しだけど、ぼくからの年賀状だよ」

 それを見た彼女たちは、とてもうれしそうだった。

「おいらも年賀状をもらったぞ」

「これは、地球の記念になる二ャ。正太さま、ありがとうニャ」

「あたしも、これは、大事にするからね」

 なんだか、年賀状一枚で、すごく照れ臭くなった。

「それじゃ、ぼくにも、年賀状を書いてくれるかな?」

 そう言うと、彼女は、断然やる気を見せた。

すると、父さんが、筆ペンやスタンプなどを出してくれた。

晴れ着からいつもの服に着替えた彼女たちは、何度も書き直して、真剣に年賀状を書いた。姉ちゃんが、可愛い年賀状の書き方を教えてもくれた。

「正太くん、あたしからの年賀状です」

「私からも受け取ってほしいニャ」

「おいらも書いたよ」

 彼女の年賀状は、きれいな飾り文字で書いてあった。ニャン太夫さんと、ポコタンのは、自分の肉球でスタンプを押してあった。

「ありがとう。これは、ぼくの宝物だ」

 これは、ぼくのホントの気持ちだった。

「これは、お父さま。これは、お母さま。これは、お姉さまに年賀状です」

 彼女たちは、ぼく以外の家族にも書いてくれた。

「あら、ありがとうね」

「へぇ、きれいな字を書くのね。正太よりうまいわよ」

「お姫さまから年賀状をもらうなんて、思わなかったな」

 父さんたちもうれしそうだった。

その日の夜、ぼくは、ベッドの中で今日までのことを考えた。

いろいろありすぎて、思い起こすと朝までかかりそうだ。

時間を戻したというけど、ちゃんと帳尻は合うのだろうか?

だけど、彼女たちが、地球の正月を楽しく過ごせたなら、それはそれでいいと思う。

 すると、ふとんの中で丸くなっているニャン太夫さんが、ふとんから顔を出して言った。

「正太さまともう一度会えて、ホントに良かったニャ」

「ぼくもだよ」

 天井を見ながらつぶやくように言った。

「だけどさ、ホントに地球に戻ってきて大丈夫なの?」

 ずっと聞こうと思っていた話だった。でも、彼女に直接聞ける話ではない。

何しろ、結婚をやめて地球に戻ってきたわけで、もしかしたら、ぼくの想像を超えるような大変な事態になっているかもしれない。

 すると、ニャン太夫さんが、もぞもぞとふとんから出てくると、ぼくの前に仁王立ちになった。

「あの時の姫さまは、すごかったニャ。私は、それを見て、姫さまのホントの気持ちがわかったニャ」

 ニャン太夫さんは、腕を組んで話し始めた。

「姫さまは、王様の前で、結婚を辞退するといったニャ」

「マジで・・・」

 ぼくは、驚いて、上半身を起こした。

「姫さまが、初めて王様に反対した二ャ。そして、地球のすばらしさ、文化や食べ物のこと、歴史や環境のこと、何よりも正太さまのことを熱く語ったニャ」

「あの時の姫は、カッコよかったよね」

「私とポコタンも、姫さまの味方二ャ。王様を説得したニャ」

 そんなことがあったのか・・・ なんだか、みんなを見直したというか、すごく感激した。

「姫さまは、必死だった二ャ。何が何でも、地球に戻ると言って、正太さまを連れて、必ず戻ってくると

王様に約束したニャ」

「それで、王様と女王様は、納得したの?」

「姫さまがそれほどまで言うのなら、正太さまを信じることにしたニャ」

「だから、正太さんは、責任重大だよ」

 ポコタンが、ちょっといじわるそうに笑った。

「脅かすなよ。だけど、ぼくは、ただの地球人だよ。科法も何も使えないんだよ。そんなに期待されても何もできないよ」

「イヤイヤ、何をおっしゃいますニャ。姫さまは、マール星をもっといい星にするためにいろいろ考えているニャ。そのためには、正太さまの力が必要ニャ」

「ぼくに何ができるんだよ」

「そのままでいいんだよ」

 ポコタンがポツリと言った。

「正太さまは、そのままでいいニャ。それが、姫さまの願いニャ」

 奥が深い話で、今のぼくには、よくわからない。だけど、ぼくには、それくらいのことしかできないのも事実だ。

「これは、マール星に昔から伝わる話二ャ。優しさを失わないでくれ。 弱い者をいたわり、互いに助け合い、 どこの国の人達とも友達 になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが何百回裏切られようと。こんな話があるニャ」

