第12話 魔王、JKとデートする


 AM11:00。

 空は抜けるような快晴だった。


 駅について、待ち合わせ場所にいると、ほどなくして神代かみしろヒナはやってきた。遠目に見ても彼女だとわかるくらいの圧倒的な存在感を放っている。


「須王くん、おまたせ」


 その装いは極めて洒脱しゃだつだった。ほっそりとした身体を、上半身と下半身が一体になっている薄い桃色のドレスが包んでいる。胸元には大きなリボンが装飾されており、スカートの丈は制服の物より少し短めで、真っ白な太ももがまぶしく光っていた。


 彼女の姿に、道行く男たちは全員振り返っている。魔王の俺ですら数秒釘付けになるほど魅力的だった。


「ああ……神代。おはよう」


(こいつ……本当に人間か? 淫魔の生まれ変わりではあるまいな……)


「あ……やっぱりちょっと短かかったかな?」


 彼女はそう言ってスカートの裾を指でつまみ、上げてみせた。すると普段見えない太さのところまでが一瞬あらわになる。


 俺は息を呑み、空を見上げるフリをして目をそらした。


「いやぁ、今日はいい天気だなあ!」


「うん、晴れてよかった。神様が祝福してくれてるのかなぁ?」


「か、神!? 神だと!?」


「え、どしたの? 須王くん」


(いかん、落ち着け魔王ヴォルディウスよ。この世界の神はいわば偶像。別に俺にとっての宿敵の神々ではないのだ)


「須王くん、髪の毛切ったんだ? さっぱりしていい感じだね!」


「そうか? ありがとう。さっき切ってみた。フウカに言われてな」


「フウカ?」


「ああ、妹の名前だ」


「え、須王くんって妹いるんだ〜! いくつ?」


「えっ……と、いくつだ……。まー、とにかくまだまだ子供だな」


「ふふ、変な須王くん。小学生くらいかな? 今度会いたいな〜」


「会いたいのか? じゃあ、伝えておく」


「とりあえず電車で街まで行こっか」




 俺たちは電車に乗り、4つ先の大きな駅で降りた。どうやらこの辺りの主要駅のようで地元よりもはるかに賑やかな場所だった。その駅から数分歩いたところにある半円状の屋根のある道へと足を運んだ。


「うわー、今日は人がいっぱいだね〜」


 左右に様々なお店が立ち並ぶその路地の入り口には、松下通り商店街と大きく書かれていた。そこはたくさんの人間でごった返していた。


「私買いたい物あるから、先にそのお店行っていい? その後お礼としてどこかでご飯おごるね」


「ああ、それでいい」


 通りの左右にはたくさんの華やかな店が立ち並び、俺たちと同じくらいの若者が大勢歩いている。


「須王くん、松下通り初めて?」


 俺がキョロキョロしていることに気づいたのか、彼女がそう尋ねてくる。


「ああ、なんだかすごいな。何が何やらさっぱりだ。あれは何の店だ?」


「あれはコスメショップだよ。まあ男は行かないよね」


「ふーん、じゃあれは?」


 俺は《ヘブンズグリーン》と書かれた看板を指さした。


「あれは、っちょ! もぉやだぁ!」


 なぜか彼女は黙ってしまった。よく見ると《ガールズランジェリー》と書いてある。何のことかはわからなかった。




 そして、大通りから一本外れた道に入り、今度はその通りを散策した。


「私、実はこっちの通りの方が好きなんだ〜」


 神代はそう言いながら、《アニメント》と書いてある店の前で足を止める。


「あっ」


 俺は店の前に貼ってあるポスターについ目を留めた。確か部屋にも同じ物が貼ってあったからだ。


「須王くん。これ好きなの?」


 神代が尋ねてくる。見覚えはあったが名前はわからない。


「あ〜、これ家に貼ってあるから」


「え〜! そうなの! 実はさ、私も《女神決戦》好きなんだよ? 勇者ウォレス役の声優が推しでさ、わかる? 神谷真守っていうんだけど! 朗読会なんかもけっこうやってて、今度スーパードームで5000人規模のイベントがあるんだけど〜〜〜」


 そこからの会話はまるでわからないことだらけだったが、神代は今までとはまた違った表情でイキイキと話していた。俺はとりあえず話を合わせて、ひたすら相槌をうっておいた。


