第4話 初めての家庭。
翌朝、ぼくは、少し寝不足なまま、一階に降りた。
「おはよう」
「おはようじゃないでしょ。今夜から、姫子ちゃんもいるのよ。もう少し、早く起きなさいね」
母さんに言われて、ハッと気がついた。今朝は、いないけど、明日からは、彼女もいるんだ。
ぼくは、歯を磨いて顔を洗ってから、いつものキッチンに戻って、自分の席についた。すでに、姉ちゃんは大学に行って、父さんは、まだ寝ているらしい。
ぼくは、いつものように、母さんと二人で朝食を食べる。
明日からは、隣に彼女がいると思うと、なんかドキドキする。
「ハイ、これ。彼女の分も作ったから、ちゃんと渡すのよ」
そう言って、弁当を二つ前に置いた。ひとつは、いつものようにぼくの分だが、
もうひとつは、彼女の分らしい。女の子らしく、ピンクの巾着に入っている。
「ありがとう」
「学校じゃ、仲良くするのよ」
母さんの言うことは、いつも正しい。そして、とても優しい。
彼女の両親は、どんな人だろう? 王様と女王様だから、厳しい人なのかもしれない。今度、聞いてみよう。
ぼくは、制服に着替えてかばんを持って、学校に行く準備をしていると、彼女が迎えに来てくれた。
「おはようございます」
「おはよう、姫子ちゃん。正太、早くしなさい」
ぼくは、急いで階段を降りていく。
「おはよう、正太くん」
「おはよう、姫ちゃん」
なんだ、この会話は…… 朝の挨拶だけなのに照れるぞ。
「いってきます」
「いってらっしゃい。車に気をつけるのよ」
母さんに見送られて、ぼくたちは、二人で登校する。
彼女は、母さんに向かって、手を振りながら歩いている。
何気なく彼女のうちを見上げると、窓からニャン太夫さんとポコタンも手を振っていた。
何のかんの言っても、あの二人も心配なんだなと思う。学校には、行けないので、ぼくがしっかりしなきゃと隣を歩く彼女を見ながら思った。
「あっ、そうだ。これ」
「えっ、なに?」
ぼくは、母さんから渡された、彼女の弁当を差し出した。
「母さんが、姫ちゃんにって、弁当を作ってくれたんだ」
「ホント!」
彼女の声が、ワントーン高くなった。
「ホントに、ホント?」
「これから、ウチに住むんだから、ちゃんと弁当を作ってくれるみたいだよ」
「うれしい。正太くんのお母さまって、ホントに素敵なのね」
弁当一つで、こんなに感激してくれるとは思わなかった。
彼女は、ピンクの巾着に入った弁当を大事そうに抱えると、カバンにしまった。
「それじゃ、学校にいこうか」
「ハイ」
彼女は、うれしそうに笑いながら足を速めた。
そんな彼女の後姿を見ながら、やっぱり、可愛いなと思った。
ぼくは、彼女に追いつくと、小さな声で言った。
「あのさ、学校では、余り二人きりにならないようにしよう」
「わかってるわ。ニャン太夫に言われてるから大丈夫よ」
「それとさ、いっしょに住んでることは、言わないようにね」
「それもわかってます」
彼女は、そう言うと、ニッコリ笑って、Vサインをした。
ホントにわかってるのかは、微妙だけど、今は、彼女を信じよう。
学校に近づくに連れて、同じクラスの友だちがやってきた。
「おはよう」
お互いに朝の挨拶を交わす。彼女は、仲良くなった女子たちと並んで話しながら歩いているしぼくは、男子たちと話をしながら歩いた。
学校に行って、廊下を歩いていても、彼女は注目の的だった。
他の学年の女子も男子も、彼女を見ると、足を止めたり、すれ違い様に目を引いている。
これだけ可愛ければ無理もないと思う。特に、男子からは、憧れの的になりつつある。こりゃ、いっしょに住んでるなんて、口が裂けてもいえないと思った。
教室に入り、お互いに自分の席についても、彼女は、女子たちと楽しそうに笑って話している。
ぼくは、いつもの仲良しの男子たちとたわいもない話で盛り上がる。
それでも、やっぱり、自分でも気がつかないうちに、彼女を見ていた。
彼女は、時折ぼくの視線に気がつくと、軽く手を振ったり、ニコッと微笑んでくれる。
