第19話 魔王、クマと遭遇する


「ヤッバ……ガチのクマモンじゃん……」

「ど、どうしよぉ……」


 体長3メートルほどの野生のクマを前にして、三条とヒナがあわてふためいている。


 そんな中、俺はズイッと前に出た。


「この世界の野生のクマか。まあ、かわいいものだな」


 魔王である俺にとって、こんなチッポケな獣は驚異ではない。魔界に生息する魔獣はこの5,6倍の大きさだった。


「お前たちは下がっていろ。どれ、俺が相手だ」


「須王! イキってる場合かよ! 逃げないとヤバいって!」

「す、須王くんダメ! ムチャしないで!」


 俺はわずか2メートルほどの距離でクマと真っ向から対峙していた。向こうは臨戦態勢をとってはいるが、その瞳には少し陰りがある。何かに怯えているような感じがする。


 俺はゆっくりと近づいていく。


 するとクマは身体を大きく見せようと後ろ足だけで立ち上がってみせた。


 グオオオオォ!


 威嚇をしてみせるクマだったが、その振る舞いは俺たちを狙うというよりもこれ以上先へ行かせないように立ちふさがっているだけのようにも見える。


「こいつはどうやら俺たちを襲う気はないようだぞ。この世界の動物はみな優しい顔をしている。なるべく傷つけたくはないな」


 俺はクマに向かって右の手のひらを突き出す。そして体内から少しだけ魔力を放出してみせた。クマは俺が異形の者であると感づいたのか、すぐに頭を低くして俺にひざまずく格好になる。その姿はまるでなにかを懇願しているように。


「須王くん……何してるんだろ」

「わかんねえ……陰キャだと思ってたけど、度胸ヤベーな。マジで見直すわ……」

「待って、クマの様子が変だよ?」


 クマは何かを察したのか、ゆっくり後ろを振り返ると草むらに駆け込む。そして、俺たちを振り返った。


「ふむ、ついてこいと言うことか?」




 俺たちがクマのあとを追いかけると、そこにはワナにかかった子熊の姿があった。


「あっ! これってクマモンの子供じゃね?」


 三条が声を上げる。


「ワナにかかっちゃったんだ! かわいそう……」


 大きな金属で出来たオリの中にいる子熊は、俺たちの姿を見て怯えているのか小さく鳴いていた。


「クマモン、これを訴えてたのか……マジ切ねーじゃん」

「子供が可哀想だよ……須王くん、なんとかしてあげられないかな?」


「ふむ、オリを壊すほかあるまい」


 俺は、オリの柵を掴み少しだけ力を入れた。


 グギギギ! 


「あ、柵が歪んでる! スゴイ!」


 ギギギギギ!


 力を込めすぎると折れそうになるため匙加減が難しい。そして、ひしゃげた柵の間から子熊が出てきた。子熊は親であるクマの元へと駆け寄っていく。


「よかったな。今度から気をつけるんだぞ」


 俺の言葉を理解したのか定かではないが、クマの親子は少しだけ頭を下げる素振りをして森へ消えていった。


「すごいね須王くん。クマの親子を助けちゃった……」

「つーか、この柵をねじ曲げるってどんな馬鹿力してんだよ……」

「す、すご~い! 須王くん、動物と話せるの?」


「まあ、大したことではない。戦わずにすんでよかった」


 相手は野生の生物だ。向こうが襲ってくるのであれば俺も手加減はできなかっただろう。結果的にはお互い無事でよかったのだ。


「さ、先を急ぐぞ」


 俺は先頭を切って駆け出した。するとヒナが、


「待って、須王くん!」


「なんだ?」


「そっちは今来た方向……」


「……」




 その後、俺たちは登山道と合流することができ、そこから30分ほど歩き、なんとか頂上へと到着した。


「すご~い! いい眺め〜。みんなで写真撮ろー!」


 ヒナの提案で三人で画像というものを撮る。


「シオリ! 写りはどう?」

「いい感じに盛れてる! やっぱヒナはカワイイわ〜」

「シオリこそ〜!」


 女子二人はスマホを見てはしゃいでいる。


「しかし、この画像という技術はスゴイな。こんなに鮮明に残せるとは」


「す、須王くん……いつの時代の人?」


 ヒナが苦笑しながらこちらを見ている。


「ねえ、そろそろ行こっか。日が暮れる前に宿泊所まで行かないと」


「やっばー! よく見たらだ〜れもいないじゃん。あーしらが最後?」


「道間違えてたらそうなるよね……。須王くん、急ごう!」


「あ、ああ、行こう」


 下山ルートはまた別になっており、俺たちは急ぐことにした。日はかなり傾いている。グズグズしてはいられない。




「きゃっ!」


 20分ほど歩いた時、突然ヒナが転倒した。午前中の雨で地面がぬかるんでいたようだ。


「ヒナ! 大丈夫!?」


 三条が悲鳴に近い声を上げる。


「いつつ……足くじいちゃった、かも……」


 ヒナは顔を歪めながらも、なんとか歩き出そうと立ち上がる。


「ヒナ! ムリしちゃダメだって。須王、どうしよう!?」


 三条がうろたえている。ヒナは結局足を抑えながら座り込んでしまった。


「……乗って」


 俺はリュックを前に移動させて、ヒナの前にしゃがみ込んだ。


「で、でも……」


「日が暮れるまでに下山するにはこれしかない」


「須王……お前……男じゃねえか。よし、ヒナのリュックはあーしが持つ」


「三条、大丈夫か?」


「助け合いだ。あんたにだけムリさせられねえよ」


 そう言って三条はヒナのリュックを持ってくれた。そして、ヒナが俺の背中にしがみつく。


「お願いします。須王くん、重かったらごめんね」


 ヒナをしっかりと支えた俺は、一歩ずつ歩みだした。彼女を背負っているため滑って転んだりしないように注意しながら、なるべく急いで歩みを進めた。




「思い出すなぁ、ハルトくんに初めてだっこされた時のこと」


 途中、ヒナは俺にだけ聞こえるように小さくつぶやいた。俺が一歩踏み出すたびに耳元で彼女の吐息が甘く揺れる。


「ヒナ、もう少しの辛抱だからな……」


 俺もまた、ヒナにだけ聞こえるように小さくつぶやいた。


「嬉しい。初めてリアルで名前呼んでくれたね……」


 俺の身体をグッと握りしめる彼女の腕はとても暖かかった。

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