第10話 初めてのクリスマス。

 楽しい夕食が終わるころ、館内放送があった。

『お楽しみのところ、失礼いたします。本日は、クリスマス・イブということで、ささやかながら当ホテルで、クリスマスパーティーを開催いたします。お時間のある方は、ロビーまで、お越しください。皆様のご参加を、楽しみにしております』

「クリスマスパーティーだって。行ってみない?」

 姉ちゃんが言った。

「そうねぇ、みんなで行ってみましょうか」

 母さんの提案で、みんなでロビーまで降りて行った。

ロビーの広場には、大きなクリスマスツリーがあって、クリスマスケーキや飲み物がたくさん用意されていた。

「うわぁ、すごいですね」

 彼女が、目をキラキラさせながら、きれいに飾られたクリスマスツリーを見ながら感激している。

「これが、クリスマスツリーよ」

「そうなんですね。とてもきれいだわ」

 姉ちゃんにクリスマスのことを聞いて、ワクワクしているのがぼくにも伝わる。

周りを見ると、宿泊客が、大勢やってきていた。

「メリークリスマス! ようこそ、当ホテルへ。今夜は、クリスマス・イブなので

どうぞ、お楽しみください。また、お子様には、クリスマスプレゼントもご用意しております。お酒も用意してあるので、大人の皆さまも、お楽しみください」

 ホテルの支配人らしい人が、サンタの真っ赤の衣装を着ていた。

そして、同じく、真っ赤なサンタのコスプレした女性の従業員が、大きなクリスマスケーキをワゴンで運んできた。

「それでは、皆様、お好きな飲み物をどうぞ」

 サンタの衣装に着替えた仲居さんたちが、ぼくたちに飲み物を配る。

ぼくと彼女は、ジュースだけど、大人の人たちは、シャンパンやらビールを持っている。

全員に配られると、サンタさんの掛け声に合わせてお決まりのセリフを口にした。

「メリークリスマス!!」

「メリークリスマス」

 声を合わせて乾杯する。切り分けられたケーキを食べながら、ぼくと彼女はジュースを飲んだ。

「おいしいですね」

 彼女は、ケーキを一口食べるなり、そう言った。

「ケーキは、初めてだっけ?」

「ハイ、初めて食べます」

「それじゃ、たくさん食べるといいよ」

 ぼくは、笑顔でそう返した。

「でもね、食べすぎは、太るから気を付けるのよ」

 姉ちゃんが横から口を挟んだ。

「そうですね。気を付けます」

 彼女は、笑顔で言いながらも、ケーキに夢中だった。

誰もが浴衣姿で、ケーキを食べるというのは、ちょっと変わってるなと思ったけど

これはこれで、記念になるなと思った。

 ほかの宿泊客も楽しそうだった。写真を撮ったり、おしゃべりしたり、

思い思いのクリスマス・イブの夜を楽しんでいた。

「正太、姫子ちゃん、こっち向いて」

 姉ちゃんに言われて振り向くと、いきなり写真を撮られた。

「ちょっと、姉ちゃん、いきなりはやめてよ」

「いいじゃない。記念写真よ」

 すると、彼女が、ぼくの腕を組んで、Vサインをした。

「お姉さま、写真をお願いします」

「ハ~イ、チーズ」

 彼女の満面の笑みと、それにビックリしているぼくは、対照的な1枚だった。

「それでは、お楽しみの、クリスマスプレゼントです」

 サンタクロースがそう言うと、大きな袋から、子供たちに一人ずつ、箱に入ったプレゼントを渡して回った。

「ハイ、どうぞ」

 なんと、ぼくにもプレゼントをくれたのだ。もう、子供じゃないのに・・・

「ありがとうございます」

 とりあえず、そう言った。この年で、プレゼントをもらうとは思わなかった。

事実、クリスマスプレゼントを欲しかったのは、中学1年の時までだった。

「メリークリスマス、ハイ、プレゼントです」

「まぁ、あたしもいいんですか?」

「どうぞ、可愛いお客様ですからね」

 彼女もプレゼントをもらったようだ。嬉しそうにニコニコしている。

「見てみて、あたしももらっちゃった」

 嬉しそうに、ぼくにプレゼントを見せてくる。

「よかったね。ぼくも、ほら」

「あら、正太くんも・・・二人お揃いね」

 そう言って、彼女は、嬉しそうに笑った。こんな笑顔を見られるなんて、ぼくは、ホントに幸せ者だ。

「ところで、ニャン太夫さんと、ポコちゃんは?」

 母さんの一言で、ぼくは、はっと気づいた。

そういえば、あの二人がいない。どこに行ったのか、周りを探してみると・・・

「ポコタン、これは、ホントにおいしいニャ」

「ニャン太夫さん、マール星のみんなにも食べさせたいよね」

 なんと、あの二人は、ケーキを夢中で食べていた。口の周りをクリームだらけにしながら口一杯にケーキを頬張っていた。なんだか、呆れる。宇宙人というか、猫と不思議な水色の生き物がケーキに夢中になっている姿は、おかしかった。

