第13話 魔王、迫真の演技力を見せる
「シオリちゃん。おつかれー」
俺と
「あ……小笠原さんお疲れ様でーす」
三条は真顔で振り返りながら、男にそう答える。ヒナと話す時とは声のトーンが少し低い。
小笠原と呼ばれた男は神代の方にチラッと目をやってから、三条に尋ねる。
「その子、トモダチ?」
「あ……はい、学校の」
「へー、ガッコーのトモダチか。じゃあJKってことね」
「はは、そうですね。今日たまたま通りかかったみたいで」
三条の口調が普段と違っている。どうやらあの砕けた喋り方は同級生の前だけでするようだ。
男は神代の体をじっと見つめると、顎に手をあてて、
「君、スタイル抜群にいいよねえ? ギョーカイの人? 名前はなんて言うの?」
と、問いかける。神代が少し固まっていると、彼らの間に割って入った三条が代わりに答えた。
「この子はヒナって言います。一般の子ですよ?」
「へー、ヒナちゃんか〜。撮影の見学に来たの? まあゆっくりしてってよ。今日のロケはちょっと押してて、長引くみたいだからね」
男はそう言って、チラリと俺の方を見たが、すぐに視線を神代に戻した。
(なんだ、俺の名前は聞かないのか)
神代は、困ったように三条に目をやる。
「シオリ、えっと……この人は……」
「あ、事務所の先輩の小笠原さん。今日のドラマで高校生役のエキストラ募集しててさ、事務所に言われていっしょに来たってわけー」
「小笠原でーす。よろしくね、ヒナちゃん! 高校生役っつってもおれはハタチ超えてんだけどね。ハハハハハッ! 早く主役になれるように毎日セッサタクマしてまーっす!!」
「あはは、頑張りましょー」
三条は、普段と違って乾いた笑い方だった。彼女はこの小笠原という男のことはあまりよく思ってないのかもしれない。
「それにしてもヒナちゃんって、なかなかのイツザイだよねえ? 芸能界とか興味ないの?」
小笠原は軽い口調でそう言いながら、また一歩神代の方へ歩み寄る。
「ちょっと先輩、ダメですよ。この子、こっちの世界は興味ないんで」
三条もすかさず間に体を割り込ませた。神代をガードするかの如く。小笠原はちょっとムッとしたような表情をする。
「あ、そう。ふーん、そうなんだ〜」
彼は残念そうに一歩引き下がる。その時、
「はーい!! 女子高生役の子たち集合して〜!!」
遠くから呼びかけが聞こえてきた。小笠原は少し嬉しそうに声のした方を指さした。
「あ、シオリちゃん、スタッフが呼んでるよ? 出番なんじゃない?」
「あ……はーい、行ってくるから、じゃあ、ヒナ。またね!」
三条は別れ際、真顔で俺の方を見てきた。彼女の瞳はまるで俺に何かを訴えてるような気がした。
三条が去っていき、俺と神代も立ち去ろうとしたが、小笠原がすかさず神代の行く手に回り込む。
「ところで、ヒナちゃんだっけ? 連絡先教えてくれない?」
「えっ」
神代の顔が一瞬でこわばった。
「俺、まだまだ俳優の卵なんだけど、けっこう顔広くてさ、ギョーカイの人と飲みいったりもするから、よかったら今度誘っちゃうよ?」
「いえ、私はあんまりその……」
「ん、どったの? ちゃんと言ってくれないとわかんないよ?」
(いや、わかるだろ)
と、思いはしたが、俺はあえて神代に任せる。
「えと、私、芸能界とかはあんまり興味ないので……」
神代は今にも消え入りそうな声でそう答える。
「あー……そうなの? あ、その袋アニメショップのやつっしょ? はいはいはいはい、もしかして声優とか好きなんじゃない??」
小笠原は、相変わらず俺のことは眼中にナシで、神代にまくし立てる。
「オレねー! 声優の卵もいっぱい知ってるよ〜。みんな夢追いかけて頑張ってる! 声優との合コンのセッティングもワンチャンいけるかもしんない! 休みの日とか時間ある? なんなら明日とかちょっと──」
「おい、もうその辺にしたらどうだ?」
俺は、小笠原と神代の間にグイッと割って入る。
「あ? 何か?」
「いつまでそのつまらん一人語りをするつもりだ?」
「ちょっと須王くん!」
