第11話 魔王、オシャレしてしまう



ヒナ:じゃあ、明日ね。おやすみ

ハルト:おやすみ


 やり取りの最後にお気に入りの『にゃにゃ猫』のおやすみスタンプを送信する。


 私こと、神代かみしろヒナは、ベッドで横になりながらスマホをポチポチしていた。


 帰宅してしばらくしてから、思い切って須王くんにラインをしてみたのだ。明日の打ち合わせと称してラインをすると宣告できていたのは大きかった。向こうもすぐに気づいて返信をくれた。


「遊びに行くんだったら、ラインで相談するのはこれはもう必然だよね。うん。全然自然な流れ。これなら送ってもおかしくないもんね」


 何か気の利いた話でもできればよかったのだが、終始業務連絡のような流れで終わってしまった。


 ラインのトーク画面を何度もスライドさせながら見返してみる。短いやり取りで終わってしまったため、スライドは一瞬で終わる。


「須王くんの返事、そっけないなあ。男の子ってこんなもんなのかな」


 父親を除けば、男の人とラインをしたのは何気に初めてだったことに気づく。私の連絡先には家族とシオリしか入っていないのだ。


 やり取りを見ながらいつの間にか口元が緩んでいることに気がついた。


「デート、デートだよね。向こうはどう思ってるかわからないけど、これはもうデートでしょ! 男女が遊びに行くなら100%デートだもん!」


 私はデートという言葉を過剰に連呼して自分に言い聞かせると、興奮覚めやらぬ中、誰かに今日のことを話したくてシオリに通話をした。


『はいはーい、ヒナ。どしたん?』


「聞いて! シオリ! 須王くんすごいの! すごくすごかったんだから!」


『おーい、言動がバカになってますけどー?? あの陰キャがどうしたって?』


「今日いっしょに帰った時にさ、車にひかれそうになった子供を助けたんだよ!」


『え、いっしょに帰った? アイツと!?』


「あ、うん。偶然ね。いっしょに帰ったのは偶然だよ? 駅までいっしょの方向だったから!」


『ふーん、で、子供って?』


「道に飛び出して車にひかれそうになった子供を須王くんがとっさに助けたの! もう見えないくらい足速くってさ!」


『ほええぇ!? や、やるじゃん、陰キャのくせに』


 シオリは意外にも素直に須王くんのことを認めた。彼女も少しは彼を見直したのかもしれない。


『あ、ヒナさー、明日ヒマ? ドラマのエキストラの仕事あってさー。友達連れてきてもいいらしいんだけど来る?』


 明日は須王くんとのデートだ。


「……ご……ごめん。明日ちょっと家の用事が……」


 恥ずかしくて本当のことを言えなかったことに心が痛んだ。ごめんね、シオリ。


『ふーーーん、そっかそっか……、じゃあまた今度だね』


「ごめんね……ほんとに」


『んーん。りょおかい。じゃあ風呂入るからまったねー』


 こうして私はシオリとの通話を終えると、明日の洋服選びに専念するのだった。





 翌日の朝。


 朝食を食べに下に降りると、フウカが怪訝な表情を向けてきた。


「ハルにぃ、なんで制服? 学校休みだよ?」


「おはよう、フウカ。学校ではない。出かけるんだ」


「いや、答えになってない。どうして制服を着てるのって聞いてるの!」


「実は今日、友人と遊びに行くんだ」


「う……そ、でしょ?」


 フウカは世界の終末を見るような悲壮な表情を向けてくる。


「ハルにぃ……え!? 遊びに行くような友達いたの?」


「な!? そ、そりゃそうだろう? 俺は普通の人間だぞ。ごく普通の高校生だ。休日は友人と遊びに行ったりもするだろう?」


「へー、なんか意外。友達と遊びに行くなんて小学校以来じゃない?」


「そ、そうなのか?」


(この少年、ずっと友人がいなかったのか? そういえばスマホの連絡先も数件しか入ってなかったな)


