第16話 初期装備は頼りない
鳥の鳴き声がする窓の外はまだ少し暗いのだけれど。しかし日付はもう変わっているんだ。早くも今日が来て、とうとう明日になってしまった、対黒騎士戦。早急に対策を練らなければならない。と言っても相手の棋風とか対戦成績とかそういう事じゃない。そういう事だったらどんなにいいか。
少し早めに目が覚めてしまった。空の様子からいい天気になりそうだけど、日が差すのはもう少し経ってからだと思う。
俺のために用意してくれた部屋の照明は天井からぶら下がってる蝋燭だけど就寝と起床に合わせて自動で突いたり消えたりする呪文がかけられているらしい。
「なんか目が冴えてるからドワーフの鍛冶職人達が作ってくれた碁盤で勉強でもするか」
碁はゲームだけど戦国時代のドラマなんかでは戦略を練るためによく碁石が登場する。敵の兵力と自国の兵力を石の量で表すやり方で。
明日対局場に山道を行くとして、俺は一人だから白石一つを地図上に置く。その先に相手の待ち伏せがあった場合、石の数は5から10といったところか。俺は勇者じゃないから当然勝ち目などない。ぼこぼこだ。
あてにしていた勇者は仲間との約束があると言うし、明日はこうはならない事を願う。勇者の言う通り心配しすぎな気もするが、異世界での対局だ、用心するに越したことはない。
「よし、俺も武装しよう。自分の身は自分で守らなきゃいけないんだ」
とても碁の対局をしに来てるとは思えない事を言っているがしょうがない。
空はだんだんと明るさを増している。空気の入れ替えをするために窓を開けたら防寒着が欲しくなる冷気が流れ込んできた。向こうの世界も同じくらい冷え込んでいるから時差的なものは変わらない気がする。
碁盤に昨日の対局を再現してみる。スノーゴーレムさんは思ってた以上に強かった。明日の黒騎士戦はどうだろう。ロープレで黒騎士が出たら苦戦は覚悟したもんだけど。
どんな棋風だろう? どんな顔だろう? どんな声だろう? どれだけ強いのだろう? 向こうの世界での対局でも初手合いの相手には同じようなことを考える。それが楽しみでもあった。
中ボスに選ばれるくらいだからやはり強いとみて間違いないだろう。普通に対局できればいいが。黒騎士の評判はよくないようだし。気を付けるのは盤上とよりも盤外のような気がする。対局まで持ち込めれば問題なさそうだ。
「赤星様、起きてらっしゃいますか?」
石音が廊下まで響いていたみたいだ。この声はティーナちゃんだ。それにしても何時から働いてるんだろうか。
俺の方からドアを開けると少しびっくりしていた。いつもは俺が返事をしてティーナちゃんがドアを開けるから。
朝日がティーナちゃんに降り注ぐと天使の笑顔になった。反則的な可愛さ。
「赤星様今日はお早いお目覚めですね」
「まあね、白熱した対局の後は結構早く目覚めちゃうんだよね。興奮冷めやらぬというか…」
しまった、興奮とか言ったらスノーゴーレムさんの裸の姿が脳裏に浮かんできた。いかんいかん、ティーナの前で! また鼻血が出てしまう…。
ティーナちゃんが不思議そうな顔をしている。
「そうだ、昨日の対局の事を聞かせてもらえないでしょうか? 私は囲碁の事はわかりせんが、せめて雰囲気だけでも聞けたらよいかと」
「え? 昨日の対局の事?」
まずいぞ…、昨日の対局は脱衣があって…、なんて正直に話したらなんて思われるか…、ある事ない事想像されてしまう。しっかりした子とはいえまだ17歳の女の子にそういう事は言えないよな…、表現を変えていえば…。
「そうだなあ、相手のスノーゴーレムさんというのが美人で艶めかしい女性だったんだ。白い肌がまぶしくてね、俺が打った手がいやらしいとか言われちゃって…」
何言ってんだ俺は? そのままじゃないか。美人で艶めかしいとか白い肌とか手がいやらしいとか、ここだけ聞けば完全に誤解される…。
「…囲碁とは、そのようなことをする競技なのですか…?」
「いや、違うよ⁉ 全然違うよ⁉」
完全に思い違いをされている、囲碁というものを誤解されてしまう。ティーナちゃんは不快そうな顔をしてしまっている。収集をつけるのは困難な状況だ。
「囲碁という競技は大人がする競技だと聞いたことがあります。そうなると碁ッドのところにいるマルリタ様が心配でなりません。マルリタ様は雰囲気に飲まれやすいところがありますから…」
「いやいや大人だけじゃなく子供もやるよ⁉ 確かに競技人口は大人の方が多いけど子供もふえているんだ、100歳のご老人とかもやるし、脳の活性化にもなるし、健全健康でストレス解消になると言われてて体のリフレッシュになる競技なんだよ⁉」
部分的にはさらなる誤解を招く気がするがもう遅いか。
「そうでしたか、それならば安心しました」
断点の多い碁形で対局してる気分だが何とか支えきれたと思う。念のため鼻の下を擦ってみたけど鼻血が出てないことにほっとした。
「そうだティーナちゃん、一つ相談があるんだけど」
今のうちに言っておかないと、ティーナちゃんは侍女としての仕事でまたどこかへ行ってしまうかもしれないから。
「相談ですか? 何でしょうか? 私でよければお聞きいたします」
「実はさ、武器と防具を貸してもらいたいんだけど、だめかな?
