第9話 初めての温泉。

「それじゃ、メシの前に、風呂でも行くか」

「早速、貸切風呂?」

「遅くなると、混むからな。今のウチに、入っておいた方がいいと思うけど」

「じゃ、そういうことで。一度、部屋に戻って、着替えてきてね」

 父さんと姉ちゃんが、そう言うと、ぼくの気持ちなど聞かずに、部屋に戻っていった。

いよいよか・・・ いきなり、家族風呂か。心の準備ができてないぞ。

すると、母さんが、ぼくと彼女に小さな声で言った。

「あなたたちは、無理しなくていいからね。大浴場には、男女別のお風呂もあるんだから」

 そう言って、母さんは、エレベーターのほうに歩いて行った。

ぼくの気持ちは、まだ、決まっていない。だって、彼女と風呂に入るということは、

お互い裸になるということだ。自慢じゃないが、ぼくは、体に自信がない。

異性に裸を見られることに抵抗があった。母さんや姉ちゃんの裸も見ることになる。

子供のころならともかく、高校生にもなって、いくら家族とはいえ、女の裸はかなり恥ずかしい。

身内となれば、なおさらだ。母さんと風呂に入ったのは、幼稚園のころ以来だし、

姉ちゃんとも小学生の一年生くらいのころが最後だ。

「正太くん、早く、早く」

 彼女に呼ばれて、我に返った。ぼくは、みんなが待つエレベーターに乗り込んだ。

今からこんなに緊張しているのに、裸になったら、もっと緊張するだろう。

「それじゃ、着替えたら、お父さんたちの部屋に来るんだぞ」

 そう言われて、ぼくたちは、それぞれの部屋に別れた。

部屋に入ると、彼女は、スキーウェアを脱ぎ始めたので、また、慌てた。

「ちょっと、ストップ」

「えっ?」

 彼女がビックリしたような顔をして、その手を止めた。

「ぼく、後ろを向いてるから」

「うふふ、別にいいのに。正太くんて、ホントに恥ずかしがり屋ね」

 彼女は、そう言って、背中を向けて服を脱ぎ始めた。

ぼくも後ろを向いて、ウェアを脱いで、急いで浴衣を着る。

 男用は、薄い青のアサガオの柄が入っている浴衣だった。

帯を締めると、彼女も浴衣を着ているようで、帯を締める音や布が擦れる音が聞こえた。

「どう、着れた?」

 ぼくは、後ろを向いたまま聞いた。

「もう、いいわよ」

 彼女の声を聞いて、ぼくは、前を向いた。

「どう?」

 目の前にいたのは、薄いピンクにアジサイの柄が入った浴衣を着た、世界一可愛い女の子だった。

「似合う?」

 彼女が袖を翻して見せた。ぼくは、余りの可愛さに、言葉が出なかった。

「姫さま、宇宙一、素晴らしいニャ」

「この姿を、王様と女王様にも見せてあげたいよね」

 ニャン太夫さんとポコタンが、ぼくの代わりに言った。

