第9話 PM12:00
「はあ、はあ…、碁ッド様、碁ッド様! いらっしゃいますか⁉」
その日の正午ごろ、魔王の間にけたたましく入ってきたのはマルリタだった。汗をかき、息を切らしてる様子から一刻も早く何かを言いたそうだった。
いつも通りの訪問者に碁ッドは特に意に介した様子はなく黙々と棋譜ならべをしている。
「はあ、はあ…、わ、わたくし見て来ました! ちがう世界から召喚されたという碁ッド様のライバルとなる人!」
バサバサとマントを脱ぎ棄て呼吸を整えた。一国の姫として礼儀やマナーの教育を施されてきたのだが、ここに来てからは素の状態が出っぱなしだった。
「自分の町なのにコソコソとするのは変な気分だったけど仕方ないわよね。一応家出中の身だから。それにしても頭に来ちゃう! わたくしがいないのにあんなに賑やかで楽しそうなことしちゃってさ! 今度ティーナに会ったら抗議してやるわ!」
ぶつぶつと文句を言っているがそれに対し振り返りもしない碁ッドはかまわずに棋譜ならべを続けている。マルリタもまたいろいろと文句を言い散らした。
今朝のドタバタした会議の後、ありいは自分に出来ることは何かと考えてみた。その結果として偵察を思いついた。自分の生まれ故郷に堂々と戻れないことに葛藤はあったけれど。
「さっきウロの町で見たその人。名前は…、そうそうアカボシタイヨウって名前だった。調べるの結構大変だったんですよ? 人に聞くと顔を見られてわたくしだとバレちゃうから聞き耳立てたりして」
名前を聞いた瞬間、碁ッドの手が一瞬ピタリと止まったがまたすぐに棋譜ならべを続けた。
「老魔導士ちゃんの水晶で見るよりも実物はもっとフツーっぽかったかなあ…、碁ッド様と対照的というか…碁ッド様は神秘的だし」
両腕を組み、うんうんとさっき見た場面を思い出す。
「その人と一瞬だけ目が合っちゃったの! お互い知り合いってわけじゃないから別にいいとは思ったんだけと、何となく逃げちゃった。ティーナにも見つかっちゃうかもしれなかったから正解よね。偵察のつもりで行ったんだけど、分かったことと言えば、名前くらい? あはは……」
見てきたことを一つ一つ思い出しながらも特に目立った情報を得ることが出来ず次の言葉が出なかった。
「碁ッド様! 決まりましてございます! これをご覧くだされ!」
老魔導士も慌てたように入って来た。興奮した様子の老魔導士の手には一枚の紙が握られていた。
「何よ老魔導士ちゃん、騒々しいわねえ、もう少し静かに入ってきたら?」
「なんじゃ、マリータ殿も来ておったのか、それなら丁度いい、一緒に見るがよい」
老魔導士は手に持っていた髪を広げてテーブルの上に置いた。老魔導士はふふふと不敵な笑みを浮かべてしたり顔になっている。
「全く…、揃いも揃って騒々しいな…」
棋譜ならべに集中していた碁ッドはようやく振り向き今度は何だと言いたげに立ち上がった。
「碁ッド様、この老魔導士めはいてもたってもいられなく、ずぐさま中ボスを決めましてございます。まずはこれをご覧くだされ」
碁ッドの反応が気になる老魔導士は紙を反転させて碁ッドの前に差し出した。碁ッドは紙を手に取りとりあえず内容を確認すると冷徹なポーカーフェイスはのままだった。
「この老魔導士、長考は性に合いませんでな、しかし精度には自信を持っておりまする!」
自身が書き記した選抜モンスターを改めて見回し、絶対の自信を持って言い放った。
「ふうん…、どれどれ、わたくしにも見せてくださいな」
紙には候補となる選抜者と対局場所までが書き連ねてあった。選考の結果選ばれた者の名前には○で囲んであった。
「スノーゴーレム…、黒騎士…、へー、よくわからないんだけどこの子たち強いんだ?」
箱入り娘育ちのマリータには名前を聞いてもピンとこなかった。この言葉を聞いて老魔導士は嘆いた。スノーゴーレムと黒騎士は旧魔王軍の中でも上位の存在。それをこの子呼ばわりするとは。
「いかがですかな碁ッド様?」
「………よくわからん、任せるといったはずだ。好きにすればいい」
そういうと碁ッドはその場を離れ碁の勉強を再開した。貴重な時間を無駄にしたと言いたそうな気持が背中からにじみ出ていた。そういえばいつの間にかここに来た当時の服を着ている。それは囲碁に関する何かをしていると気であった。
老魔導士はふとそんなことに気が付いたが、些末なことだと特に問いはしなかった。
マルリタも気が付いてはいたが何も言わなかった。
「左様でございますか……、ならば対局の日時など、マルリタ殿と決めて相手方にその旨を伝えおきまする。なので碁ッド様は存分に碁も勉学に励んでくだされ」
「そうです! 碁ッド様は何も気になさらず囲碁に集中してくださいね」
「任せておけ、だが期待はするな」
碁ッドの本心がいまいちわからない二人であった。
「この子達が中ボスで決まりなのね? この紙預かってもいいかしら? さっそくパパたちに手紙を書くから」
老魔導士の返答を待つことなくそそくさと紙を胸の中にしまい込んだ。
これは遊びではないのだぞと言う前に部屋を出て行ってしまった。まるでパーティーへの招待状でも書きに行くかのような浮ついた振る舞いにため息をついた。
「老魔導士よ、一つ聞きたいことがある」
この部屋にマルリタの気配がないのを感じ取ると碁ッドは立ち上がった。
「はい…、珍しいですな、碁ッド様の方から質問なさるなど」
「マルリタはなぜよそ者のオレのところに来たと思う? オレとあいつは何の関係もないはず。あいつはホーエン国の王子と結婚して普通に生活するのではないのか? いままでのウロ国の王女達もそうして来たのであろう?」
「はあ…、確かに、歴代の王女達はホーエン国との同盟を維持するために、生まれてくる姫はみなホーエン国の王子かその縁戚と結婚しておりまするが…」
あまり関係のない話のように思えて老魔導士は困惑した。
「まあ…、あれぐらいの年の女子というのは衝動的な行動を取るようになりますからなあ……。しかしそれはあくまでハーフモンスターであるこの老魔導士めの考えですので。そういうことには同じ純粋な人間である碁ッド様の方がよくわかるのではございませぬか?」
「フ……、なるほどな、そうかもしれん。すまん、下らんことを聞いた。まあその事についてはいい、お前が選んだ奴らに伝えておいてくれ。異世界から来た奴は運のいいだけの人間、遠慮なく戦えとな」
「はあ…、運のいいだけの人間でございますか…、それはこの老魔導士めはどういうことかわかりかねますが…、まあ一応伝えておきまする……。ですが碁ッド様、今のお言葉はまるでこの若者を知っているような…」
「こっちのことだ、気にするな」
「……なるほど、そういう事でございまするか…、碁ッド様もお若いですな。この老魔導士めにもそのような頃があったものですが、まあよいですかな、この老いぼれの昔話などは。それでは碁ッド様、これで失礼いたしまする」
石床をカツンカツンと錫杖でたたきながら老魔導士は部屋を後にした。やはりあの二人が去った後には時間が止まったような静寂がこの部屋を包み込んだ。
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます