第20話 魔王、告白される


 その後、俺たちはなんとか宿泊所に到着した。日はとっくに暮れており、辺りは真っ暗になっていた。


 先生たちも心配していたらしく、俺たちの姿を見て安堵してくれた。


 ヒナはすぐに手当てを施された。幸い軽症なようだった。お風呂も無事に一人で入れたようだ。お風呂の後、俺たちは学年の生徒全員で夕食をした。


「神代さん、足をケガしたらしい! 須王に背負われて下山したらしいぜ!」

「神代さん無事でよかった〜! しっかし須王は男の中の男だな」

「神代さんのために命張れるなら男冥利に尽きるってもんだよな」


 夕食の最中、話題はヒナのことで持ち切りだった。


 ヒナと三条は夕食の会場に遅れてきた。グループごとに席が決められているため、俺の左右は空いていた。


「ふぅ〜、サッパリした〜。あーしらの席は〜? あ、ここか」

「須王くん、おまたせ。さっきはホントにありがと」


 パジャマ姿の彼女たちは、俺の隣に座った。


「足、大丈夫か?」


 俺が右隣のヒナに尋ねると、彼女はこくんとうなずいた。


「しっかし、ガチでヒナをおぶって下山するとはね。見直したよ須王」


 左隣の三条が声をかけてくる。彼女はいつの間にか俺のことを陰キャではなく名前で呼ぶようになっている。別にどうでもよかったが。


 三条はパジャマも着崩しているのかと思いきや、意外にも襟元のボタンまできちんと止めていた。


「三条、いつものダラしない感じではないんだな」


 俺が三条に問いかけると、彼女は目を見開いてキョトンとした。俺に話しかけられたことに驚いているのだろうか。


「え、何? このパジャマのこと? ちょ! 何見てんの〜? エッロ〜」


「ちょっと須王くん! 私の親友をそんな目で見てるの!?」


「い、いやいや! そんなことは!」


 正直、見ていないといえばウソになる。しかし、あそこまで派手に放り出されていては、いやでも目に入ってしまうというものだ。


「シオリはホントはいい子なんだよ。ギャルっぽい服装と喋り方はフリなんだよねー?」


「へぇ、そうなのか?」


「ちょっと、ヒナ」


「いいじゃん。須王くんなら別に」


 三条はやれやれといった表情でヒナを見る。


「……うちは家が厳しくてね。ま、普段のこの軽い喋り方はその反動ってやつぅ?」


「シオリは役者志望だもんね。普段の態度も演技のうち、ってことよね!」


「そーゆーヒナこそ! 今日はよく喋るんじゃね?」


 ヒナにからかわれた三条もすかさず返す。


 食事の後もしばらく談笑は続いた。


 ヒナと三条は本当に仲がいい。自分たちのことを親友と呼んでいるだけのことはある。


 俺は三条ともこの一日でだいぶ打ち解けた気がする。遠足などで一日中いっしょにいれば距離も縮まるものなのかもしれない。学校行事というものは偉大だった。


 その後、俺たちは解散し、男子部屋と女子部屋に別れて床についた。ほぼ全員疲れていたのか朝までぐっすりだった。




 早朝、少しひんやりした廊下を俺は一人歩いていた。まだみんなは寝静まっている。自然の中に建てられた宿泊施設はとても居心地がよく外の空気を吸いたくて散歩しようと外に出てみたのだ。


 昨日の朝から一人になる時間がなかったため、今はとても心地よかった。すっかり人間たちの世界に馴染んでしまった気がする自分と、それに抗うかのように時々顔を出す魔王の自分がいることに気がつく。


「俺は、いつまでこの世界にいるのだろうか」


 中庭のベンチに座り考え込んでいると、後ろで扉の開く音がした。


 振り向くと、ちょうど俺と同じように外に出てくる女子生徒がいた。神代ヒナだった。


「あ、ハルトくん……どうして……」


 彼女は両手で髪の毛を直した。静かな中庭に小さな透き通った声が響きわたる。


「となり、いい?」


 彼女がそう言うと、俺は少し右にずれて場所を作った。彼女がベンチに腰を下ろした時、ふんわりと甘い髪の香りが鼻をついた。


「少し早く目覚めたものでな。一人で考え事をしていた」


「ふーん、誰のこと考えてたの?」


 誰のこと、彼女は断定的にそう聞いてきたが、俺が考えていたのは故郷である魔界のことだった。


「そうだな。大切な者たちのことだ」


 魔界に残してきた配下たちは魔王の姿になったハルトとうまくやっているだろうか。


「ふーん。そっか。家族は大事だよね。両親、遠くにいるんだもんね。妹ちゃんも守らなきゃだしね」


 ヒナが解釈したのはこの世界のハルト側の事情だろう。そう、彼女には魔界のことなど関係ないのだ。


「ねえ、ハルトくん。私はハルトくんの大切な人になれることはあるのかなぁ?」


 唐突にそう言ったヒナの方を見ると、照れくさそうに顔を伏せている。その表情の意味するところをなんとなく察した俺だが、意図的にずれた答えをしてしまう。


「ヒナ、君は友人だ。俺の最初の友人でもある」


「えっ! 最初!? そうなの?」


 彼女は上ずった声を上げ、ぽかんとしている。


「ああ、だからとても大切に思ってる」


「それは……友人として、ってこと?」


「ん、そうだが」


「……違うよ!?」


 やっぱり違うんだろうな……。


 彼女は俺の方へ向き直り、まっすぐに目を見つめてくる。その双眸の奥はキラキラと輝いている。


「私が言いたいのは、恋人としてお互い大切な関係になれるのかなってことだよ!」



 一瞬、時が止まった。



「──やっぱ、忘れて。あーハズかし!」


 突然動き出し、立ち去ろうとする彼女の右手を俺はとっさに掴んだ。


「ヒナ!」


「……」


「ヒナの言いたいことは伝わったぞ。とても嬉しく思う」


「……」


 彼女が今どんな表情をしているのかわからない。


「だが、俺たちは不釣り合いだ。大きな壁があるというか……」


「不釣り合いなんかじゃないよ! 確かにハルトくんはみんなからいろいろ言われてたけど、シオリもハルトくんのこと認めたし、私からしたら全然不釣り合いなんかじゃない! どんな壁でも私たちなら乗り越えられるよ!」


 ヒナの必死な訴えかけも、全ては俺が魔王であることを伏せてしまっているためにどこかずれてしまう。いっそのこと言ってしまえばいいのか。それはさすがにはばかられる。


「ヒナ。今は少し待ってほしい。いつか話せる時が来たら話すから」


「なんかよくわかんないけど、わかった……そろそろ戻ろっか」


「うむ」




 こうして、俺の初めての遠足は終了した。




──────あとがき──────


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