「いい話だね。ぼくも、どっかで聞いたことがある気がするよ」

「正太さまは、その気持ちがある人二ャ。だから、マール星に必要な人なのニャ」

「姫は、そこに気が付いてたんだね」

 なんだか、この日の夜は、胸にしみいるような夜だった。

「そうそう、正太さまは、宇宙船で帰るときのことを覚えているニャ?」

「忘れるわけないだろ」

 あの時のことを思い出すと、また、悲しい気持ちが込みあがってくる。

「姫さまは、宇宙船の中で、マール星に帰る途中、ずっと泣いていたニャ」

「えーっ!」

 思わず声が出てしまった。

「しーっ、声が大きいよ。姫に聞かれたら、おいらたちが怒られるよ」

「ごめん、ごめん」

 そんなことがあったなんて知らなかった。あの後、ぼくも泣いた。悲しくて、どうしようもなかった。

彼女は、最後まで、いつもの笑顔だった。だから、泣いたことにビックリした。

「正太さまといるときは、我慢してたニャ」

「おいらが、先に泣いちゃったからね」

 そう言って、ポコタンがえへへと笑った。

「そうだったんだぁ・・・」

 ぼくは、枕に頭を乗せて、彼女の思いを知って、切なくなった。

「だから、姫さまが泣いたのは、二回ニャ」

 最初は、宇宙船の中で、二度目は、帰ってきた時だ。

「あの時は、正太さまの顔を見て、我慢できなくなったニャ」

 ニャン太夫さんは、戻ってきた時のことを思い出しながら何度も首を縦に振りながら語った。

「ぼくは、いつもの笑顔の姫ちゃんのが好きだな」

「さすが、正太さま! わかってるニャ」

 ニャン太夫さんは、一人納得して、大きく頷いていた。

「ぼくだって、それくらいはわかってるさ。もう、姫ちゃんを泣かせるようなことはしないから、安心して」

「正太さんは、姫が思ってた通りの人だね」

 ぼくは、褒められて、なんだか顔が熱くなってきた。

「さぁ、もう、寝よう。明日から学校だから、また、がんばらなきゃ」

「正太さま、お休みなさいニャ」

「正太さん、お休み」

 そう言うと、ニャン太夫さんは、また、ふとんの中に潜って丸くなった。

ポコタンは、ぼくの足元で静かに横になった。

ぼくも目を閉じて、夢の中に入っていった。


 楽しい正月三が日は、あっという間に過ぎた。

正月気分がまだまだ抜けないまま、三学期が始まって、久しぶりに登校した。

 いっしょに学校に行くのも、ホントに久しぶりだ。

登校途中でクラスの友だちともあいさつを交わす彼女を見て、すっかり元通りになったことを実感した。

こうしてみると、科法というのも、いいもんだなと、少し見直した。

 それはそれとして、春になったら、ぼくは進級して、三年生になる。

名実ともに、受験生となる。気を引き締めて、勉強しなくてはいけない一年になる。

ぼくの目標は、無事に大学に合格すること。そして、家族全員で、マール星に移住すること。

そのためには、一に勉強、二に勉強だ。大学に落ちたら、ぼくだけじゃなく、彼女だってがっかりする。

今日から、受験生としてのスタートを切った。



 さて、それから、ぼくは、どうなったか?

無事に大学に合格できたのか? 彼女と結婚して、マール星に行けたのか?

それは、もう少し後の話になります。まだ、一年あるわけで、これからもいろんなことがあるだろう。

どうなることかわからないけど、この話の続きは、またということで、最後まで読んでくれて、ありがとうございました。



                               終わり


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ぼくの彼女は、お姫さま。 山本田口 @cmllaaa

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