まずいな…… だんだん彼女のことが好きになっていく自分に気がついた。
結婚なんてする気はないし、まして、マール星の王様になんてなる気もない。
でも、彼女のことが好きになっていく自分がいたのだ。
授業が始まると、彼女は、先生の話を真面目に聞きながらノートにまとめている。
勉強がすきなのかなとか、考えてしまう。これから、テストもあるし、もしかして頭がいいのかも……
そりゃ、星のお姫さまだから、頭がよくなきゃ勤まらない。きっと、天才なんだろうな。
体育祭や文化祭もある。昨日の体育の時間では、足の速さに驚いた。
きっと、スポーツ万能なのかもしれない。てゆーか、宇宙人だから、地球人のぼくたちとは比べ物にならないのだろう。体育祭では、大活躍してくれるだろう。
文化祭のような、文科系はどうなんだろう? 歌は上手いのか? 楽器は出来るのか? 絵は上手なのか? 創作活動は、得意なのだろうか? そんなことをぼんやり考えていた。
午前中の最後の授業は、音楽だった。ぼくたちは、音楽室に移動する。
彼女も女子たちといっしょに三階の音楽室に向かっている。
今日は、一ヵ月後に控える、合唱コンクールの曲を練習する日だ。
曲目は『翼をください』と決まっている。もちろん、彼女は、知らないはずだ。
音楽の先生のピアノに合わせて、最初は、みんなも歌詞を見ながら歌い始める。
「姫ちゃんは、初めてだから、聞いてるだけでいいよ」
ぼくは、そっと囁いた。彼女は、ピアノの横に立って、ぼくたちが歌うのを見学する。早速、ピアノに合わせて歌ってみる。先生から、注意されて、何度か歌いなおす。
「先生、あたしも歌っていいですか?」
「わかるならいいわよ」
そう言われた彼女は、当たり前のように、ぼくの隣に並んだ。
「大丈夫?」
「うん、もう、覚えたから」
マジか! 三回しか歌ってないのに、初めて聞く地球の歌を歌えるのか?
ピアノの伴奏が始まった。みんなも歌い始める。ところが、すぐに、なにか違うことに気がついた。
それは、ぼくだけじゃなかった。回りの友だちも音楽の先生も、それに気がついたのだ。
一人だけ、桁外れに歌が上手く、いい声だということだった。
それは、間違いなく、ぼくの隣にいる彼女だった。まるで、プロの歌手かと思うくらいの声量だった。
その場にいた人たち全員が、彼女を見て、余りの歌の上手さに目が点になっている。
「ちょ、ちょっと、あなた……」
「あたしですか?」
「見ない顔だけど、もしかして、転校生なの?」
「ハイ、丸星姫子といいます」
彼女は、そう言って、丁寧にお辞儀をした。
「あなた、すごくいい声ね。それに、歌がすごく上手いわね」
「そうですか?」
「ちょっと、一人で歌ってみてくれる」
「一人でですか?」
「あなたの声が聞きたいの」
そう言われると、少し照れながら、彼女は、歌い始めた。
彼女の歌を聞いていると、なぜだか知らないが、胸が締め付けられてくる。
優しい気持ちと熱い感じが心の底からわき上がってくる。
女子の中には、涙を流している子もいるくらいだ。なんだろう、この不思議な思いは……
ぼくたちは、全員感動していたのだ。歌い終わると、自然と拍手が起きた。
「すごいわね。人を感動させる歌声ね」
音楽の先生も感動をあらわにしている。ぼくも同じように感動していた。
「合唱だけじゃ、もったいないから、ソロパートも入れてみようかしら」
音楽の先生は、急にそんなことを言い出した。それについては、誰一人反対する人もいなかった。
まさかとは思うけど、もしかして、これも宇宙人だから出来る、魔法じゃなくて、科法なのかも知れない。
「姫ちゃんて、歌がうまいんだね」
「そうかしら? マール星じゃ、いつも歌ってただけよ」
「それにしても、上手すぎるよ。もしかして、楽器も演奏できたりする?」
「出来るわよ」
「ピアノって出来る?」
「ピアノ? あの黒い楽器のこと」
そう言うと、先生が机で楽譜を書いているので、空いているピアノの前に来ると、