「ハルにぃ、最近ちょっと変わったね」


「な、なにぃ!? そそそ、そんなことは決してないぞ! お、俺は普通の須王ハルトそのものだ!」


「ふーん。ま、高校デビューしようとしてんだね。で、なにすんの? まさかうちでスマプラってわけじゃないでしょ?」


「さあ? 特に決めてはないな」


「まあ、男同士ってテキトーだよね。どうせアニメショップとか行くんでしょ?」


「男同士? いや相手は女だぞ」



「えっ!!!」



「ん?」



「えっ!!!!!」



「おい」



「ええええええええ!!!!!!!!!」



 フウカの断末魔のような叫び声が家中に響き渡る。


「ウソ! 誰! どんな人? カワイイの? なんで? ねえなんで!? てか、それってデートじゃん!」


「デートってなんだ?」


「うわ、そっかー……非モテ陰キャのハルにぃには、まずその概念がないのかぁ……」


「向こうから誘ってきたんだぞ」


「ええええ! ヤバ……それ、もう脈アリアリのアリじゃん……で、ハルにぃはその人のこと好きなの?」


「す……なぜ俺が人間の女を好きにならねばいかんのだ!」


 俺は驚いたあまり、とっさに大声で否定した。魔王である俺が人間の女を好きになるなどありえない。ありえないのだ。


「キモ! それって二次元にガチ恋してるとか、そういうこと!?」


(二次元? 確かに俺は人間とは遥かに違う高次元の存在だが、あまりおかしい態度をとっていると正体がバレてしまうかもしれないな。一応話を合わせておくか)


「落ち着け。好きでも嫌いでもないが、誘われたから友人として行くだけだ」


「ええええぇ、それはそれでキモい。あ、そっか。相手もヲタ入ってる系かな?? それならまあギリ納得」


 フウカは、俺の頭のてっぺんからつま先まで見回してくる。


「うーん、ハルにぃ、いくらデートじゃなくてオタ活とはいえ、ちゃんとした格好したほうがいいよ? 相手がどんな人かわからないけどさ。一応女性なら着の身着のままいくのは失礼だよ」


「ちゃんとした格好ってなんだ? この制服じゃダメなのか?」


「ダメに決まってんじゃん!」


(このブレザーという漆黒のころもは、けっこう気に入ってるのだが……ダメなのか)


 人間の服のセンスなどわからない俺はどうしたらいいかわからない。


「なあ、どんな格好したらいいんだ?」


 フウカはニヤニヤと笑みを浮かべながら口を開いた。


「しょうがないなあ。アタシが選んであげる」


 その後、俺はフウカに衣装を選んでもらった。


「ろくな服持ってないハルにぃにしては、無難な感じになったかな〜。まーギリッギリだけどね」


 フウカは俺の頭に目をやる。


「一応髪も切ってったほうがいいんじゃない? まだ時間あるし」


「わかった。まあ身だしなみは大切だからな」


 その後、俺は近くの床屋に行き髪を整えてから、待ち合わせ場所へと向うことにした。


 この世界に来てから外見はないがしろになっていたが、魔王にとっては身なりを整えることも重要なことだ。みすぼらしい格好をしていては配下たちへの威厳が保てなかったからな。


 俺は気分を変えるため、魔王の姿の時によくしていた、前髪をかきあげるスタイルにした。


「今からどこか行くのかい?」


 店の主人が尋ねてくる。


「ああ、デートというものに行ってくる」


「はっはっは! 若いっていいねえ!」


 店の主人が高笑いしていた。


 後で、スマホでデートという単語を検索すると『恋い慕う相手と日時を定めて会うこと。逢瀬おうせ、逢い引きなど』と出てきた。


「な、なんだと!? 魔界の王たる俺が人間の女、しかも年端もいかぬ子供と逢瀬をするなどと、勘違いもはなはだしい。ただお礼をしたいというので付き合うだけだ」


 俺は自分にそう言い聞かせて待ち合わせ場所へと向かった。

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