第7話 初めての旅行。

 それからたくさんの日が過ぎた。その間にも、ぼくと彼女は、もっと仲良くなった。日曜日になると、二人でいろんなところに出かけるようになった。

行ってみたいといっていた、遊園地や動物園、映画にも行った。

 学校でも、友だちがたくさん出来た。男女関係なく、彼女は、人気者になった。

後輩にも慕われて、学校でも有名人になっていた。

 勉強だって、常にトップの成績で、先生たちからの評判もいい。

スポーツも得意で、体育部からのスカウトが後を絶たない。

 合唱コンクールでは、ぼくたちのクラスが、最初で最後の優勝してしまった。

それもこれも、彼女のおかげだ。彼女の歌声がなければ、全校生徒を感動させることはできなかっただろう。

そのおかげで、文化部からの勧誘も多かった。

 文化祭では、ぼくたちのクラスは、カレーライスとお茶の売店を出した。

それが大盛況で、噂となり他校からの生徒もやってきて、大評判となった。

それもこれも、全部、彼女のおかげだ。母さん直伝のカレーと彼女見たさに人が集まったのだ。

 もはや、学校でも、彼女がいないと始まらないという雰囲気になっていた。

でも、その秘密を知っているのは、ぼくだけなのだ。星のお姫様の見えないオーラというのは、すごいと改めて感心するしかない。

 それに引き換え、ぼくの成績は、上がるどころか、真ん中ヘンをうろうろしているレベルだった。

このままじゃ、志望の大学に行けない。忘れていたけど、ぼくは、受験生なのだ。

来年は、三年生になる。いよいよ受験本番なのだ。彼女どころではない。

 だけど、無事に大学に入学したら、その後は、どうなるんだろう?

このまま大学生になるのか、それとも、彼女と結婚して、マール星に行くのか?

二つに一つだけど、今は、まだその答えが出ていない。

仮に、大学入試を失敗したらどうなる? 浪人生のまま、マール星に行くのか?

それは、いくらなんでも、恥ずかしすぎる。せめて、合格していきたい。

そのためには、なにが何でも、大学に合格しなきゃいけない。そのためには、勉強しかない。ぼくは、気を引き締めて、勉強に専念することにした。

「正太くん、ここは、この数式を当て嵌めればいいのよ」

「そうか。わかった」

 今日は、ぼくの部屋で勉強会をしている。教えてくれるのは、彼女だ。

学校一の天才美少女が、ぼく専門の家庭教師なのだ。だけど、それはそれで情けない。

でも、彼女の教え方は、先生よりわかりやすくて、頭に入っていく。

 せめて、次のテストでは、いい点を取りたい。教えてくれる彼女のためにも、がんばろうと思った。


 そんなこんなで、いよいよ冬休みになった。

彼女の成績は、はっきり言って優秀で、ぼくとは比較にならない。

成績表を見て、がっくり肩を落とすしかない。

「あぁ~あ・・・」

 終業式の帰り、ぼくは、ため息しか出なかった。

「どうしたの、正太くん?」

「見てよ、これ。母さんになんて言おう」

 ぼくは、かなりダメダメな成績表を見せていった。

「気にしない、気にしない」

「そりゃ、姫ちゃんは、成績がい良いからいいけど、ぼくはさ・・・」

「次をがんばればいいじゃない。あたしがついているから、安心して」

 確かに、彼女という、最強の家庭教師がいれば、来年はもう少しよくなるだろう。

だけど、今が問題なのだ。

「ただいま」

 ぼくは、元気のない声で家に帰った。

「お帰り」

 出迎えたのは、父さんだった。母さんも姉ちゃんも、まだ帰っていない。

それにしても、父さんがこんなに明るいうちに、ぼくを迎えなんて今まで一度もない。原稿が出来上がったのだろうか?