静かに座って、ピアノで合唱曲の翼をくださいを弾き始めた。
しかも、楽譜も見ないで。その前に、この歌も曲も、たった今聞いたばかりじゃないか。
それなのに、もう歌詞を覚えて、ピアノまで演奏できてしまうなんて、信じられない。
先生も楽譜を書く手が止まっていた。プロのピアニストじゃないか。
しかも、若干、編曲っぽく演奏している。翼をくださいが、クラシックの曲のように聞こえる。
スポーツ万能で、頭もよくて、音楽の才能もあって、その上、美少女なのだ。
さすが、お姫さまだ。とてもじゃないが、ぼくとは、釣り合いが取れない。
音楽の先生は、彼女のピアノ演奏に感動したらしく、しきりに褒めていた。
他の人たちも、彼女のピアノを聞いて、すごく喜んでいた。こりゃ、先が大変だなと思った。
次は、昼休みでお弁当の時間だ。今日は、母さんが作ってくれたので、普通の弁当だ。
昨日みたいな、豪華な弁当ではない。彼女も含めて、回りの友だちがどんな反応するかぼくは、それが少し気になる。弁当の中身だって、ぼくと同じだったら、いっしょに住んでいることがばれてしまうかもしれない。
彼女は、女子同士で昨日のように、机を付け合って、四人で食べるところだった。
ぼくは、いつもの男子の友だちと食べる準備をしている。
なんとなく気になって、彼女の弁当を見てみる。
ピンクの巾着の中から出てきたのは、女の子らしい可愛い弁当箱だ。
こんなのウチにあったっけ? ぼくは、それも気になった。
「今日は、可愛いお弁当箱ね」
いっしょに食べる女子から言われると、彼女もうれしそうに笑った。
蓋を開けると、色とりどりのおかずで、ぼくのとは違っていてホッとした。
「今日のお弁当もおいしそうね」
「姫子ちゃんのお母さんて、料理上手なのね」
そんな話が聞こえてくると、ぼくのが照れる。だって、それは、ぼくの母さんが作ったものだから。でも、彼女は、それすらもうれしそうにしていた。
そして、一口食べると「おいしい」と、言って喜んでくれた。
それが、ぼくもうれしかった。どうやら、彼女は、地球の食べ物は、口に合うらしい。
ニャン太夫さんには悪いが、昨日の豪華な弁当より、今日のがおいしそうだ。
そして、ぼくにはない、リンゴのデザートもつけてあった。
ちなみに、ぼくの弁当は、いつもの海苔弁だ。一回り大きな弁当箱に、ご飯がぎっしり詰まっている。とても、同じ人が作ったものとは、一目ではわからない。
楽しいランチタイムが終わると、彼女は、他の女子に誘われて、校庭でバレーボールをすることになった。
ぼくは、何気なく窓の外からその様子を見ている。本気を出して、ボールを打ったら、とても他の人たちは受けられない。だけど、その心配もなかった。
彼女は、みんなに合わせて、楽しくボール遊びをしているようだった。
ところが、校庭でサッカーをしている男子のボールが彼女の足元に転がってきた。
「おーい、ボール取ってくれぇ」
校庭の端の方から男子が大声で怒鳴るのを聞いた彼女は、大きく手を振ると、足元のボールを思い切り蹴り上げた。
それが、ものすごい勢いで、男子の頭を軽く越えて、壁に当たった。
「まずい」
ぼくは、咄嗟にそう思って、教室から飛び出した。回りの女子も男子も、唖然としている。
「ごめんなさい」
彼女は、そう言って、男子に向けて手を振りながら、謝ったけど、もう遅い。
「すげぇ」
「マジかよ」
「あの子、誰よ」
「なんか、可愛いんだけど」
「姫子ちゃん、すごいね」
「サッカーできるの?」
彼女の周りに人垣が出来た。ぼくは、その人垣を掻き分けて、彼女を連れ出した。
「姫ちゃん」
「ごめんなさい。つい、蹴っちゃった」
可愛い顔で謝られると、それ以上は、何も言えなくなった。
「余り、本気を出さないでよ」
「ごめん。気をつけるわ」
彼女は、そう言うと、女子たちの元に戻っていった。
まだまだ、彼女は、自覚が足りない気がして、心配になる。
午後の授業も、彼女は、真面目に受けている。今の彼女は、どんなことも新鮮に感じるのだろう。
