第8話 神代ヒナの放課後 ヒナ視点
「ヒナ! あの陰キャとライン交換したの? 罰ゲームじゃん?」
「シオリ! もう、声デカいって!」
私こと、
「あーしが見たところ中二病末期患者だよありゃ。『じゃあ、俺はこれで』じゃねーんだよ。ヒナはあーしのもんだ。気安くコナかけんじゃねーっつの!」
シオリは暴言を吐きながら、先ほどの須王くんのマネをしてみせた。
「シオリ! 言い過ぎだよ! 須王くんのことなんにも知らないのに!」
「はぁ? ヒナのこと心配して言ってんだけど! 悪い虫がつかないようにね。……で、仙崎の野郎とサッカー部の先輩ってのはどうなった?」
シオリは、急に深刻そうな表情を見せる。口では強がっていても私のことを心から心配してくれていたのだろう。
「んー、大丈夫。先輩たちガチ泣きしてたから」
「なっ、マジ??」
驚きを隠せないシオリに、私はさっきの出来事の一部始終を説明した。もちろん須王くんと二人になったところは省いて。
「ありえねえ! あの陰キャが片手で人を……あーし殺されっかもな……」
「だぁいじょうぶ! 全然優しいから、須王くん」
「けど、ラインを聞いてくるってことはヒナのことを狙ってるのは確定だね」
私から聞いたとは言えずに、流れで須王くんが聞いてきたことにしてしまった。ごめん、須王くん。
「まあ、先輩たちのことは安心した。今後は、あーしも目光らせとくから。ヒナみたいな才色兼備な天使様をそんじょそこらの男に渡してたまるかっつーの。ヒナが男と付き合うとか考えただけでもショックすぎる」
「……シオリ、大げさだよ……重いし……」
シオリが心配するのもわかる。だけどこのクラスの中では須王くんのことを一番よくわかってるのは私だ。彼はいっしょにいて本当に心強かった。
「あの子、絶対、わたしらのことバカにしてるよねー?」
帰り道、電車内で女子中学生たちのそんな会話が耳に入ってきた。
途端に、中学の頃の私が顔を出す。
◆
当時、勉強しか取り柄のなかった私に友人と呼べる相手はいなかった。中二の夏休みにメガネをコンタクトに変えて髪を切った。暗い見た目を変えたかった。
夏休み明け、その日はたくさんの人に話しかけられた。女子だけじゃなく男子にも初めて話しかけられた。
次の日、上履きを隠されて机に落書きをされた。
元々冷え切っていた中学生活は完全に凍りついた。
『神代さんって、成績トップだからって私達のことバカにしてるよね?』
『だよねー、急に色気づいちゃって男子にも媚売ってさ、キンモーって感じ』
表でも裏でも、あることないこと言われまくっていた私の前に一人の女子生徒が現れる。
「おい! 成績ビリなあーしでもお前らのことバカにしてるけど? 人の悪口ばっかり言ってて恥ずかしくないわけー?」
話したこともなかった三条シオリが、なぜか味方になってくれた。彼女は当時からモデル活動をしていたため、学校にはあまり来ておらず私と同じように友達が一人もいなかった。
「なぁ、神代。あんたがめちゃくちゃカワイくなったから、あいつらひがんでるんだろーね。認めたくないんだよ。でもね。人って変われるんだよ。ヒナはもっともっと可愛くなれるよ! どう? あーしがファッションとかメイク教えよっか?」
シオリは照れ笑いを浮かべてこう付け加えた。
「そんかわり、勉強教えてくんね? さっすがに高校は行っときたくて……」
それから、ビリだったシオリの成績はわずか半年で急上昇した。私が教えたからということは単なるキッカケに過ぎず、シオリはひたすらに努力家だったのだ。そして、私たちは地元から離れた校則のユルさがウリの高校への進学を考えていた。
そんな私に先生はこう言った。
「神代ぉ! お前の成績ならKO女子も余裕で狙えるぞ! なんであんなハンパな高校に……」
人気の難関校にすすまない理由は単純だ。シオリと同じ高校に行き、高校生活を楽しみたかったから。
「三条の影響か? 悪いことは言わん。付き合う友達を選びなさい。アイツは」
「──やめてください。進路指導で友人関係のことまで言われたくありません」
◆
「人は変われる……か」
その晩。私は湯船に口まで浸かりながら、ずっと今日のことを考えていた。
ブクブク……。
「プハーッ! やっぱり馴れ馴れしかったかなぁ。須王くん、明らかに引いてたもん」
今思い出しても明らかに距離感がバグっていた気がする。私だけがやたらテンション高くて、向こうはドン引きしてたのではないかと後悔していた。
「須王くんの指に触っちゃったし、気づいたら近づきすぎてたし……」
お風呂から上がった私は、いつかまた来るであろう接近戦に備えて念入りに肌と髪のケアをしていた。月イチでトリートメントを行ってはいるが、この先またあの距離で喋ることがあるかもしれないから、髪の毛は念入りにとかしておかなければいけない。二週間先の美容院の予約が待ち遠しかった。
わかっていてもスマホを確認してしまう。帰ってから何度目だろう。
……もちろん須王くんからラインなど来ていない。
「はぁ〜、まあ、特に話題なんてないし、そりゃそうだよね。というか私から聞いたんだからこっちから送るほうが自然? でもそれはガッツイてるって思われそうでイヤだし、そもそもあんまりスマホに興味ないみたいだったしSNSとかやってないのかなあ。あの調子だとインスタはやってなさそうだなあ。あーもう、ダメダメ!」
私など昨日まで名前すら覚えてもらえてなかった存在なのだ。それなのに急に仲良くなれるわけはない。漫画じゃあるまいし、一歩ずつ一歩ずつゆっくりと歩み寄ることが大事なのである。
「あの、この席空いてる? よかったらいっしょに食べてもいいかな?」
私はベッドにクマのぬいぐるみを置き、全力でシミュレーションを行っていた。須王くんがいつも昼食を一人で食べているのを知っている。彼とさりげな〜くお近づきになるには最適のシチュエーションだ。
「うーん。ちょっと弱いなあ。四の五の言わずに座っちゃえばいいのかも、あ! そうだ!」
私は一呼吸おいて、頭の中である人物をイメージする。
「よお、陰キャじゃん! 相変わらずぼっち飯? あーしがあんたと食べてやってもいいんだけど?」
シオリのマネをしながら、私はベッドにドカッと腰掛ける。
「ううぅ〜! ダメダメダメ! シオリのキャラはキツすぎる! 私には向いてないって〜!」
お気に入りのクマのぬいぐるみをギュッと抱えながら、ベッドに横になる。
クマゴロウの顔をこちらに向け、
「ヒナ。俺なんかでいいのか?」
「うん。ハルトくん、しゅき……」
ゆっくりとクマゴロウと口づけを交わす。
「んんん~〜!」
私は恥ずかしさ極まって足をバタバタさせていた。ベッドがギシギシと音を立てる。そんなことを繰り返しているうちにいつの間にか寝てしまっていた。
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