第4話 魔王、ハルトと契約する


「はぁ、なんて狭い部屋だ……まるで牢獄じゃないか……」


 初めて行った学校からなんとか帰宅した俺だったが、恐ろしくチンケな住居を見てため息をついていた。どうしても昨日までいた魔王城と比べてしまう。


「妹の楓夏ふうかはまだ学校から帰ってないのか。さて、どうしたものか」


 須王ハルトという少年の体になってしまった俺こと、魔王ヴォルディウスは、この少年の狭いベッドで寝転がりながら、今後のことを考えていた。


「まさか5316歳の俺が、16歳の人間の姿になってしまうとは……」


 この少年がどんなヤツなのかは知らないが、魔王である俺がこいつの人生を歩んでやる義理はない。やはりここを出て、元の世界に戻る方法を探しに行くべきだろう。


 そう思った矢先、どこかから声が聞こえた。


『誰……聞こえ……』


「ん? 誰だ?」


 部屋の中を見回すと、机に置いてあるスマホの画面が白く輝いていた。


「あれか!」


 スマホから突然聞こえてきた声に俺は耳を傾けた。


『オレ……ハル……聞こえますかー?』


「ハルト? ハルトだと?」


『オレはハルト、誰か聞こえますかー!』


 今度はハッキリとそう聞こえた。しかし画面が暗くなっていく。


「くそ、なんだこれは! どうすれば……エネルギーが足りないのか?」


 これが魔道具なら魔力が原動力になっているはずだが、この世界の物の仕組みがよくわからない。


「魔力でも込めてみるか」


 俺はスマホを握りしめ、わずかな魔力を込めてみる。するとまた画面が光り出して、今度はハッキリと顔が映った。


 その画面に映し出されたのは、きらびやかな装飾がほどこされた見覚えのある部屋だった。そこに立っている人物が身につけているのは豪華な衣装、頭には禍々しい輝きを放つ双角。その顔は、紛れもない俺自身、魔王ヴォルディウスの顔だった。


『おーい、通信魔法ってこれでいいのかな、繋がってるかな?』


 そしてスマホから聞こえてくる声は、自分自身の声だった。


「ハルトだと! そうか、貴様は本物の須王すおう陽翔はるとだな!? おい、俺の声が聞こえるか!?」


『は、はい、聞こえます。え、待って、オレがいる!? な、なんで?』


 画面の向こう側、魔王ヴォルディウスの姿をしている本物のハルトは、魔王の寝室にある鏡を覗いて話しかけているようだ。どうやらこのスマホという道具を媒体にして、魔界と通信が繋がったらしい。


「俺たちはどうやら入れ替わってしまったようだ! わかるか? 俺が本物の魔王ヴォルディウスだ!」


『わ、わかります……なんとなく。 え? マジで? やっぱりこれ夢じゃないんだ……』


「そうだ。夢ではない! 俺もそう願いたいが!」


「うっわー、マジかぁ……。こんなことなら『女神決戦』の新刊読んでおくべきだったなぁ。ワクドナルドのハンバーガーも食べておけばよかったぁ……」


「おい、何をあきらめてる? 落ち込んでる場合ではない。とにかく俺たちは元に戻らなければならないわけだ」



『えっ……どうして?』



「はっ? ど、どうしてって……このままの姿じゃ困るだろうが! お互い」


『そ、そうですか? けっこう楽しくやってますよ……これって異世界転移でしょ、オレこういうのに憧れてたところあるし、まあ、本当は勇者がよかったんだけどなぁ』


「おい、貴様! 何を言っている!? 正気か!?」


『だって、おもしろいじゃないですか? 魔法も自由に使えるし……』


「勝手なことを言うな! 俺には魔王として世界を統べるという崇高な目的がだな──」


『勇者を倒せばいいんですよね? まかせてください! オレが代わりにやりますよ!』


「そ、そんな単純な話ではない! このままではお互いいつどうなるかわからん! 早く元に戻るべきだ」


『えー……はいはい、わかりました! っと。 で、どうすればいいんですか?』


「うーむ、とりあえず……時空転移魔法というものを使えば元に戻れるはずだ」


『時空……転移……魔法、ですか?』


「うむ、それによってこちらの世界と魔界をつなぐ時空間のゲートを開くのだ。だが、こちらには魔法を使えるヤツがいない。俺も次元を凌駕するレベルの高度な転移魔法は習得していない。だからでそちらで使い手を探すのだ!」


『時空転移魔法の使い手ですね〜。わかりました! とりあえず配下たちに探させます』


「いや、それはマズい! なるべく誰にも事情がバレないように秘密裏に探すのだ。わかったか!?」


『いやいやいや! そうは言ってもけっこう忙しいんですよ。魔王って。勝手に魔王城を抜け出して外で出ることもできやしない……』


「……それはわかる。責任ある立場だからな。周囲の目はより一層厳しくなる」


『ですよね? 人の上に立つって大変なんですねえ? あ、人? 魔族か』


「そうだ。くれぐれも配下たちには俺たちが入れ替わってることを悟られるなよ! 魔王の威厳を失い謀反むほんの危険があるからな! 魔王の座を虎視眈々と狙っているものが配下にもたくさんいるのだ。くれぐれも気をつけてくれ」