特に、自分の星ではない勉強というのが、とても興味がある感じだった。
地球人が地球の勉強が出来ないということを思うと、自分としては、落ち込む。
もっとがんばって、勉強しないと……
放課後になって、帰宅部のぼくは、彼女と帰ることにした。
今日から、彼女は、ウチで暮らすんだよな。そう思うと、ドキドキすると同時に、緊張してきた。
「それじゃ、また、後で」
ぼくは、なるべく明るい感じで、彼女に言った。
「うん、すぐに行くからね」
彼女は、笑顔でそう言うと、家の中に入っていった。
ぼくは、それを確認すると、急いで家に入ると、猛ダッシュで階段を駆け上がり、
部屋に飛び込むと、制服から普段着に着替えた。
いつものヨレヨレのジャージではなく、ちょっとおしゃれなのジャージを履いて、
Tシャツも着替えた。ついでに、鏡で乱れた髪も櫛で直す。
一階に降りて、彼女が来るのを待つことにした。母さんも姉ちゃんも、まだ帰っていない。
父さんは、書斎に篭もりっきりで、仕事をしているのか、寝ているのかわからない。
シーンとしたリビングで、テレビをつけることもしないで、彼女が来るのを、今か今かと待つ。
すると、チャイムが鳴った。ぼくは、反射的に立ち上がると、小走りで玄関に向かった。
「ハイ、今、開けるよ」
そう言ってドアを開けると、そこには、彼女が笑顔で立っていた。
「お待たせ」
「イヤ、全然大丈夫だよ。とにかく、入って」
ぼくは、彼女の姿を見て、緊張がピークになった。制服姿ではない、私服姿の彼女だ。
白いTシャツに水色のミニスカート姿だった。シャツには、インコの絵が描いてある。彼女のシャツのセンスが不思議だ。それ以上に、スカートやシャツから伸びる白くて細い手足が眩しすぎてクラクラする。
その後ろから、申し訳なさそうにニャン太夫さんとポコタンがついてきた。
「二人も入ってよ」
「あの、ホントによろしいのかニャ?」
「遠慮するなよ。今日から、ここが、キミたちの家でもあるんだから」
ぼくが言っても、ニャン太夫さんたちは、遠慮がちに顔を伏せている。
「いいから、入って」
ぼくは、二人を抱き上げて中に入れた。
小さなぬいぐるみくらいの大きさなので、持ち上げるのは軽い。
「まだ、誰も帰ってないから、そこに座ってて」
ぼくは、そう言って、空いている椅子を勧めた。ニャン太夫さんたちは、テーブルに乗せる。ぼくは、お茶でも入れようと思って、ポットを持ち上げた。
「お茶がいいかな、コーヒーのがいいかな?」
そう言っても、彼女たちは、返事に困っている様子だった。
「もしかして、お茶とかコーヒーって、飲んだことない?」
そう言うと、三人は、揃って首を縦に振った。
「それじゃ、コーヒーを入れるね。甘くするから大丈夫だよ」
ぼくは、コップを並べて、コーヒーを入れた。もっとも、インスタントだけど。
目の前に置かれた、真っ黒い液体が入ったコップを三人は、じっと見つめている。
「これが、ミルクで、こっちが砂糖。入れると甘くなるよ」
ぼくは、三人の前で、ミルクを入れて、砂糖をスプーンで三杯ずつ入れた。
ぼくもコーヒーは、苦いので飲むときは、砂糖を多めに入れる。
彼女たちは、見よう見真似で同じようにやる。スプーンで軽くかき混ぜる。
「熱いから、ゆっくり飲んでみて。苦かったら、砂糖を入れるといいよ」
ぼくが最初に一口飲んだ。やっぱり、コーヒーは、大人の飲み物だと思う。
彼女も両手でコップを持って、一口飲んでみる。
「あっ!」
彼女が思わず声に出た。
「熱かった? それとも、苦い」
「おいしいわ。体が温まるわね」
どうやら、彼女の口に合ったらしい。ぼくは、ホッとする。
ニャン太夫さんとポコタンは、長い舌を出して、一口舐めてみる。
「姫さま、これは、マール星の苦茶に似てるニャ」
「でも、いいニオイがするよね」
どうやら、二人の口にも合うらしい。
彼女たちは、コーヒーをおいしそうに飲み始めた。もしかして、ぼくより大人なのかもしれない。
