第8話 壮行会

 とうとう全冠達成したぞ。問題はここからだ。この先に何がある? 碁に結論はない、盤面には無限の世界が広がっている。

 これからは防衛戦が始まる。守る戦いだけど内容は攻めていきたい。

 みんなもこれから俺の首を奪取しに死に物狂いで向かってくるだろう。全力で迎え撃つ準備はできてる。

 そうだ、全部のタイトルを全部防衛出来たらそれもまた記録になるな。そしてその次も防衛したらさらに快挙だ。

 だんだんテンションが上がってきた。ここまでこれたのはまぐれだ。そう思っている人もたくさんいるだろう。


「……赤星君今どこにいるの? わたしも赤星君のいるところに行きたい……」


 手が差し出されているのが見える。


 いまのは輪音さんの声か…………? どこから聞こえた来たんだ? 


「うーん……、ここは夢の中か? いろいろあってごちゃついてるような…」


 目を閉じたまま昨日の余韻に浸る俺、それにしてもいろんな映像が都飛び込んでくる。今日は研究会があるんだっけ、何時からだったかなあ……、あれ? 何だこのベッドは? やたらでかい。しかも天井が高い、壁にたくさん絵が飾ってある。

 俺の部屋じゃない……、それだけはわかる。夢……、じゃないこともわかる。体の感覚があるし瞬きもできる。


「赤星様、お目覚めですね…? なぜ私の手を…?」

「え? ご、ごめん⁉」

 こ、この子知ってる、ティーナちゃんだ。……そうだ思い出した。夢のようだけど夢じゃないんだ。俺はいろいろあって子の異世界に来たんだっけ。何しに? そうだ、碁ッドだ。そいつと勝負……、ウロ国のお姫様を連れ戻すためだった。そのためにここにきて王様とあってこの部屋を与えられていつのまにか寝てしまったんだ。

 カチャンカチャンと記憶と記憶が嵌め込まれていった。もう全部整理できた。


「ご気分はいかがですか? 申し訳ありません勝手に入ってきてしまって」


 胸のあたりに手を当てて見守るような表情で俺の顔を見ている。


「ごめん、俺いつの間にか寝ちゃってた。このベッド気持ちよくてさあ。こんなの向こうの世界じゃ売ってないよ。おかげでバッチリ眠れた」


「そうですか、安心しました。かなり熟睡されていたので、起こすのも申し訳ないと思いまして……、何か楽しい夢でも見ていたのですか?」


「え、夢? ま、まあね…」

 夢よりもにこりと微笑んでくれたその笑顔がなによりの癒しになった。起きたときこの笑顔に会えるなら一生この世界で暮らしてもいい。

 熟睡してたって言ってたけど、どれくらいだ? 


「ちなみにだけど俺どれくらい寝てた?」


「だいたい12時間くらいかと……」


「12時間⁉ 半日⁉」


 まさかそんな寝ていたとは……。確かにこの世界に来て非日常的な経験の連続で想像以上に疲れてたんだろう。転生呪文でこの世界に来たりゴブリンと碁の対局をしたり勇者が現れたりと。

 

「今何時? 外は明るいけど」


「今午前八時ちょうどです」


 午前八時かということは昨日の夜八時からずっと寝てたってことか。どんなに寝ても八時間くらいが最高なのに四時間も記録更新してしまった。その時ぐうと腹が鳴った。猛烈に腹がすいている。そりゃそうだろう。


「朝食のご用意が出来ておりますがいかがいたしますか? こちらにお持ちしますか?」


「いいの? じゃ頼むよ」


 腹が鳴ったのが聞こえちゃったのも、なんか恥ずかしい。ティーナちゃんは部屋を出て行った。

 それにしても十二時間寝て次の日の朝八時か、元の世界では今日俺は研究会がある。棋士仲間達は対局とか指導碁とかイベントに出たりだとかあるけど。

 ここはどうやら二回の部屋らしい。窓を開けてみると清々しい風が入ってきた。リゾート地に観光に来てる気分になってるけど、結局仕事で来てるんだよな。

 ひょんなことから碁ッドと勝負することになってお姫様を連れ戻すという。

まさか棋士になってそんな仕事をすることになるとは。


「あれ? あれは……」 


 部屋の隅に碁盤と碁石のようなものがあるのを見つけた。この部屋に入った時には気が付かなかった。この世界に碁が普及しているんだからあっても不思議じゃない。

 勝手にさわるのはどうかと思ったがその見事さに衝動を抑えられなかった。


「この碁盤すご!」

 