「お父さま、ただいま帰りました」

「姫子ちゃんもおかえり。確か、明日から冬休みだな」

「ハイ、そうです」

「正太、姫子ちゃん、聞いて驚け。宿が取れたぞ。クリスマスは、スキーに温泉に御馳走が食べ放題だぞ」

 一瞬、何のことかわからなかった。ぼくも彼女もポカーンとしている。

「どうしたんだ。もっと、喜べよ。旅行に行こうって言ってただろ。編集部に頼んで、取ってもらったんだ」

 父さんは、旅行のパンフレットをこれ見よがしに見せた。

すると、彼女は、それを見て、喜びの声を上げた。

「素敵です。一度、行ってみたかったんです。お父さま、ありがとうございます」

 そういって、父さんに抱きついた。

おいおい、それはいくらなんでも、やりすぎだぞ。うれしいのはわかるけど、そこまでのことじゃないと思う。

それに、彼女に抱きつかれて、まんざらでもない顔をしている父さんを見ていると、なんだか複雑だ。

「姫子ちゃんは、スキーはしたことあるか?」

「いいえ、知りません」

「だったら、ウチのお姉ちゃんに教えてもらえばいい。母さんもスキーは上手だぞ」

「正太くんは?」

「それは、ダメだ。運動神経がないからな。きっと、初めてのキミより、下手だぞ」

 父さんが笑いながら言った。そこまで言うことないだろ。事実だけど。

ぼくは、ムッとして、部屋に戻ろうとした。

「ちょっと待て。正太、成績表を見せなさい」

 ぼくは、思わず足が止まった。

「いいから、見せなさい」

 ぼくは、渋々、カバンの中から成績表を出した。それを見た父さんは、少し考えてからこういった。

「まぁ、お前にしては、よくやったな。決して、褒められるような成績ではないが、

姫子ちゃんに家庭教師をしてもらって、今までより良くはなっているのは確かだ。

この調子で、来年は、しっかりがんばれ。来年は、受験だしな」

 意外だった。父さんに怒られると思った。彼女の前で、怒られるのは、カッコ悪い。

なのに、怒られるどころか、少しは褒めてくれたのだ。夢でも見てるのかと思った。

「どうした、正太。返事は?」

「ハ、ハイ、来年は、がんばります」

「よし、がんばれ。姫子ちゃん、正太をよろしく頼むよ」

「ハイ、お任せください。正太くんのことなら、安心してください」

 そういって、彼女は、満面の笑顔で言うと、ぼくの方を向いた。

その顔を見ると、ぼくもがんばらなければと思った。

 ぼくたちは、それぞれ部屋に戻って、制服から着替える。

「まいったなぁ。来年は、受験だしな。何とかしなきゃなぁ・・・」

 ぼくは、机の前に座って、成績表を前にして、独り言のようにつぶやいた。

「お帰りなさい二ゃ」

「お帰り、正太さん」

 またしても、窓から二人が入ってきた。もう、すっかり慣れてしまったので驚かない。

「ハイ、ただいま」

 ぼくは、適当に返事をすると、ニャン太夫さんがぼくを覗き込みながら言った。

「正太さま、元気がないようだけど、どうした二ゃ?」

「別に」

「それは、成績表だね」

 ポコタンに言われて、とっさに成績表を机の引き出しに隠した。

「ちょっと、見せてほしい二ゃ」

「ダメだよ」

「イヤイヤ、ぜひ、見せてほしい二ゃ。未来の王様になる正太さまの成績は、気になる二ゃ」