そこに、父さんが書斎から出てきた。てゆーか、父さんがいるのを忘れてた。
「いらっしゃい。来てたのか」
「今日から、お世話になります」
「いいって、いいって。今日から、ここがキミたちのウチだから、挨拶は抜きだ。
それより、正太、父さんにもコーヒーを入れてくれよ」
父さんは、ボサボサ頭をかきながら言った。彼女の前で、カッコ悪いなと思いながら、コーヒーを入れた。
「正太、姫子ちゃんたちに、ウチの中を案内したのか?」
「そうか、忘れてたよ」
「まったく…… 狭いウチだけど、案外居心地いいから、自分のウチだと思って、のんびりするといい」
父さんは、コーヒーを手にすると、立ち上がった。
「あの、お父さまは、なにをなさっているんですか?」
彼女が、突然言い出した。
「私は、小説家なんだよ。本を書いてるんだ。これでも、売れっ子作家で、ベストセラーなんだよ」
そう言うと、三人がなにやらヒソヒソ話を始めた。
「父上さまは、どんな本を書いているニャ?」
「どんなって…… 推理小説かな。そうだ、ちょっと待ってなさい」
そう言うと、父さんは、書斎から今まで自分が書いた本を数冊持ってきた。
「これだよ。よかったら、あげるから読んでみるといい。難しいかもしれないけど、大丈夫かな」
「いいえ、本は、マール星にいたときも、好きで読んでました」
「そうかい。それは、うれしいな」
「ありがとうございます」
彼女に褒められたがうれしいのか、父さんは、ニコニコしながら書斎に戻っていった。ちなみに、ぼくは、父さんの本は、読んだことがない。ぼく以外の母さんや姉ちゃんも読んだことがない。
ある意味、売れっ子作家の家族にしては、ちょっと冷たい。
コーヒーを飲み終わると、狭いながらもウチの中を案内してあげた。
階段を上がって、二階に行く。二階は、ぼくと姉ちゃんの部屋がある。
向かい合わせなのだ。姉ちゃんの部屋のドアを開けて、中に入る。
やはり、女の部屋だけに、きれいに整頓されていて、ベッドに机とクローゼットや本棚にCDプレーヤーなどもきれいに揃っている。
そして、床に、ふとんが一式畳まれていた。どうやら、これが彼女のふとんらしい。
「ここが姉ちゃんの部屋で、たぶん、姫ちゃんは、ここで寝ることになるよ」
彼女は、姉ちゃんの部屋をグルッと見渡しながら、いちいち頷いている。
次は、向かいのぼくの部屋に案内する。この日のために、昨日の夜に、掃除したのだ。
ぼくの部屋は、質素で地味だ。ベッドに机とクローゼットがあるだけだ。
特に本も読まないので、机の本棚には、マンガしかない。
「ニャン太夫さんとポコタンは、ぼくの部屋で寝るんだからね」
「私どもは、どこでもいいニャ」
「どこでもってわけにはいかないよ」
その後は、一階に戻って、浴室やトイレ、洗面所とリビングなどを見せる。
彼女たちは、興味深々でぼくの後についてきた。
狭いウチなので、案内と言っても、この程度だ。
あとは、母さんたちが帰ってくるまで、リビングでテレビでも見ながら待つことにしよう。
ぼくは、リビングのソファに座って、リモコンでテレビをつける。
彼女たちは、テレビの前に座って、ジッと見ている。
テレビが珍しいのかもしれない。でも、科学が進んでいる、マール星なら、もっとすごいのがありそうな気がする。
「テレビって、見たことないの?」
「この手の物は、マール星にもあるんだよ。だけど、地球のは、おもしろいね」
ポコタンがテレビから目を離さずに言った。そんなに夢中で見ているなら、話しかけるのはやめておこう。しばらくすると、母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「お母さま、お帰りなさい」
「アラ、来てたのね。すぐに夕飯を作るからね」
母さんは、そう言って、買い物袋をテーブルに置く。
「あの、よろしかったら、お手伝いさせて下さい」
「いいのよ。お姫さまにそんなことさせられないわ」
「でも、あたし、料理を覚えたいんです」
「それなら、手伝ってもらおうかしら」