予想にない事を言われたのか目をぱちぱちさせてキョトンとしてる。そりゃそうだろうな。急に武器と防具を貸してくれなんて言われたら誰でもそうなるか。
「武器と、防具…ですか…? それは一体何に?」
「それはいろいろ事情があって…」
どこから話せばいいものか、もしかしたらティーナちゃんは俺が勇者に影響受けたと思ってるかもしれない。それはなんかくやしいな。
「ティーナちゃんは相手チームの黒騎士って知ってる?」
まずはティーナちゃんがどこら辺まで知ってるか知っておく必要がありそうだ。黒騎士の事を知らなくて、俺が黒騎士の陰謀から用心するためと言っても困惑してしまうだろう。
「黒騎士ですか? もうしわけありません…、そういう事は存じてなくて…、勇者様ならいろいろと知っていると思うのですが…、私の方からお伝えしておきましょうか?」
「いや、それは大丈夫」
そうかティーナちゃんは黒騎士を知らないのか、確かにそういう事は勇者の分野だよな。だとしたらここで黒騎士がどういう奴かを説明したらティーナちゃんに余計な気を遣わせてしまうんじゃないだろうか。ティーナちゃん優しいから…。
ではどういう風に事情を説明するか、何としても武器と防具を手に入れなくては。
「実はさ、俺も勇者みたいになりたくてさ、何かあった時に守れる奴になりたいんだ。こないだゴブリンに襲われただろ? あの時勇者に助けられたじゃん? あんな風になりたいんだ」
一か八かの理由ではある。なれるわけがないとか思われるかもしれないし、この細腕で剣を振れるわけがないとか思われたら悲しい。
「そういう事でしたか、…でも申し訳ありません、平和な世の中になってからはお城にある武器と防具はほとんど廃棄するようにと国王様のご命令がありまして、勇者様とか冒険者の方とか、ごく一部の方にしか手にすることができなくなってしまいました」
「そうなの?」
そう言えば城内には兵士というのをほとんど見かけない、町でもそうだった。武器がないのが一番平和を感じるからいいと思うけど。
しかし今回に限っては少し困る。何の装備もなく黒騎士のところに出向くのは危険だ。
「ただ、武具の間に一つだけメイスと皮鎧があったような気がするのですが…」
「メイス? 皮鎧? 十分だよ! ぜひ見てみたい」
メイスはハンマーのような殴打系の武器だ。皮鎧はそこそこの防御力があって軽い。俺は基本的にナイフとか包丁とか苦手だからちょうどいいし、鉄鎧だと重いから逆に不利になる。
朝食を済ませた後、早々に武具の間に案内してもらった。武具の間は二階の俺の部屋の反対側にあるらしい。重厚な扉を開けると俺の部屋と似ているが少し薄暗い。武具の間と言っても見た目は普通の部屋だった。イスとテーブルもあるし窓もある。壁には絵も飾ってある。
「ティーナちゃん、メイスと皮鎧はどこ?」
肝心のメイスと皮鎧。ゲームの初期装備よりはよさそうだ。
「あちらの奥の壁にかかっております。少し部屋を明るくしますね」
ティーナちゃんが何かを唱えると俺の部屋と同じくらい明るくなった。普通に掃除とかされていて、ここで生活してくれと言われてもできるだろう。
奥の壁と言っていたけど、あれ? まさかあれか? メイスはあれで皮鎧はあれ…?
