第6話 魔王、呼び出しを食らう


「須王、わかってるよな? 付き合ってもらうぜ?」


 放課後、さっそく仙崎が声をかけてくる。


「おい、仙崎が須王とやる気だ……」

「須王のヤツ、ボコボコにされちまうな」


 周囲の生徒たちの間に不穏な空気が流れるのを感じた。


(やれやれ、これは仲良く遊びに行く雰囲気ではなさそうだな)


 俺は仕方なく、彼のあとについていくことにした。




 人気ひとけのない校舎裏。夕日がやけに眩しい。


 そこには昨日神代かみしろヒナに絡んでいたキンパツとボウズの二人の男子生徒がいた。俺の隣には仙崎。そして、もう一人、教室からずっと俺たちの後をつけてきた何者かが、後方の校舎の影に隠れている。


「ぷはぁ〜」


 キンパツとボウズの二人はシガーを吸っていた。


「よ〜お、来たな」


「連れてきました! こいつが須王ハルトです! こいつですよね? 昨日先輩たちにイキったバカ野郎は」


 仙崎は彼らに向かってそう告げた。そして、俺の方を振り返ると目で何か合図をしてくる。


 こいつらに挨拶でもしろというのだろうか。バカげている。


 俺は仕方なく口を開くと彼らにこう告げた。



「おい、ガキども。俺に何か用か?」



「……」

「……?」


 俺の言葉を聞いたキンパツとボウズは、一瞬ポカンとして真顔になったが、その表情はみるみるうちに怒りを帯びていく。


「お、おい、須王! お前何言ってんだ!」


 隣で仙崎の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。


「おいおい……なんだこいつは。とんだイカれ野郎だな」

「こういうやつは、いちから教育してやらねぇとなぁ!」


 キンパツがゆっくりと立ち上がり、髪をかき分けながら俺に近づいてくる。身長は俺よりも頭一つ分デカい。


「おい、小僧、昨日はよくも邪魔をしてくれたな。フゥゥー」


 キンパツはそう言って俺に煙をふきかけてくる。そういえば俺も昔、魔界植物の高級葉巻をよく吸っていたのを思い出した。懐かしい。


「ん、なんの話だ?」


「忘れたってかぁ? 俺たちに向かって『邪魔だからどけ』って言ってくれたよなぁ? 忘れたとは言わせねえぞ!」


 キンパツはぐだぐだと何か言いながら、下品な匂いのする煙を吹きかけてくる。


「てめぇ、あの後、ヒナちゃんを抱きかかえてお持ち帰りでもしたのか?」


「ギャハハハ! うまいことやったじゃねえか! 俺たちにも分け前をよこせよ! パンティーの一枚でも持ってきてくれば許してやるぜ?」


 後ろでボウズの男が下卑た笑い声をあげる。


「はあぁ〜、いったい何の話をしてるのやら……」


 俺はそう言って大きく溜め息をついた。


「陰キャのゴミクソがあぁ! すましてんじゃねぇ! 内心ビビってんだろうがぁ! 今からてめぇ、どうなると思う?」


 キンパツが大声で怒鳴り散らす。その姿はまさに下級魔族のそれだった。


「無駄な強がりはやめて、冷静になって考えろ。俺がお前らに何かしたのか? ん?」


 子供を諭すように優しく言ったつもりだったが、キンパツの顔はどす黒い怒りに満ち溢れていく。


 人間という種族はオツムはそこそこ優秀だと思っていたのだが、彼の脳みそはゴブリン並かそれ以下かもしれない。


「ああ、その態度が気に入らねえ。後輩は先輩に逆らうんじゃねえ! いいな?」


「なるほど、学校での階級の仕組みは理解しているつもりだ。 だが、一つ忠告しよう。お前が上の立場ならもう少し品性を磨いたほうがいいぞ」


 俺はキンパツの歪んだ瞳をまっすぐに見据えていた。


「はあああぁ!? もう許さねえ。殺すわ。極刑だ! 即ぶち殺しの刑だわ!」


 キンパツは怒りに打ち震えながら声をあげる。そこで彼がようやく戦闘態勢に入るのがわかった。まあ、下級魔族に比べれば断然理性的なほうだ。


「おーい、殺すなよ〜? つってもムリか。あそこまでキレてちゃな〜」


 ボウズが後ろから叫ぶ。


 キンパツが右手の拳をギュッと握りしめ、俺の顔面めがけて繰り出してきた。


(おいおい。恐ろしくのろいパンチだ。これフウカより遅いんじゃないか? 別にこんなもの当たってもいいのだが)


 俺はそのパンチを紙一重でひょいっと避けると、反撃を繰り出すべく左手を突き出した。


 しかし、俺はそこで戸惑った。


(マズい! 相手はただの人間だ。相当手加減しないと、致命傷になるな。よし、殴るのはやめておこう)


 俺は刹那の一瞬でそんなことを考えながら、キンパツの額にデコピンをした。


 ッビシイイィィ!


「あうちっっ!!」


 きちんと手加減して指一本で対応したつもりだったのだが、キンパツは頭を押さえながら後方に倒れ込んだ。


「ああっっっががが! い、いってええぇ! ぎいいいいぃぃぃ!」


 キンパツは涙目になり、唸り声を出しながら俺を見上げている。


「てめぇ! 何しやがった!?」


 ボウズがとっさに立ち上がり、戦闘態勢に入る。


 ボウズは武器を持っていた。丈夫な木でできた長い棒を振り回しながら、まっすぐに突っ込んでくる。


 俺は、左手で木の棒を空中に弾き飛ばすと、ボウズの足を小突いて地面にすっ転ばせた。


 木の棒は空中をくるくると舞い、茂みに落ちる。


 ビターン!


 ボウズは地面に顔面を強打したのか悶えている。


「ぐおおおぉ、鼻がアアああぁぁ!」


 俺をここへ連れてきた仙崎はというと、尻もちをついて震え上がっている。


「ああああ、あぁぁ、あぁぁ、なんなんだおばべばあああぁぁ!」


 彼には別に何もしてないのに、ビビりちらしていた。


「仙崎、もういいか。俺は帰るからな」


 振り返ると、校舎の影から顔を出してこちらを見ている人間の姿を見つけた。



 なんと、それは神代ヒナだった!



「神代ヒナ……。なぜここに……」


 俺が口走ると同時に、彼女もまたつぶやいた。


「須王くん! だ、大丈夫?」


 そばで悶えていたキンパツも神代に気づいたようで、すぐに起き上がる。


「ははははっ! いいところに現れやがった!」


 彼はそう言いながら、神代の方へ向かって駆け出した。


「いよっしゃあああああぁぁぁ! 形勢逆転のちゃああああんす! てめぇの女がどうなってもいいのか〜!」

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