第3話 初めての食事。

「あっ、ニャン太夫じいさんから、連絡が来た。戻らなきゃ」

 ポコタンが突然言うと『またね』といって、窓から出て行った。

ポコタンは、話がわかるけど、ウチの出入りの仕方を覚えてもらわなきゃと思った。

 ぼくも出かけないといけないので、ポコタンの後を追うように、向かいの家に向かった。

玄関の前に立って、チャイムを鳴らそうとすると、ドアの方から開いた。

「遅いですぞ、正太さま。姫さまが待っているニャ」

「ごめん、ごめん。ちょっと、考え事があってさ」

「そんな難しい話は、置いといて、姫さまのお部屋にどうぞニャ」

「イヤ、その前に、ちょっと話があるんだ」

 ぼくは、ニャン太夫さんにも今日のことを話した。

すると、ニャン太夫さんの顔がどんどん難しくなり、腕を組んで、テーブルの上をうろうろ歩き始めた。

さっきのポコタンと同じだ。それを見て、ちょっとおかしくなってきた。

「う~ん、それは、非常に困ったニャ。私の不安が的中したニャ」

「姫ちゃんには、もっと日本のことを教えた方がいいと思うよ」

「そうだよ。もし、正体がばれたら、どうすんのさ」

 ポコタンも心配そうだ。

「実は、私は、昼間の間に、この国の事を少し見て歩いたニャ」

「それで、どうだった?」

「この国は、実に平和な国だということがわかったニャ」

「そうかな?」

「我がマール星に匹敵するくらい、安全で平和な星ニャ」

 どうやら、マール星は、平和な星らしい。

「それに、人が多くて、文化や生活、食事など、とても豊富で素晴らしい星ニャ」

 地球人の一人として、ちょっと照れる。だけど、いいことばかりではない。

実際、この国でも、犯罪のニュースは後を絶たない。

「それでさ、これからのことを考えた方がいいと思うんだよ」

「う~む、確かに、それは、言えるニャ」

 そこで、ぼくたちは、これからのことをザックリと考えた。

思いついたことだけをまとめてみた。そんな時、階段から彼女の声が聞こえた。

「ちょっと、正太くん、まだ来ないの?」

 階段を降りてきた彼女は、ぼくを見つけて、飛んできた。

「なんだ、来てたの。もう、だったら、言ってくれればいいのに」

 そう言って、ぼくに抱きついてきた。いきなり、それはないだろ。とたんに、ぼくの心臓が早くなった。

「ちょ、ちょっと、待って」

 ぼくは、そう言って、彼女を離した。

「照れなくてもいいのに。ここは、あたしの家よ」

「わかってるけど……」

 確かに彼女のウチには違いないけど、ニャン太夫さんとポコタンの目が気になる。

それに、よく見たら、彼女は、制服ではなく、プライベートの服を着ている。

制服姿しか見たことないだけに、かなりドキドキした。

 白いスカートにピンクのシャツを着ている、ごく普通の格好だった。

だけど、シャツの真ん中に、なぜかバナナの絵が書いてある。

どこで売ってるんだろう? てゆーか、彼女のシャツのセンスが笑える。もしかして、バナナが好きなのか?