 こんな成績表を見せたら、ニャン太夫さんが、絶対怒る。ポコタンに笑われるに決まってる。

「ダメったら、ダメ」

 ぼくは、机に突っ伏して、引き出しを開けられないようにした。

「その様子じゃ、よくなかったんだね。だけど、気にしなくていいよ。姫がいるんだし、また、がんばればいいよ」

 ポコタンが、見透かしたような言い方をした。確かにその通りだけど、なんかバカにされたような気分になる。

「とにかく、これは、見ちゃダメ」

「そこまで言うなら、見ない二ゃ」

 ニャン太夫さんは、諦めたように言うと、机から床に飛び降りると、話始めた。

「それはそうと、お父さまから旅行のことは、聞きましたか二ゃ?」

「聞いたよ」

「我々は、地球の旅行など、初めてなので、今からとても楽しみにしてる二ゃ」

 どうやら、ニャン太夫さんもポコタンも楽しみらしい。

それは、いいことだけど、ぼくは、憂鬱でしかない。温泉はともかく、スキーは苦手だ。まだ、小学生だったころに、一度だけ連れて行ってもらったことがあったけど、

滑るどころか、転ぶ方が多くて、途中でイヤになって、泣き出したことがあった。

思い出したくない過去だ。

「正太さまは、スキーはどうなのか二ゃ?」

「それ聞く? 全然ダメだよ」

 ぼくは、深いため息と同時に言った。

「それなら安心する二ゃ。姫さまに教えてもらえばいい二ゃ」

「えっ? だって、姫ちゃんは、スキーは知らないって言ってたよ」

「知らなくても、見れば、すぐにできるようになるニャ」

 やっぱり、彼女は、スーパーヒロインなんだ。星のお姫様だから、スキーくらいすぐにできるに決まってる。

勉強だけでなく、スキーまで教えてもらう羽目になるとは、なんだかますます憂鬱になってくる。

「それでさ、今、ニャン太夫さんと、スキーについて、いろいろ見てきたんだ」

 ポコタンの話によると、父さんから話を聞いて、スキーというものを勉強するために、街に出て、いろいろパンフや本やビデオなどを見てきたという。

だけど、いくら勉強しても、実際にやらなきゃわかるわけがない。

「そうだ。だったら、練習すればいいんだよ」

「練習って、どこでやるんだよ?」

「ここでやれるよ」

「ハァ? ここは、ぼくの部屋だよ。やれるわけないじゃん」

「それならば、私にお任せくださいニャ。こんなこともあろうかと、用意しておりましたニャ。ポコタン、例のものを出すニャ」

「ほいきた」

 そういうと、ポコタンは、丸くて大きな耳を傾けた。そこから、米粒くらいの何かが床に落ちた。

目を凝らして見ると、それがいきなりポンという小さな音とともに、破裂した。

ぼくは、ビックリして、仰け反った。しかし、次の瞬間、ぼくの目に映ったのは、一面銀世界だった。

「な、なにこれ?」

 ぼくの部屋が、一面雪景色の真っ白い雪に覆われていたのだ。

「スキー場だよ。正太さん、さっそく練習しよう」

 ニャン太夫さんが、持っているステッキをクルッと回すと、今度は、スキー用具が現れた。

「さぁさぁ、正太さま、思う存分練習するニャ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。ここ、どこ? ぼくの部屋じゃないの・・・」

