第17話 魔王、いざ山頂へ


「残念ですが、仙崎君は学校を退学しました。なので本日の遠足も欠席です」


 遠足当日の朝、先生から思わぬ一言が告げられた。


 あの放課後呼び出し事件の後、ずっと学校を休んでいた仙崎だが結局はやめてしまったようだ。


「やっぱり気まずくてこれないよなぁ」

「まあ、ちょっとウザかったし、別にいいんじゃね」

「おいおい、ってことは須王のやつ、神代と三条を独り占めかよ!?」


 周囲がざわめく中、俺は持ち物の最終点検をかかさなかった。


「えーっと、旅のしおりと、着替え、弁当は……」


 弁当は持参していない。なぜならヒナが作ってきてくれるからだ。


『ハルトくんのためにとっておきのサンドイッチ作ってもってくから! 期待してて♡』


 昨晩彼女からこんなメッセージが来ていた。


 俺はヒナが作ってきてくれる弁当をとても楽しみにしていた。彼女が特別な気遣いをしてくれることがとても嬉しかった。


「おはよ! 須王くん」


 そんなヒナが明るく声をかけてくる。男子生徒たちに学園の天使と呼ばれる彼女は、その美貌から学校中の生徒にも注目されている憧れの存在のようだ。勉強の成績も優秀らしく、まさに才色兼備な少女だった。


「いやぁ、仙崎のヤツやめてたんだねぇ。まあこれであーしらのグループは三人だしちょうどよかったんじゃね?」


 ヒナの隣に立つのは三条さんじょうシオリだ。ゆるくカールした長い金髪に指をからませながら、気の強そうな大きな瞳を向けてくる。胸元まで下げているジャージのファスナーの間からこぼれそうになっているモノについつい目がいってしまう。


 モデルの仕事をしている彼女もまた、ヒナに負けず劣らないくらい容姿端麗だった。


 そして、俺たちの一泊二日の遠足が始まった。




 学校を出たバスは一路、目的地へ向かっていた。


「ただいま登っているのはブナ坂です。両側に立ち並ぶブナの木がよく生い茂っていることから、ブナ平と呼ばれています」


 バスガイドの落ち着いたアナウンスが車内に響いている。


 俺の座っている座席は一番後ろの窓側で、隣はヒナ、その隣に三条が並んでいた。


「くうぅ〜、神代さんの隣なんて羨ましいぜ」

「須王、あんまりくっつくんじゃねえぞ!」


 バスに乗る前に男子生徒たちから冷やかしの言葉をかけられた俺だが、今はこの座席になったことを後悔している。


「マズいマズいマズい! 吐きそうだ。なんなのだこの揺れは……」


 どんなに強力な呪い魔法も寄せ付けない魔王ヴォルディウスだった俺だが、今は観光バスの後部座席で顔を真っ青にして窮地に陥っていた。


 俺はバス酔いという現象に苦しんでいた。この世界の乗り物に慣れてない俺にとってこれほど居心地の悪い空間はない。


「須王くん、大丈夫? 酔っちゃった?」


 ヒナが心配して声をかけてくれるが、返事をする余裕もなかった。


「タイヤの上は揺れがエグいらしいよ? 災難だね、須王」


 三条がさらっと原因を言っていたが、正直乗る前に教えてほしかった。


(魔王の尊厳を守るために、こんなところでリバースするわけにはいかん! なんとしても耐えるのだ!)




 そして、バスガイドの次の言葉に俺は戦慄した。


「それではこれより七曲り峠に入ります。左右への大きな揺れが続きますのでご注意ください」



(な、なんだと! ぐおおおおおおおおっ!)



 込み上げてくるモノを必死に抑えながら、俺は耐えた。この世には魔力ではどうにもならない苦しみがあることを身を持って知ったのだった。




 そしてバスはどうにか目的地へついた。

 登山口の案内所に到着すると、俺はすぐにトイレに駆け込んだ。


「須王くん。大丈夫だった?」


 トイレから出るとヒナが優しく声をかけてくれた。


「ごめんね。酔い止め持ってきてあげたらよかったね」


 胸元まである美しい黒髪をなびかせ、俺の顔を覗き込んでくる彼女の瞳は黒曜石の如くきらめいている。


「須王! おっそーい! みんなもう出発したんだけど? あーしたちが最後だよ!」


 ヒナの後ろでは三条が大きな声を響かせる。


「シオリ。そんなに責めなくても……。須王くん、登れそう?」


「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけたな」


 三条とヒナは準備万端といった様子だ。


 どうやら俺がトイレにこもっている間に他のグループはもう出発してしまったらしい。俺たちも後を追いかけることにした。




 今回の遠足の一日目はハイキングだ。まずはこの山の山頂を目指す。そこからの眺めは絶景で、たくさんの山々と綺麗な湖を一望できる日本でも有数の観光スポットらしい。そして山を越えた先にある宿泊所で一泊する予定だった。


 俺は地図を見ながら、先頭を歩いていた。


「あー! めっちゃ自然! たまにはこういうのもいいよね〜」


 三条の言葉にヒナも、


「そうだね。なんかワクワクしてきちゃった。須王くんは山登り得意?」


「ああ、なんだか懐かしい気分になるよ」


「懐かしいの? ふーん」


 うっそうと茂る木々は、どこか懐かしい魔界の森を思い出させてくれていた。




「ちょっとちょっと〜、ペース早くね? ちょっと休まね〜?」


 歩いて40分ほど経った頃、三条が真っ先に音を上げた。


「ヒナも疲れてるっしょ?」

「私は全然大丈夫。家族でよく山登りしてたから」

「マジ〜? じゃあバテてるのあーしだけ?」


 ヒナは意外なほど平気な顔をしている。俺と同じく汗一つかいてないところを見ると、意外にも体力は本当にあるようだ。この中では三条だけが極端にバテている。


「ちょ、須王、ペース落とさね? ふたりとも案外体力あんじゃねーか……」


「かまわんが……日が暮れるぞ」


 俺と三条の絡みを見て、ヒナは笑っている。そんな彼女が何かを思い出したように俺に尋ねてくる。


「ねえ、須王くん! 地図見てるけど大丈夫? 道合ってる?」

「確かに! さっきからなかなか人に会わないけど、道あってんのか?」


 ヒナの言葉を聞いて、三条もハッとする。


「えーと……合ってるよな?」


 二人に地図を見せて確認すると、ヒナはまず地図の向きを直した。


「え……! 逆さに見てたの? どこにいるのこれ!? えっと、さっきの坂がここで……東屋あずまやは今通ったよね……あー! たぶん途中で道間違えてるよ!」


「そ、そうなのか? やはり最初の分かれ道を左だったか?」


「そうだよ! まず地図を逆さに持ってたらそりゃ間違えるよね……」


 俺とヒナのやり取りを見て三条も頭を抱えた。


「おいおい! 分かれ道って30分ほど前に過ぎたところじゃねー? あそこまで戻んのかよ!」


 その時、戸惑っている俺たちに追い打ちをかけるように、雨が降り出した。


「マズい! 雨が。みんなカッパ持ってる?」


 ヒナが呼びかけるも、雨の勢いは一瞬で強くなる。


「ねえ、さっきの東屋まで戻ろっか!」


 俺たちは、ついさっき通り過ぎた東屋まで走り、そこでしばらく雨宿りをすることにした。




──────あとがき──────


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