第17話 残り香
「あたたたた…、筋肉痛かこれは?」
昨日のエルフとのドタバタとその後のイザベルちゃんのプライベートに付き合ったことによる疲労のようなものがまだ残っている。
いよいよ今日が黒騎士との対局の日だ。昨日のエルフのこともあるし油断しないで行こう。ただ何となく昨日のような待ち伏せのような事があるとは思えない。
エルフの口ぶりから普通に対局しても黒騎士が勝つと言っていたから。
時間は13時に黒騎士邸か…。一応布肌着を着て棍棒を持って行くことにしよう。
今日は俺一人で行くと決めている。ティーナちゃんかイザベルちゃんが一緒に来てくれると言ってくれても断るつもりだ。昨日の事もあるし、何も起こらないとはやっぱり言い切れない。何かあっても俺だけで済むと思えば俺も気楽に行ける。
ただ問題はどうやって行くかだ。近いのか遠いのかもわからないし。
徒歩2時間までなら大丈夫。
「赤星様、起きていらっしゃいますか?」
ティーナちゃんが起こしに来てくれたみたいだ。毎朝体調はどうかと聞いてくれる。いい奥さんになるだろうなと感心してしまう。
部屋に入ってもらって囲碁とは関係のない雑談をした。その時の様子から昨日の出来事の事は知らないみたい。イザベルちゃん黙っててくれたんだな。
「今日は黒騎士戦か、シュッと行ってシュッと帰ってくるかな。今日勝てば中ボスはクリアだ。そうなれば後は碁ッドだけだ」
俺は三番勝負の場合二戦目に負けることが多い二戦目は鬼門だ。いつも以上に気合を入れて臨むことにする。
ティーナちゃんはそんな俺の様子に違和感を感じたのか、今日はいつもよりも凛々しいお顔をしていると言ってくれたけど、普段の俺はどんな顔なんだ?
「赤星様、日が昇り始めたころに手紙が届きまして、その内容を申し上げますと、今日の対局はあちら方から迎えを出すとの事です」
「え? 向こうの方から?」
その手紙をティーナちゃんから受け取ってみてみると確かにそう書いてあった。すごい線の細い綺麗な字で書かれている。バランスも良くてお手本のようだ。書いた人の性格がわかる気がする。
「赤星様どういたしますか? それでよろしければ返事を出したいと思うですが」
「ああそうか…」
なぜ向こうから迎えに来ると言ってきたのかはわからないが、それはそれで好都合じゃないか。ティーナちゃんとかイザベルちゃんとか他の人を危険な目に会わせないために一人で行く予定だったんだから。地図を見て探す手間も省けるし一石二鳥じゃないか。
「迎えに来るっていうのは誰が来るのかなあ? 黒騎士の召使とかかな?」
「それはわかりませんが、対局者本人ではないと思います。噂では黒騎士の住まいである邸宅にはコボルトの召使がいて主に案内役を務めるそうです」
「コボルトの召使か…」
コボルトと言えばゴブリンと似てるモンスターだよな、ここに来ていきなりゴブリンに襲われてるからかなり不安。
迎えに来ると言っても移動手段は何だろう。馬車か? 歩きか? 魔法か?
「赤星様、黒騎士邸までは私かイザベルが同行しますが? お一人では何かと大変ではないかと」
「確かにそうかも…、でも大丈夫だよ? 碁の対局しに行くだけだから、迎えに来るってことは帰りも送ってくれるってことだろうし、俺一人で行ってくるよ。この前みたいに食べ物とか用意してくれると嬉しいな」
本当は付いてきてもらいたい。けど今回は事情が違う。何かあった時に守ってあげる自信がない。
勇者に一緒に来てもらうのが確実だけど荷物を背負って出かけるのが窓から見えた。やはり仲間との約束で島の探索に向かうらしい。一縷の望みはなくなった。
しかし普通に対局して帰れるかもしれないし、気楽に構えておこう。
「そうですか…、わかりました。お食事の方はご用意しておきます」
事情を知ってるのは勇者を除けば俺とイザベルちゃんだけか。ティーナちゃんは安全な城にいて帰りを待っていてもらいたい。この判断は間違ってないだろう。
手紙には丁度いい頃に迎えに来ると書いてある。それまでは待機か。
「ティーナちゃん、迎えに来たら教えてほしい。それまでここにいるから」
承知しましたと、いつも通りの笑顔で応えてくれる。精神集中するために朝食は部屋まで持ってきてもらった。最後の晩餐ならぬ最後の朝食にならないことを念じながら食べた。
朝食の後しばらくたってからあんなに晴れていたの急に天気が悪くなって来た。窓が揺れるほど風が強く吹いて雨が降り出した。
「参ったなこりゃ、結構本降りだ」
室内でやることだから雨天決行だとは思うけど迎えに来る帆も大変だと思う。迎えに来るのはコボルトっぽいけど、事情を知らない普通の人間だったら気の毒だな。ぬかるみとかで馬車も動けなくなったりするのかも。
向こうの気が変わってやっぱりそっちの方から来てくれなんて言ってくるかもしれない。そうなったら困るな、この雨の中一人で行くのは。
実は雨の日の勝率もよくなかったりする。
棋士仲間から、俺の名前が雨と雲で無効化されるから、とか冗談交じりで言われたことがある。
改めて思い出すと縁起でもないこと言われてるな。何も考えないようにしてベッドに横になることにした。
眠らないようにしてたつもりだったけどつい眠ってしまったようだ……。
――――――……………………
「……赤星太陽、起きるのだ、迎えに来たぞ」
風で窓が開いてしまったのかはわからないが風が吹き込んできた。甘い香りで起きたのか、起こす声で起きたのか、それとも吹き込む風なのかはわからなかった。今起きてはいるけどまだ目はつむったままだ。
「赤星太陽、いつま寝ているのだ? もう行かないといけない時間だぞ?」
異変に気が付いて俺はすぐにベッドから飛び降りた。ティーナちゃんかイザベルちゃんだったら赤星様、たいよう様と呼ぶ。しかしこいつ露骨に呼び捨てだ。一体誰だ⁉
いや、この声と甘い香りには覚えがある。昨日のエルフだ!