「アンタたちには、聞いてないの。正太くん、どう?」

「可愛いよ。すごく可愛い」

「ありがとう。正太くんに褒められると、すごくうれしいわ」

 彼女は、そう言って、最高の笑顔を見せてくれた。このまま頭に血が上って倒れそうなのを懸命に堪えた。

「それじゃ、行きましょ」

 彼女は、先に立って、部屋を出て行った。そして、隣の父さんたちの部屋をノックした。

「正太さま、何をしているニャ。早く行くニャ」

 ニャン太夫さんに言われて、ずっと立ち尽くしている自分に気が付いた。

「わかってるよ」

 ぼくは、強がりを言って、後を急いだ。父さんたちの部屋に後から入ると、すでに盛り上がっていた。

「あらぁ、可愛いわね。よく、似合うわよ」

「でもさ、浴衣の着方が、違うんじゃない?」

 姉ちゃんに言われて、母さんが彼女を見ると、小さくため息をついて言った。

「ちょっと、正太。姫子ちゃんは、浴衣を着るのが初めてなのよ。ちゃんと、着せてやったの?」

「えっと、それは・・・」

「まったく、気が利かないわね」

 姉ちゃんも呆れて言った。父さんをそんなやり取りを笑いながら見ている。

「ちょっと、姫子ちゃん、手を横に開いて。浴衣の着方を教え上げるから」

 母さんは、そう言って、彼女の姿見の鏡の前に立たせた。

帯を一度解いて、襟を合わせ直す。

「よく見ててね。こうして、前を合わせてから、帯は、ちょっと強めに締めるのよ」

 母さんは、手早く着付け直した。腰の帯は、可愛らしく、ちょうちょ結びだ。

「ハイ、出来上がり」

「うわぁ、とっても可愛くなりましたね。お母さま、ありがとうございました」

「どういたしまして。また、着せてあげるからね」

「よし、それじゃ、みんな行くか」

 父さんがそう言って、立ち上がった。みんなもそれぞれ自分のタオルだけ持って、部屋を出ていく。

彼女もみんなの後について行った。でも、ぼくは、足が動かない。みんなの後について行けなかったのだ。

「正太さま、どうしたニャ?」

「な、なんでもないよ」

 ここでも、強がって見せた。でも、足は震えていた。まったく、男のくせにだらしがない。

ぼくは、彼女たちの後について、家族風呂と書かれた貸切風呂の前に着いた。

 木製のドアを開けると、狭い脱衣所があって、そこに脱いだ服を入れる感じだ。

その向こうは、大人が五人くらい入れる程度の岩風呂が見えた。丸見えじゃないか。

ぼくは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 そんなぼくなど相手にしない様子で、父さんたちは、さっさと浴衣を脱いで裸になると、タオルだけ持って中に入っていった。お湯で一度体を流してから、岩風呂に入る。