 でも、私服姿がとても可愛くて、胸も制服より強調されて、短いスカートから覗く白い足が眩しすぎて、とても直視できない。

「あたしの部屋に来て、この国のこと、いろいろ教えて」

 そう言って、ぼくの手を引いた。でも、ここは、ちょっと心を鬼にしてその手を振りほどいた。

「ちょっと待って。今、ニャン太夫さんたちと話したんだけど、これから、ここで暮らすには、注意することがあるんだ。聞いてくれないか」

「いいわよ」

 そう言うと、彼女は、ぼくの隣に当たり前のように座った。

「まず、むやみに変身しないこと。学校で着替えるときは、みんなと同じように着替えるように」

「面倒臭いんだけどなぁ……」

「ダメだよ。もし、変身するところを見られたら、どうするの?」

 ぼくは、注意するように言った。

「そうですぞ、姫さま。姫であることがバレたら、大変なことになるニャ」

 ニャン太夫さんが彼女の前に来て、少し説教するように言った。

「わかったわよ。変身しないわよ」

 彼女は、納得してない様子だったけど、約束してくれた。

「それから、魔法を使ったりしないこと」

「魔法じゃなくて、科法なんだけどなぁ……」

 科法ってなんだ? また、わけのわからないことを言ってる。

「でも、超能力みたいなこと出来るんだろ?」

「だって、お姫さまだもん」

 彼女は、あっさり認めた。

「ちなみに、どんなことが出来るの?」

「そうねぇ…… 空を飛んだり、物を動かしたり、動物と話が出来たり、他にもえ~と……」

 やっぱり、彼女は、宇宙人だ。空を飛ぶなんて、マネが出来ない。

「それから、本気を出さないこと」

「しょうがないわね。正太くんが言うんだから、言うこと聞くわ」

「ありがとう」

 ぼくは、心の底からほっとした。

「それじゃ、あたしの部屋に行こう」

 そう言うと、今度こそ、ぼくの手を引いて、階段を勢いよく駆け上がっていった。

ぼくは、後について行くことしかできない。

「ニャン太夫、お茶くらい持ってきてよ」

 彼女は、下に向かって言うと、部屋のドアを開けた。

初めて入った、女の子の部屋だ。しかも、二人きり。緊張で胸がドキドキする。

 彼女は、自分のベッドに腰を下ろすと、机の前にある椅子に座るように言った。

改めて部屋の中を見渡すと、ぼくの部屋よりちょっと広いくらいだ。

だけど、女の子らしいぬいぐるみとか可愛い系の置き物などはない。

ベッドと机だけのシンプルだ。本棚には、マンガもなく、学校の教科書などが並んでいるだけだった。

「余り、可愛くない部屋でごめんね」

「そんなことないよ」

 ぼくは、急いで否定した。それでも、緊張で体がガチガチだ。

ベッドに座っている彼女の、短いスカートの裾が気になって仕方がない。

ぼくは、なるべく見ないようにするのが、精一杯だった。

「今日は、驚かせてごめんね」

「そ、そんなことはないよ。だって、今日が初めてなんだから、しょうがないよ」

「これから、いろいろ教えてね」

「う、うん。ぼくに出来ることなら……」

「だけど、地球の学校っておもしろいわね」

「そうかな?」

「勉強なんか、すごく興味があるわ。知らない星の昔とか、言語とか、すっごく楽しそう」

 マール星しか知らないお姫さまにとっては、地球のことは、興味があるのかもしれない。

「さっきも言ったけど、約束は、守らないと学校に行かれなくなるから頼むよ」

「わかってる。正太くんが言うんだから、守るから安心して」

 彼女は、とても素直だ。てゆーか、ぼくの言うことは、守るみたいで、安心した。

でも、ぼくなんかの言う事なんて聞いていいのだろうか?

 その後、彼女は、学校の出来事を楽しそうに話し始めた。

ぼくは、一方的に話す彼女の聞き役になった。身振り手振りで話す彼女を見ていると

初めての地球の初めての学校が、よっぽど楽しかったのがわかる。

「姫さま、お茶をお持ちしたニャ」

 ニャン太夫さんが、お茶を二つ持って入ってきた。

「ありがとう、ニャン太夫さん」

「正太さまのおかげで、学校も楽しかったようで、ホントによかったニャ」

 そう言われると、ますます照れる。実際、ぼくは、何もしていない。

「お茶を置いたら、出てって」

「ハイハイ、お邪魔したニャ」

 彼女に追い出されるように、ニャン太夫さんが部屋から出て行く。

「まったく、ニャン太夫は、気が利かないんだから困っちゃうわ。だから、年寄りって嫌いよ」

 彼女が笑いながら言うと、ドアが開いた。

「姫さま、なにか言いましたかニャ?」

「何も言ってないけど」

「左様ですか。私の空耳かと思いましたニャ」

 そう言うと、今度こそ、ホントに部屋を出て行った。

「耳だけはいいんだから」

 彼女は、そう言うと、お茶を手にして一口飲んだ。

ぼくもカップを手にする。でも、中を見て、思わず二度見してしまった。

中が、真っ赤なのだ。暖かそうな湯気は立っているけど、赤いのだ。緑茶ではない。

「あの、これ……」

「それ? マール星の飲み物よ」

 宇宙の星の飲み物なんだ…… 飲んで大丈夫なんだろうか?

でも、彼女はおいしそうに飲んでいるから、きっと、大丈夫なんだろう。

ぼくは、一口飲んでみた。すると、口の中に、甘酸っぱいというか、初めて味わう感じがした。

正直言って、おいしいとは感じないけど、飲めないわけではない。

「おいしいでしょ」

「う、うん」

 ぼくは、無理に笑顔を作っていった。

「あのさ、食事とかって、どうやってるの?」

「ニャン太夫が用意してるわ」

「お昼のお弁当には、ビックリしたけど、アレもニャン太夫さんが作ったの?」

「たぶんね。だって、あたしは、料理は作れないもの」

「マール星では、どうしてたの?」

「料理の係りの人が毎回、作ってくれるのよ」

 言われてみれば、そうだよな。お姫さまが自分で料理なんて作らないからな。

ちゃんと、お手伝いさんみたいな人がいて、全部作ってくれるんだろうな。

「でもさ、これからは、どうするの?」

「さぁ……」

 これだから、お姫さまは、世間知らずなんだ。食事の心配をしなくていいなんて、ぼくの立場からじゃありえない。

「ちょっとニャン太夫さんに聞いてくるよ」

 ぼくは、そう言って、残りの赤いお茶をかなり無理して飲み干して、一階に降りていった。

彼女もぼくの後を追うように、下に降りてくる。すると、ちょうど、ニャン太夫さんとポコタンがテーブルの上で本のようなものを見ていた。後ろから覗くと、それは、料理の本だった。

