第5話 魔王、友人を探す
「ふむ、このブレザーという衣装、よく見たらなかなかセンスがよいではないか」
早朝、俺こと、魔王ヴォルディウスは鏡の前で身支度を整えていた。鏡には俺が入れ替わってしまった人間、須王ハルトの姿が映っている。顔は冴えないただの少年だが、この制服という漆黒の
昨日、魔界にいる魔王の姿になってしまった本物のハルトとスマホを通じて話すことができた。そして、互いに契約を交わしたのだ。俺はこの少年の姿でマジメに学校へ行くこと、魔王の姿になったハルトは俺たちがもとに戻るための時空転移魔法の使い手を探すこと。
「この少年がどんな生活を送っていたのかはよくわからんが、どうせ見た目はただの少年だ。ようするに魔王だとバレないように、おとなしくしてればいいわけだ」
どうやらこの世界で学校に通う子供というのはよく学び、友人と交流を深めるものらしい。なので、俺もそれに習って生活することにしようと思う。
「フウカよ。気持ちの良い朝だな。それでは俺は学校に行ってくる」
「ハルにぃ、ま〜た、おかしなこと言ってる……今日は一人でだいじょぶそ?」
「心配ない。お前のカカトを頭に食らって飛んでいた記憶も徐々に思い出しつつある。また何かわからないことがあれば教えてくれ」
「う、うん。あれはマジでごめんね……ハルにぃ……」
妹のフウカに送り出され、俺は一人で学校へと向かった。
学校へ行き、教室へ入るとあちこちからクラスメイトの視線を感じた。
「来たぞ。須王だ」
「聞いたか? 先輩から
「なんでもお姫様抱っこしたらしいぜ?」
聞こえてくる会話から察するに、昨日俺が神代を階段で受け止めた時の話をしているようだ。
「神代さんを抱っこ、だと! けしからん!」
「ちょっと、誰か話聞いてこいよ?」
「誰か、須王と友達のやついねえのか?」
昨日ハルトと契約したばかりなのにも関わらず、既に注目されてしまったことに不安を覚えた。
(問題を起こすと面倒だから、努めてマジメな須王ハルトを演じるとするか)
席に着くと、昨日俺にからんできた茶髪の男が、今日もさっそく声をかけてくる。
「よぉ、須王。来たな。昨日はよくもナメた態度とってくれたよな?」
2日連続で話しかけてくるということは、もしかしたら彼はこの須王ハルトの友人なのかもしれない。昨日は邪険に扱ってしまったため申し訳なかったなと思い返事をする。
「ああ。おはよう。え〜とお前、誰だっけ?」
「な!?」
「いやすまん。名前を教えてくれ。忘れてしまってな。これからも俺の友人としてよろしく頼むぞ」
「あ、あっうううぅぐぐぐぐっ! 誰が友人だぁ……誰がぁ!」
彼は歯を食いしばり、プルプルと震えている。表情からは気持ちが読めないが口角が上がっているし喜んでいるようにも見えなくもない。
「おい、あいつらまたやってるぞ……」
「須王のやつすげえよな。仙崎相手に……」
「目が離せねえよ」
バンッ!
目の前の男は、両手を思いっきり俺の机に振り下ろした。
「俺の名前は仙崎だ! 忘れんなよ!」
「そうか。仙崎というのか。これからもよろしくな」
俺が手を差し出すと、彼はその手をパシっとはたき、
「なぁ〜にがよろしくだ。ナメやがって! それより、昨日サッカー部の俺の先輩たちにも上等こいたらしいじゃねえか!? 放課後ツラ貸してもらうからな!」
仙崎は舌打ちして自分の席に戻っていった。向こうから声をかけてきたのだからこの少年の友達なのかと思ったがやはり違うのかもしれない。
そういえば、俺が最初に名前を覚えたクラスメイトは今日は来てるだろうか。教室を見回して、
彼女の姿は斜め後方の席で、すぐに見つけることができた。なぜなら圧倒的な存在感を誇っていたからだ。胸元まである長いサラサラの黒髪と、整った顔立ち、背筋をピンと伸ばして姿勢よく座っている姿はまるで貴族の娘のような風格だ。俺と視線がぶつかった瞬間、彼女はその黒曜石のような瞳を丸くした。
俺は、先ほどの仙崎の行動を見習って挨拶をすることにした。もしかしたら友人になれるかもしれない。彼女の席に近づいていき、名前を覚えたクラスメイト第一号にさっそく声をかける。
「神代ヒナ! おはよう!」
しーん。
クラスメイトたちから刺さるような視線を感じる中、俺は彼女の返事を待った。
そして、彼女は顔を真っ赤にしてうつむきながらなんとか声をしぼりだした。
「ぉ、ぉ、お、おはょぉ……」
ガタンッ!