「もちろん、正太さんのお部屋だよ。これは、四次元スクリーンで映したものなの。だから、寒くないでしょ」

 確かにそう言われると、雪の中にいるのに、ちっとも寒くない。でも、触ってみると、確かに雪だ。

「正太さん、練習練習」

 ポコタンに言われるままに、スキー靴を履いて、シャツとジャージ姿でスキー板に足を入れる。

こんな格好でスキーをするなんて、どうかしている。でも、この部屋がスキー場になってること自体がすでに異常だから、この際、気にしないことにした。

 とは言っても、スキーが下手なことには、変わりない。

軽くすべってみると、いきなり転んだ。

「正太さん、もっと膝を柔らかくしないと・・・」

「わかってるよ」

 もう一度、立ち上がって、すべり直す。でも、やっぱり、転んでしまう。

「あぁ~ぁ・・・正太さま、しっかりするニャ。見ていられない二ゃ」

 何度すべろうとしても、転んでばかりだった。でも、雪は冷たくないし、寒くもない。それでも、雪の感触は感じる。まったく、不思議だ。

「もっと、こうやる二ゃ」

 ニャン太夫さんが、スキーを軽くすべって見せた。猫なのに、スキーができるなんて、どう考えてもおかしい。

だけど、今は、そんなことを考えている暇はない。少しでもすべれるようになって、彼女と楽しくスキーをしたい。

その思いで、ぼくは、何度も立ち上がって、すべってみる。

「正太くん、夕飯できたわよ」

 そこに、彼女が部屋に入ってきた。

「えっ?」

 彼女が一面雪で覆われたぼくの部屋を見て、目を丸くしていた。

「ちょっと、スキーの練習してたんだ」

 ぼくは、尻もちをついたまま、彼女を見上げていった。

そんなぼくを見て、彼女の目が吊り上がっていくのがわかった。もしかして、怒っているのか?

「ニャン太夫、ポコタン、何してるの!」

「姫さま、これは、正太さまにスキーの練習を・・・」

「余計なことしないで。すぐにお部屋を元に戻して」

「でも、正太さまはスキーが苦手でして、少しはすべれるように・・・」

「いいから、早く元に戻しなさい。正太くんは、あたしが教えるから、余計なことしないで」

 彼女は、両手を腰に当てて、屈むようにして、ニャン太夫さんとポコタンを見下ろしている。

「まぁまぁ、姫ちゃん。二人は、ぼくのためにやってくれたんだから」

「だって・・・」

「夕飯だっけ。ニャン太夫さんもポコタンも、ご飯にしよう」

 ぼくは、話を変えて雰囲気を変えた。

ニャン太夫さんは、すぐにステッキを回した。すると、雪景色だった部屋が、元のぼくの部屋に戻った。

足に付けていたはずのスキー板も消えていた。

「姫ちゃんも、ご飯にしよう。今日は、どんなおかずなの?」

 ぼくは、彼女に気を遣うように、笑っていった。でも、彼女は、まだ、少し怒っているようで表情が変わらない。ニャン太夫さんとポコタンも、彼女に怒られたので、下を向きながら、トボトボと階段を下りていった。


 今日の夕飯は、みんな大好き、から揚げとトンカツに野菜サラダだ。

「いただきま~す」

 ぼくは、三人がいつもと違って、微妙に静かなので、ぼくが盛り上げようとわざと声を出した。珍しく、三人は黙々と食べている。

「どうしたの? 三人とも、今日は静かじゃない。なんかあったの?」

 雰囲気を察して、母さんが言った。すると、彼女が、食べている箸を置くと、お茶で喉を潤してから話を始めた。

「聞いてください、お母さま。この二人は、せっかく、あたしが正太くんにスキーを教えてあげようと、いろいろ考えていたのに、余計なことをして・・・」

 彼女は、部屋で起こった不思議な出来事を話して聞かせた。

すると、ビールを飲んでいた父さんが言った。

「そりゃ、ニャン太夫さんたちが悪いな。姫子ちゃんの楽しみを取っちゃいかんよ」

「しかし、私どもは、少しでも正太さまが、すべれるようにと・・・」

「それが、余計なことなのよ。わかる、ニャン太夫さん」

 姉さんに言われて、不思議そうに顔を傾ける。ポコタンに至っては、箸を咥えたまま、目が点になっている。

「その顔じゃ、わからないってみたいね」

 姉さんは、得意満面の顔で説明した。

「姫子ちゃんは、正太にスキーを教えながら、もっと、仲良くしたいのよ。これって、女の子にとってはすごく大事なことなの。あんたたちも彼女の執事なら、それくらい察しなさい」