「あのさ、昼間のお弁当って、ニャン太夫さんが作ったの?」

 ぼくが声をかけると、なぜか、ニャン太夫さんは少し困ったような顔をしている。

ポコタンは、後ろを向いて、知らん顔をしていた。

「ニャン太夫さん、姫ちゃんのご飯て、誰が作ってるの?」

 ぼくは、ニャン太夫さんのなで肩をグッと掴んで聞いた。何しろ、猫だから、肩なんてどこにもない。

「それは……」

 なんか、言いずらそうにしている。これは、なにかあるなと思って、ズバリ聞いた。

「もしかして、魔法を使ったんじゃないの」

「ギクッ!」

「もしかして、図星?」

 すると、ポコタンがクルッと回って、ぼくに言った。

「ニャン太夫じいさん、もう、ダメだよ。正直に、正太さんに言った方がいいよ」

「しかしニャ~」

 ニャン太夫さんが、とても困った顔をして、テーブルの上をうろうろする。

「ちょっと、ニャン太夫。ちゃんと説明しなさい」

 彼女が、そう言って、テーブルをバンと叩いた。それには、ぼくもビックリした。

ぼく以上に驚いたのが、ニャン太夫さんとポコタンだった。

思わず、テーブルから落ちたのだ。しかし、そこは、猫と不思議な生き物だけに

クルッと回転して、ちゃんと足から着地した。

そして、テーブルを昇ってくると、頭をかきながら口を開いた。

「では、正太さまには、正直に申し上げます。昼間の料理は、これニャ」

 料理の本をめくると、そこにあったのは、昼間にぼくが見たのと同じ、おせち料理の写真だった。

しかも、豪華三段重と言うものだ。こんなもの、ウチでも食べた事がない。

「これ、あたしが食べたのと、同じじゃない」

 さすがに彼女も気がついたらしい。

「どういうことか、説明してもらうわよ」

 可愛い彼女の目が釣り上がっている。お姫さまでも、怒るときは、怒るんだな。

ニャン太夫さんとポコタンは、汗を拭きながら話し始めた。

それによると、これまた、魔法で本の写真を現実にしたというから、ぼくは腰が抜けそうになった。

「飽きれたわね」

 彼女が、ガクッと肩を落とした。

「それじゃ、これからも、姫ちゃんの食事は、この本から出して食べさせるわけ?」

「ハイ、まぁ……」

 段々声が小さくなってきて、これ以上、問い詰めるのはやめようと思った。

「あのさ、これって、おせち料理って言って、日本人がお正月のときにだけ食べる、特別な料理なんだよ。といっても、姫ちゃんたちには、わからないだろうけどさ」

 すると、三人とも、しゅんとしてしまった。これは、まずい。姫ちゃんだけでも、元気付けないと。

「姫ちゃんは、ぼくと同じくらい若いし、まだ成長途中だから、たくさん食べて、栄養つけないとダメなんだよ。例えば、栄養のバランスとか、カロリー計算とか、本をそのまま真似るのもいいけどさ、これから地球で暮らすなら、ちゃんと食事をした方がいいよ」

 ぼくは、必死で取り繕った。

「ニャン太夫さんもポコタンも料理とか作れないんでしょ」

 すると、二人とも、静かに小さく頷いた。

「だったらさ、今晩の夕食は、ウチで食べない?」

「えっ?」

 彼女が顔を上げて、ぼくを見た。

「姫ちゃんを招待するよ。今夜、ウチでご飯食べようよ」

「いいの?」

「もちろん、母さんに聞いてみないとわからないけど、たぶん、大丈夫だよ」

 ぼくの一存で決めるわけにはいかないけど、きっと母さんなら大丈夫だろう。

「でもさ、ウチのご飯なんて、普通の家庭料理だし、お姫さまの口に合うかわからないから、無理にとは言わないよ。それにさ、ウチは、家族で夕飯て、余り食べないんだよ」

 ぼくは、家庭の事情というのを話して聞かせた。

実際、父さんは、一日中、書斎に閉じ篭って本を書いていて、食事は、ぼくたちとは食べる時間がずれている。

姉ちゃんは、大学に行ってからというもの、学校も忙しくて、アルバイトを始めたり、友だちと飲み会に行ったりして、外食のが多くて、夕飯時は、母さんと二人きりの時のが多い。