「赤星様、どういうわけかあの二つだけは特に廃棄の必要はないと国王様は仰ってました」
「ああ、そうだろうね…」
ティーナちゃん…、壁にかかってるのはメイスじゃなくて棍棒だよ…、そして壁に貼り付けるように保管されているのは皮ではなく布だ。鎖帷子の下に着るような服。そのための鎖帷子のようなものは見当たらなかった。
確かに棍棒はメイスの原点かもしれないどね。
「赤星様、あの二つでしたら特に許可の必要はありませんので自由に使って構いませんよ?」
「あ、ありがとね…」
無邪気に微笑んでくれるからあれが棍棒と布の肌着とは言えない。せっかく時間を取ってここまで案内してくれたんだから一応棍棒と布肌着を受け取った。
棍棒を手に取ってみると結構重い。数回振り回しただけで腕に疲労が来た。ゴブリンと同じ装備というのはどうもな…。
「気に入っていただけましたでしょうか?」
「ある意味気に入ったかな、ありがとうね、遠慮なく使わせてもらおうかな…」
棍棒と布肌着を受け取って部屋に戻って来た。棍棒とはいえ武器は武器だ。威嚇くらいにはなるだろう。問題は防具だ。普通の服を重ね着してるのと変わらない。剣で切られたら致命傷になってもおかしくない。
そうだ、ドワーフの鍛冶職人に相談してみよう。基本はそっちの方が本職なんだから何とかしてくれるかも………。
「町へ行かれるのですか?」
「ああ、ちょっとね、明日に備えての準備をしておこうと思ってね」
どんな準備をするかとか具体的な事は言わないでおく。ティーナちゃんが一緒に来てくれると言ってくれたけど、事情が事情だけにうまく理由をつけて一人で行くことにした。本当は一緒に行きたいけどここはガマンだ。
ティーナちゃんはわかりましたと了承してくれた。お金はこの間のが残ってるからなんとかなる。
天気も良く散歩にはうってつけだった。この前は勇者に酒を飲まされて二日酔いにまでなったけど。今日は脇目も降らずにドワーフの鍛冶職人の所に行こう。
町に着くと活気にあふれていた。お祭り騒ぎというほどではないけど、人の話し声とかを聞くと元気がもらえる感じがする。
「さてと、ドワーフの鍛冶職人の店というか工房はどこだろう…」
町の地図をもらって来ればよかったか。大通りに面しているから飯屋と酒場の場所はわかる。
道行く人からは声をかけられて激励を受けたりした。ついでにドワーフの鍛冶職人の店を聞いたらどうやら裏通りにあるらしい。
情報を頼りに裏通りを歩いていくとだんだんと店も会う人も少なくなって来たのが不安になってくる。元の世界ではこういう道は絶対通らないようにしているから。今はまだ明るいからいいけど夜は絶対無理だ。悪漢に遭遇しそうな雰囲気だ。
「ちょっとすみませんが…、もしや赤星太陽さんでは?」
「え?」
後ろから声をかけられた。おかしいな、ここは一方通行で脇道もない壁沿いなのに何で後ろから? 後ろを振り返ると褐色の美人が壁に寄りかかり腕を組んで立っていた。セーラー服のようなひらひらした服にマントをつけている。
俺よりほんの少し年上の感じだな。それよりも雰囲気が人間ぽくないのが気になる。他に人の姿はないから俺を読んだのはこの人だろう。
「えっと、俺の事を呼びましたか?」
問いかけには応えずにじっと俺の方を見ている。なんだ一体、やっぱ人違いだったとか? いや、俺の名前を呼んでたしな。よくわからんが気にせず先を急ごう。
歩いていると後ろからついてくるのが足音でわかる。
何々? まさかこんな昼間に女の悪漢?
また少し歩くと足音は聞こえなくなった。振り返ると姿は見えない、まいたか?