「いいお湯だぞ」

「結構、広いわね」

「やっぱり、温泉はいいわぁ~」

 母さんも姉ちゃんも、恥ずかしくないのか? 家族とはいえ、ぼくと父さんは、男だぞ。

開けっぴろげな家族だ。母さんも姉ちゃんも、スッポンポンだから、胸もお尻も丸見えだぞ。ぼくは、目のやり場に困って、天井を見るしかなかった。

 その横で、彼女は、当たり前のように浴衣を脱ぎ始めた。

ホントは、やめてほしかった。姉ちゃんや母さんはともかく、父さんに彼女の裸は、見せたくなかった。

するすると浴衣を脱いで、裸になると、タオルで体の前を隠して、岩風呂の方に行く。

「正太くんも、早く入りましょう」

 彼女が振り向いて言うけど、ぼくは、返事ができないどころか、浴衣の帯さえ解いていなかった。

ぼくは、震える手で、帯を解いて、浴衣を脱いで、タオルで前を隠しながら下着も脱いだ。

そして、なるべく前を見ないようにして、岩風呂に足を踏み出した。

「ホントにいいお湯ですね」

 彼女の気持ちよさそうな声が聞こえた。

「ほら、正太。ちゃんと足元を見ないと転ぶぞ。これは、岩風呂だから、危ないぞ」

 父さんの声が聞こえた瞬間、足が滑った。あっと、思ったが、何とか足を踏ん張って、転ぶのは堪えた。

しかし、その拍子に、タオルが落ちた。姉ちゃんと母さんが、クスクス笑う声が聞こえる。

 ぼくは、まずいと思って、急いでタオルを拾って前を隠す。

彼女にみっともないところを見られたと思って見ると、彼女は、肩までお湯につかって、ニコニコしている。

「風邪をひくから、早くあったまりなさい」

 母さんに言われて、静かにお湯に足を入れた。その時になって、気が付いた。

この岩風呂のお湯は、乳白色で白く濁っていたのだ。だから、お湯が透き通っていないので、お湯に隠れて、肌は見えない。なんとなく、ホッとして、ぼくも体をお湯に沈めた。

「正太くん、温泉て、いいですね。でも、このお湯は、白いですわ。家のお風呂とは違うんですね」

 彼女が両手で白いお湯を掬って言った。

「ここの温泉は、にごり湯で、硫黄の成分が入ってるから、白いんだよ。ニオイを嗅いでごらん」

 父さんに言われるままに、彼女と姉ちゃんがお湯を掬って、ニオイを嗅いでみる。

「ホント、変わったニオイがしますね」

「それが、硫黄というものでな、体にいいそうだよ」

「湯冷めしないで、いつまでも体がポカポカして、肌もツルツル、スベスベになるのよ」

 母さんまでが解説してくれる。ウチの親は、温泉マニアなのだろうか?

「いつまでも、入っていられるわね」

「ホントね」

 彼女と姉ちゃんは、額にうっすら汗をかきながら、気持ちよさそうに話している。

ぼくだけが首までお湯につかったまま、天井を向いている。

 その横を、ニャン太夫さんがプカプカお湯に浮いて、ポコタンは、お湯に潜ったりして遊んでいる。

「いつまでも温まっていると、のぼせるから、ときどき、体を外に出して冷ますんだ」

 父さんは、そう言って、湯船の縁に腰を下ろして、タオルで前を隠す。

彼女も真似をして体をお湯から出ようとするが、それをすると、胸が丸見えになるぞ。

 ぼくは、タオルで前を隠そうとするよりも早く、彼女は上半身をお湯から出して、湯船の縁に座った。手遅れだった。彼女の裸を父さんたちに見られた。

 しかし、そんなことを思っているのは、ぼくだけで、父さんも彼女も、姉ちゃんだって母さんだってまるで当たり前のようにしている。決して、エッチな視線ではない。風呂に入っているんだから、裸なのは当然なのだ。白い湯気が濛々とたって、正直言って彼女の裸は、はっきり見えなかった。少しホッとするものの、彼女の肌は、白く透き通って、すごくきれいだった。

