第12話 初めてのキス。

 翌日の31日は、大晦日だった。今夜は、年越しそばらしく、母さんは、張り切っていた。

明日が、一日の元日だなんて、あまり実感はなかったけど、街中が浮足立っているように見える。

テレビを見ても、どこも年末年始の特集で、いつもの番組がやってないので、余りおもしろくない。

学校も冬休みだし、大掃除も済ませて、ぼくは、暇を持て余していた。

 彼女も朝ご飯を食べてから、向かいのウチにニャン太夫さんたちと帰っていて、ぼくは、一人になってしまった。

早く彼女が戻ってこないかなと、ぼんやり思っていた。

 姉ちゃんは、テレビを見ながらリビングのソファで寝転んでいるし、

父さんは、相変わらず執筆活動で、忙しいみたいだった。

 夕方になって、彼女がウチに戻ってきた。

ドアがノックされて、彼女が部屋に入ってきた。

「正太くん、ごめんね」

 いきなり、何を言うのか、ぼくにはわからなくて返事をしないでいると、彼女が言った。

「あたし、マール星に帰ることになったの」

「えっ?」

 ぼくは、一瞬にして、頭が真っ白になった。何を言ってるのか、わからない。

「王様から、帰って来いっていうのよ。それでね、帰ったら、結婚するの」

「な、なんだって!」

「マール星の隣の星の、王子様と結婚するの」

 ぼくは、もう、何が何だかわからなくなった。いきなりすぎるよ。

頭の思考回路が追い付かない。彼女の顔が、歪んで見えるほどだった。

「今まで、ありがとう。地球での暮らしは、楽しかったわ。一生忘れないからね」

 彼女は、いつものように、明るい笑顔だった。

「そ、それで、いつ、帰るの?」

「もう、帰るの。ニャン太夫が宇宙船で迎えに来るの」

「それって、今日ってこと?」

「うん」

「だって、今日は、大晦日だし、明日はお正月だし・・・」

「いっしょに、お正月を迎えられなくて、ごめんね」

 ぼくは、一気に体から力が抜けた。頭の中が、グルグル回って、何を言っていいのかわからない。

だって、あと、一年は、ここで暮らして、ぼくが大学に合格したら、家族全員でマール星に移住するっていう話だったじゃないか。それなのに、急に帰るって・・・

 そんな彼女に、ぼくは、なんて言えばいいんだ。それなのに、口から出た言葉は、自分でもわからない言葉だった。

「そうか。そうだよな。やっぱり、地球人のぼくじゃ、マール星に行っても、役に立たないもんな。同じ宇宙人同士で結婚する方がいいと思うよ。王子様と、幸せにね」

「うん。ありがとう、正太くん」

 なんでそんなことを言うんだ。ホントなら、止めるべきじゃないのか。

別れたくない。もっと、いっしょに暮らしたい。別れるなんて、悲しいよ。

でも、彼女の笑顔を見ると、何も言えなくなった。だから、男のぼくも笑ってさよならするしかない。ここで、泣いたら、格好悪いじゃないか。

「正太くんのこと、忘れないよ。お父さま、お母さま、お姉さまのことも、クラスの友だちのことも、あたしは、忘れないからね」

「ぼくも、姫ちゃんのこと、忘れないよ」

 ぼくは、泣かずに笑ってさよならするんだ。彼女が決めたことなんだ。

彼女のためにも、ぼくより、王子様と一緒になったほうがいいに決まってる。

ぼくは、そう自分に言い聞かせた。だから、最後まで泣かない。

「気が進まないけど、みんなの記憶から、あたしの存在を消していくからね」

「それは・・・」

「でも、正太くんの記憶は消さないよ。あたしのこと、忘れてほしくないからね」

 たとえ記憶を消されても、ぼくは、彼女のことは忘れない。絶対、忘れない。忘れるもんか。

だけど、みんなの記憶から消えるなんて、悲しすぎるじゃないか。

ぼくは、目の奥が熱くなるのをグッと堪えて、無理に笑って見せた。

「大丈夫だよ。ぼくも姫ちゃんのことは、忘れないから」 

 それにしても、なんというあっさりした別れなんだ。別れは悲しいものだ。

