第11話 初めての大晦日。
翌日は、早めに起きて、豪華な朝食をみんなで食べる。
目が覚めたら、彼女は、隣にいなかった。部屋を出ると、姉ちゃんと母さんが彼女と廊下を歩いていた。
「今頃起きてきて、もうすぐご飯よ」
「あたしたちは、三人で、朝風呂に行ってきたとこ」
「正太くん、おはようございます。気持ちよかったですよ」
ホカホカの風呂上がりの彼女が、頬をピンク色に染めながら言った。
ぼくは、姉ちゃんと母さんを送って、彼女と部屋に戻った。
「朝食ですよ。レストランに行きましょう」
ホテルの朝食は、宴会場でバイキング形式だった。
ぼくは、とりあえず、浴衣姿のまま、みんなといっしょに宴会場に向かった。
ぼくたちの他にも泊り客がそれぞれテーブルについて 朝食を食べていた。
ぼくたちも、同じように、好きなものを取りに行く。
ご飯などの和食の他に、パンなどの洋食も用意されていた。
朝ご飯は、いつも学校のこともあって、急いで食べるだけだが、今日は、ゆっくり食事ができる。しかも、かなり豪華でいろんなものが並んでいた。
朝食は、あまり食べない姉ちゃんでさえ、お皿に山盛りのおかずを取ってきて、
ご飯をお代わりしている。彼女は、バイキングのずらっと並んだおかずの前で、悩んでいる。
「どうしたの?」
ぼくが声をかけると、彼女は、何かに悩んでいる様子だった。
「どれを食べたらいいか、わかりません」
「好きなのを食べたらいいんだよ」
「でも、どれもみんなおいしそうです」
「それじゃ、ぼくの真似してよ」
ぼくは、お皿に、アジの開き、卵焼き、肉じゃが、海苔、納豆、ソーセージを乗せた。彼女も同じようにして、ご飯とみそ汁を持って、テーブルに戻る。
我が家は、和食派らしい。父さんと母さんもご飯に味噌汁だった。
全員揃ったところで、みんなで挨拶だ。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
手を合わせて食事が始まった。彼女は、一口食べるたびに、おいしいを連発する。
何でもおいしそうに食べる彼女を見るが、ぼくは好きだった。
他の客たちには見えないが、ニャン太夫さんとポコタンも夢中でご飯を食べている。
「うまいニャ」
「ホントにおいしいよね。いくらでも入っちゃうよ」
食いしん坊な宇宙人たちだ。
「正太、朝風呂は、入ったのか?」
「それが、まだ。さっきまで、寝てたから」
「しょうがないな。それじゃ、父さんと入るか」
「正太は、姫子ちゃんと入りたいんじゃないの」
姉ちゃんが言うので、ぼくは、みそ汁を吹き出しそうになった。
「何を言ってんだよ。父さん、風呂に行こう」
ぼくは、顔を真っ赤にして言った。その横で、彼女は、小さく笑っていた。
朝から恥ずかしいこと言うなよ。ぼくは、姉ちゃんを睨んだけど、まったく気づいていなかった。
食事の後に、父さんと風呂に入った。ぼくたち以外にも、風呂に入ってる人たちもいてなんとなく、賑やかだった。
「父さん、連れてきてくれて、ありがとう」
「どうってことないぞ。私も、久しぶりにみんなと旅行ができて楽しかった。それに、姫子ちゃんがあんなに喜んでくれて、正太も来てよかっただろ」
「うん」
「それで、昨日の夜は、どうだった? まさか、変なことしてないだろうな」
「してない、してない。ふとんに入ったら、そのまま朝までぐっすりだよ」
変なことはしてないけど、いっしょのふとんで寝たことは、ないしょだ。
「まさか、お前の彼女が、星のお姫さまとは、思わなかったな」
「ぼくもそう思うよ」
「マール星に行く決心はついたのか?」
「まぁね。その前に、受験があるし」
「そうだな。大学に落ちたら、格好つかないからな」
まったくその通りだ。最低でも、大学に受からないと、マール星でのぼくの立場がない。それに、何よりも、彼女にも申し訳が立たない。
「年が明けたら、正太も受験生だから、しっかりがんばりなさい」
父さんの一言は、胸に響いた。がんばらなきゃとぼくも気持ちを改めた。
風呂から上がると、午前中にもう一滑り、スキーを楽しんで、ぼくたちは、帰路についた。帰りも彼女たちは、車の窓から見える景色を楽しんでいた。
