第7話 魔王、S級天使様と連絡先を交換する


「ギャハハハ! こうなったらヤケだ! てめぇの大事な女をキズモンにしてやる! ハハハハハ!」


 キンパツは飛び起きると、校舎裏に現れた神代かみしろヒナに向かって突っ込んでいく。彼は俺にかなわないとふんで神代をどうにかするつもりらしい。


 神代は、突然自分に向かってくるキンパツに対し戦慄し、たじろいでいる。彼女への距離は、俺よりキンパツの方が圧倒的に近い。



 ダダッ!



 が、一足飛びでキンパツに追いついた俺は、彼の背中の襟元を左手一本で掴んだ。


 ガシッ! グイッ!


 そのままキンパツの体を宙吊りにする。


「ハハハハ、えっ?」


 キンパツは宙吊りになったまま両足をバタバタさせてあっけにとられている。


「ええええええぇ! てめぇ! いったい──」


 俺は、暴れるキンパツの体を、校舎の壁に向かって思いっきりぶん投げた。


 バッーン!


「ぐわああああぁ。な、何が、いってえええぇ!」


 地面に這いつくばり痛みに悶えているキンパツとボウズ、そして相変わらずビビりちらしたまま座っている仙崎に対して、俺は静かに、ゆっくりとこう告げた。


「お前ら、二度と俺と神代ヒナに構うんじゃない。わかったな?」


「「「ううっぅ、ぐぐぐっうぅぅ……」」」


 三人とも泣きながら言葉にならないうめき声をあげている。その時、


「そこで騒いでるのは誰だー!」


 声のした方向を見上げると、校舎の廊下の窓から先生が顔を出してこちらを見ていた。


「お前たち、何してる!? 今から行くからそこにいろよー!」


「ちっ、これ以上の面倒事はごめんだ」


 俺はさっさとその場を立ち去ろうとした。


 すると、神代が駆け寄ってくる。


「須王くん!」


「神代ヒナ! 俺は今はとにかくここを離れたい!」


 俺はそう言って走り出した。


「えっ! ちょ、ちょっと!」




「須王くん! どこまで行くの。ねえ!」


 俺は教室に戻ろうとして走っていたがどこがどこやら、何が何やらわからなくなってしまった。そして、俺は立ち止まって彼女を振り返った。


「なあ……神代ヒナ、教室は……どこだ?」


「ここ部室棟だよ? 教室はぜんっぜん別の場所だけど」


「……案内してくれ」


「ぷっ! 須王くんってもしかして方向オンチ?」


「な、何を! まだまだ学校に慣れてないだけだ!」


「うっそ! もう二週間近く経ってるのに? 須王くんってさ、ホントはおもしろい人だったんだね」


 俺にとって学校はまだ二日目なのでどこがどこかさっぱりだ。とりあえず神代に教室まで案内してもらうことになった。




「須王くん、さっきはありがと。また助けられちゃったね」


「……どうしてあの場にいたんだ?」


 神代が教室から俺たちの後をつけてきたことはわかっていたが、あえて聞いてみた。


「そりゃ、心配だったから……でも私が見つかっちゃったせいで逆に心配かけたよね」


「いや、別に大したことはしていない。それより、神代ヒナも何度もトラブルに巻き込まれて大変だな」


「あっ! 名前、覚えてくれたんだ。嬉しいなぁ。でも別に……フルネームで呼ばなくてもいいんだけど……」


「そうか。そういうものか。 じゃあ……名字だけでいいのか?」


「別に、名前のほうで呼んでくれてもいいんだけど……」


「そうなのか? でも親しい間柄ではない場合、上の名前で呼び合うのが一般的なんだろう? なんとなくそう感じていたが」


 彼女は俺の言葉を聞いて、一瞬表情を曇らせた。


「そ……だったらさ! もっと親しい間柄になれば、よくない? 私はハルトくんって呼ぶから、ハルトくんもヒナちゃんって呼んでくれると……」


 彼女は早口でまくし立てると、一瞬ハッとした顔を見せると上目遣いでこちらを見上げてきた。


「あ、ゴメンね、いきなりこんなこと言って……」


 俺は彼女の意図することがよくわからなかったため、さっきから思っていたあることを尋ねた。


