第15話 腹括れぇ!

「あの、それで、はっちゃん。僕に個別でお話というのは……」


 正座である。

 クソダサTとジャージ姿に着替えて、イケメン度がかなり薄まった感のある慶次郎さんが、きちんと正座をし、真っ青な顔でカタカタと震えている。

 

 どこからどう見ても、怒られると思っている人間の顔である。

 何でだよ。心当たりあんのか貴様。


「いや、なんていうかさ、むしろアタシとしては慶次郎さんの方であたしに何かないの、って気持ちではあるんだけど」

「僕ですか?」

「そう。例えばさ、ここ帰って来て早々、あたし死にかけてたわけじゃん。どう思ったの?」

「それは……」


 膝の上に置いた手をぎゅっと握り締め、下唇を噛んで、俯く。


「すごく、後悔しました」

「後悔?」

「どうしてもっと早く帰らなかったんだろうって。護衛用の式神も置いて行けば良かったし、それ以前に――」


 そう言って、がば、と顔を上げる。想定はしていたが、半べそである。いや、これは直に完べそに変わるやつだ。ねぇ、完べそって日本語ある?


「ここで待っててなんて、言わなきゃ良かった、って。僕がもっと強かったら、はっちゃんに甘えなかったら、こんなことに巻き込まれなかったのに、って。はっちゃん、ごめんなさい。弱い僕でごめんなさい」


 ぐし、と瞼を擦って、ごめんなさい、を繰り返す。


「違うよ」

「ふえ?」

「ごめんなさいは、違う。呪いなんてどうってことない。あれくらい、屁でもない。慶次郎さんがヘタレなのはもうわかってる。何だかんだ五年もいるんだし」

「へ、ヘタレですみません……」

「まぁ、そこはね、もうどうしようもないから。だけど、あたし五年も待ってんの。慶次郎さんからの言葉を五年も待ってる。でももしあの時死んでたら、あたし、慶次郎さんの何にもなれないままだった」


 恋人でも、奥さんでも、何でもない。

 ただただとばっちりで呪いをかけられて、わけわかんないまま死ぬとかさ、ありえないから。


「あたしは、慶次郎さんの、何なの?」

「ぼ、僕の……その……」

「普段はどヘタレでもここぞって時にとんでもない力出せんのが、令和のスーパー陰陽師様やろがいぃっ! とっとと腹括れやぁっ!」


 と叫んで片膝を立て、胸倉を掴む。


「ひえぇ! は、はっちゃん! 僕、僕は!」

「そこで止まんな! 一気にしゃべれぇ!」

「あ、あなたと一緒のお墓に入りたいです!」

「それは行き過ぎなんだよ! 戻れぇ!」

「えぇっ?! も、戻る?!」

「墓に入る前に言うことがあるだろうがぁっ! 病める時も健やかなる時も喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時ものやつだよ! まずこっちなんだわ!」

「ひええ、すみません!」


 まぁよく考えたらそれもプロポーズというより結婚式のやつなんだけど。


「ていうか! もっとシンプルなやつがあるでしょうが! 慶次郎さんはあたしのことどう思ってんの!」

「ひぃ! す、すすすす好きでしゅ」

「はい噛んだァ! でも構うか! 続行だ! それで?! あたしとどうなりたいわけ?!」

「え、えええっと、あの、願わくば」

「イチイチ願うな! 思ったこと言えぇ!」

「僕は、はっちゃんと、一緒に暮らしたいです!」

「だーから、何でそんな曖昧なことばっかり出てくんの?! 仕様? バグ? それもそうだけどさ! そうじゃなくてさ! 男女が一つ屋根の下っていったら? それはつまり?!」

「そ、それはつまり――」


 あたしに胸倉を掴まれた状態の慶次郎さんは、もう茹でダコ状態だ。ああもうこれはそろそろあれだ。落ちるやつだな。もうだんだんわかって来たわ。今回もここまでか。奇跡的に邪魔は入らなかったけど。


 残念な気持ちで、パッと手を離す。

 それでもまぁ、好きとは言われたし、一緒のお墓に入りたいだの、一緒に暮らしたいだのって言葉が出て来ただけでも一歩前進としますか。


 そう思って、肩の力を抜いた時だ。


 その一瞬の隙を突かれて、真正面から抱き着かれた。


「おあ?」

「はっちゃん、僕の、奥さんになってください」

「へ」

「歓太郎じゃなくて、僕を選んでください」

「え、あの」

「僕と結婚して、若女将になってくだしあ」


 ちょ、やっぱりそこで噛むのかよ!


 ていうか! え?! 慶次郎さん、いま、ちゃんと言っ――

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