「だからさ、よければ、ウチで夕飯食べるのは、どうかなと思ったんだ」

 今度は、少し遠慮気味に言ってみた。すると、彼女は、目を輝かせてこういった。

「行く! 正太くんとご飯を食べられるなら、どこにでも行くわ」

「姫さま!」

「姫……」

 ニャン太夫さんとポコタンが同時に声を上げた。

「なに、なんか文句あるの?」

 グッと睨まれた二人は、恐縮しながら口を開いた。

「しかし、それは、正太さまのお家にご迷惑がかかるのではないかと思うニャ」

「それに正太さんのお母さんの都合ってものもあるんじゃないかな」

「う~ん…… 確かにそれは言えるわね。未来のダンナ様のお母さんに迷惑かけるわけにいかないものね」

 話が飛躍しすぎだ。まだ、ぼくが、彼女と結婚すると、決めたわけじゃない。

だけど、言い出しっぺのぼくが、ここで引き下がるわけにもいかない。

「だからさ、まず、母さんに聞いてみるから、それで、いいって言ったら、招待するから」

「わかったわ」

 彼女は、とてもうれしそうな顔をしていた。こんな顔を見たら、なにが何でも、母さんに了解してもらおう。ここで断ったら、ぼくの面目丸つぶれだ。

「それじゃ、また、後で、迎えに来るから、少し待ってて」

 ぼくは、そう言って、彼女のウチを後にした。


 ぼくは、自分の家の前に立って、ホッと息をした。彼女に大見得切ってしまったのはいいけど母さんには、なんて言おうか考えていなかった。少し迷っていると、声をかけられた。

「正太、そんなとこでなにしてんの?」

「母さん!」

 そこには、仕事帰りの母さんがいた。しかも、両手に買い物袋をぶら下げている。

「それ、持つよ」

 ぼくは、重たそうな荷物を母さんから奪い取るようにして、ウチに入った。

「アラ、珍しいわね」

 滅多に母さんの手伝いなんてしないぼくを見て、小さく笑った。

ウチに入ると、買ってきたものをキッチンに置いた。

「すぐ作るから、ちょっと待っててね」

 母さんは、エプロンを付けながら手際よく、買ってきた物を仕分けしている。

「あのさ、昨日の彼女のことだけどさ……」

「あの、お姫さま? どう、学校で、うまくやってる。ちゃんと、正太が助けてあげるのよ」

「うん、わかってる。それでさ、姫ちゃんて、一人暮らしだろ。今夜、夕飯に招待してあげたいんだけど、ダメかな?」

 ぼくは、母さんに聞いてみた。だんだん声が小さくなってくるのが、自分でもわかった。

やっぱり、ダメかな。同じ年の女の子をウチの夕飯に招待するなんて、普通は反対するよな。

「アラ、いいじゃない。連れてらっしゃいよ。ついでに、あの、猫みたいな人たちも、連れてきたら」

「えっ? いいの?」

「だって、一人じゃ、食事だって、ちゃんと取れてないでしょ」

 母さんの言葉は、心の底からうれしかった。ぼくの心の中が、パァーっと明るくなった。彼女の喜ぶ顔が見えるくらいだ。

「もっとも、ウチのご飯なんて、お母さんが作るものだから、お姫さまの口に合うかしらね?」

「いや、いいんだよ。地球の家庭料理を食べさせたいんだ。だって、食べたことないんだから」

「それなら、今夜は、腕によりをかけて作らなきゃね。どうせ、お父さんとお姉ちゃんは、食べるかわからないしね」

 よし、これで、OKだ。早速、彼女に知らせてこよう。そう思って、玄関に走ると、母さんが言った。

「どこに行くの?」

「姫ちゃんを呼んでくる」

「バカね。ご飯は、これから作るのよ。今、連れてきてどうするのよ。出来てからでいいでしょ」

 いけない、いけない。つい、うれしくて先走ってしまった。

少し、落ち着け、自分。

「彼女に食べさせたいなら、正太も手伝ったら」

「うん、ぼくも手伝う」

 ぼくだって、料理は、まったく作れない。出来るものといったら、カップラーメンにお湯を入れるくらいだ。

そのぼくが、母さんの料理の手伝いをするとは、自分でも信じられない。

 ぼくは、母さんに言われるままに、野菜を洗ったり、切ったりした。

ちなみに、今日の夕飯は、カレーライスと野菜サラダだ。いきなり、カレーとは、初めての地球の食事にしてはハードルが高いかもしれないけど、今更、変更は出来ない。野菜を切りながら、少し不安をよぎった。

 お米を研いで、炊飯器に入れて、スイッチを入れる。その間に肉や野菜を煮込んでいく。ぼくは、食事が出来るまでの時間が、とても長く感じた。

時計と鍋を見ながら、早く出来ないか、そればかりを気にしていた。

 そして、一時間後、無事に完成した。母さんから、呼んできなさいといわれたぼくは、家を飛び出した。

彼女のウチの前に立つと、チャイムに指をかけようとすると、やはり自動で開いた。

「姫ちゃん、ご飯で来たよ。いっしょに食べよう」

 ぼくは、喜びの余りに、大きな声を出してしまった。しかし、目の前には、彼女の姿はなかった。テーブルの上にニャン太夫さんとポコタンがいるだけだった。

「姫ちゃんは?」

「今、用意をしてるニャ」

「用意?」

 ぼくは、不思議に思って聞くと、階段から彼女が降りてきた。

「お待たせ、正太くん」

 そう言って、降りてきた彼女を見て、ぼくは、このまま天に昇ってしまうかと思った。

制服姿や私服姿の彼女も可愛かったけど、今、目の前にいる彼女は、きらびやかで豪華なドレスを身に纏った絶世の美女だった。頭には、王冠をつけて、真っ白のドレスには、キラキラと光る宝石の数々。