でも、トンネルに入って、真っ暗なると、いつの間にか、居眠りを始めていた。
彼女だけでなく、姉ちゃんと母さんまでうとうとしている。
ぼくは、膝に丸くなって寝ているニャン太夫さんを起こさないようにしながら、
なんとなく寝るタイミングがなくて、前を見ていた。
「今度は、正月だからな。姫子ちゃんは、地球の正月も初めてだろ。学校も冬休みだし帰ったら、やることはたくさんあるからな」
「わかってるよ」
「とりあえず、正太は、大掃除頼むぞ」
「父さんは?」
「私は、締め切りがあるから、掃除どころじゃない。年末までに書き上げなきゃいけない原稿があるんだ」
こんな時、父さんが羨ましい。例年、大掃除は、ぼくの担当だった。
母さんは、正月の買い出しやその準備で忙しい。姉ちゃんは、サボってばかりで手伝ってくれない。
父さんは、原稿の締め切りで毎年ギリギリまで、小説を書いている。
ぼくは、ため息しか出ない。
でも、今年は違う。彼女もいるし、ニャン太夫さんたちもいる。
少しは、手伝ってくれるだろうと、思っていた。
帰宅して、しばらくすると、あっという間に年末だ。
我が家だけでなく、どこの家庭も、正月の準備で忙しい。
そんなある日、母さんがぼくたちを集めていった。
「今年のお正月の準備は、人が増えたから、余裕を持ってやるからね」
そうは言っても、姉ちゃんは、サークルの忘年会とかで、すでに出て行った。
相変わらず、逃げ足が速い。
「ニャン太夫さんとポコちゃんは、おせち料理に正月飾りを手伝ってね。正太と姫子ちゃんは、掃除担当だから家の中をきれいにしてね。正太、ちゃんと教えてあげるのよ」
結局、ぼくは、大掃除の担当だった。でも、今年は、彼女もいっしょだから
大変だけど、楽しくなりそうだった。
「お母さま、お任せくださいニャ。何でもお手伝いするニャ」
「おいらもがんばるよ」
ニャン太夫さんたちは、早くもやる気満々だ。
「正太くん、大掃除って、どうやるんですか? あたしもがんばります」
彼女も張り切っている。こうなったら、二人で、家中をピカピカにしてやろう。
そんなわけで、ぼくたちは、彼女と分担して、掃除をすることになった。
ところが、実際にやってみると、かなり重労働だった。
狭い我が家でも、大掃除となると、かなり体力的にハードだ。
普段はやらない窓拭きや庭の手入れ、ゴミ出しまで、普段余り運動をしないぼくにとっては大変だった。
なのに、彼女は、掃除の一つ一つも楽しそうにやっている。
風呂掃除やトイレ掃除も嫌がることもせず、がんばっている。
ぼくも負けていられないと思って、張り切った。
「正太、買い物に行ってきて」
母さんに呼ばれて、掃除を中断して、買い出しに行くことも何度かあった。
ニャン太夫さんやポコタンだけで、買い物には行けないからだ。
ぼくは、荷物持ちとして、ポコタンを連れて、近所の商店街に行く。
その間に、日本の正月というものについて、ぼくなりに説明した。
歩いているだけで、商店街は、正月飾りがたくさんあって、盛り上がっている。
ポコタンは、それを見て、ワクワクしているのが手に取るようにわかる。
「お正月って、楽しんだね」
「楽しいといえば、楽しいかな。今は、そうでもないけどね」
マール星には、お正月という行事はあるのか聞いてみる。
でも、そもそも、カレンダーというのがない。日にちの感覚や曜日というのもないので、一年の行事やイベントと言うものもなく、年が明けるとか、年が改まるという感覚もない。そんな話をしながら買い物をした。
お餅、おせち料理の材料、家庭用の門松、正月飾りなど、結構な荷物になった。
一時間ほどで、買い物を済ませて、両手一杯の荷物を持って帰宅する。
ポコタンも背中に買い物袋を背負って重そうだった。
「ご苦労様。ポコちゃんもありがとうね」
「これくらい、どうってことないよ」
母さんは、ポコタンに冷たいお茶を出すのに、ぼくには、ないらしい。
「正太は、掃除の続きをしてね」
「ハイハイ」
ぼくは、肩を落として、掃除の続きをしに行った。