咄嗟に棍棒を構えた。
「何であんたがここにいるんだ⁉ どっから入った⁉」
部屋の入り口からじゃない、それなら誰かの目に入るはずだ。
俺が慌てふためいているのとは対照的に至ってクールな立ち居振る舞いだ。
それは俺が一人だからか? 昨日はイザベルちゃんが来て助けてくれたけど、今はいないからか? 俺一人ならどうにでもなると言いたいんだろう?
「そんなに身構えないでもよいではないか、妾はそなたを迎えに来ただけなのだからな。手紙にも書いてはずだが?」
「ああ、確かにな、………………まさかあの手紙はあんたが書いたのか?」
問いかけに反応はなかったが、こいつは俺が敵意を表しているのが理解できないと言いたそうだ。なるほど、あの繊細な字は女性の字だとは思ってたけどまさかこいつとは。しかも迎えに来るのもこいつなんて。
「妾は手紙に書いてある通りの行動をとっているだけ、何もそなたに不都合なことなどないはず。手に持ってる棍棒を置いたらどうだ?」
腰に剣を装備してる奴に言われるとは。こっちは一般庶民だ。昨日の事もある、棍棒とはいえ丸腰よりかはマシだ。武器を持つとそこそこやれそうな気になってくるから不思議だ。
「そなたは女に暴力を振るうのか?」
尋問するような、明らかに上からの言い回しだった。俺を試そうと言うのか?
「く…それは…」
やはりこいつは卑怯だ。昨日の色仕掛けといい、男の弱点を突いてくる。こいつは男をよく知っている。ああそうさ、女性に暴力なんか降る事なんて出来るはずがない、例えあんたでも。
「男らしいことをいうではないか。そなたが人間なのが残念……、ふふふ、まあよい。心配せずとも本当に妾はそなたを迎えに来ただけなのだ。昨日のようなことはもうせぬ。勝負が終われば無事に送り届けることも保証しよう」
友好的な姿勢が不安になってくるけど嘘とも思えないし、何か企んでるとも思えない。昨日も言ってたけど黒騎士の勝利を信じて疑わない感じだった。
今もこいつからは早く黒騎士と対戦させたいというような、いつまでも応じない俺にじれったさを覚えてる感じだ。
「わかった、行くよ、だけど少しだけ待ってくれ、こっちもいろいろと準備があるんだ」
こっちも敵意はないという意思表示のために棍棒を床に置いた。
「残念だがそれは無理な話だ、もう時間がない。先を急がせてもらいたいのだ」
そう言うと指先を俺に向けてきた。
「相変わらず勝手だな、指定時刻は13時だろ? まだ早、い…、なんだ? 急に眠く、なって来たぞ…」
「すまぬな赤星太陽、手荒な事はせぬのだから容赦してくれ。少しの間眠りの魔法をかけさせてもらうぞ?」
眠りに落ちる前にこの言葉を聞いた。
対局開始2時間前の事だった。
――――――――――
「ごめんください、ワタクシは黒騎士ブラクスの使いの者ですが、赤星太陽様をお迎えに上がりました」
「わあ! コボルトさんのお迎えですか? 雨の中ありがとうございます。イザベル、コボルトさんを始めてみました! 握手してもらってもいいでしょうか? 」
「まあ、別にかまいませんが………」
「そうそう、コボルトさんに会うと幸運が訪れるんですよね? ゴブリンと間違えてひどい目に会う人もいるみたいですけど。あなたは本物ですね。今日コボルトさんに会えたイザベルは幸せ者です! あ、ごめんなさい! すぐにたいよう様をお呼びしますね」
コボルトは邪気のある人間に仕えることはないというのを学校で習った気がする。なら黒騎士という人は悪い人じゃないんじゃないかしら。ティーナ様には昨日の事を秘密にしておいてくれと言われたけど、大丈夫なんじゃないかしらね?
たいよう様にも説明すれば安心してくれるかも。
「たいよう様、いらっしゃいますか? 入りますよ?」
あれ、いない…? たいよう様? おトイレですか?
しばらくしてもたいよう様は戻ってこない。一体どこにいるんだろ?
コボルトさんをこれ以上待たせられないし、ティーナ様には相談できないし。
ああん、もう! たいよう様早く戻ってきて!
ちょっと待って、この部屋の甘い残り香、覚えがある。え? まさかこれって昨日のエルフの⁉
続
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