神代は慌てた様子で、俺の方を見る。
「ハハハ! おいおいおいおいボウヤ。別にオメーには喋ってねえよ」
小笠原は得意の薄ら笑いを浮かべて腕を組んでみせる。
神代が俺と小笠原を交互に見て固くなっている。俺は、彼女の視線はお構いなしに、こう続ける。
「やれやれ、お前は仮にも役者志望なのだろう? 神代が迷惑している様子を読み取ることもできないのか?」
俺の言葉に、小笠原の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
「なんだとぉ! ぐちゃぐちゃとウザいこと言いやがって!」
彼が突然大声を上げたため、神代はビックリして萎縮してしまった。
ここで周囲の人間たちは何事かとこちらに注目し始めた。
「見てる感じ、別にこの子のカレシってわけでもないんだろオメー!? オレはヒナちゃんとちょっと話してるだけじゃねえか。しゃしゃり出てくんなよ!」
「カレシ?」と俺は首をかしげた。
(カレシ、カレシとはなんだ? 文脈から考えて親のような意味合いだろうか)
俺がカレシの意味を悩んでいると、隣で神代がか細い声をあげる。
「いえ! 須王くんは、須王くんは! 私の……私の……!」
彼女はだんだんと涙目になりながら、言葉に詰まってしまう。そして俺の顔をチラリと見た。
(なるほど、俺の口から言ってほしいということだな。わかっているぞ、神代)
「おい、貴様、勘違いするな!」
こういうことはハッキリさせておかないとだな。
「俺は、神代のカレシではない!!!」
俺は小笠原に対してズバリ言ってやった。
神代の方を見ると、世界の終わりのような悲壮感が漂っている。
「だが、彼女は俺の最も大切な人間だ。いたずらに彼女の時間や笑顔を奪うことは決して許さない」
「す、須王くん?……」
神代は両手で口元を抑えて、目から涙をポロポロとこぼしていた。
その時、俺たちを取り巻いている周囲の者たちからもどよめきが起こる。
「なんだあれ、ドラマみたいだ」
「おい、女の子泣いてるぞ」
「頑張れ少年!」
「はあ!? なんだよお前ら、急にノロケやがって!」
小笠原は、俺たち二人を交互に指さして、早口でまくしたてる。
彼は集まっているギャラリーに気づいて冷静さを取り戻すかと思いきや、いまだ苛立ちを隠せない様子だ。
「シオリの友達ならコイツだって同じミーハーだろ? だからロケ現場でウロウロして芸能人に会えないか期待してたんだろがよ? 俺がせっかく声かけてやったってのに!」
「おい、貴様、人を見た目で判断するな。人間は誰しも外見とは違う一面を持っているものなのだ。神代や三条の内面を貴様はよく知らないだろう」
「てめぇ! 高校生が大人に向かって……」
彼は握りこぶしを作り、ぷるぷると震わせている。
「大人? 初対面の人間に対して、相手を尊重することもせず一方的に自分の欲求を押し付けるのが大人とは、勘違いも
「ぐぐぐっ、いいのか? 俺をコケにしたこと後悔するぜ? 将来大物俳優になる男だぞ?」
握りこぶしをいつまでも留めておくくらいには、こいつも内心強がっているに過ぎない。俺もこんなやつをまともに相手にすることはこれ以上したくなかった。
「貴様は単なる
俺は小笠原に向かって人差し指を向け、そう言い切った。
「うううぅ、ぐぐうぅ! くっそがあああぁ!」
彼は顔をしかめ、歯ぎしりしながら足早に逃げていった。
ダダダッという足音を見送った後、辺りからは歓声が巻き起こる。
「す、すげええ! すげえもの見た!」
「かっけーぞ、高校生!!」
「女の子もメチャクチャかわいいぞ! 芸能人か?」
何やら人だかりに囲まれて目立ってしまっていたため、俺は神代の手を引いてこう告げた。
「なんだか騒がしくなってきたな。神代、行くぞ」
「うん」
俺たちは、小走りに人混みをかき分けるようにその場から立ち去った。
──────あとがき──────
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