第16話 夢の夢の夢の……?

「……はっちゃん、起きて。起きてください」


 焦ったような声と共に、肩をとんとんと叩かれる。いつの間にやら眠っていたらしい。


「ごめん、なんかめっちゃ寝てた。どれくらい寝てた? 時間ギリ?」

「一時間くらいでしょうか。時間はまだ余裕があります。朝も早かったですし、仕方ないですよ。大丈夫ですか?」


 むくり、と身体を起こすと、手を差し伸べられた。それを取って、よっこいしょ、と立ち上がる。


「何かうなされたり笑ったり叫んだりしてましたけど、一体何の夢を見てたんですか?」


 後ろ、しわになってない? と聞くと、それを直しながら、そう尋ねられた。


「んー? ああ、まぁ懐かしい夢っていうかさ。事件のやつ」


 にや、と笑って、少しずれてしまった気がする綿帽子をちょい、と直す。そして、慶次郎さんの羽織を軽く引っ張った。


「こういうの似合うのはさすがだよね」

「着慣れてるだけです。はっちゃんこそ、よく似合ってます、そ、その……白無垢……」

「頼むから始まる前に泣かないでよね。慶次郎さんが慣れるためにあたしこれ何回着たと思ってんのよ。十二単選ばなくてマジで良かった。壊滅的に似合わなかったし」


 そう、今日はあたしと慶次郎さんの結婚式だ。場所はもちろん、土御門神社である。


 あの『近所の奥さんに呪いをかけられた事件』の後。この曖昧な関係に白黒つけてやろうと意気込んで臨んだあの時。まぁ、結局うだうだとヘタれるものだから、胸ぐらを掴んで半ば恫喝して色々吐かせた感じではあるんだけど、それでも彼は最後の最後で、こちらの想定の百倍しっかりと言ってくれたのだ。


 まぁ、最後はしっかり噛んでたけど。


 あの後、今回ばかりは空気を読んだと言いながら、ケモ耳ーズと歓太郎さんがクラッカー片手にやって来て、さんざん祝われた。そして、そこからは早かった。あれよあれよと式の準備だ何だで、気付けばこの日を迎えているのである。ほら、星が巡ってる時にやんなきゃだから、特にこの人の場合、だからまぁぶっちゃけかなり夢心地よ。


 もう足元もふわふわだしさ。いや、それくらいふかふかの絨毯なのよ。大丈夫、これは夢じゃない。はず。


「どうしました、はっちゃん?」

「いや、これ夢じゃないよね、っていまさら心配になってきた」

「僕は夢みたいです。はっちゃんとこの日を迎えられるなんて」

「まぁ、あたしもだけどさ」


 そう思うからこそ、怖いのだ。

 

 ぎゅっと目をつぶる。

 

 次に瞼を開いた時、目の前にいるのは、あのいつものカフェの着流し姿の慶次郎さんかもしれない。


 もしそうだとしても、たぶんゴールはここだ。どんなルートを通ったって絶対にたどり着いてやる。


 そう決意して、あたしは目を開けた。


「はっちゃん?」


 いつもよりきちんと髪を整えた、紋付き袴の慶次郎さんが、不安げにあたしの顔を覗き込んでいる。


「何でもない」


 良かった。

 さすがに今回は夢じゃなかった。




「夢じゃなかった!」


 とバンザイのポーズであたしは目を覚ました。慌てて隣を見、ホッと胸を撫で下ろす。


 大丈夫、隣には、すぅすぅと寝息を立てているがいる。なんかやたらと懐かしい夢を見まくったけど、いまとなっては良い思い出だ。


「全くもー、変な時間に起きちゃったじゃんー」


 そう文句を言いながら、身体を起こす。時計をちらりと見れば、時刻はまだ四時である。くそ、あと一時間は寝られたのに。悔しいからいっそ慶次郎さんも起こしてやろうかな。


 そう思って、やめた。

 何せ今日は年に数回の憂鬱イベント『本家訪問』があるのだ。気力体力共に万全でなければならない。


 ただ、今回はやっとのだ。待ってろよ、うるせぇ年寄り連中じじい共。千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師のが行くからな。雁首揃えて待っていやがれ。



 ちなみに本家訪問終了後、色々やってやったとホクホク顔で帰宅すると、玄関の前に謎の赤子が捨てられていて、それがどう見ても土御門家の顔をしていることから隠し子騒動に発展し、離婚するだのなんだのと大騒ぎになるのだが、それはまた別の話である。

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