 二人は、ボーっと聞いているだけだった。でも、それって、ぼくにとっても勉強になった。

彼女は、ぼくとスキーをしながら、今よりももっと仲良くなりたかったのか。

だったら、ぼくは、もっとスキーを上手にならなきゃいけない。そう思っていたけど、実は、その逆だったのだ。

女心は、難しい。まだ、高校生のぼくには、到底思いつかないことだ。

 彼女は、まだ、むくれている。まずいぞ。彼女とニャン太夫さんたちの間に溝ができる。

何とかして、仲直りをしないといけない。ぼくは、ポコタンの大きな耳に顔を近づけて囁いた。

「早く謝っちゃえよ。余計なことをして、ごめんなさいって言えばいいんだって」

 ポコタンは、ぼくの顔を見ると、一度、首を縦に振った。

「姫、ごめんなさい」

 そういって、ペコっと頭を下げて見せた。すると、それを見た、ニャン太夫さんも言った。

「姫さま、この度は、出過ぎたことをして、申し訳ありませんニャ」

 猫なのに、正座をして両手をついて謝って見せた。

「ほら、二人も反省してるから、その辺で許してあげようよ」

 ぼくは、とりなすように言うと、彼女は、顔を上げた。その顔は、いつもの可愛い笑顔だった。

「いいわ。正太くんが言うから、今度だけは、許してあげる。でも、今度、余計なことをしたら・・・」

「わかっておりますニャ」

「おいらも、わかったよ」

「よし、これで、仲直りだな。三人とも、これで、なかったことにして、楽しいスキーをしようじゃないか」

 父さんがまとめるように言った。

「さぁさぁ、冷めないうちに食べて」

「ハイ、いただきます」

 母さんが言うと、三人は、いつものように、箸が止まる気配もなく、食事を再開した。

「ニャン太夫、それは、あたしのから揚げよ」

「姫さまが食べないから、私が食べただけニャ」

「最後に、食べようと思ったのよ。あっ、ちょっと、ポコタン、あたしのお肉を勝手に取らないでよ」

「姫は、食べすぎはよくないと思うけど」

 すっかり、いつもの雰囲気に戻った。母さんも楽しそうに笑っている。

ご飯もお替りして、いつもの楽しい夕食だった。


 食事の後は、彼女は、姉ちゃんとお風呂に入った。

濡れた髪を拭きながら出てきた姉さんが、リビングで父さんとテレビを見ていたぼくに言った。

「正太、姫子ちゃんを泣かせちゃダメよ。あんた、しっかりしなさいよ」

 それだけ言って、自分の部屋に戻っていった。ぼくは、何の意味なのかわからず、

姉さんの背中を見ていることしかできなかった。

 そこに、パジャマに着替えて、髪を拭きながら彼女が後から出てきた。

「正太くん、お風呂空いたわよ」

 頬がほんのり桜色に染まった彼女が言った。可愛すぎて、鼻血が出そうだ。

こんな女の子と、暮らしているなんて、改めて奇跡だと思う瞬間だ。

「う、うん。わかった」

 とてもじゃないけど、そんな姿の彼女を直視できるはずもなく、リンゴ模様のピンクのパジャマを見ながらいうしかできない、だらしがないぼくだった。

彼女が二階に上がっていくのを見送ってから、ポコタンを誘ってお風呂に入った。