それなのに、彼女は、いつもの可愛い笑顔だ。だったら、ぼくも笑わなきゃいけない。

「姫さま、お待たせしましたニャ」

 ニャン太夫さんが、宇宙船でやってきた。

「姫さま、話は、済みましたか二ャ?」

「済んだわ」

「正太さま、今まで、大変お世話になったニャ。ありがとうございましたニャ」

 そう言って、ニャン太夫さんは、深々と頭を下げた。

「ぼくは、何もしてないよ。それより、ニャン太夫さんも元気でね」

「正太さまも、お元気で。ご家族の皆様に挨拶できないのが、心苦しいニャ」

「大丈夫だよ。父さんたちには、ぼくから言っておくから。でも、みんなの記憶からニャン太夫さんたちも消えちゃうんだろ」

「そうでしたニャ」

 そう言って、ニャン太夫さんは、頭をかいた。

「ほら、ポコタン、ちゃんとさよならを言うニャ」

 宇宙船の中から、ポコタンが顔を出した。その顔は、真っ赤だった。小さな目が、歪んでいた。

「正太さん・・・」

 ポコタンは、ぼくの胸に飛び込むと、大きな声を出して、泣き始めた。

「正太さぁ~ん・・・」

「ポコタン、泣くなとアレほど言ったニャ。姫さまも泣いてないのに、みっともないニャ」

「そうだよ、ポコタン。泣くなよ。大丈夫だから、ぼくは、ポコタンのことも忘れないから」

「おいらも、正太さんのこと、忘れないよ。でも、おいらは、正太さんと離れるのは・・・」

「これ、ポコタン。それは、言っちゃいけない二ゃ。そんなことを言ったら、私まで悲しくなるニャ」

 ニャン太夫さんは、そう言って、ポコタンの首をつかんで、ぼくから離した。

「さぁ、いつまで泣いていてもしょうがないだろ。もう、行った方がいいよ」

 ぼくは、そう言って、ポコタンを宇宙船に乗せた。

「正太くん、さよなら」

「さよなら、姫ちゃん」

 彼女も宇宙船に乗った。そして、最後に、ニャン太夫さんが、ぼくに頭を下げて乗り込んだ。

ニャン太夫さんの肩が微かに震えていた。ぼくは、ニャン太夫さんの頭に手を置いて言った。

「姫ちゃんを頼むな。必ず、幸せにするんだぜ」

「承知いたしましたニャ。必ず、見届けるニャ」

 宇宙船の窓が閉まった。ぼくは、笑って手を振った。彼女も笑顔で手を振り返した。ポコタンは、最後まで泣きっ放しで、顔を上げることはなかった。

 そして、宇宙船は、窓から飛び出した。夕焼けのオレンジ色の空に向かって飛び立った。ぼくは、宇宙船の行方を窓から身を乗り出してみた。でも、もう、夕焼け空のどこにも見えなかった。

その時、ぼくの頬に温かいものが流れているのに気が付いた。

「泣いてるのか?」

 ほっぺたに手をやると、その指が濡れていた。ぼくは、泣いていたのだ。

自然に涙は流れることを初めて知った。悲しかった。ものすごく悲しかった。

やっぱり、ぼくは、彼女と離れたくない。行くなというべきだった。

とてつもなく大きな喪失感と後悔が、ぼくの胸に膨らんでいった。

 でも、もう、遅い。彼女は、マール星に帰ってしまったのだ。

きっと、もう、二度と会うことはないだろう。二度と会えないのだ。

それを思うと、涙が止まらなかった。失って初めてわかる、彼女の存在の大きさ。

ぼくは、彼女のことが好きだった。ぼくは、彼女のことが好きになってしまったのだ。だから、別れたくないんだ。自分の気持ちに素直になればよかった。

今更だけど、激しい後悔に押しつぶされそうだった。

「姫ちゃん」

 ぼくは、涙を拭いた。彼女のことは、ぼく一人の胸の奥にしまって、遠い宇宙の星の彼女に笑われないように、強くいかないといけない。

「よし」

 ぼくは、自分に言い聞かせるようにして、窓を閉めた。

だけど、ぼくのカバンについている、お揃いのインコのキーホルダーを見ると、胸が締め付けられそうで涙がこみあげてくる。ぼくは、このキーホルダーを彼女が残した、唯一の思い出として、大切にしようと思った。