うっすらメイクまでしているようで、唇がピンク色に染まっていた。まさしく、お姫様だ。

 ぼくは、口をパクパクして、目をパチクリさせていると、彼女が近くに寄ると言った。

「正太くん、参りましょう」

 ぼくは、その言葉を聞いて、現実に戻った。

「ちょっと、待った」

 ぼくは、出て行こうとする彼女を止めた。

「その格好は、とってもきれいだよ。すごく素敵だし、可愛い。だけどさ、どっかのパーティーに行くわけじゃないんだからそのドレスは、やめたほうがいいと思うよ。それを見たら、ウチの母さん、ビックリするよ」

 ぼくは、彼女に優しめに言った。

「ほら、だから言ったじゃん。お城のパーティーじゃないんだから、ドレスはやりすぎだって」

 ポコタンが、ニャン太夫さんに口を尖らせた。ニャン太夫さんは、渋い顔をして黙ってしまう。

「とにかく、普通の格好にした方がいいよ」

「でも、どんな服を着たらいいのかしら?」

「さっきみたいな、可愛いシャツでいいんじゃない」

 ぼくと彼女が話していると、ニャン太夫さんが口を挟んできた。

「イヤイヤ、姫さま。正太さまのご自宅にお邪魔するのだから、それなりの正装にしないと失礼だニャ」

 また、余計なことを…… やっぱり、ニャン太夫さんは、頭が硬い年寄り猫だ。

「いいんだって。ウチは、普通の家なんだから、普段着でいいんだよ。そのままのが、姫ちゃんは、可愛いんだから」

 と、そこまで言って、ぼくは、彼女に面と向かって、言った一言に、顔が熱くなった。

「うれしい。正太くんから、可愛いって言われちゃった」

 彼女は、そう言うと、うれしそうに笑った。ぼくは、真っ赤になっていく自分がわかって、恥ずかしくなった。

「と、とにかく、普通でいいから」

 そういうのが精一杯の強がりだった。

「それじゃ、変身するね」

 そう言って、リボンから昼間のときのような、小さな棒を取り出した。

「ストップ、ストップ。変身するなら、自分の部屋でやって」

 今にもこの場で変身しようとする彼女を慌てて制した。

目の前で、変身するのを見るのは、たとえ裸になることはないにしても、見るのは恥ずかしい。

「姫さま、はしたないニャ。ちゃんとお部屋で着替えるニャ」

 ニャン太夫さんもたまにはいいこというな。ぼくは、少し感心した。

「面倒なんだけどな」

「ダメだよ。さっき、約束したでしょ。人前で、変身しないこと」

「でも、ここには、正太くんしかいないじゃない」

「だから、ダメなんだよ。ぼくは、これでも男なんだから」

「あたしは、別に気にしないんだけど」

「ぼくが気にするから、ダメ」

「ハ~イ」

 彼女は、ホントに面倒臭そうに言いながら、階段を上がっていった。

ぼくは、ホッとして息をつくと、ニャン太夫さんもホッと胸を撫で下ろしていた。

「姫さまは、ご自分の立場をまだ自覚してないニャ。自由奔放で困ったもんニャ」

 ニャン太夫さんも苦労が耐えないなと、そこは同情した。

少しすると、さっきと同じ、ピンクにバナナのイラストが描かれたシャツに白いスカート姿で現れた。

「お待たせ。だけど、これでホントにいいの?」

「そのほうが、姫ちゃんらしくて可愛いよ」

 決して、お世辞ではない。可愛いもんは、可愛いんだから、素直な感想なのだ。

すると、彼女は、階段の上から、勢いよくジャンプして、見事な着地をして見せた。

短いスカートがヒラヒラさせるので、目のやり場に困る。

「姫さま、はしたないニャ」

「ハイハイ、ニャン太夫は、ホントにうるさいのね」

「まぁまぁ、それじゃ、行こうか」

 ぼくは、彼女を連れて家を出て行こうとする。

「姫さま、行ってらっしゃいニャ」

「正太さん、姫を頼むよ」

 ニャン太夫さんとポコタンが玄関まで見送ってくれた。でも、そこは、ちょっと待てだ。

「ニャン太夫さんとポコタンもおいでよ」

「えっ! 私どももですか?」

「おいらも……」

「そうだよ。せっかくだから、いっしょに行こうよ」

「でも……」

「遠慮することないって。ほら、行くよ」

 そう言っても、なかなかついて来ない二人を見て、ぼくは、思い切って、二人の手を握ってウチに連れて行った。

「しょ、正太さま……」

「ちょ、ちょっと待って……」

 それを横で、彼女は、楽しそうに見ていた。

「母さん、連れてきたよ」

 ぼくは、ドアを開けると、玄関先で言った。