ニャン太夫さんは、相変わらず、風呂が苦手らしい。

「ポコタン、さっきは、ごめん」

 湯船に気持ちよさそうにプカプカ浮いているポコタンに言った。

「気にしないで、正太さん。アレは、おいらたちがやりすぎたんだから」

「でも、姫ちゃんも怒ってたじゃん」

「おいらたちに正太さんを取られると思って、やきもち焼いてるんだよ」

「まさか・・・」

「だって、最近、正太さんとよく話してるし、さっきみたいなこと勝手にやってるでしょ。

姫も仲間に入れてほしかったんだよ」

「女の子って、わかんないよなぁ・・・」

 ぼくは、お湯で顔を洗っていった。

「姫は、あんな風に見えて、実は、やきもち焼きなのかもしれないね」

「そんなもんかなぁ」

「スキーに行ったら、姫とうまくやってよ」

「わかってるよ」

 ぼくは、そう言いながら、スキーでうまくやれるか考えていた。

風呂から上がると、彼女は、姉ちゃんと楽しそうに話をしている。

「ねぇ、正太くんは、どっちのウェアがいいと思う?」

 いきなり何の話かと思ったら、今度スキーに着ていく、ウェアの話らしい。

見ると、赤と水色に黒い線が入っているもので、帽子や手袋などもセットになっている。

「正太も突っ立ってないで、ちゃんと考えてあげな」

 そういって、姉ちゃんは、風呂上がりのぼくの手を取って、彼女の隣に座らせた。

お互いパジャマ姿だけに、ドキドキする。白い素肌が透き通って見えて、きれいすぎる。ぼくの頭は、ウェアどころじゃない。隣の彼女を意識しすぎて、頭がパンパンになる。

「ねぇ、どっちがいいと思う? お姉さまは、水色がいいっていうけど、正太くんは、どんなウェアにするの?」

「えっ、えっと・・・」

 答えに困る。まだ、そんなことは考えていなかったので、返事ができない。

ニャン太夫さんに助けを求めても、母さんと後片付けをしていてこっちに気が付いていない。

ポコタンも冷たいお茶を冷蔵庫から開けて、おいしそうに飲んでいて、ぼくの視線に気が付かない。どうしようと思っていると、姉ちゃんが言った。

「アンタとお揃いがいいんだって。正太は、どっちにするの?」

 どっちといわれても、頭がオーバーヒートして、風呂上りなのに、変な汗が出てくる。

「あたしは、正太くんと同じのがいいんだけど、男の子は赤いのは、恥ずかしいよね」

 彼女の髪から、シャンプーのいいニオイがして、頭がくらくらする。

風呂に入っているわけではないのに、のぼせそうだ。湯上りの火照った顔が近い。

「あの、ぼくは、姫ちゃんが好きな方でいいよ」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

「それじゃ、赤がいいな。正太くんは、赤でもいい?」

「いいんじゃないかな・・・」

 それ以上の言葉は出てこない。すると、姉ちゃんがニヤニヤしながらぼくを見ている。なんかすごく恥ずかしいけど、彼女とうまくやると決めたんだから、ここは、しっかりしているところを見せないといけない。