彼女は、タオルで顔を拭きながら、うっとりしている。なんて素敵なんだろう・・・

それに、すごくきれいだ。高校生のぼくでも、それくらいはわかる。

「正太くん、背中を流してあげる」

 いきなり、彼女は、湯船から立ち上がると、そう言って、ぼくの手を取ろうとする。

「えっ・・・ いや、大丈夫だから」

「そう言わないで、あたし、いつもお家のお風呂でお姉さまの背中を流しているから、大丈夫よ」

「正太、ぐずぐずしないで、さっさと上がって、やってもらえ。姫子ちゃん、正太の次は、私も頼むよ」

「ハイ、お父さま」

「何を言ってるの。お父さんは、ダメ」

「ハハハ・・・ それもそうだな」

 母さんに叱られて、笑う父さんだった。

ぼくは、彼女に手を引かれて、湯船から上がった。もちろん、片手は、しっかりタオルで前を隠している。

でも、彼女は、タオルなどで隠すことなく、生まれたままの姿だった。

目のやり場に困った。目をつぶるわけにもいかず、違うところを見ながら歩いた。

 小さな洗い場があり、そこに木製の椅子があった。ぼくは、そこに座る。

前を見ると、鏡があって、それに映る彼女の火照った顔が見えた。

汗なのか、お湯なのか、髪も顔も濡れていた。鏡に映る彼女の裸がぼくの肩越しにちらちら見えた。

すっごく気になる。だけど、見てはいけない。なるべく・・・

 彼女は、タオルを泡立てててぼくの背中を擦る。

「痛くないですか?」

「全然、大丈夫だよ」

 ぼくは、なるべく平静を取り持って言った。もちろん、鏡から目線は外す。

彼女の濡れた手がぼくの背中や肩を触る。それが、とても柔らかくて温かかった。

女の子の手って、こんなに柔らかくて温かいものだとは、知らなかった。

「正太くん、あたし、地球に来て、ホントに良かった。親切で優しい人たちにたくさん会えたし、

おいしいものもたくさん食べられて、毎日が楽しくて、感動してます」

 こんな時に何を言い出すんだ。お互い裸で、背中を洗っているときに言われても、返事に困る。

「あたしは、正太くんに会えてホントによかった」

「ぼ、ぼくもだよ」

 我ながらセリフが下手だ。ほとんど棒読みだ。

「正太くん、大好きです」

 彼女は、お湯で泡を流すと、素肌の背中に胸を押し当てて、両手を後ろから前に回してぼくを抱きしめながら言った。

「ちょ、姫ちゃん」

 ぼくは、彼女の両手をもって、引き離そうとした。親と姉ちゃんの前で、裸で抱き合うのは、いくら何でもやりすぎだ。しかし、母さんたちは、そんなぼくたちを見て、微笑んでいるだけで、何も言わない。

「正太くん、あたしと結婚して、マール星に行ってくれませんか?」

「えっ、いや、それは・・・」

「イヤですか?」

「だから、それは、後で・・・」

「あたし、正太くんのことが好きです」

「ぼくも好きだよ」

「それなら・・・」

「でも、それは、もう少し後で話そう」

 そう言って、彼女の腕をやさしく握ると、力が抜けていくのがわかった。

彼女は、ぼくから離れると、また、やさしい笑顔に戻って言った。

「すみませんでした」

「イヤ、いいって」

 彼女は、そう言うと、ぼくの背中にお湯をかけて流してくれた。

そして、岩風呂に入って、お湯の中に肩まで沈んだ。

そんな彼女を思いやるように、姉ちゃんが言った。

「姫子ちゃん、心配しなくていいわよ。このあたしが、責任を持って、正太をマール星に送るから。正太がイヤって言っても、マール星に、宅急便でもなんでも送り届けてあげるからね」

「姉ちゃん」

「バカね。女の子がここまで言ってるのに、男のアンタがハッキリしなくてどうするのよ」

「そうだな。姫子ちゃん、正太は、マール星にあげよう。好きに使ってくれて構わん」

「ホント、正太のどこがいいんだかわからないけど、お母さんも姫子ちゃんを応援するわ」

 ちょっと待ってくれ。ぼくの気持ちはどうなんだ・・・ 別に、彼女が嫌いなわけじゃない、でも、それとこれとは、別の話じゃないのか。そう思っても、なかなか口から言葉が出てこない。