「あらぁ、いらっしゃい」

「すみません。今夜は、お邪魔します」

 そう言って、彼女は、丁寧に頭を下げた。

「遠慮しないで、上がってちょうだい」

「ハイ、失礼します」

 彼女は、そう言って、靴を脱いだ。

「ニャン太夫さんとポコタンもおいで」

「それでは、失礼するニャ」

 二人もぼくの後についてきた。

「まぁまぁ、可愛いわね。ニャン太夫さんとポコちゃんよね」

「ハ、ハイ……」

 ニャン太夫さんもポコタンも、なんか照れているのか、人見知りなのか、もじもじしている。

「ほら、二人もおいで」

「それでは、母上さま、失礼するニャ」

「ハイ、こっちに座って。でも、椅子に座ると、食べずらいわよね」

 そう言うと、母さんは、ニャン太夫さんとポコタンをテーブルの上に置いてくれた。ホントは、行儀悪いけど、二人は小さいので、仕方がない。

 彼女は、ぼくの隣に座ると、初めて見る地球のキッチンを見渡している。

「お姫さまのお口に合うかわからないけど、今日は、たくさん食べてね」

 母さんは、そう言うと、カレーライスをよそって、ぼくたちの前に置いた。

テーブルの中央には、山盛りの野菜サラダもある。

父さんは、まだ、書斎に篭もっているようで、姉ちゃんもまだ帰ってきていない。

「どうぞ、召し上がれ」

 しかし、彼女たちは、目の前に出されたカレーをじっと見つめているだけだった。

「正太くん、これは、なんていうの?」

 そうか。彼女は、カレーライスは知らないんだ。マール星にはないんだ。

「これは、カレーライスって言う料理だよ。おいしいから、食べてみて」

 そう言って、ぼくは、スプーンで一口食べて見せた。

正直言って、ぼくは、母さんが作るカレーが、世界一おいしいと思う。

一口食べると、いつものカレーの味がした。この味を彼女にも知ってほしい。

 ぼくは、一口、二口と、続けて食べると、彼女だけでなく、ニャン太夫さんとポコタンもじっと見ていた。

そして、恐る恐るスプーンを手に取ると、思い切って一口口に入れた。

肉球とか白くて丸い小さな手で、どうやってスプーンをもてるのか、不思議だけど、

そこは、今は聞かないでおこう。

「ウニャ~!!」

 突然、ニャン太夫さんが叫んだ。どうした? やっぱり、口に合わなかったか?

「母上さま、これは、とてもおいしいニャ」

 ニャン太夫さんは、そう言うと、夢中でスプーンを動かした。

その横では、ポコタンが、口の周りをカレーだらけにしながら、食べ続けている。

「アラアラ、ポコちゃん、もっとゆっくり食べたら」

 母さんは、そう言って、そばにあったティッシュでポコタンの口の回りを拭いてあげた。

「ありがとうございます」

 ポコタンは、照れくさそうにいった。

それを見た彼女も、ついにスプーンを手に取った。そして、一口食べる。

「どう?」

「初めて食べるけど、すごくおいしいわ」

「よかった」

 正直言って、ホッとした。やっぱり、おいしくないとか言われたらどうしようと思っていた。

「お母さま、とてもおいしいですわ」

「そう。よかった。まだ、あるから、おかわりしてね」

 とにかく、よかった。三人とも、ちゃんと食べてくれた。

ぼくもなんとなく釣られて、カレーを食べ続ける。

「野菜もとらなきゃダメよ」

 そう言うと、母さんは、ぼくたちにサラダを小皿に分けてくれた。

「正太くん、これは、なんていうの?」

「野菜サラダだよ」

 ぼくは、そう言って少し迷って、箸で食べることにした。彼女が箸を使えるか見てみたかった。

すると、彼女は、ぼくの真似をして箸を取ると、ぼくより上手に使っていて、ビックリした。

「箸の使い方が、上手なんだね」

 ぼくは、感心して彼女に言ってみた。

「正太くんの真似しただけよ」

 彼女は、あっさり言った。みると、ニャン太夫さんもポコタンも、箸を当たり前のように使っている。さすが、宇宙人だ。初めてのことなのに、一目見てマスターしてしまうなんて、すごい。

「ウニァ~!!」

「すごいよ、ニャン太夫じいさん」

 またしても、ニャン太夫さんとポコタンが、声を上げた。

「母上さま、これは、とても新鮮でおいしいニャ」

「こんなの食べたことないよ」

 二人は、涙を流さんばかりに感激している。そこまで、大袈裟にしなくても……

てゆーか、マール星では、なにを食べているんだろう?