すると、風呂場から彼女が出てきた。短パンに半そでのシャツで、うっすら汗をかいていて、なんとなくドキッとする姿だった。
「ごめん、一人でやらせて」
「大丈夫よ。お風呂の掃除は済ませたわ」
「それじゃ、他のとこの掃除をするよ」
「トイレも窓拭きもやったわよ」
彼女は、とても働き者だ。とても、お姫さまとは思えない。
ぼくたちは、庭に降りて、ゴミの分別をしながらまとめることにした。
「地球には、一年にいろんなイベントがあるだろ」
「そうね。でも、どれも楽しいわ」
「マール星には、ないんでしょ?」
「そうね。日にちとか曜日の感覚はないわ」
「それじゃ、一日の終わりとか、明日の予定とか、わからないじゃん」
「そうなの。だから、あたしが、女王になったら、そういうところも変えていきたいの」
「なるほどね。いいんじゃないの」
そんな話をしながらやっていると、ゴミ掃除も楽しくできる。
夕方になって、掃除も終わって、なんだか疲れる一日だった。
そんな時、部屋の中から、いいニオイがしてきた。
ぼくたちは、ニオイに釣られて、部屋に戻る。
「ゴミ掃除は、終わったよ」
「ご苦労様。こっちも終わったわよ」
見ると、テーブルの上には、おせち料理の重箱が並んでいた。
ホントに、宝箱のようだった。ニオイの元は、これだったのか。
ぼくも彼女も、しばしそれを見詰めていた。
「どう、おいしそうでしょ。ニャン太夫さんとポコちゃんも手伝ってくれたのよ」
母さんが言うと、二人は、ドヤ顔で胸を張っている。
「それじゃ、味見をするニャ」
そう言って、ニャン太夫さんが肉球が付いている手を伸ばした。
「ダメよ。これは、お正月になったら食べるの。今は、食べちゃダメ。我慢するのよ」
母さんは、そう言って、重箱に蓋をした。
「どうして、今日は、ダメなんですか?」
彼女は、当たり前の疑問を持った。
「これはね、お正月に食べる縁起ものなのよ。これを食べて、一年、健康でいられるようにっていうとても縁起がいい食べ物なの。それに、お正月くらいは、お母さんは、休まないとね。毎日、食事を作ってるでしょ」
「なるほど。それは、とてもいいニャ。お母さまは、毎日、食事を作って、大変ニャ。お正月くらい、休むニャ」
ニャン太夫さんが、わかったような顔をして、納得している。
宇宙人で猫が、何を言ってんだと思う。
母さんは、おせち料理が入った重箱をきれいに包むと、戸棚にしまった。
「それじゃ、今夜のおかずは、どうするニャ?」
「ちゃんと別に用意してるわよ。今夜は、ハンバーグよ」
「あたしもお手伝いします」
「ありがとう。それじゃ、お肉をこねてもらおうかな」
母さんと彼女は、今夜の夕飯の準備を始めた。
「正太さま、私たちは、一度、ウチに帰って、マール星に報告するから、ちょっと失礼するニャ」
「わかった」
すっかり忘れていたけど、ぼくのウチの向かいは、彼女たちのウチなのだ。
今は、ぼくのウチでいっしょに暮らしているけど、本来は、別々なのだ。
ぼくは、部屋に戻って、マンガでも読もうと思った。
だけど、下のことが気になって、マンガに集中できない。
彼女と過ごす正月は、きっと、いつもと違う正月になるだろう。楽しみだ。
しばらくすると、ポコタンがやってきた。
「正太さん、ご飯できたよ」
「今、行く」
ぼくは、ベッドから起き上がって、ポコタンと一階に降りた。
テーブルには、ホカホカのハンバーグが並んでいた。目玉焼きにチーズも乗っている。見るからにおいしそうだ。
「ハンバーグは、姫子ちゃんが焼いたのよ」
「そうなの?」
「ちゃんと焼けてるか心配だけどね」
「そんなことない。大丈夫だよ」
まだ、食べてもいないうちから、こんなことが言える自分にちょっと驚いた。
ぼくは、自分の席に着くと、ニャン太夫さんがご飯をよそってくれた。
「大盛にしといたニャ」
そう言って、長いシッポを振っている。
「サラダは、ぼくとお母さんで作ったんだよ」
ポコタンが自慢するように言った。ウチには、料理担当が何人もいるらしい。
彼女も母さんも席について、食べようとすると、ニオイに釣られて、書斎から父さんが出てきた。この数日、書斎に籠りっきりで顔を見ていなかった。風呂には、入ってるんだろうか? 頭はボサボサで、ヨレヨレのジャージを着て、少しやつれた感じもする。