「ホントに?」

「う、うん。姫ちゃんには、赤い方が似合うと思うよ」

「わかったわ。それじゃ、あたしと正太くんは、赤でお願いします」

 そういって、父さんにウェアのカタログを見せた。

「それじゃ、お父さんは青で、母さんはオレンジでいいな。お姉ちゃんは、水色でいいね」

 父さんは、カタログに印をつける。

「ニャン太夫さんとポコちゃんは、どうするの?」

「そうだなぁ・・・でも、サイズ的にないだろ」

 すると、ポコタンがお茶を片手にカタログを覗き込みながら言った。

「おいらたちは、そういうのは、大丈夫だよ。スキーは、子供用で十分だし」

「そうか。それじゃ、そういうことで決まりだな。発注しておくから。母さん、あと、必要なものってあるか」

 家族は、すっかりスキー気分で盛り上がっている。

彼女も楽しそうに話に加わっている。

「正太くん、ソリだって。おもしろそうね」

「そ、そうだね。これなら、ぼくにもできそうだから、やってみようよ」

「スノーボードっていうのは?」

「それは、難しそうだからパス」

 スキーだけで一杯一杯なのに、このうえ、スノーボードなんて手が回らない。

「後は、温泉ね」

 姉ちゃんがスキーよりも楽しみにしているのは、温泉の方だ。

「まさか、混浴なんてことはないわよね」

「それはないな。でも、貸し切りの家族風呂ってのは、あるらしいぞ。みんなで入るか?」

「それは、ないわ。いまさら、お父さんとお風呂は入れないもん」

 姉ちゃんは、笑って言った。

「混浴って? 家族風呂って何ですか?」

 彼女が当然のような疑問を感じると、父さんと姉ちゃんが事細かに解説してくれた。

「入ろう! みんなでお風呂に入りましょう。正太くん、一緒に入りましょうよ。お母さまもお父さまも、お姉さまも家族でお風呂なんて最高だわ」

 彼女は、目をキラキラさせながらぼくに言った。

「イヤイヤ、それは、無理だよ」

「どうして?」

「決まってるだろ。ぼくは、男で、姫ちゃんは女だよ」

「家族なら、いいんじゃないですか」

「いや、でも・・・」

 ぼくは、頭の中で、イケナイ想像をして、顔が赤くなるのがわかった。

姉ちゃんが、ぼくの顔を見ながら腹を抱えて笑っている。なんだか、無性に腹が立ってくる。

だけど、言い返せないのが悔しい。なぜなら、姉ちゃんが考えていることは、図星だからだ。

「あたしと入るのはイヤですか?」

「えっ、いや、その、イヤじゃないよ。イヤじゃないけど、その、やっぱり・・・」

 すると、父さんが笑いながら言った。

「姫子ちゃん、そこは、勘弁してくれるかな。正太の年だと、女の子と風呂に入るのは、恥ずかしいんだよ」

「大丈夫よ」

 姉ちゃんがどや顔で言った。いったい、何が大丈夫だというんだ?

「家族風呂ってことは、貸し切りだから、タオルを巻いて入れば、裸は見られないでしょ。今回ばかりは、あたしも我慢して、お父さんと入ってあげる」

「そうか! それは、うれしいな。お姉ちゃんと風呂に入るのは、何十年ぶりだろうなぁ」

 うれしそうな父さんはさて置いて、ぼくの頭の中は、エッチな妄想で一杯になる。

「そうね。家族で温泉に入るのなんて、あんたたちが子供のころ以来だものね。たまには、いいと思うわ」

 母さんまで話に乗ってきた。彼女はもちろんだけど、姉ちゃんや母さんと風呂に入るのなんて別の意味で恥ずかしい。

「それじゃ、貸し切りの風呂も予約しておくか」

 父さんが言うと、彼女は、ぼくの手を握って、嬉しそうにブンブンと振り回す。

「正太くん、お背中を流しますね」

 一瞬にして、顔から火が出た。いや、ホントに出たわけではないけど、手を握られていなければ、このまま倒れるかと思った。

 いったい、今度の旅行は、どんな展開になるのか、想像もつかない。

果たして、どうなることやら・・・

 その夜、ぼくは、ベッドの中で、ニャン太夫さんとポコタンに聞いてみた。

「温泉のこと、どう思う?」

「別に問題はない二ゃ」

「あるだろ。年頃の男と女が、いっしょに裸で風呂に入るんだぞ。まして、姫ちゃんは、お姫様だろ。ぼくみたいな地球人が、お姫様の裸なんて見たら、死刑だろ」

「正太さん、考えすぎだよ」

 ポコタンが笑った。果たして、そうだろうか・・・

それとも、宇宙人というのは、恥ずかしいという概念がないのだろうか?

「裸を見られて恥ずかしいと思うのは、地球人独特の考え方にゃ。私たちのような宇宙人には、そういう考えはないニャ。だから、気にすることはない二ャ」

「ニャン太夫さんたちは、それでいいけど、ぼくは、そうはいかないよ。地球人だもん」

「そういうことは、私たちには、わからない二ャ」

 確かに、地球人の気持ちは、宇宙人にはわからない。まして、猫だから。

でも、彼女は、ホントにそうなんだろうか? 宇宙人とはいえ、女の子には変わりないし、お姫さまという身分なのだ。ホントにそれでいいのだろうか? 彼女も同じ考えなのだろうか。

そこは、聞いてみたいけど、聞けるはずもなく、どうしていいかわからないまま、その日の夜は更けていった。


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