「お父さま、お姉さま、お母さまもありがとうございます」

 彼女に続いて、ニャン太夫さんとポコタンも口を開いた。

「皆様、王様に代わって、お礼をするニャ」

「ありがとうございます」

 お湯に浮いたまま言ってもは説得力はない。

それでも、ニャン太夫さんもポコタンも、嬉しそうだった。

「こんないい子は、もう、二度と現れないぞ」

 父さんは、ぼくに言った。そんなことは、言われなくてもわかってる。

ぼくは、改めて彼女を見た。なぜか、最初の時より、お互い裸なのに、恥ずかしくない。

 すると、白く濁ったお湯の中で彼女の手がぼくの膝を触った。

ドキッとしたけど、ぼくは、反射的にその手を握った。なぜだろう? 今は、気持ちに正直になれる。

みんなに見えないからなのか、彼女の勇気に応えたからなのか、自分でもわからない。だけど、今は、彼女と手を繋いでいたかった。

「おっと、いかん、いかん。食事の時間だ。みんな上がるぞ」

 父さんが壁の時計を見て、慌てたように言うと、湯船から出た。

「もう、そんな時間? 随分、ゆっくり入っていたのね」

 母さんもそう言いながら後に続いた。

「正太、姫子ちゃんがのぼせるから、早く上がったほうがいいわよ」

 姉ちゃんは、そう言うと、手早く体を拭いて、浴衣に着替えている。

「先に行くわね」

 彼女は、そう言うと、先にお風呂から上がった。

彼女の白い背中が目に入った。慌てて、目をそらした。

「正太、早くしなさい」

 自分は、浴衣に着替えて、彼女に浴衣を着せている母さんが言った。

「今、行くよ」

 ぼくは、急いでタオルで体を拭いて、着替える。

彼女は、濡れた髪を丁寧に拭いていた。

「ドライヤーあるわよ」

 姉ちゃんに髪を乾かしてもらっている彼女の揺れる髪がとても眩しく見えた。


 そして、家族風呂から上がったぼくたちは、自分たちの部屋に戻った。

夕食は、父さんたちの部屋でいっしょに取ることにしていた。

「ハァ~、なんか、のぼせたななぁ。姫ちゃんは、大丈夫だった? ニャン太夫さんとポコタンも、湯あたりとかしてない?」

「私は、大丈夫ニャ」

「おいらも平気だよ」

「姫ちゃんは?」

「全然、大丈夫よ。それより、また後で、温泉に入りに行きましょうよ」

「えっ!」

 ぼくは、思わず聞き返すと同時に、彼女の裸を思い出してしまった。

でも、すぐに頭を振って、それを振り払った。

 そこにドアがノックされて、姉ちゃんが顔を出した。

「何してるの? ご飯の用意できてるわよ」

「ハ~イ、今、行きます」

 彼女は、そう言って、浴衣の裾を翻して裸足で駆け出して行った。

「ちょっと、スリッパくらい、履きなさいよ」

 姉ちゃんがスリッパをもって、廊下に出て行った。

ぼくは、なんだかおかしくなって、笑いながら部屋を後にした。

 隣の父さんたちの部屋に行くと、テーブルの上には、豪華な料理が並んでいてびっくりした。

彼女は、ニャン太夫さんとポコタンと並んで座って、テーブルの上の御馳走を眺めていた。

「正太、姫子ちゃんの隣に座って」

 父さんに言われて、隣に座った。そして、全員で手を合わせた。

「いただきます」

「いただきま~す」

 ぼくは、今まで見たことがない、豪華な料理だった。どれから手を付けていいかわからない。

テーブルの真ん中に、お刺身の船盛が二つ。各自にそれぞれ、小さな鍋があって、

それは、しゃぶしゃぶだった。そのほかに、てんぷらの盛り合わせに小鉢や煮物、付き出しと呼ばれる一口サイズのおかずがあった。父さんと母さんは、ビールで乾杯している。姉ちゃんにも、今夜は特別といって、ビールを飲んでいた。

 ぼくたちは、ご飯に味噌汁があれば、おかずに困ることはない。

さて、どれから食べようか、そう思って箸を持つと、彼女たち三人は、目移りしてテーブルに並んだ御馳走をキョロキョロしている。

「正太くん、どれから食べたらいいのかしら?」

「どれでも、好きなものから食べたらいいよ」

 そう言って、ぼくは、お刺身に手を付けた。そして、一言「おいしい」といった。

それを見て、彼女たちもお刺身に箸を延ばした。

「おいしい!」

「うまいニャ」

「最高だよ」

 三人は、それぞれ同じような感想を言った。その後は、てんぷらをおいしそうに食べ、しゃぶしゃぶを真剣に肉をお湯にさらしている。

「どれもこれも、みんなおいしいニャ」

「ニャン太夫さん、食べすぎないようにね」

 姉ちゃんが言うけど、きっと、食べすぎると思う。

やっぱり、猫なのか、お刺身は、大好きらしい。

 その点、ポコタンは、しゃぶしゃぶに夢中だ。肉食なのかなと思った。

彼女は、父さんたちの食べるのを真似して、いろいろなものを少しずつ食べている。

何でもおいしそうに食べる彼女を隣に見ていると、なんだかぼくまで食欲がわいてくる。

「そうそう、さっきの話の続きだけど、正太は、姫子ちゃんとマール星に行く気はあるのか?」

 いきなり父さんが言うので、ご飯がのどに詰まりそうになった。

「それは・・・」

「なにも、今すぐってわけじゃない。気が変わることもあるだろう。だけどな、正太の気持ちはどうなのか、姫子ちゃんのためにも、ハッキリさせておいた方がいいと思うけどな」