 一階に降りると、年越しそばの準備を母さんがしていた。

昨日までなら、隣には、ニャン太夫さんとポコタンがいて、世話しなく夕飯の準備を手伝っていた。

それが、今は、母さん一人で、無言でやっていた。静かなキッチンだ。

彼女の声も聞こえない。賑やかなわが家が、以前に戻ったように静かだ。

「どうしたの? もうすぐできるから、先に食べちゃいなさい」

 今日からは、また、以前のように、食事の時は、母さんと二人で食べることになる。彼女といっしょに食べるはずだった、年越しそばも今年は、余りおいしくない。

 毎年、家族で行く近所の神社の初詣も、今年は、ぼくは行かなかった。

なんだか、行く気にはならなかったからだ。母さんも父さんも、姉ちゃんも、彼女のことなど最初からいなかったように振舞っているのが、ぼくには、なんだか許せなかった。

 年が明けて、正月の元日も、ぼくは、ずっと部屋に閉じこもっていた。

母さんと姉ちゃんは、正月特番のテレビを見て、父さんは相変わらず書斎に籠っている。家族の間に、なんとなく隙間風が吹いているような気がして、ぼくは、みんなの中に入る気にはならなかった。

 学校が始まっても、彼女がいない教室には、行きたくない。

でも、行かないわけにはいかない。登校拒否とか、引き篭もりなんて、彼女が一番悲しむことだ。

だから、ぼくは、学校に行く。ちょっと前までは、隣にいつも笑っていた彼女の姿はない。クラスの友だちも、彼女のことなど、最初からいなかったように振舞っている。だけど、ぼくには、彼女のことは、一日も忘れることはない。

いないのに、ふと隣にを見てしまうことが何度もあった。

 帰宅部のぼくは、学校が終わっても、家に帰る気にはならなかった。

彼女のいないウチに帰っても、おもしろくないからだ。

 ニャン太夫さんやポコタンがいると、賑やかだったウチは、ウソのように静まり返っている。

アレほど話し好きな母さんも、今は、以前のように無口に戻ってしまった。

余り笑わなくなったし、話もしなくなった。父さんに限っては、滅多に書斎から出てこなくなった。

姉ちゃんは、大学のサークル活動が忙しいのか、すれ違いであまり顔を合わさない。

賑やかで、いつも笑顔で楽しい会話が聞こえていた我が家は、彼女が帰ってからというもの以前の暗い家族に戻ってしまったのだ。でも、それが、ホントのウチなのだ。

 ぼくは、机に向かっても、勉強には身が入らず、ずっとノートは白紙のままだった。今年の春から、三年生に進級して、受験生となるのに、こんなことでは大学進学も厳しい。だけど、今は、大学に行く目的が見えなかった。彼女とマール星に行くためにがんばるという目標が突然消えただけに、やる気が起きないのだ。

そんなことでは、いけないとわかっていても、ペンを持つ気にもならないのだ。

 それから一週間がたった。彼女のいない生活にも少しずつ慣れてきた。

もちろん、彼女のことを忘れたことは、一日たりともない。まだ、一週間しかたってないのにすごく長く感じる一週間だった。ぼくは、なんとなく学校に行って、なんとなく帰宅する。