「とてもおいしいですわ」

 彼女は、思わず、頬をほころばせて言った。

「おいしい?」

「うん。とっても。こんなのマール星では、食べられないわ」

 彼女たちの食生活のことが気になる。でも、今は、聞かないでおこう。

彼女たちは、サラダもおいしいといって、箸が止まらない様子に、ぼくもホッとした。

「おっ、なんか、うまそうなニオイがすると思ったら、今夜はカレーか」

 珍しく、書斎から父さんが出てきた。どうやら、カレーのニオイに誘われたらしい。それは別にして、彼女たちが来ているのに、その姿は、もう少し何とかならないかと思う。ヨレヨレのシャツにしわだらけのジャージ。髪もボサボサで、寝癖がついたまま。彼女の前で、みっともないったら、ありゃしない……

なのに、父さんは、まったく気にしない様子で、いつものようにしている。

「おや? 姫子ちゃんとその家来のみんなもきてるのか」

 気付くのが遅いぞ、父さん……

「お邪魔してます」

「おいしい食事をご馳走になってるニャ」

「いいから、いいから。ゆっくりしていきなさい」

 父さんは、彼女たちを見て、いつものように優しい感じで言うと、冷蔵庫からビールを取り出して開いている椅子に座ると、コップについで、いつものように飲んだ。

「父上さま、それは、なんと言う飲み物ニャ」

「これか。これは、ビールという地球のお酒だ。猫くんも飲んでみるか?」

 そう言うと、コップについで、ニャン太夫さんの前に置いた。

「ダメだって。これは、お酒だよ」

「猫くん、いや、なんて言ったっけ?」

「ニャン太夫ですニャ」

「それじゃ、ニャン太夫くん、キミは、年はいくつかね?」

「1200歳ニャ」

「それじゃ、立派な大人だな。酒は、飲んだことはあるのかな?」

「酒というのが、わからないけど、試しに飲んでみるニャ」

 そう言うと、ぼくが止めるのも聞かずに、ニャン太夫さんは、グイッと飲んだ。

「ウニャ~…… これは、素晴らしい飲み物ニャ。これは、マール星でいう、コルアールという飲み物ニャ」

「コルアール? なにかねそれは」

「これとは違うが、飲むと気持ちよくなる飲み物ニャ」

「なるほど。それじゃ、お酒だな。いける口なら、もう一杯どうかね?」

 父さんがビールを進める。

「ダメよ、お父さん。宇宙人にお酒を勧めちゃ」

「それもそうか」

「これは、利くニャ。地球人は、強いニャ」

 そう言うと、ニャン太夫さんは、カレーとサラダの続きを食べ始めた。

「ただいま」

 そこに、今度は、姉ちゃんが帰ってきた。

「アラ、姫子ちゃんたちも来てたの?」

「ご馳走になってます」

「姉上さま、失礼してるニャ」

「やぁね、姉上さまだなんて……」

 姉ちゃんもいつもと違うテンションだ。

「ちょっと、お姉ちゃん。酔っ払ってるの?」

 母さんが注意する。見れば、顔がほんのりピンク色だ。

「合コンだったのよ。でも、いい男がいなくて、一次会で抜けてきたのよ」

「まったく。食事は?」

「食べてきたから、いらなぁい」

「それじゃ、お風呂に入ってきなさい」

「ハイハイ。それじゃ、姫子ちゃん、ごゆっくり」

 そう言うと、浴室の方に行ってしまう。

それにしても、どうして、ウチの家族は、彼女が来ているというのに、こんなにだらしがないんだ。

「正太くん、みんないい人たちですね」

「そうかな?」

 ポコタンが聞いてくるので、ぼくは、そう言った。

「せっかく、姫ちゃんたちが来てるのに、みっともないよ」

「そんなことはないよ。おいらたちは、そんな家族に囲まれて、正太さんがうらやましいよ」

 ポコタンは、口の回りをカレーだらけにしながら言った。

「その通りニャ。正太さまは、家族に恵まれているニャ」

 ニャン太夫さんが、しみじみとした口調で言った

見ると彼女は、思いつめたような顔をしている。確かに彼女は、星のお姫さまで、

マール星にいるときは、何から何まで回りにしてくれていたのだろう。

両親は、星の王様と女王様だ。そんな両親から離れて、今は、遠い地球で一人ぼっちなのだ。淋しいに決まっている。もしかして、ホームシックなのかもしれない。

それでも、淋しそうな表情ではないのが、ぼくには、少し心が痛んだ。

「そうだ。ねぇ、姫子ちゃん。ウチで暮らさない?」

 母さんが突然言った。ぼくは、思わず、カレーをのどに詰まりそうになった

ぼくは、胸をどんどん叩いて、カレーを流し込む。

「姫子ちゃんは、一人暮らしなんでしょ。それじゃ、淋しいわよね。どうせ、ウチの正太と結婚するつもりなら、あなたさえよければ、ウチに来なさいよ」

 ぼくは、言葉が出てこなかった。いきなり、なにを言い出すんだ……

「そうだな。キミさえよければ、ウチに来なさい。寝るところは、お姉ちゃんの部屋でかまわんだろ」

「どうかしら? 姫子ちゃんはどう」

 すると、彼女が、目をキラキラさせていった。

「ハイ! お願いします」

 そう言うと、立ち上がって深々と頭を下げて見せた。

「そう。うれしいわ。ウチのお姉ちゃんは、あの通りで、ちっとも母さんに構ってくれないし、正太は勉強だしお父さんは、小説ばかりでつまらなかったのよ。姫子ちゃんみたいな、可愛いお嫁さんが着てくれたら、うれしいわ」