 思わず声が出てしまった。おそらく他の棋士が見ても同じ反応すると思う。碁盤からオーラが出ている気がする。この木は本榧か? いや、そうじゃない。負けず劣らずだがもっと神々しさを感じる。艶っ艶の表面は触れたら波紋でも立ちそうだ。そしてこの碁笥は島桑……、とも違う。

 そしてこの碁石は黒は那智黒でもないし、白は蛤でもない。

 ひとつひとつが宝石みたいだ。よし、ちょっと打ってみるか。

 盤の前で正座して対局同様の姿勢で打ってみた。

 黒石を持ち、16の四の星に打った。


「なんていい響きの音なんだ……」


 高級な碁盤ほど澄んだ音がする。今まで打ってきた中で一番澄んだ音だ。

 白石も同様に澄んだ音がする。この碁盤セット値段にしたら一体いくらするんだろう? 100…200…、もっとか? 城の中にあるのはどれもすごいということか

 しばらく見入っている内にちゃんが朝食を持ってきてくれた。

 トーストとトマトベースのスープとベーコンエッグとサラダ。シンプルながらボリュームは十分だった。


「ティーナちゃん、あの碁盤なんだけど、なんかすごい碁盤と碁石だよね? 王様の碁盤?」


 口の中の食べ物を全部飲み込んで聞いてみた。もし王様の所持品だとしたらまずい。碁盤の上の碁石を片してない。勝手に使ったのがバレバレだ。


「あの碁盤と碁石は赤星様のためです」


「え? 俺のために?」


 俺のためにって俺が来たのは昨日だよ?だいたい半日くらい前でしょ? すごいサプライズ。


「町のドワーフの鍛冶職人は基本的には腕のいい武具鍛冶職人ですが、あらゆる工芸品においても最高の物を作り上げます。今回は碁盤と碁石を作っていただきました」


「ドワーフってあのドワーフ? 斧持って戦うイメージあるけど。でも俺がこの世界に来てまだ半日程度なのに? その間に作ったの?」


「はい、ドワーフの技術は人を凌駕します。半日あれば十分かと。碁盤と碁石は赤星様がね寝ている間に運んでいただきました」


「俺が寝ている間に?」


 なるほど、どおりで最初気が付かなかったはずだ。それにしても寝ている間に運んだなんてサンタクロースみたいだ。

 話をしながらも食事の手を止めなかった俺。あっという間に食べ終わった。


「ところで様、今日は町に出ませんか?」


  食後のコーヒーを注いでくれながら思わぬ誘いをしてくれた。


「ま、町に出る⁉ ティーナちゃんと?」


 まさかこれはデートのお誘い⁉ 仕事じゃなくて? 元の世界でこんな風に誘ってもらったことがあっただろうか。町に出るってことは食事と買い物と映画だ。こういうゲームはたくさんやってきた。シミュレーションは完璧。

 

「出る出る! 出るよ⁉」


 異世界での初デートなんて感動的だ。 財布にはそこそこ入ってるけどこの世界じゃ通貨として使えない気がする。両替所とかあるのかなあ? デート代は全部俺が払いたいからね。後で聞いてみるか。服はスーツしかないから仕方ない。髪の毛の寝癖を直して最低限のことはやっておこう。しまった、ひげが少し伸びてる。


「失礼いたします」


 部屋に違うメイド服を着た子が入ってきた。その子に鏡の前に座ってくれと促され、言われるがままにすると髪の毛をセットされ、髭まで剃ってくれた。 

 そのあと別の人が着て今度はオシャレな服まで用意してくれた。

 どういうことだ? ここまでしてくれるのか? いやありがたいけどね。

 準備が出来たら城門前に来てくれとちゃんに言われたので来てみたら馬車が止まっていた。

 これで町まで行くというのか? 馬車デート? それも悪くない気がするが…。


「赤星様……申し訳ありません、お待たせしてしまって……」


 後ろからティーナちゃんの声が聞こえた。

 

「別に待ってないよ⁉ 俺も今来たとこ…」


 目の前にいるちゃんは予想外の服装をしていた。さっきまでのスカート姿じゃなくて今は何というか騎手のようなスポーティーな服装だ。まさかティーナちゃんが馬車を運転するのか? 

 女性が車を運転して男性が助手席に乗ってるのは珍しいことじゃないけど…。


「それでは町へ行きましょうか。どうぞ後ろの席にに座ってくださいませ」


 そう言うとちゃんは颯爽と馬にまたがった。相当慣れてる動きだ。これはデートとなのか? 俺はとりあえず席に座った。座ると馬よりも高い位置になって見晴らしがいい。


「様しっかり捕まっていてくださいね。この子はなかなかの荒馬ですから」


「え? 荒馬?」


「行くよ、ラスティモ!」


「……うわ⁉」


 馬が急に前足を宙に浮かせて猛りだした。そして何度か掻くような動作の後猛烈な勢いで走り出した。


「うあああ落ちるうう⁉」


 背もたれに背中を押し付けるようにして手すりのような部分をしっかり握り足で踏ん張るようにして何とか振り落とされないようにする。

 馬車ってこんなに早く走るもんなのか⁉ ティーナちゃんは冷静に手綱で馬をコントロールしている。ちゃんの意外な一面に感心してる余裕はない。このスピードで振り落とされたら骨折だ!


