第10話 魔王、人助けをしてしまう


「なんだなんだ!? 事故か?」

「いや……見ろ! 間一髪大丈夫だったみたいだ」


 腕の中の幼い子供は何が起こったかわからずにキョトンとしている。絶望的なタイミングではあったが、どうにか無事に助けることが出来た。



 そして、沿道から歓声があがる。



 俺は子供を母親へと引き渡した。母親は涙で顔をグシャグシャにしながら何度も頭を下げてきた。


「本当にありがとうございます! おかげで息子が……うううぅぅ。なんてお礼を言ったらよいか」


「頭を上げてください。子供が無事でよかった」


「須王くん! 大丈夫!」


 その時、神代が後ろから駆け寄ってきた。彼女は勢いあまって俺の腕にしがみついてくる。


「よかったねー! 間に合ってほんっとによかったー!」


 興奮覚めやらぬ雰囲気の彼女は、俺の腕を無意識にぎゅうっと握りしめてくる。


「ああ。なんとか間に合った。神代も無事でよかったな」


「須王くんってばスゴい! ホントすごいよぉ!」


 少しだけ魔力を使ってしまったことを悔やんでいたが、彼女の表情を見ているとこれでよかったのだと思えてきた。


「ごめんね。須王くん、私のこと止めてくれたよね。あのまま行っても間に合わないどころか私までひかれてたかも……う、ううぅ」


 彼女は緊張が解けたのか、せきを切ったように泣き出した。


「わた……じ、また須王ぐんに、だずげられぢゃっだ……ううぅ」


 ぽろぽろと大粒の涙をこぼす彼女を、いつの間にか俺は両手で包んでいた。彼女の小さな背中のぬくもりが手のひらに伝わってくる。


「いや、無事でなによりだ、神代の行動も大したものだったぞ」


 とっさに子供を助けたいという気持ちは人間なら誰しもが持っているのだろう。そして、魔族である俺にもそれが芽生えていることに、俺自身驚きを隠せないでいた。




 駅前での別れ際。


「じゃあ、俺はここで」


「……須王くん!」


「……なんだ?」


「土日のどっちか空いてる?」


「土日? ああ、明日と明後日のことか。学校は休みらしいな。なので特にやることは何もない」


「えっ! じゃあさ。明日どこか遊びに行かない??」


「遊びに?」


「あ、えーっとほら。何かお礼がしたくってさ。昨日も今日も須王くんに助けられちゃったから」


 この世界の遊びとはどういうものなのかよくわからないが、無下に断るのもためらわれる。あまり人間らしくない行動をすれば怪しまれてしまうかもしれないため、とりあえず誘いを受けることにした。


「いいぞ。遊びにはあまり詳しくないがよろしく頼む」


「ほ、ほんとにぃ!? よかったぁ! じゃあ、えーっとどうしよっか。そうだ! 詳しいことはあとで決めよっか! 今晩ライン送ってもいい?」


「もちろんだ」


 俺たちは今晩ラインをする約束をして別れた。




 夕食の後、ベッドでゴロゴロしているとスマホが鳴った。手にとってみるとなんと神代からのメッセージだった。


 大きな猫がペコリと頭を下げているイラストが表示される。猫の上には「よろしくお願いしますニャ」と書かれている。


「こ、これは……なんだ」


 メッセージアプリというものは文章を送り合うシステムかと思っていたがイラストなんかも送れるようだ。そして、ポンっという音と共に次の文章が送られてきた。


ヒナ:須王くん、初メッセージ失礼します

ヒナ:今日はホントに危ないところを助けてくれてありがと

ヒナ:子供も無事でよかった。お母さんも喜んでたね!


 連続で送られてきたメッセージは今日の出来事に対するお礼のようだ。こちらも何かを返すべきなのか、恐る恐る文字を打ってみる。


ハルト:無事で何よりだ


 感動した。彼女へのメッセージが一瞬で表示される。まるで魔法のようだ。


ヒナ:そうそう、明日の相談なんだけど、待ち合わせは11時でいいかな?


 すぐさま彼女からの返信がきたことに俺は戸惑った。それもかなりの長文にもかかわらずだ。


ハルト:かまわん

ヒナ:場所なんだけど、とりあえず松下通りでフラフラする感じでいい?

ハルト:いいぞ


 素早く文字を打って送信する。いいぞ。だんだんと慣れてきた。


ヒナ:お昼ごはんどうしよっか。須王くん何か食べたいものある?


 食べたいものを聞かれて真っ先に思いうかんだのは、この世界のテレビという映像発信装置からよく流れているあの食べ物だった。


ハルト:ハンバーガーというものを食べ

ヒナ:ハンバーガー食べたいの?

ハルト:たい


 途中で送信ボタンを押してしまったが、意味は通じたようだ。


ヒナ:お昼はハンバーガーにしよ! あと買いたいものあるからショッピング付き合ってほしいかな。いい?

ハルト:かまわん

ヒナ:じゃあ、明日ね。おやすみ

ハルト:おやすみ


 ヒナは最後に猫が丸くなって寝ているイラストを送ってきた。イラストには「おやすみニャ」と書いてある


 俺もこのイラストを送ってみたかったが、どうしたらいいかよくわからなかったのでそこで会話は終えた。


「ふぅむ、ラインというものは便利だな。魔界にいるハルトともこの手軽さで通信したいものだ」


 先日、魔界で魔王の姿になっているハルトとスマホを通じて通信したが、それっきり音沙汰はない。こちらからも向こうに通信してみようかと思ったが、魔力の通りが悪いこの世界からは魔界に通信することはかなわなかった。


 いつになったら魔界に戻ることができるのだろうか。最初の何日かはそんなことばかり考えながら寝ていたが、今は明日のことで頭がいっぱいだった。


「友人と遊びに行くことがこんなにワクワクするとはな。そしてハンバーガーも楽しみだ」


 俺はそんなことを考えながら眠りについた。

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