『わかりました。その代わり、魔王さんもオレの代わりにちゃんと学校に行ってくださいね? サボっちゃダメですよ?』


「な、なんだと? 待て。行ってみてわかったが、あんなところ行く意味はない。一日中つまらない授業を聞くだけじゃないか」


『いやいや、それはそうですけど。お互い同じ条件じゃないと公平じゃないですよ。魔王さんもそっちで正体がバレないようにうまくやってくださいね?』


「学校……あんなところに行ってどうしろというのだ。俺は魔王だぞ!? 一日中おとなしく座ってろというのか!?」


『え〜……。そんなこと言うなら元に戻る方法なんて探しませんよ? オレが魔王となってこちらで好き勝手やらせてもらってもいいんですけど?』


「ぐぬぬ……、しょうがない。では契約だ。貴様は時空転移魔法の使い手を探せ。俺は代わりにきちんと学校へ行く。それでいいな?」


『わかりました。約束ですよ! あ、そうだ。そっちで魔法使いまくったりして暴れないでくださいね。一応魔法は無いってことになってる世界なんで』


「ふ、安心しろ。現代こちら魔界そちらでは環境が少し違うらしい。空を飛ぶことも炎を操ることも容易にはかなわんのだ。まあ、恐ろしく平和な世界だから特に問題はないがな」


『な〜るほど。物理法則の違いですね。それなら安心しました。じゃ、オレは魔界こっちで全力でチートやらせてもらいますね!』


「行動や言動には細心の注意を払え。俺の地位をおとしめるようなことはするなよ?」


『そっちこそ、周りにはバレないように、ちゃんと須王ハルトとして振る舞ってくださいね。元に戻った時に変なことになってたら』


 ブツン!


 ──急にスマホ画面が真っ暗になってしまった。もう一度魔力をこめても動く気配はない。


「くそ、通信が切れてしまった。どうしたんだ……」


 その時、階下で物音がした。フウカが帰ってきたのかもしれない。俺は彼女にスマホのことを聞いてみようと思い階段を降りていった。




「フウカ。帰ってきたのか」


「あ、ハルにぃ! 帰ってたんだ! 今日大丈夫だった? 昨日からなんかおかしかったけど……」



《周りにはバレないで、ハルトとして振る舞ってくださいね》



 俺はハルトに言われた言葉を思い出していた。


「あ、あ〜。問題ない。それより、このスマホが真っ暗になってしまったんだが……」


「え……これって電池切れでしょ? 年寄りみたいなこと言ってんじゃん」


(5316歳の俺が年寄りだと? 魔界ではまだまだ血気盛んな年齢だというのに……)


「それで、どうすれば直るんだ?」


「簡単だよ。ここにあるケーブルに差すっと」


「ふむ、なるほど」


 この世界のエネルギーは魔力とは別のものが使われているらしい。


「さ、ご飯作ろ。手伝って」


「えっ、お、俺がか?」


「は? あったりまえじゃん。うちは両親がいないんだから! 夕食の支度は当番制でしょ! むしろ今日はハルにぃの番なんだから! でも、不安だからアタシも手伝うね」


「俺たちの親は、いないのか?」


「いやいや、海外出張じゃん。やっぱり打ちどころ悪かったのかなぁ……病院行ったほうがいいんじゃない?」


「ははっ! 思い出した思い出した! そうだったな。両親は外国へ行っていたんだったな!」


 ハルトと契約した手前、身近な者に不審がられないように話を合わせておく必要がある。




 その後、俺はフウカに言われるまま、ディナーの準備をすることになった。料理などしたこともなかったが、なぜかこの妹には逆らえない。


「ちゃんとレシピ通りにね。まずは玉ねぎを炒めて! 油はどれくらいって書いてある?」


「え〜っと、適量、適量? おい! 適量というのはどれくらいだ?」


「適量は、適量じゃん!」


 俺に比べれば赤子同然の人間の少女に注意されながらも、なんとかディナーは完成した。


「もぐもぐ、うむ! このカレーライスという料理は絶品だな!」


「いつも作ってたじゃん。そんなに感動する? ハルにぃが玉ねぎをしっかり炒めてくれたことでコクが出てるんだよ」


「そ、そうか。あの手間暇かけたことがおいしさに繋がったんだな……」


 感動の料理体験を終えるとどっと疲れが出てすぐに寝ることにした。こうして俺の人間としての一日はあっという間に終わった。


 結局、成り行きで明日から須王ハルトとして学校へ行くことになってしまった俺は、魔界に思いを馳せながら眠りにつくのだった。

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