突然、席を立った神代は、足早に教室を飛び出していった。
「どこへ行く! 神代ヒナ! 俺は話がしたいだけなんだ!」
すると、そばにいた神城の友人っぽい女子生徒が血相を変えて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと!! 馴れ馴れしくヒナに声かけんなよ! 困ってたじゃん?」
金髪でウェーブがかった髪、気の強そうな大きな目の女子生徒は、そう言って俺に詰め寄る。彼女のシャツの胸元は大きく開いており、その奥のむっちりとした地肌がかなり見えている。
「いや、その、あいさつをしただけなんだが……」
「陰キャのくせにわきまえろっつーの!! ちょっといい格好しただけで王子様気取りかよ? あんたみたいなヤツ。あーしはぜっっったい認めないから!」
そういって彼女は、神代を追いかけるように足早に教室を出ていった。彼女は神代の友人だろうか。スカートの丈は神代と違ってかなり短い。制服の上着を腰に巻き付けて全体的にダラしない着こなしをしていた。
「わきまえろだと? いったいどういうことなんだ……」
こいつらとは同じクラスメイト。同じ立場なはずなのに……友人を作るのはなんと難しいことか。
授業中。
(この世界史という授業は非常に興味深い)
俺は腕と足を組み、マジメに先生の授業を聞いていた。
この世界の歴史は俺のいた世界『ウェストリア』とはまったく異なるもののようだ。こちらでは魔法や神、悪魔などの存在は空想上のものとされている。代わりに科学という技術を発展させて見事なまでに高度な文明を築いている。魔力の代わりに電力というエネルギーを動力源にして生活に活かしているようだ。
「ふーむ、ふむふむ。この世界は実に興味深い!」
静かな教室に、俺の声が響き渡る。
「おい、須王。私語は慎みなさい!」
先生がこちらを指さして注意をしてくる。
「こら、須王! その態度はなんだ。足を組むんじゃない! 真面目に聞きなさい、まったく……」
「む、そうなのか。それは失礼した」
俺は体勢を改めて、椅子に座り直した。人間の世界に来た以上、人間たちの作った規律は出来るだけ守らねばならぬ。俺はそこらへんはちゃんとわきまえてるつもりだ。
昼休み。
俺は食堂で昼食をとっていた。またしても周囲の席に人はいない。だが孤独には慣れている。駆け出しの魔族だった頃は何百年もの間、一人で生き抜いていた。あの頃は俺も魔界で成り上がってやろうと必死だったのだ。とにかく目立ちたくて、自分を強く大きく見せようとしていた。
「おい、陰キャ。放課後、先輩たちのところへ連れていくからな? 逃げんなよ?」
食べ終わった仙崎が席を立ち、通りすがりに俺に声をかけてくる。
俺は軽く左手を上げ返事をした。気さくに友人としての振る舞いをうまく演じたつもりだ。
だが、そんな彼は軽く舌打ちをして去っていく。ひどい態度だ。
「あの態度、あいつはやはり友人ではないようだな」
そして、俺はついに一つの結論を導き出す。
「まさか……! この少年、友人がいないのか」
周囲にはこれだけたくさんの生徒がいるにも関わらず、昨日も今日も昼食は一人ぼっち。なんということだ。須王ハルトよ。お前は孤独な日々を過ごしていたのだな。今頃魔界でうまくやっているだろうか。
その時、ふと、気配を感じた方向に目をやると、神代ヒナと目があった。彼女は慌てた様子ですぐに顔を反らしてしまう。彼女はさっき俺に怒鳴ってきた派手な女子生徒と並んで食事をとっている。
あの神代ヒナという女。昨日階段から落ちたところを助けた後、俺に何かを言おうとしていた気がする。
まさか! 俺と友人になりたかったのではないだろうか。
だとしたら、俺はなんて残酷なことをしてしまったんだ……。彼女の呼び止めを無視して立ち去ってしまうとは……。
俺はひどく後悔したが、昼休みも終わってしまうため彼女に話しかける機会を逸してしまった。
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