「そうよ。正太のことをこんなに思っているのよ。あなたは、どうなの?」

 ぼくの気持ちは、もう決まっている。ただ、口に出して言うのが、ちょっと恥ずかしいだけなのだ。だけど、それこそ、ちゃんと言葉にしないといけないことだ。

 ぼくは、箸を置いて、彼女の方を向いて言った。

「ぼくは、姫ちゃんとマール星に行くよ。でも、もう少し待ってほしい。高校くらいは、卒業したいんだ。それに、大学にも合格したい。だから、行くなら、それからだよ」

「ハイ、わかってます。あたしは、いつまでも待ちます」

「だけど、母さんたちが・・・」

 ぼくは、一人でマール星に行くことで、家族と別れるのが寂しかった。

「正太さま、その点は、心配ないニャ」

 いきなり、ニャン太夫さんが話に入ってきた。口の周りを前足で擦ったり、舌でペロペロしながら言った。

「正太さまは、家族の皆様と別れるのが寂しいと思っているニャ」

「う、うん」

「何を言ってるんだ。最後のお別れというわけじゃないだろ」

「そうよ、子供がいつまでも、親といっしょにいるものじゃないのよ」

「私だって、いつか結婚して、家を出るんだから、正太も自立しなさい」

 父さんたちがそう言って、ぼくを励ましてくれた。

「大丈夫ニャ。皆さんもいっしょに行くニャ」

「えーっ!」

「なんだってぇ・・・」

「ハイィィ?」

 ぼくはもちろん、家族三人が声を揃えて驚いた。

しかし、ニャン太夫さんが、どや顔でスクっと二本足で立ちあがると、腰に手を当てて話し始めた。

どこの世界で、そんな猫がいるんだという、突っ込みすら感じさせない、堂々とした態度だった。

「皆様も、いっしょにマール星に行くニャ」

「そんなバカな」

「無理に決まってるでしょ」

「イヤイヤ、正太さまのご家族皆様もいっしょにというのが、王様と女王様の願いニャ」

「家族が離れ離れになるのは、よくないって思うよ」

 ニャン太夫さんとポコタンが言った。だけど、いくらなんでも、家族揃ってというのは、無理がある。

父さんにも母さんにも仕事があるし、姉ちゃんだって、大学のことがある。

転勤とか引っ越しとかいうレベルじゃない。地球を離れるというのは、かなり壮大な話だ。もしかしたら、二度と地球に戻れないということだってある。

「お父さまは、マール星で本をたくさん書いてもらうニャ。宇宙に住んでる者たちに向けて、たくさん本を書いてもらうニャ」

「私が、マール星で作家をやるということなのかね?」

「そういうことニャ」

 ニャン太夫さんが言うと、説得力がある。もしかして、本気の話なのかもしれない。

「お母さまは、マール星で料理を教えてほしいニャ」

「私が、料理を?」

「そうニャ。お母さまが作った料理は、全部おいしかったニャ。それをマール星の人たちだけでなく宇宙のみんなにも知ってほしいニャ」

 そして、ポコタンがニコッと笑いながら言った。

「お姉さん、マール星には、イケメンの男の人が、たくさんいるんだよ」

「マジ! でも、宇宙人でしょ」

「宇宙刑事とか宇宙警備隊には、強くてカッコイイ人がいるんだけど」

「わかったわ。それで、手を打つから、紹介して」

 姉ちゃんがすっかり乗り気になってしまった。父さんと母さんも、顔を見合わせている。 

「よし、わかった。私たちもマール星に行こう。家族全員で、引っ越しだ」

 ぼくは、まさかの展開に、口が開いたままだった。

「姫子ちゃん、マール星でも、よろしくね」

「ハイ、こちらこそ」

 いやいや、こちらこそとか言ってる場合じゃないだろ。

「いい、正太。何が何でも、大学には合格するのよ。落ちたら、マール星には、連れて行かないからね」

 母さんまで、何を言ってるんだ。ムチャクチャじゃないか。

ぼくは、自分のことながら、呆れるよりほかはなかった。


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