「時間は取らせぬ」
「うわあああ⁉」
今度は急に目の前に現れた。ホラーのパターンだぞ。心臓に手を当てるとバクバクしている。
「な、なんなんですかあなたは⁉ びっくりするじゃないですか、俺に何か用ですか⁉」
「すまぬな、別に驚かしたかったわけではないのだ」
「……ならいいですけどね……、それで何か用ですか?」
俺が言うのは変かもしれないがこの人はこの町の住人じゃない気がする。独特な服装だし、身のこなしというか立ち居振る舞いのようなのが洗練されている感じだ。
そしてすごい若くて美人なのに、なぜかこの人からは悠久の時間の流れを感じる。
「単刀直入に申す、妾の名はアカシア。明日そなたと戦う黒騎士、ブラクスの手の者だ」
「な、なんだって⁉ 黒騎士の⁉」
まさか危惧していたことが⁉ 対局は明日なのに、不意打ちにもほどがある!
しかし相手は一人でしかも女性だ。いくら俺でもこんなスラリとした女性に腕力で劣るだろうか? しかしよく見ると、この人細身の剣を腰につけてる⁉
こっちは素手だ。棍棒は置いてきてるし。なら逃げるしかない!
引き返して人通りの多いところまで行けば…。
「なぜ逃げるのだ? 妾はそなたに危害を加えるつもりはないぞ?」
「うわあ!」
こ、この人は一瞬で俺の前に回り込む。一体どういう身のこなしをしてるんだ。どうやら逃げるのは不可能のようだ…………。しかし危害を加える事もないと言っているし。その言葉を信じるしかない…………。
「はあ、はあ…、き、危害を加えるつもりがないならあんた、一体どういうつもりで俺に近づいてきたんだ⁉ あんた黒騎士に何か言われて来たんだろ?」
この得体のしれない女性の目的は何か知らないが、味方じゃないのは確かだ。
「そうか、これはすまぬな。そなたが警戒するのは無理もない話、今日はそなたに頼み事があって来たのだ。ただし黒騎士に言われたことではなく、妾の考えでの頼みなのだ。それは明日の対局、そなたには不戦敗としていただきたい」
「ふ、不戦敗にしろだって⁉」
何言ってんだこの人は…? そんなことするわけないじゃないか。不戦敗にする理由なんかないんだから。…わかったぞ、確実に黒騎士を勝たせるために交渉をするつもりか。
「あんたにとって黒騎士がどういう存在なのかは知らないが俺は不戦敗にするつもりはない。こう見えても俺は碁のプロだ。理由もないのに不戦敗なんかするはずないだろ⁉ 帰ってくれ」
この人の目は濁りのない奇麗な目をしてるのに言ってることは卑劣だ。断固拒否だ。わざと負けやるなんてプロのする事じゃない!
「…そうか、しかし妾もタダで頼むつもりは毛頭ないのだぞ?」
「…⁉」
アカシアは俺の体、特に男の部分に意識的に体を密着させている⁉ 男の弱点を突こうとしているのか、黒騎士の仲間だけあって考えることがえげつない…………。
「どうだ? 少し迷いが生じたのではないか? そなたの体がそう言ってるのではないか? こういう事は嫌いではないはずであろう? エルフの体の心地よさは人間の女の比ではないぞ? 試してみたくはないか?」
「く,うく…」
甘い声、甘い吐息、甘い言葉、甘い誘惑、俺をハニートラップにかけようとしている⁉
「……離れろ! 痴女!」
はあ、はあ……、その手には乗らない、どうせこいつは美人局だ。もし誘いに乗ろうものならどこかでこいつの仲間が待ってるに決まってるんだ。先を読むことならそういう職業の俺の方が何枚も上手だ。
「そうか…、残念だ、そなたにとって悪い話ではないと思ったのだがな…、それなら仕方ないな。そなたにはここで死んでもらうとしよう」
「何⁉ うわ⁉」
腰の剣を抜いた。鞘と剣身が鳴らす、氷のような音が剣の鋭さを感じさせる。剣を抜くその動きは水が流れるようで華麗な動きだった。それだけで剣術の腕が高いことがうかがえる。絶体絶命だ。勇者め、やっぱりこういう事が起きたじゃないか!