「ニャン太夫さん、ポコタン、何してんの?」

「正太さま・・・ この食べ物がとても甘くて、おいしくてつい・・・」

「別にいいけどさ、食べすぎるなよ」

「正太さん、ケーキって、おいしいですね」

 ポコタンは、口をもごもごさせながら言った。

ちょっとした、クリスマスパーティーが終わると、宿泊客は、それぞれ部屋に戻っていく。

父さんたちは、寝る前に、もう一度、風呂に入るといって、今度は、大浴場に行った。

「正太くん、ちょっと、お散歩しない?」

「えっ?」

「ちょっとだけ、外をお散歩してみない?」

「いいけど、寒くない?」

「その後、お風呂に入るから」

「ふ、風呂に・・・」

「大丈夫よ。今度は、家族風呂じゃないから」

 ぼくは、一瞬、彼女の裸を思い出して、赤くなった。

でも、彼女の一言で、ホッとするのと、ちょっと惜しかった自分に気が付いた。

「それじゃ、父さんたちに言ってくるよ。心配するといけないから」

 ぼくは、エレベーターに行こうとする父さんたちに、彼女と散歩してくるということを伝えた。

夜は寒いし、周りは暗いので、気を付けるように言われて、彼女の元に戻った。

「それじゃ、行こうか」

 ぼくは、彼女を促して、ホテルの玄関から、サンダルに履き替えた。

彼女も同じようにして、サンダルを履くと、二人で玄関から外に出た。


一気に冷たい空気が体にまとわりつく。吐く息が白い。外は街灯一つなく真っ暗だ。ぼくたちは、しばらく立ち尽くしていた。浴衣では、寒い。

「見て」

 彼女は、上を見上げた。ぼくも顔を上に向ける。すると、そこには、満天の星が見えた。真っ暗な夜空に、きれいな星が数えきれないほど光っていた。

都会では、見ることができないくらい、星が見えた。

ぼくたちは、呆然とそれを見上げていた。余りにもきれいすぎて、感動する。

「きれいね」

「うん」

 他に言葉はいらない。言葉にしなくても、ぼくたちの気持ちは同じだった。

ぼくたちは、自然と並んで、星を見上げたままゆっくり歩き始めた。

「マール星は、どれかな?」

「残念だけど、マール星は、地球からじゃ見えないわ。すごく遠いから」

「そうなんだ・・・」

 いったい、どれくらい遠いのか、全く見当がつかないけど、これだけ見える星の中にもないというならものすごく遠いんだろうということだけは、なんとなくわかる。

 道路の両側は、白い雪の壁ができていた。この時間では、車など走っていない。

シーンとして、とても静かだ。まったく音が聞こえない。聞こえるのは、ぼくたちが歩く音だけだ。

「地球に来て、ホントに良かった」

 彼女が唐突に言った。

「それは、何度も聞いたよ」

「何度でも言いたいの。あたし、地球が大好き。あたしも地球人に生まれればよかったな」

「そうかな?」

「だって、地球は、こんなにきれいで、素敵な星なんだもん」

「マール星だって、素敵な星なんだろう?」

「そうよ。マール星だって、とっても素敵な星よ。でも、マール星には、雪とかないし、サンタさんもいないもの」

 彼女は、ロマンチストなんだなと思った。でも、女の子だから、そこが可愛いとも思う。

横を向けば、浴衣姿の可愛い彼女がいる。白い息を吐きながら、星を見上げて、目を輝かせている。

ぼくには、夜空に輝くきれいな星より、彼女のがきれいに見える。

「正太くん、プレゼントを見てみようよ」

 すっかり忘れていた。そういや、サンタさんにもらったプレゼントを抱えていたのだ。ぼくたちは、その場で、小さな箱を開けてみた。

「可愛い!」

 箱の中から出てきたのは、小さなサンタクロースの人形だった。

彼女は、それを見て、嬉しそうに笑った。

ぼくも箱を開けてみる。すると、中から出てきたのは、同じサンタの人形だった。

「あら、同じね」

「お揃いってことかな」

 二人揃って、同じサンタの人形を手にして、思わず笑ってしまった。

「これも地球の記念になるわ」

 彼女は、そう言って、大事そうにサンタ人形を抱えた。

「そろそろ戻ろうか。寒いだろ」

「そうね。また、温泉で温まるわ」

 そう言って、ぼくたちは、ホテルに歩き始めた。