母さんは、うれしそうにエプロンをつけると、彼女にも小さなエプロンを差し出した。彼女のエプロン姿は、最高に可愛い。これから、毎日、この姿を見られるのかと思うとぼくの心臓が持つのか心配になる。
ぼくは、母さんと彼女が料理を作る後姿を見ているだけで、幸せ気分だ。
ニャン太夫さんとポコタンは、テレビに夢中だし、ぼくだけ仲間ハズレになったみたいだ。
どうやら、今夜のおかずは、ハンバーグらしい。
彼女は、母さんに教えてもらいながら、肉をこねたり、野菜を切ったりしている。
手先は、器用みたいだ。包丁で指でも切らないか心配したけど、そんなことはなかった。
ご飯が炊ける頃になって、姉ちゃんが帰ってきた。
「ただいま。姫子ちゃん、今日からよろしくね」
「こちらこそ、お姉さま。よろしくお願いします」
「そんな堅苦しいことは抜きよ」
そう言って、姉ちゃんは、自分の部屋に上がっていく。
ご飯ができて、ハンバーグが出来るころになって、姉ちゃんが戻ってきた。
「ニャン太夫さん、ポコちゃん、あなたたちもご飯よ」
母さんがテレビに夢中の二人に声をかける。
二人もダイニングにやってきた。テーブルにちょこんと乗ると、目の前の湯気が立っている食事を見て目を輝かせている。
「今夜は、目玉焼きのチーズハンバーグよ。姫子ちゃんにも手伝ってもらったのよ」
母さんが言うと、ニャン太夫さんたちは、感心仕切りだった。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
彼女たちも手を合わせると、フォークとナイフを器用に使って、食べ始めた。
「母上さま、これは、ものすごくおいしいニャ」
「なんか、夢見たいだよ」
「あらまぁ、うれしいわ」
母さんも二人に褒められて、うれしそうだ。
「ホントにおいしいです。地球には、いろんな料理があるんですね」
「そうよ。ウチにきたら、毎日、いろんな物を食べられるから、楽しみにしててね」
なんだか、男のぼくだけ蚊帳の外みたいな雰囲気だ。こんなときに、父さんがいてくれるといいのに……
「姫子ちゃん、あとでお風呂に入ろう」
「えっ! 風呂……」
ぼくは、思わず、ご飯を喉に詰まりそうになった。
「ちょっと、アンタには、聞いてないから。また、エッチなこと考えてるんじゃないだろうね」
「ち、違うよ」
ぼくは、あわてて首を左右に振って全力で否定した。
「姫子ちゃん、お風呂って知ってる?」
「知りませんが……」
「とっても気持ちいいのよ」
確かにその通りだけど、姉ちゃんが言うと、ちょっとやらしく聞こえる。
「ニャン太夫さんと、ポコちゃんは、正太と入りなさいね」
姉ちゃんは、そう言うと、彼女が食べ終わるのを待って、お風呂の用意を始めた。
彼女はもちろん、ニャン太夫さんもポコタンも、食事が気に入った様子で、
ニコニコしながら食べている。ご飯もお代わりして、満足した感じだ。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でしたニャ」
「とてもおいしかったです」
「ハイ、ありがとうね。母さんも、たくさん食べてくれると、作りがいがあるわ」
母さんは、とてもうれしそうだ。昨日までは、夕食は、ぼくと母さんだけで
しゃべることもないし、とても静かな夕食だ。それが、今日は、とても賑やかで、
夕食が華やかにさえ思えた。ぼく自身も、こんな感じになったのは、何年ぶりだろう。
母さんと彼女が片づけをしていると、ニャン太夫さんとポコタンも隣に並んだ。
「母上さまばかりか、姫さままでが手伝っているのに、私たちが見ているわけにはいかないニャ」
「そうだよ。おいらも手伝うよ」
二人は、宙をぷかぷか浮いているので、背が低くても関係ないらしい。
「それじゃ、お皿を拭いてもらおうかしら」
「ハイニャ」
ニャン太夫さんと、ポコタンも張り切っている。見てるだけのぼくが、申し訳ない感じがする。
しかし、ホントにお姫さまにこんなことをやらせていいのだろうか?