「そなたに直接うらみはないが、私情により死んでいただく。覚悟するのだ」
アカシアの動きは風のように速い。もしかしたら苦しまずに死ねるかも……、とか思った時だった。
「たいよう様あぶない! エクレアサンダー!」
声と共に頭上から雷のような音が聞こえた。
「な、に⁉ きゃあああああああ⁉」
間一髪、電光石火の瞬間だった。剣が俺の心臓を貫く寸前で剣に雷が落ちるのが見えた。金属でできている剣に雷が落ちたことで感電したらしく、アカシアはその場に崩れるように倒れた。
「たいよう様、大丈夫ですか⁉ 何でたいよう様がエルフに襲われてるんですか⁉」
「イ、イザベルちゃんか…? イザベルちゃんこそどうしてここに? しかも今日は私服?」
建物の上から雷のような呪文でエルフを攻撃して助けてくれたみたいだ。
そのまま建物から飛び降りて俺の前に着地した。この子空飛ぶ呪文使えるからね。
しかも攻撃呪文まで使えるなんて
「イザベル今日は特別休暇なんです。昨日ティーナ様が言ってたじゃないですか、聞いてなかったんですか? だから今日はぼっちで町に遊びに来たんですよ。そしたら偶然たいよう様を見かけたんです。面白そうだから後をつけてたんですよ。建物の上からですけどね。そしたらたいよう様がエルフに襲われてるからびっくりしましたよ」
「これはいろいろ事情があってね…」
できればイザベルちゃんにも心配はかけたくない。けどこの状況を見られた以上ごまかせないかもな。
「くっ…、とんだ邪魔が入ったようだな…」
電撃を受けたアカシアが剣をかまえながらふらふらと立ち上がった。
「どうしようイザベルちゃん、また立ち上がったぞ…」
アカシアは立ち上がったけど立ってるのがやっとという感じだ。今なら逃げられそうな気がする。
「たいよう様、イザベルのエクレアサンダーは一時的にしびれさせるだけでダメージを与える呪文じゃないんです。だから、あと数秒で完全復活してしまいます。
「あと数秒で完全復活⁉」
それはまずいぞ⁉ ダメージ0なら何回食らわせても倒せないって事だろ⁉ ならもう一度呪文でしびれさせてその間に逃げれるしかない。
それでいけるだろうか? さっきはアカシアの視界の外からの攻撃だったから当たったけど。もうネタバレしてしまっている。同じ手を食うような奴には見えない。身のこなしでよけられてしまうかも。
「大丈夫ですよたいよう様、イザベルのエクレアサンダーは標的を自動追尾して必ず当たりますから。ほめてください!」
Sっ気たっぷりの小悪魔微笑で安心させてくれようとしている。俺の心配してる事をわかってるみたいだ。手の平に呪文をバチバチさせて光の糸が何本も揺れている。
この子が味方でよかった。
「ふん…、どうやらここまでのようだな、まあよい、今の電撃で目が覚めたような気がするしな。戦争において暗殺は常套手段だが、今は平和な時代、無粋なまねをした。許せ」
「あんた何かずるくないか? 勝ち目がないと分かったとたんに命令形で謝るなんて、目が覚めたってどういうことだよ」
剣を収めて服の汚れを払ってすでに冷静さを取り戻している。さっきまでの殺意はもう感じられなくなっている。この人は一体何がしたいんだ? 普通にしてれば誰もが振り返るだろう美人なのに、その内側にはいかがわしい部分もある。
「明日の対局、どっちにしろそなたに勝ち目はない。ブラクスの強さに恐れおののくだろう。そなたのプライドが傷つかないようにと、妾は平和的に交渉したかったのだがな、まあよい。では明日、黒騎士邸で待っておるぞ?」
マントを翻して壁から壁に移動してあっという間に姿が見えなくなった。嵐は去っていったみたいだ。さっきの言葉が気になる。俺に勝ち目がないなんて、黒騎士はそんなに強いのか? そんなに自信があるならこんな卑怯な事しなくてもいいんじゃないか?
「たいよう様、一体何があったんですか? エルフと知り合いじゃないですよね?
「ああ…、実はさ…」
さっきあった事を一部始終話した。イザベルちゃんは明日の対局にエルフが関わっていることに驚いていた。最初イザベルちゃんは俺が遊女とのトラブルだと思っていたらしい。
勇者から黒騎士の評判を聞いて、俺が今日ドワーフの鍛冶職人の所に行こうとした理由も話した。
明日の対局に今のエルフが関係しているのはかなり怪しいから注意した方がいいとイザベルちゃんは忠告してくれた。
俺はイザベルちゃんに今あった事とか、明日の対局に不穏な気配があることとかをティーナちゃんには言わないでくれと頼み込んだ。
イザベルちゃんは特に理由を聞かずに、「わかりました、誰にも言いませんよ」と言ってくれた。
口止め料としてこの後の時間にいろいろと付き合わされたのはしっかりしてるなと思った。
続
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