そのとき、ふいに彼女の手が触れた。思わず、その手を引いてしまう。

すると、彼女の方から、ぼくの手を握り返した。ぼくは、前を見たまま、彼女の手を握り返す。冷たくて細くて、柔らかな手だった。

「正太くんの手、冷たいね」

「姫ちゃんだって」

 彼女は、そう言って、小さく笑った。このままいつまでも手を繋いで歩きたかった。ホテルに戻ったぼくたちは、とりあえず、父さんたちの部屋に行った。

「お帰り。お散歩は、どうだった」

「ハイ、楽しかったです」

 母さんが言うのを、彼女は、笑顔で答える。

「見てください。サンタさんからもらったプレゼントです。正太くんとお揃いなんですよ」

 そう言って、サンタの人形を嬉しそうに見せる。

「へぇ~、正太、よかったじゃん」

 姉ちゃんが彼女にではなく、ぼくに言った。

「まぁね」

 ぼくは、照れくさいのを隠してそう言うしかできなかった。

「寒かっただろ。もう一度、寝る前に、温泉に入って、温まってきなさい」

 父さんに言われて、ぼくと彼女は、一度部屋に戻って、タオルをもって、大浴場に向かった。

「それじゃ、後で」

「うん」

 大浴場は、男湯と女湯に別れているので、それぞれの暖簾をくぐった。

ぼくは、服を脱いで、内湯に入った。時間も遅いので、ぼくのほかには誰もいなかった。おかげで、手足を伸ばして、ゆっくりできる。貸し切り気分でゆったりできてよかった。

 温かいお湯に体を沈めると、ちょっと前のことが思い出す。

スキーのこと、その後の家族風呂でのこと、夕食の時、クリスマスパーティーのこと、散歩したこと今日1日で、いろんなことがありすぎて、ホントに充実した一日だった。

「ハアァ~」

 心の底から、息を吐いた。気持ち良すぎて、体がとろけそうだ。

冷たかった体が温まっていくのが自分でもわかる。

 その時、ドアが開く音がした。誰かが入ってきたのかと思って振り向くと、そこにいたのはニャン太夫さんとポコタンだった。そして、勢い良く、お湯に飛び込んだ。

「ちょっと、お湯が飛ぶだろ。静かに入れよ」

「イヤイヤイヤ、正太さま、この度は、私共も温泉に連れてきてもらって、ホントにありがとうございますニャ」

「お礼なら、父さんに言えよ」

「それも、正太さんがいたからだよ」

 ポコタンがお湯から顔を出していった。

「ところで、正太さま」

「なに?」

「先ほどは、姫さまと散歩に出かけたようですが、いかがでしたか二ャ?」

「星がきれいだったよ」

「それだけ?」

「そうだけど」

 そう言うと、ニャン太夫さんとポコタンは、ものすごく深いため息をついた。

ぼくには、その意味がわからない。

「正太さま、あの時、私どもは、わざと遠慮した二ャ」

 それがどうしたというんだ。気を利かしたから、お礼でも言ってほしいのかと思った。

「それは、ありがとう」

「そうじゃないよ。正太さん」

 ポコタンが湯舟の縁に立ち上がると、ブルルッと一度体を振るわすと、腰に手を当てていった。

「姫のことをどう思ってるの?」

「そんなのいまさら、聞かなくてもわかるだろ」

「だったら、キスの一つもしたんですか?」

「ハァ! キ、キ、キス・・・」

 ぼくは、思わず声が裏返った。

「地球人の男女は、好き同士は、キスをするというじゃないですか。正太さんは、姫にしてないんですか?」

「し、してるわけないだろ。ぼくたちは、まだ、高校生だぞ」

「高校生がどうしたというニャ。そんなの関係ないニャ」

 ニャン太夫さんが熱く語り始めた。

「正太さま、勇気を持つニャ」

「わかってるよ。わかってるけど・・・」

「今夜がチャンスニャ」

「何を言ってんだよ。ぼくは、そんなことしないよ」

「正太さん、姫のこと、好きなら、ちゃんと意思表示しなきゃダメだよ」

 宇宙人のくせに、何をわかったようなことを言うんだ。

だいたい、こういうことは、順番があるんだ。いきなりキスだなんて、そんなことできるわけがない。

そんなことして、もしも、嫌われたらどうする。父さんたちは、ぼくを信用して、別々の部屋にしてくれたのにそれを裏切るようなことをしたら、明日、どんな顔をして会えばいいんだ。