マール星の王様がこのことを知ったら、怒られるんじゃないだろうか。
だけど、彼女は、楽しそうに、常に笑顔で、お皿を洗ったりしているのを見ると
微笑ましく思うから、これはこれで、いいことにしておこう。
片づけがすんだところで、ぼくは、ニャン太夫さんに聞いてみる。
「マール星で、お風呂って入るの?」
「う~ん、正太さまが言うようなものは、ないニャ。マール星では、光を浴びて、それが地球で言うシャワーみたいなもんニャ」
「姫ちゃんは、お風呂に入ったことないんだろ。大丈夫かな?」
「姉上さまといっしょなら、安心ニャ」
「だけどさ、服を脱ぐんだよ。お姫さまが、人前で、裸になんてなったことないだろ」
「そーゆーことは、私たちは、気にならないので、正太さまもお気になさらずニャ」
そっちが気にしなくても、ぼくが気にするよ。一応、女同士だから、大丈夫かなと思うことにした。
「姫子ちゃん、終わった?」
「ハイ、大丈夫です」
「それじゃ、お風呂に行きましょう」
そう言うと、二人は浴室に行った。だけど、大丈夫かな?
やっぱり、少し心配だ。何しろ、初めてのお風呂なんだ。すべてが初体験である。
かと言って、お風呂だけに覗くわけにいかないので、なんだかもやもやする。
そんなことを思っていると、風呂場から楽しそうな声が聞こえてくる。
何をやってるんだ。姉ちゃんが、へんなことをしたりしてないだろうか?
母さんは、片付けも終り、リビングでテレビを見ながらお茶を飲んでいる。
そんなのん気でいいのか……
「母さん、お風呂は大丈夫かな?」
「大丈夫よ」
「だけど、姫ちゃんは、初めてなんだよ」
「正太、アンタ、なにを心配してるの?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
「あんたも、少しは成長したのね。母さんは、安心したわ」
テレビを見たままいった。でも、ぼくには、母さんの言ってる意味がわからなかった。ぼくのことより、今は、彼女のことだろ。ぼくは、気ばかり焦って、ドキドキしっ放しだった。
30分もたったころ、風呂場の戸が開く音がして、彼女が出てきた。
「姫ちゃん、大丈夫だった」
ぼくは、急いで立つと、彼女に聞いていた。
彼女は、バスタオル一枚の姿で、濡れた髪をタオルで拭きながら言った。
「正太くん、お風呂って、気持ちがいいわね」
「あっ、ご、ごめん……」
ぼくは、慌てて後ろを向いた。とてもじゃないけど、見られなかった。
白くて柔らかそうなきれいな素肌が、ほんのりピンク色に染まっている。
顔もホカホカしてて、薄桃色になっている。
「姫さま、そんな格好は、はしたないニャ」
「わかってるわよ」
そう言うと、彼女は、二階の姉ちゃんの部屋に上がっていった。
そして、一分もしないうちに、着替えて戻ってきた。今度は、オレンジ色の短パンに白いシャツだった。
やっぱり、胸にニンジンの絵がプリントされていた。髪は、まだ、濡れているのか、タオルで拭きながら降りてきた。
「正太くん、お風呂って、いいわね。あたし、大好きになったわ」
「そ、そう…… それは、よかったね」
お風呂上りの彼女なんて、今のぼくには、目の毒だ。
そのあと、姉ちゃんが上がってくる。やっぱり、バスタオル一枚だ。
「姉ちゃん、風呂でなにしてたんだよ」
「アラ、気になる?」
姉ちゃんは、冷蔵庫から、冷たいお茶を取り出すと、グラスに二つ入れると、一つは彼女に差し出した。
「お風呂上りは、これに限るわよ」
言われた彼女は、それを手にすると、そっと口をつけた。そして、一口飲むと、パァーっと明るい顔になる。
「冷たくておいしいですね」
「でしょ」
姉ちゃんは、自慢するように胸を張っていった。
「その前に、早く着替えてこいよ」
「ハイハイ」
姉ちゃんは、残りのお茶を一口で飲み干すと、勢いよく階段を上がっていった。
