第9話 魔王、JKと下校する
次の日。
学校へ行くと、クラスメイトが次々と声をかけてきた。
「須王、聞いたぜ? やるじゃん」
「なあ、須王くん、是非柔道部に入らないか?」
「どうやって二年の先輩たちをシメたんだよ。教えてくれよ〜!」
体は須王ハルトでも、中身は魔王ヴォルディウスである俺は、人間たちに囲まれて混乱していた。クラスの男子生徒のほとんどが声をかけてきたが、全然名前を覚えていないため誰が誰かわからず適当に相槌をうっていた。すると後ろから聞き慣れた単語が耳に入ってくる。
「ヒナ、よかったね〜。仙崎のやつ、今日は来てないって。まー、さすがにこれねえか」
振り返ると、神代と視線がぶつかった。吸い込まれるような瞳、およそ普通の人間とは思えない整った顔立ち。透き通るような黒い髪。聖女と見間違えるほどの美貌を持った彼女はこちらを見て微笑んでいる気がした。
「おい、須王! 今神代さんのこと見てたろ?」
「やっべ! 俺神代さんと目が合ったかも」
「いや、たぶんお前じゃねえって」
俺が昨日、先輩たちに呼び出されたことは、その結果も含めてまたたくまにクラス中が知ることになったようだ。仙崎は今日は登校していない。
「お、おい、三条と神代がこっちに来るぞ!」
俺を取り巻いていた男子生徒たちは蜘蛛の子を散らすように席から離れた。
「おい、陰キャ……じゃなくて……須王?」
俺が座ったまま振り返ると、三条シオリと神代ヒナがすぐ側にきていた。三条はバツが悪そうに口を開く。
「昨日、早とちりして、ゴチャゴチャ言って悪かった。ゴメン!」
三条は気の強そうな大きな瞳を力強くこちらに向けて、頭を少し下げてきた。その時、彼女の上半身の膨らみがもろに揺れ動くのを俺はつい目で追っていた。ワイシャツの第2ボタンまでが開いているにもかかわらず上体を傾けたため、中身がこぼれ落ちそうになっている。
「見ろ! あの三条が須王に頭を下げた!」
「今日はいつもよりも、す、すごいぞ」
「た、たしかに……ゴクリ」
周囲に散らばった男子生徒の視線も俺と同じところにあるようだ。
「ガチのマジで先輩をボコにして、ヒナを助けてくれたんだってな。まあまあやるじゃん」
三条は、神代とは対照的にハキハキものを言うタイプだろう。だが今は少し照れているのか、目元が泳いでいる。
座っている俺からだとどうしても、上半身の双丘のボリュームに目が行ってしまう。
すると、神代が何かに気づいたのかハッとした表情を見せる。
「うううぅ! 須王くん!」
そう叫んだ神代は、グイッと三条の前に身体を突き出す。
「シオリに昨日あったこと説明したんだよ。そしたらちゃんとわかってくれて、須王くんに悪いこと言ったから謝りたいって言うの。この子、こう見えて素直なんだから!」
月を覆い隠す暗雲のように、神代の長い黒髪がフワリと三条の体の前に現れる。三条と違って制服をきちんと着こなしている神代の上半身は、整っていた。
俺たちのやり取りを遠巻きに見ているクラスメイトたちがいっそうざわつく。
「うおお、神代が須王にグイグイいったぁ!」
「くそ、ここからじゃよく見えねえ!」
「俺も。ポジショニングをミスったぁ!」
「いやいや、別に俺は何もしてないから」
ここまで騒がれるようなことはしたつもりないんだが、クラスメイトたちに一度にこんなにも話しかけられたことに俺の胸はなぜか高鳴っていた。
これはさすがに、これからどんどん友人が増えていくかもしれない。
魔王である俺が、ごく自然に、普通の人間のふりをすることがようやくかなうようだ。
昼食の時間。
俺の周りは相変わらず空席だった。
「なぜだ。朝はあんなに話しかけられたのに、結局昼食は一人とはな」
こうして一人で飯を食べることをいわゆる「ぼっち飯」というらしい。昨日、妹のフウカに教えてもらった。
「ハルにぃって、どうせいつもぼっち飯なんでしょ? 一人になれるところで食べれるように、お弁当作ってあげようか?」
「いや、昨日ちょうど友人が出来たところだ。友人といっしょに昼食を食べるくらいわけはない」
「ふーん、友達出来たんだ。よかったじゃん」