「言葉だけじゃ、伝わらないこともある二ャ」

「・・・」

「正太さま。姫さまのこと、頼みますニャ」

 ぼくには、それがどういう意味なのか、わからない。ぼくもまだまだ子供なのだ。

「もう、上がるよ」

 ぼくは、誤魔化すように言って、風呂から上がった。

体を拭いて、浴衣に着替える。ニャン太夫さんたちもタオルで体を拭いている。

大浴場の入り口に行くと、冷たい水がサービスで置いてあるので、それを一口飲んでいると彼女が出てきた。

「あら、正太くん」

「姫ちゃん」

 タイミングを計ったように、入り口でバッタリ会った。

ぼくは、冷たい水を彼女にも上げた。彼女は「ありがとう」と言って、それをおいしそうに飲んだ。

「部屋に戻ろうか」

 ぼくは、そう言って、先に歩いた。

彼女もぼくの後について歩いている。スリッパの音だけが廊下に響いた。

さりげなく、振り向くと、ニャン太夫さんたちの姿が消えていた。

 父さんたちの部屋に一度顔を見せて、寝ることを伝えた。

お休みの挨拶をして、ぼくと彼女は、隣の部屋に入った。

 ふとんは、二組敷いてある。もちろん、離れてだけど。

テレビをつける気にもならないので、ぼくたちは、それぞれのふとんに潜り込んだ。

「もう寝る?」

「もう少し、話をしていたいわ」

 彼女は、天井を見たまま言った。だけど、ぼくは、何を話していいのかわからない。沈黙だけが流れた。

「正太くん、今日は、楽しかったですね」

「ぼくも楽しかったよ」

「こんなに楽しかったことは、地球にきて初めてですわ」

「それは、よかったね」

 なんだ、この会話は・・・ 空々しいというか、何の感情もないというか、今日の感想だけじゃないか。

その時、彼女がぼくの方を向いて言った。

「そっちに行ってもいいですか?」

「えっ!」

「今夜は、いっしょに寝たいんです」

 待て待て、心の準備ができてないぞ。隣には、父さんたちがいるんだ。

間違いなんて、絶対に起こしたら、ぼくは、怒られるだけじゃ済まない。

 しかし、彼女は、すでに自分のふとんから出て、ぼくのふとんの中に潜り込んできたのだ。

「正太くん、あたし、ホントにあなたに会えてよかったです。地球の言葉で言えば、愛しています」

 まさか、高校生で、愛してるなんて、こんな可愛い子から言われるとは、思わなかった。

しかも、同じふとんの中で、目と鼻の先には、彼女の顔がある。

ぼくは、どうすればいい? どうしたらいいんだ? こんなことなら、もっと、異性のことを勉強しておけばよかった。

ぼくの頭の中は、ぐるぐる回って、思考回路も止まる寸前で、体がどんどん熱くなってくる。

 ぼくは、どうしたらいいのかわからないけど、とりあえず、彼女の頭の下に腕を入れてみた。でも、彼女は、ぼくの胸のところに頭を置いた。

ぼくは、勇気を出して、彼女の肩を抱いた。強く抱いたら、壊れそうだった。

彼女の顔が、ぼくのすぐ下に見える。彼女は、上目遣いでぼくを見ると、優しく微笑みかけていった。

「おやすみなさい」

 そう言うと、彼女は、目を閉じた。そのまま、彼女は、すぐに眠りに落ちたようで、小さな吐息が聞こえた。安心して眠っている彼女の寝顔を見たら、何もする気にならなかった。

このまま朝まで、ゆっくり寝かせてあげよう。ぼくは、そう思って、彼女の肩をやさしく抱いてぼくも目を閉じた。電気を消して、部屋を暗くすると、シーンとなった部屋の中は、小さな彼女の寝息しか聞こえない。ぼくの心臓は、ドキドキしている。

その緊張の音を聞かれないか、心配していた。ぼくの心臓の音がうるさくて、寝られなかったら困る。

でも、彼女は、小さく呼吸をしながら眠っていた。まるで、その顔は、眠り姫だ。

 ぼくは、そんな彼女の顔を見ると、とてもキスなどできる状況ではない。

そして、彼女の呼吸に合わせて息をすると、ぼくもいつの間にか、眠ってしまった。

 

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