「ちゃんもうちょっとスピード落として!」


「ハッ!」


 ティーナちゃんは遠慮なしにスピードを維持していく。手加減なしだ……。

 あっというまに町が見えてきた。このスピードなら当然か。何とか振り落とされずに済んだ。別に馬車で来る理由はないような気が……。

 

「すみません、少し時間が過ぎてしまったので急ぎました……」


 馬はさっきまでとは打って変わっておとなしくなった。この子は荒馬なんて言ってたけどティーナちゃんのさじ加減一つなんじゃ……。

 まあいいか、これから町で何をするのか楽しみだ。


「このまま町に入ります。町の方々が出迎えてくださるのでどうか笑顔で応えてくださいませ」


「このままってことは馬車に乗ったままで? 出迎え? 笑顔で応える?」


 どういうことだ? 何で町の人が出迎えてくれるんだ? 俺が客人だからか? 馬車を泊める場所は町の中にあるんだろうけど。いろいろと腑に落ちない点はあるがまあいいか


「赤星様そろそろです」


「そろそろ? 何が?」


 馬車に乗ったまま町の大通りに入った時だった。軽快な音楽が響いてきた見ると歩道では楽器を鳴らしている人たちがいる。ストリートミュージシャンという感じでもない。明らかに俺たちに向けている感じだ。

 沿道には人々が集まっていてこっちに手を振っている。


「あの人かい? 囲碁の強い人って? そうは見えないないなあ」

「まだ若いなあ大したもんだ」

「ねえ、あんたのお婿さんにいいんじゃない?」

「やめてよママ、もう!」

「碁ッドに勝てよ」

「意外とフツー」


 いろいろと言葉が聞こえてくる。一体何なんだこれは? 

 そして今度は馬車に一人の幼女が近づいてきた。


「はい、あかぼしたいよさま、がんばってね。ニーニアね、きょうたのしみにしてたの。おもってたよりもわかくてかっこいいね。いごまけないでね?」

 

「あ、ありがとう……」


 なぜか花束をもらった。思ってたよりもって……。

 一体何が起きてるんだ?

 次は童話に出てくるような背の低い立派な髭を蓄えた見た目は屈強なおじいちゃんのような人達がやって来た。


「話をするのは初めてですな」


「こうして見るとただ者ではありませんな」


「我らが作りし棋具はお気に召されたかな?」


 興味深そうにまじまじと俺を見てくるこの人達は一体誰だ?


「様こちらが先ほどお話ししたドワーフの鍛冶職人の方々です」


 馬上からくるりと振り向きそう教えてくれた。


「どうも…」


 初めて見るドワーフ、イメージ通りというか、気難しそうな雰囲気があるけどその奥にある優しさもよくわかる。職人であり芸術家でもある感じ。碁盤と碁笥は仙樹で碁石は聖石を加工したものらしい。なんだかよくわからないけどいろいろ説明してくれた。


「ねえ、ティーナちゃん今日はお祭りか何かなの?」


「今日は町の人達に赤星様をお披露目しようと思いまして。町の人達は赤星様がマルリタ様を連れ帰ってくださると信じています」


「お披露目ってそういう事? デートじゃなかったの?」


 そういうことだったのか、早い話壮行会だ。全てにおいて見事なほど段取り早いかった。ここまで来たら引くに引けない。

 俺はふっきれて町の人々に手を振りまくった。


「……あれ? 今のは…?」


 一瞬知ってる人がいたような気がしたけど…、まさかね…、ここ異世界だし…、フードを被った…、違う、マントかあれは。砂漠のキャラバンのような服装の人…。

 一瞬目が合ってその人はあわててマントの中に顔を隠して建物と建物の間に入ってしまった。


「赤星様、どうかされましたか?」


「べ、別に何でもないけど、ここにいるのは町の人達だけだよね?」


「はい。ですがこの町への往来は特に制限はありませんので、各地から商人の方々等が出入りしております」


 なるほど、さっきのはやっぱり商人の人だったのか? いやいやそういうことじゃない、知り合いに似てる人がいるなんて別に珍しいことじゃないかな。

 気にするほどじゃないかなと思いつつも目が合った瞬間、逃げるような態度が気になった。

                   続

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る