彼女の喪失感が、まだまだぼくには、慣れることはなかった。


「ハァ~・・・」

 ため息しか出なかった。何事もやる気が起きない。これじゃ、ダメだとわかっていても、やる気が出ない。

その日は、夕方から雨が降るという天気予報だった。どこかに寄り道するにしても

傘を持っていないので、雨が降る前に帰るしかない。

 帰宅して、カバンを机に置く。制服から着替えないまま、部屋の真ん中に座った。

「さて、宿題でもやるか」

 今日の数学の時間に出された宿題をやろうと、立ち上がろうとした、そのときだった。

「パンパカパァ~ン!」

 何やら音がすると同時に、天井から、大量の花吹雪と紙テープが落ちてきた。

「うわっ!」

 あっという間に、花吹雪と紙テープに埋もれたぼくは、必死でその中から這いずり出た。

「いったい、なんなんだ?」

 ぼくは、顔を出して呟いた。でも、その時、頭の中で何かが光った。

こんなこと、前にもあったぞ・・・ 何かがフラッシュバックした。

「おめでとうございます。正太さま」

 目の前に、虎猫がいた。しかも、二本足で立ち上がり、ぼくの名前を呼んでいた。

「な、なんなんだ・・・」

「なんなんだは、失礼ですニャ。まさか、私を忘れたわけではない二ャ?」

 言葉を話す猫。そんなバカな。夢でも見ているのか? いや、夢じゃない。これは、現実だ。

そして、ぼくは、この猫を知ってる。忘れるわけがない。そうだ、名前は・・・

「ニャン太夫さん!」

「正太さま、ただいま、戻ったニャ」

 ぼくは、花吹雪の山から這い出すと、目の前に小さな宇宙船があった。

「正太さん」

 中から、縫いぐるみみたいな水色と白い謎の生物が飛び出して、ぼくの胸に飛び込んだ。縫いぐるみがしゃべっている。うさぎのような、犬のような、謎の生き物だった。ぼくは、その、動く縫いぐるみを抱きしめた。

「ポコタン!」

「正太さん、会いたかったよ」

 ぼくは、その縫いぐるみを知っている。名前も知ってる。ぼくの相棒だ。

「姫さま、いつまでも中に入ってないで、出てくるニャ」

 ニャン太夫さんが言うと、中にもう一人誰かがいた。

中から出てきたのは、可愛い女の子だった。ぼくは、その女の子をよく知ってる。

忘れられないぼくのお嫁さんだ。

「ただいま、正太くん」

「お帰り、姫ちゃん」

 ぼくは、自然とそう口にしていた。ぼくの大事な彼女だ。大好きな女の子だ。

「帰ってきちゃった。また、いっしょに暮らしてもいい?」

 そう言って、照れくさそうに笑う彼女を見て、ぼくは言った。

「当り前じゃないか。ここは、ぼくたちのウチだよ」

 そう言うと、ぼくは、彼女を強く抱きしめていた。なんで、そんなことをしたのかわからない。でも、そうせずにはいられなかったのだ。

「姫ちゃん、お帰り。もう、離さないよ。ぼくは、キミのお婿さんなんだよ。いっしょにマール星に行こう」

 そう言うと、彼女は、ぼくの背中に回した手で、強く抱きしめてくれた。

そして、返事の代わりに何度も大きく頷いてくれた。

ぼくは、彼女の肩を掴んで体を離す。

「ご、ごめん」

 思わず、抱きしめてしまったことを謝った。でも、彼女は、こう言った。

「正太くん、泣いてるの?」

 言われて初めて気が付いた。ぼくは、泣いていた。涙が自然と流れていた。

「男の子なのに、おかしいわ。泣くのは、女の子の特権なのよ」

 そう言うと、彼女の笑顔が小さく歪んだ。大きなクリっとした目から大粒の涙が零れ落ちた。

「正太くん、会いたかったわ」

 そう言うと、彼女は、ぼくの胸に顔をうずめて、泣き崩れた。

彼女の泣く声を聞いて、ぼくは、彼女の頭を優しく撫でる。

「寂しかったの・・・やっぱり、あたしは、正太くんが好きなの。正太くんじゃなきゃ、ダメなの」

 彼女は、声を出して、初めてぼくの前で泣いた。今まで、どんな時も笑っていた彼女が初めて見せた泣き顔だった。いつも笑顔が絶えない、可愛い彼女だって、悲しいときはある。泣きたい時だってある。泣きたいときは、泣いてもいいと思う。

