第21話 魔王、配下に警戒する
遠足を終えた夜、魔界にいるハルトから連絡がきた。
「おぉ、ハルト! どうした!? 時空転移魔法を習得したか!」
『いやぁ、魔王さんそれがちょっと報告したいことがありまして……』
「む、なんだ?」
『実は、配下のレイヴンがそちらの世界に行ったようなんです……』
レイヴンとは、俺の配下の中の一人である司令官の地位にいるヤツのことであろう。
「うむ、ん? ん? どういうことだ?」
『時空転移魔法の書物を机の上に置きっぱなしにしてたら、レイヴンがこっそり見たらしくて……魔法を習得してそっちに行ったようなんです』
「な、なん、だと? なぜわかる?」
レイヴン……ヤツは魔王軍の中でも一番魔法に長けている。確かにヤツなら時空転移魔法を習得しても不思議ではない。
『俺が部屋を空けている間にレイヴンが入っていくところを見た者がいて、さっきからレイヴンの行方がわからなくなってます……』
俺はハルトの報告を聞きながら窓を見た。
そういえば今日の夕方家に帰って来た時、窓が開け放たれていた。閉め忘れとは考えにくいし、妹のフウカに確認したが開けていないと言っていた。ドロボーを疑ったが何も盗まれてるものはなかったのだ。
「レイヴン、ヤツがこちらに来ているのか……いったいどこへ行ったのだ……」
『あの……でもよかったんですよね。俺じゃなくてもレイヴンって人が行ったなら魔界に連れ戻してもらえるんじゃないですか?』
「いや……これはマズいかもしれぬ……」
『えっ、どうして? レイヴンってどんな人なんですか?』
遠い昔の魔界。俺がまだ魔王ではなかった頃。
「司令官! ムリです! そんな余裕はありません」
当時、師団長だったレイヴンは俺にそう言った。
「我々の飯の種すらままならない状況、ましてや人間に食わせる食料などございませぬ!」
人間界の支配を目論んだ当時の魔王の命令により、軍司令官だった俺は人間界のとある国を侵略していた。そこは、魔界との境界に最も近い辺境の国シャドハヤ。医療、軍事力に優れ、人間界でも重要な大国だった。
戦いは終始、魔王軍が優勢だった。人間側の抵抗も虚しく、圧倒的な暴力でシャドハヤを弾圧していった。
戦火の中、街には孤児たちが溢れかえっていた。大人たちを殺され、家を失い路頭に迷う子供たち。先日まで緑溢れる豊かな国だった場所は、いまや絶望の国になっていた。
シャドハヤが隣国にも見放される中、俺の心は揺れていた。
「敵対する人間とはいえ、子供に罪はないだろう」
「おっしゃる意味がわかりませんね。子供といえど人間は人間! 我々の敵ですよ。今すぐに八つ裂きにして殺すべきです」
レイヴンは譲らなかった。俺たちの意見は真っ向から対立した。立場的には司令官である俺の意見が絶対なのだが、部下たちの中にはレイヴンの意見に賛同するものも少なくない。俺が闇雲に権利を行使すれば部下たちの信頼を失ってしまう。
そんな時、敗戦を迎えたシャドハヤの王はこう言った。
「頼む。余はどうなってもいい。子供たちだけは助けてくれ」
自身の命が脅かされる中で、国の子供たちを思いやったシャドハヤの王の提案に俺は感銘を受けた。彼は自分が殺されるかもしれない中、民のことを第一に考えたのだ。
俺は迷っていた。なぜなら、このシャドハヤという国には大きな借りがあったからだ。
はるか昔、魔界で疫病が流行った時代があった。疫病は地方の村を中心にまたたく間に広がり想像を絶するほどの死者が出た。
当時の魔界では都市部でしかまともな医療は受けられない。そのため救いを求めて都市部へやってくる者は跡を絶たなかったのだ。しかし、当時の魔王は魔王領の被害を防ぐため、都市部への国境を完全封鎖し、疫病の広がりを最小限に食い止めようと考えた。つまり地方の村々を完全に見捨てたのだ。
そんな中、最後の希望として救いを求めたのが魔界と人間界の境界に最も近いこのシャドハヤという国だった。
パニックになっている魔界の民たちを、シャドハヤの医師たちは懸命に治療してくれた。物理的な境界だけではなく、種族としての境界を超えて助けてくれたのだった。
俺もそんなシャドハヤの医療に救われた一人だ。同時に多くの魔界の民たちも救われたことを知っていた。
「シャドハヤの王よ。そなたの思い、しかと受け取った。子供たちには手厚い加護を約束する」
俺は、自らの保身に走らず、最後まで国のことを考えるシャドハヤの王に心を動かされた。
「どうか、魔界と人間界に豊かな未来を……」
シャドハヤの王は処刑される瞬間まで、二つの世界の共存を望んでいた。
俺には元々魔王になり、人間界を支配するという野望があった。だがそれは先代の魔王と同じで暴力的な侵略、弾圧といった文字通りの支配でしかなかった。しかし、このシャドハヤとの戦いがきっかけで、俺の心境に変化が起こる。
魔界と人間界の統治、それが俺の支配という言葉の目指すところになった。
その後、俺は魔王の地位につき、レイヴンは軍司令官となった。長年配下として仕えてくれているレイヴンだが、腹を割って話したことは一度もない。ただの一度も。しかしヤツは先代の魔王の考え方に強く影響を受けていると思われる。
そんなヤツがこの人間界に野心をもってきていたとしたら……。
「ということだ。理解したか?」
『そ、そ、それってめっちゃくちゃヤバいじゃないですか……』
「そうだ。それでハルト、お前に早急にやってほしいことがある」
『なんですか?』
「シャドハヤという国に使いを送れ」
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