というやり取りをしたのだが、結局は一人で食べていた。
静かに食えるから別にかまわないのだが、普通の高校生活というものはなかなかどうして難しい。
「なあ、お前行けよ」
「いや〜、恐れ多くて」
「だな。ちょっととっつきにくいよな」
通りすがりの三人組がそんな会話をしながら別の席に移っていく。
放課後。
帰り支度をしていると、後ろから三条と神代のやり取りが聞こえてくる。
「ヒナ。あーし撮影あるから今日は先行くわー。おつまる〜」
「うん、また来週」
三条が神代に別れを告げたようだ。三条を見送ると神代はおもむろに席を立つ。
そして、こちらに近づいてくる。
「須王くん? 時間あったらいっしょに帰らない?」
しーん。
「うおおお、いったぁ!」
「すげぇものを見た。奇跡だ」
「あの野郎! 神の加護を受けし者だ!」
周囲の男子生徒たちが感情を爆発させていた。
そうか! いっしょに帰るというのも、友達づきあいというものなわけだ。今回は神代のほうに気を使わせてしまったということか。
「ああ、誘ってくれてありがとう! ぜひぜひいっしょに帰ろう!」
嬉しくなった俺が元気よく答えると、神代さんの表情がぱっと明るくなった。
帰り道。
心が少し踊るのは、ここ一番の陽気のせいだろうか。この世界にも四季があるとすれば今は夏に向かっているのだろう。
「へー、須王くんの家って駅の向こう側かー、割りと近いんだねー」
神代さんとは帰る方向は同じだが、彼女は駅で電車に乗る。俺の家は駅を通り過ぎた先にある住宅街だ。
彼女のスカートからすらりと伸びた足がリズミカルにステップを刻んでいた。
俺は勘違いをしていた。昼食の際も誰か話しかけてくれないかと思って結局はぼっち飯をきめていた。しかし、それではダメなのだ。自分から声をかけなければ、行動を起こさなければ何も起こるはずがないのだ。
神代と二人で他愛もない会話をしながら、交差点に差し掛かる。この世界にある交通ルールとやらもここ何日かでさすがに覚えた。
俺は信号機が青になるのを見計らって、そこについている黄色い旗を手に取り、それを掲げて渡り始めた。
「えっ! ちょ、ちょっと須王くん!?」
「ん、どうした? 横断歩道はこうやって渡るのだろう? 子供がやっていたぞ」
「そ、それはそうなんだけど! その旗は子供が使うもんなの!」
「何を言ってる。俺たちは子供だろうが?」
「も〜! なに言ってんの〜! ハズいんだから〜!」
神代は叫びながら、俺の手をつかんで駆け出した。横断歩道を渡りきると、彼女はこうつぶやいた。
「あ〜、もぉ、恥ずかしかった!」
「俺は……何か間違ってたのか?」
「ふふ。んーん、いいよ。おもしろかったから」
彼女は砕けた笑顔でこちらを見てくる。教室ではあまり見せない表情だ。気づけばずっと握りっぱなしだった手から彼女の体温が伝わってくる。
「神代、手……」
「あ、ごめん! ずっと握っちゃってた……」
神代は少し照れながら目線を横へずらした。すると、彼女は急に目を見開いた。
「あっ、あの子!」
と小さくつぶやいた彼女は、道路の方へ足を一歩踏み出す。
それと同時に、背後で叫び声が上がる。
「キャ! ゆうくん!」
俺が後ろを振り返ると、赤信号になった横断歩道に子供が飛び出していた。その向こうでは転倒してしまった母親が届かない手を必死に伸ばしている姿が見える。
「あぶないっ!」
神代は叫びながら、俺の横を通り過ぎ道路に飛び出そうとしていた。
俺は彼女の手に肩を置いて静止させ、「俺が行く」とつぶやいて駆け出した。
(ダメだ、さすがに間に合わんか。ならば少しだけ!)
俺は体内に内包された魔力を下半身から放出した。
「はああぁっ!!」
ダンッ!
勢いよく大地を蹴る。
キキキイイイイイィィィィ!
一瞬、時が止まったかのような静寂が辺りを包む。
周囲を走っていた乗り物も全て止まり、その後、騒然となった。
──────あとがき──────
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