それが、今なら、たくさん泣いていい。

「姫ちゃん、ぼくも大好きだよ。もう、離さないから、泣かないで。姫ちゃんに悲しい顔は、似合わないよ」

「ホントに・・・」

「ホントだよ」

「ウソじゃないのね」

「ウソじゃないよ」

 そう言うと、ぼくは、彼女の顔を見詰めていった。

彼女は、まだ、涙をしゃくりあげて泣いている。涙で目が真っ赤だ。

ピンク色の可愛いほっぺたも涙で濡れていた。ぼくは、指で、彼女の涙を掬いあげる。そして、彼女の肩を抱きながら、涙で濡れる頬に初めてのキスをした。

「これが証拠だよ。信じてくれる」

 そう言うと、彼女は、また、大粒の涙を流して、何度も頷いた。

「泣かないで。姫ちゃんに涙は似合わないよ」

 ぼくは、ティッシュで涙をぬぐった。

「違うの。これは、うれし涙だもん。正太くんに、初めてキスされて、うれしかったんだもん」

 そう言われて、ぼくは、初めて自分のしたことに気が付いた。

彼女は、自分で涙をぬぐうと、泣き笑いの顔で照れるぼくを見ながら言った。

「これは、お返しよ」

 そう言って、今度は、ぼくの頬にキスをした。

今度は、ぼくが泣きそうになる。でも、ここは、我慢する。

「正太くん、これからもよろしくね」

「こちらこそ、よろしく」

「ウニャアァ~ン・・・」

「姫ぇ・・・」

 何事かと思ったら、ニャン太夫さんとポコタンが大号泣していた。

「姫さま、よかったニャ。正太さま、私は、感動した二ャ」

「正太さんは、やっぱり、ぼくが思ってたように、素敵な人だよ」

 そう言うと、ぼくの胸に飛び込んで、泣き喚いた。

「わかった、わかったから、もう、その辺で・・・」

「ウニャァ~ン」

「アァ~ン」

 泣き続けるニャン太夫さんとポコタンを、少し強引に引き離すと、彼女が笑っていた。

「何やってるのよ、二人とも。正太くんが困ってるじゃない」

「イヤイヤ、これは、失礼したニャ」

 ニャン太夫さんが、ティッシュで鼻を盛大にかんだ。

その音で、みんながドッと笑った。やっぱり、泣くより笑う方が楽しい。

「ねぇ、正太くん、もう一度、さっきのしてくれない?」

「えっ?」

「さっきのキスをしてよ」

「な、なに言ってんだよ・・・出来るわけないじゃん」

「それじゃ、あたしがしてあげようか」

「それも無理」

「なんで・・・ あたしのこと、好きって言ったじゃない」

「言ったけど・・・」

「それじゃ、証拠をもう一度見せてよ」

「まいったなぁ」

 ぼくは、頭をかきながら、困っていると、彼女は、目をつぶった。

「オッホン。ニャン太夫さんとポコタンも、向こうを向いてて」

 ぼくは、一度、咳ばらいをすると、二人に言った。

そして、彼女の頬に優しくキスをした。だが、唇が頬に触れようとしたその瞬間、彼女が向き直った。

あっと思ったときは、遅かった。唇同士が触れあって、ホントのキスをしてしまった。

「ヒューヒュー」

「姫も正太さんも、熱いねぇ」

 ニャン太夫さんとポコタンがはやし立てる。

でも、こうなったら、もう、後には引けない。ぼくは、そのまま彼女抱きしめて、初めてのキスをした。

彼女の唇は、柔らかくて温かかった。なんて優しいキスなんだろう。ぼくは、この日のことは、一生忘れない。

 ゆっくり顔を離すと、お互い顔を見つめあい、恥ずかしそうにしながらぎこちなく微笑んだ。

「姫、よかったね。正太さんにキスしてもらって」

「こら、変なこと言わないの」

 ポコタンが彼女に怒られて、ペロッと舌を出して見せた。

 

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