「お父さま、お疲れ様です」
「いいニオイだ」
そう言って、席に着くと、誰よりも先に箸をつけた。
「うまい! 母さん、姫子ちゃん、うまいぞ」
「よかった」
彼女は、嬉しそうに父さんを見ている。ぼくも負けていられないぞ。
ぼくもハンバーグを一口食べた。
「おいしい。姫ちゃん、おいしいよ」
肉の味が口一杯に広がり、肉汁が溢れる。目玉焼きは半熟だし、チーズが何とも言えない。ぼくは、夢中で食事をした。もう、おいしくてたまらない。
ニャン太夫さんも、ポコタンも、彼女もおいしそうに食べている。
「ただいま。あら、いいニオイ」
絶好のタイミングで姉ちゃんが帰ってきた。
「お姉さまの分もちゃんとあるニャ」
「あら、ありがとう。お腹減ったのよね」
そう言うと、着替えもしないで、席に座った。そして、ものすごい勢いで食べ始めた。
「姉ちゃん、ずるいよ。ぼくと姫ちゃんは、大掃除したんだぞ」
ぼくは、姉ちゃんに苦情を言った。すると、ご飯を飲み込んだ姉ちゃんが、上から目線で言い返した。
「あたしが、掃除をサボったっていうけど、あたしだって、ちゃんと、正月用の準備をしてきたんだからね」
そう言って、床に置きっ放しの大きな紙袋を見せた。
中から出てきたのは、凧やコマ、すごろくなどのゲーム、お正月用の高そうなお酒や紅白のお饅頭だった。
「なにこれ?」
「何って、凧よ。アンタだって、子供のころ、お父さんと遊んだじゃないの」
それはそうだけど、あの頃は、ぼくもまだ小さかったわけで、高校生になった今となっては凧あげやコマ回しなどして、遊ぶ年ではない。
「言っとくけど、これは、正太じゃなくて、姫子ちゃんとニャン太夫さんたちと遊ぶために買ってきたんだからね」
「そうなんですか?」
「姫子ちゃん、ポコちゃん、ニャン太夫さん、お正月は、凧あげとか、カルタとか、いろんなことして遊ぶのよ」
「それは、楽しみニャ」
ニャン太夫さんは、それを聞いて、嬉しそうだった。
「お姉さん、ハンバーグどうぞ」
ポコタンが、姉ちゃんにハンバーグを出す。
「ありがとね」
ぼくより姉ちゃんのが、お気に入りらしい。
それでも、今夜の夕飯も、おいしくて、楽しかった。
父さんは、ビールを飲んで、やっと一心地ついたらしく、思い出したように書斎に行った。
「姫子ちゃん、これをあげよう。今度の新刊だ。姫子ちゃんたちのことをモデルに書いた本だ。読んでくれるかい?」
「ハイ、ありがとうございます」
渡された本を見ると、タイトルが『彼女は、星のお姫さま』とあった。
推理小説を書いている父さんが、ファンタジーというか、ラブコメ的な本だった。
全然ジャンルが違うのに、いったい、どういう風の吹き回しなのかと不思議だった。
こうして、楽しい食事が終わると、彼女は、早速、部屋に戻って本を読み始めた。
ぼくは、自分の部屋で、ポコタンとニャン太夫さんと過ごした。
「正太さま、ホントに、地球というのは、いい星ですニャ」
「そうなのかな?」
「そうニャ。マール星は、平和な星とは言っても、いつ、侵略されるかわからない二ャ」
「そんな、大袈裟な」
「それは、地球が平和だからそう思うニャ。宇宙には、悪いことをするのもたくさんいるニャ」
「マール星が狙われているってこと?」
「そう思っても、不思議はないってことニャ」
そんな話を聞くと、宇宙は、平和というわけではないらしい。地球人のぼくには、実感はないけど。
「姫は、そのために、マール星を守らなきゃいけないんだよ」
「姫ちゃんも大変だな」
「だから、正太さまが必要なのニャ」
「ぼくには、無理だよ。何もできないよ」
「できるニャ。正太さまの平和を願う気持ちがあれば、マール星は、もっと平和な星になるニャ」
話が壮大すぎて、ピンと来ないけど、ぼくはぼくなりにがんばってみようと思う。
結局、この日は、彼女は、部屋から出てこなかった。本を読むのに夢中みたいだった。
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