 だから、何でそんなに浮かれているんだ。母さんまで、なにを言い出すんだよ。

「イヤイヤ、ちょっと待ってよ。ぼくたちは、まだ、高校生なんだよ。それが、いっしょに暮らすってどう考えてもダメに決まってるじゃん」

「それじゃ、正太は、姫子ちゃんと暮らすのは、イヤなの?」

「そういうわけじゃないけど……」

 だんだん声が小さくなる。隣の彼女を見ると、ぼくをじっと見つめている。

「何も、二人で暮らせって言ってんじゃないんだぞ。ここには、父さんも母さんも、お姉ちゃんだっているんだ。それとも、お前は、彼女と二人きりで暮らすって言うのか?」

「ち、違うよ!」

 ぼくは、父さんに思いっきり、否定して見せた。

「ここに住んでいるなら、ヘンなこともできないしな」

 そう言って、父さんは、小さく笑った。

「そんなことしないよ」

 彼女は、小さく笑っている。ぼくは、逆に顔を真っ赤にした。

そこに、姉ちゃんが風呂から上がってきた。

「ちょうどいいわ。あのね、姫子ちゃん、ウチでいっしょに暮らすことになったから」

「アラ、いいじゃない」

「それより、服着ろよ。姫ちゃんとかニャン太夫さんもいるんだぞ」

 姉ちゃんは、バスタオル一枚のほとんど裸の状態だ。

「女同士だし、別にいいじゃない。ニャン太夫さんもポコちゃんも、動物だしね」

「そういうことじゃなくて」

「ハイハイ、わかったわよ。それより、正太、よかったわね。アンタもやるじゃん」

 ぼくが顔を真っ赤にして言い返そうとするより先に姉ちゃんは、二階の自分の部屋に上がっていった。

彼女は、くすくす笑っている。笑っている場合じゃないんだぞ。

「よし、なんか、いいアイディアが浮かんだぞ。高校生と宇宙人の同棲するラブコメだ。よぅし、書くぞ」

 父さんは、そう言うと、書斎に入っていく。なんだ、この家族は……

みんな好き勝手なことをいって、マイペースなんだ。ぼくは、かなり呆れた。

こんな家族といっしょに暮らして、彼女は、大丈夫なんだろうか?

 結局、この日は帰って、明日の学校が終わってから、荷物をまとめてウチに来るという話になった。

彼女もニャン太夫さんもポコタンも、母さんとぼくに、何度もお礼をいって、帰って言った。

ぼくは、明日からのことを考えると、心配で仕方がない。

だって、あんな可愛い女の子と暮らすなんて、ぼくは、どう接すればいいのかわからない。

もちろん、親と姉ちゃんの目があるとはいえ、彼女とは、ウチに帰っても顔を合わせるわけだ。

ドギドキするに決まってる。どうしたらいいのか考えると、悶々としてなかなか寝られない。

 すると、またしても、突然窓が開いて、ポコタンが入ってきた。

「だから、勝手に、窓から入ってくるなよ。ビックリするじゃないか」

「ごめん、ごめん」

 ポコタンは、そう言いながら、ぼくのベッドの上に飛び乗った。ちっとも、すまなそうじゃない。

「さっきは、ごめん」

「何のこと?」

「姫が正太さんのウチに来るって話」

「別にいいよ。姫ちゃんだって、一人じゃ淋しいしね」

「でも、おいらたちまで世話になって、やっぱり迷惑じゃなかったかな」

「大丈夫だよ。気にすんなよ」

 ポコタンは、心配そうな顔をしている。

「とにかく、明日から、よろしくな」

「うん。やっぱり、正太さんは、姫が選んだ人だよ。目に狂いはなかったんだね」

「よせよ。照れるじゃないか。それに、まだ、結婚すると決まったわけじゃないんだぜ」

「いえいえ、もう、決まったも同然ですよ」

「だから、ぼくは、まだ、高校生だから、結婚は出来ないんだよ」

 何度この台詞を言っただろうか…… でも、全然わかってくれない。

「それじゃ、もう、遅いので、帰ります。正太さん、明日から、姫のこと、よろしく頼みます」

「わかってるよ。ポコタンもよろしくな」

「ハイ、では、おやすみなさい」

 ポコタンは、そう言うと、また、窓から出て行った。

「まったく、ちっともわかってない」

 ぼくは、窓を閉めながらそう呟くと、ベッドに潜り込んだ。

明日のことが心配になりながらも、今度は、すぐに眠ってしまった。



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