「よかった〜。須王くんってやっぱオタ趣味だった。たぶんそうだろうな〜って思ってたんだけどね」


「オタ趣味……俺たちは同じ趣味なのか?」


「んー、私は声優界隈寄りなんだけどね。でも推しのアニメはけっこう履修してるからわかるよ?」


「そうか。まさか、趣味が同じとはな。俺たちは気が合いそうだな」


 俺がそう言うと、神代は顔を赤らめて浅く息を呑んだ。


「えへ、うれしいっ。でもクラスではもちろん言ってないよ? シオリくらいしか知らないかな」


「隠してるのか?」


「んー、隠してはないけど、なんかそういうのと無縁なイメージついちゃってるから……」


 俺だけじゃなく、神代にも隠し事があったのか。素の自分を出せない彼女に、共感を覚えた。


「わかるぞ。俺といる時は素直になってもいいからな」


「へ? ちょ、ちょっと待って。ヤバ、なにそれ! 死んじゃう!」


 彼女は両手で胸のあたりを抑えた。


「大丈夫か? どこか痛むのか?」


「そうじゃないの。嬉しくて……なんか胸がいっぱいで……」


 その後、神代がアニメの推しグッズと呼ばれる物を買うのに付き合ってから、俺たちは店を後にした。




 それから、ちょうどお腹がすいたので近くのハンバーガーショップに入った。


「これこれ! これが食べたかったんだ!」


 運ばれてきた巨大なハンバーガーに俺は感動していた。具がこぼれ落ちそうなくらい詰まっており、ジューシーな肉の香りが鼻を刺激する。日本では珍しい野性的な食べ物だ。


 したたり落ちる肉汁、野生に近い肉の味わいと新鮮な野菜のマッチングは最高だった。


 無言でハンバーガーにむしゃぶりつく俺を見て、ヒナは呆然としていた。


「そんなに好きなんだ……。ハンバーガー。まるで初めて食べたみたいなリアクションだね」


 それから、ヒナとあれこれと話を弾ませながら食事をした。




 食事のあと、更に別の通りをブラブラして大きな広場に出た。その一角にはけっこうな人数の人間が集まって何かをしている。


「あれ、もしかしてドラマの撮影じゃない!?」


 神代が少し上ずった声をあげる。


「ドラマ?」


「そうそう! あー! もしかしてシオリの言ってたやつかも!?」


 現場に近寄ってみると、彼女の言ったとおりドラマの撮影というものをやっているようだった。どうやら物語の演劇のようだった。


「あぁ! あの人俳優の小田裕二だ! え待って、あっちにいるのシオリかも!」


 神代の話だと、三条シオリは高校に通いながらモデル事務所という場所で働いており、様々な仕事をしているらしい。


「シオリ、今日ドラマのエキストラの仕事あるって言ってたんだよ。事務所に入ってるとそういう仕事もあるんだってさ。大変だよねえ」


「三条は演劇の役者もやってるのか?」


「うん、て言ってもエキストラだけどね。でも間近で主役たちの演技を見れるから勉強になるって言ってた。エキストラをやらないと話にならないんだってさ」


「なるほど。まだまだ端役はやくというわけか」


「将来は芸能界も目指してるみたいだよ。モデルの寿命って短いらしいね。ずっとやってけるわけじゃないから演技の勉強もして俳優を目指してるんだってさ」


「ふむ。三条も頑張ってるんだな」


 撮影が一段落した頃合いを見計らって、神代は遠くにいる三条に向かって手をふっていた。


 すると三条が気づいたようで、「ヒナー! 来てたのー!?」と声を上げ、駆け寄ってきた。近くまで来て、俺に気づいた彼女は顔をしかめてこう口にした。


「うげえぇ! 陰キャ! なんで? え、ヒナ、なんでええぇ?」


「あの、違うのシオリ! さっきそこで偶然出会って……」


「はあぁ? てか、ヒナ。今日家の用事あるって言ってなかった?」


「あ、それはもう終わったの。それでシオリを探しにきたら須王くんとバッタリ……」


「え、でもあーし場所言ってなくない?」


「あ、えっとね! なんとなくわかったの! インスタで情報流れてて──」


「ふーーーん? まあまあ、別にいいけど。てか今回のメンツすっごいよ。俳優の古沢亮でしょ? あと小田裕二も来てるし」


「見た見た! すごーい! 豪華だよねえ!」


「このドラマかなり気合入ってるらしくって、役者が割りとガチなんだよね。だからスッゲー勉強になる!」


 彼女たちの話はもちろんよくわからなかったので、俺は隣で突っ立っていた。


 すると向こうから一人の男が近づいてくるのが見えた。背丈は俺と同じくらいで、顔立ちはかなり整っている。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、神代と三条の方を見ながら歩いてきた。

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