「ところで教室はまだつかないのか?」


「えーっとね……あの、私も道間違えちゃってたみたい、えへへ」


「な……」


 俺は彼女の本心がわからず戸惑った。気がつけばさっきよりも人気ひとけのない場所だった。廊下には俺たち二人の姿しかない。


「ねえ、須王くん、連絡先教えてくれる? 今度ちゃんとお礼したくって。出来ればラインとか」


「えっと、それはこのスマホというやつのことか?」


 ポケットから取り出したスマホ。ほとんど地図としての機能しか使ってないが、そういえば通信のための道具だった。


「慣れてなくてどうすればいいかわからん。教えてくれないか」


「え、うそ……あ、でもラインは入ってるじゃん」


 彼女は俺のそばに寄り、スマホを覗き込んでくる。艶のあるキレイな黒髪がサラリと俺の体に触れる。同時に何か甘い香りが鼻孔をついた。


「あ……そこ、触って、違う、もうちょい下、そこ!」


 画面の上で指を転がしていると、彼女の細い指先が触れてきた。


「あっ、ゴメ!」


 彼女は一言つぶやいて、指先をサッと引いた。思わず俺と彼女の瞳が交わる。


「それで?」


「あとはフリフリ機能で、オッケー。出来たよ」


 画面に《神代陽菜》の連絡先を追加します。このまま登録しますか? という画面が出たので、俺は彼女の連絡先を……少し迷って、《ヒナ》と登録し直した。


「神代、もしかして、これで俺たちは友人ってことなのか?」


「えっ、う、うん。そうだよ! まずは友達からってことだよね。うんうん!」


「うん? その先があるのか?」


「そ、それは……。まあ、段階を踏んでというか、そのぉ、順を追ってというか……」


 彼女はよくわからないことを言いながらしどろもどろになっていた。




 俺たちが教室に戻ると、まだ何人かの生徒は残っていた。みんなの視線が俺と神代の二人に向けられる。


「須王だ。戻ってきた!」

「あれ、神代さんといっしょ?」

「仙崎のやつどうなった?」


 教室に残っているクラスメイトたちがざわつく。


 すると、いつも神代の隣にいる派手な装いの女子生徒が席を立ち、駆け寄ってくる。


「ヒ〜ナ〜! いつのまにかいなくなって心配してたんだけど? って! まさか陰キャについてったんじゃ……」


「うん、よくわかったね! シオリ!」


「うっそ……あれ? すおう? だっけ。あんた先輩たちにボコられに行ったんじゃなかったの?」


 シオリと呼ばれた女子生徒は、上から下まで舐め回すように俺のことを見てくる。


「シオリ〜、須王くんはボコられてないって! 二人とも全然平気だよ」


「えええぇ? 無事だったの〜。なんで? なんで?」


「ハルトくん、あっ、須王くんね、すごかったんだから! 聞いて聞いて!」


 神代の友人であろう女子生徒は大きな目をパチパチさせて、俺たちの顔を交互に見ている。彼女の胸元のシャツは相変わらずダラしなくはだけていた。


「じゃあ、俺はこれで」


「え、うん。また。あ! 何かあったらラインしていい?」


 俺は彼女に無言でうなずくと、振り返ってその場を後にした。


「げえええええええ! アイツとライン交換したの!?」


 教室を出る際、またあのやかましい声が背中に飛んできた。




 こうして、俺の学校生活二日目は終わった。この二日間、何事もなく恐ろしく平和だった。何やら先輩たちに呼び出されはしたが、魔界での日々に比べたらあんなもの取るに足らない出来事だった。


 魔王の座を狙う配下たちに不意打ちされることもなかったし、大地が裂けるような天災に会うこともなかった。


 この何千年かを、魔界でずっと戦い続けてきた俺にとって、知らない世界でノンビリと生活することは意外に新鮮で楽しかった。


 何より、この世界に来て初めて友人が出来た。これで普通の人間の高校生らしい生活を送ることが出来るかもしれない。

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