「姫ちゃん、お風呂の中で、変なことされなかった?」
「えっ? 別に何もないけど」
「それなら、いいけど」
「でも、お姉さまって、スタイルいいのね。あたしもあんなふうになりたいわ」
そんな台詞を彼女の口から聞きたくなかった。目眩がしそうだ。今のは、聞かなかったことにしよう。
「ニャン太夫さん、ポコタン、風呂に行こう」
ぼくは、ごまかすように二人を誘って浴室に向かった。
ぼくは、脱衣所で服を脱いでから中に入った。ニャン太夫さんたちは、最初から服など着ていないので
その必要はないから、ぼくの後について中に入ってきた。
浴槽に肩まで浸かると、どうしてもさっきの彼女の一言が思い浮かぶ。
ぼくは、お湯で顔を洗って、そんな気持ちを払拭した。
大きく息をつくと、ニャン太夫さんとポコタンがタイルの上で鏡を見ていた。
「なにしてんだよ。入ってきなよ」
「イヤ、しかし……」
「男同士なんだから、別にいいだろ」
ぼくは、そう言って、二人を抱えて浴槽に入れた。
「うひゃ~」
「ありゃ~」
二人は、声ともならない声を上げた。
しかし、少しすると、うっとりする感じで、気持ちよさそうな顔をしている。
宇宙人でも、お風呂は気持ちがいいんだな。だったら、きっと、彼女も……
「姫ちゃんてホントに、いい子だね」
ぼくは、タオルを頭に乗せて、つい何も考えないで、そう言っていた。
「あっ、ご、ごめん。へんなこといって……」
ぼくは、慌てて訂正した。
「正太さま、姫さまは、ホントにいい子なのですよ。とても素直で、小さいころから、明るくて元気で頭もよくて、運動も出来て、他の宇宙人を差別したりせず、親思いで、優しい子ニャ」
ニャン太夫さんが、お湯の中でぷかぷか浮きながら言った。
「ホントに、ウチみたいな家でよかったのかな?」
「なにを言ってるんだよ、正太さん」
お湯の中に潜っていたポコタンが顔を出していった。
「正太さんは、もっと自信を持ってくださいよ。姫が選んだのは、正太さんなんですよ」
「だけど、ぼくなんて、こんな顔だし、頭だってよくないし、運動だってかなりダメだし」
「正太さま。あなたは、姫さまの結婚相手なんだニャ。行く末は、マール星の王になられる方ニャ。もっと自信を持っていいニャ」
「それとこれとは違うけど、何でも出来ちゃう姫ちゃんを見てると、自信をなくすよ」
「それは、仕方がないニャ。姫は、マール星人で、正太さまは地球人だから、そこは、考えなくていいニャ」
そういわれると、確かにそうだ。ぼくは、地球人だから、彼女のような特別な力はない。
そこは、いくらなんでも比べようもない事実だ。ぼくは、開き直ることにした。
ざっと体と頭を洗って、ニャン太夫さんとポコタンの体も洗ってあげて、さっさと風呂を出ることにした。
ぼくは、脱衣所で着替えをしてから、リビングに行った。
すると、彼女は、母さんと姉ちゃんといっしょに、リビングでテレビを見て笑っていた。
なんだ、この雰囲気は…… ずいぶん楽しそうじゃないか。
知らない人が見たら、家族団らんを絵に書いたような雰囲気だぞ。
さっき、ウチに来たばかりなのに、もう、家族と打ち解けるなんて、これって彼女の特技じゃないかと思う。
そういえば、学校に転校してきた初日から、放課後までの数時間で、友だちも出来たしすっかり溶け込んでいた。これも、マール星人の能力なのかもしれない。
「正太くん、地球のテレビって、おもしろいわね」
「姫子ちゃんて、笑いのセンスもありそうよ」
姉ちゃんたちと見ているのは、人気がある、お笑い番組だった。
確かに、この番組はおもしろいし、ぼくも好きだけど、いきなり笑えるもんだろうか?
姉ちゃんと彼女は、涙を流すほどの勢いで、楽しそうに笑っている。
でも、楽しそうなら、それでいいと思うようにした。
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