第14話 次はグーで行くからな

「さぁ洗いざらい全部話せぇ」


 と、軽くお酒も入った状態のあたしである。もうこんなのね、飲まないとやってらんないから。あとはまぁ色々片付いたらしいし、祝杯の意味もある。


「まず慶次郎さん!」

「は、はい!」

「さっき何もしないだのしちゃいけないだのって言ってた割にホンワカパッパしてたの、あれ何! 何かしてんじゃん!」

「違います、誤解です! 僕は何もしてません」

「橘田さんには? じゃあ、誰に何をしたのよ!」

「それは――」


 と、慶次郎さんがおずおずと説明してくれた、先ほどの『ホンワカパッパ』は、どうやら橘田家に飛ばしていた式神を回収しただけらしい。


「えっ、もしかしてさっきの奥さんの不調は全部そいつらが?! 慶次郎さん、いくらあたしが呪われて腹立ったからってそういうことしちゃ――」

「違います! そんなことはしません! 橘田さんのアレは本当にはっちゃんから跳ね返った呪いです!」

「じゃあ何のための式神よ!」

「いやもう純粋に偵察だったと言いますか……」

「偵察だぁ?」


 最初は、呪いをかけたのが誰なのかを探り当てるのが目的だった。帰ってきて早々、御札でバサバサされ、額にぺしーんとされ、最後にむにゃむにゃして、ぱん、とやったやつ、その『むにゃむにゃ、ぱん』、が要は、「いってらっしゃい」だったわけだ。そんでさっきので回収したんだとか。


「呪いをかけたのが奥さんだってわかった時点で、何で回収しなかったの?」

「だって、もしものことがあったら」

「もしも?」

「さっき言いましたけど、もし橘田さんの心が弱っていたら、危険ですから。そうなった時に助けられるように見ててもらったんです」

「成る程。確かに、何もしてはいない、わね」


 見てるだけだもんな。うん、確かに確かに。


「そんで? 次は歓太郎さんね。さっきなんかめっちゃ巫女姿アピールしてたけど、あれは何? まーた飲酒神楽ってたわけ?」

「すっかり飲酒神楽で定着したなぁ。まぁ、そうなんだけどさ。だって慶次郎がブチ切れて『僕の大好きなはっちゃんをいじめるやつなんて、もう知らない! 何もしないもん! プンプン!』って言うからさぁ」 

「ま、待って歓太郎! 僕、そんな風には言ってない!」

「あれ? 違った? 概ねこうじゃね?」

「ディテールはどうでも良いから! 続きはよ!」


 ばぁん! とテーブルをぶっ叩くと、脇でころころ転がっているもふもふ達がビクッと震えた。


「葉月が怒ってる……。怖いよぉ」

「ちょっと飲ませすぎたんじゃないのか? 馬鹿麦」

「なぜ私なんですか。配膳したのは純コでしょうに」

「用意したのは麦だろ」

「作ったのはおパですよ」

「ええい黙らっしゃい、もふもふ共! あたしは酔ってなぁい!」


 マジで酔ってないから。いやマジでマジで。


「はっちゃんお酒入るとこうなるのかぁ。あっつぅ〜い、って脱ぐタイプなら良かったのに……」

「はいそこ! わいせつポイント! 十個貯まったらペナルティだから!」

「えぇ〜? そんなの秒だよぉ」

「ちったぁ耐えろ!」


 ちぇー、と言いながら歓太郎さんが説明してくれたのは、その、『僕の大好きなはっちゃんをいじめるやつなんて、もう知らない! 何もしないもん! プンプン!(厳密にはこうじゃないらしいけど)』発言の後だ。


「だぁーってぇ、陰陽師様がなーんにもしねぇっていうからさぁ〜。そんなのもう、『お兄ちゃん、僕の代わりにお願いねハートマーク』ってことだから」

「そうなの!?」

「待って歓太郎。僕そんな風に」

「この件さっきもやってっからカットぉ!」


 とにかくまぁ、そういうことらしい。

 この、性格こそ正反対だけど、弟のことを知り尽くしている兄は、慶次郎さんが皆まで言わずとも、自分が次にどう動けば良いのかをしっかりと理解している。


 僕、何もしない。 


 陰陽師がそう言ったら、それはつまり、


 だから、頼んだよ歓太郎、ということなのだとか。


 何せ陰陽師が出張ったら、あっという間に終わってしまう。彼の性格と能力を考えたら、きっと本当にあっという間だ。だけどそれでは、奥さんは反省も何もしないだろう。何かあってもどうせ陰陽師が助けてくれる。そう考えるに違いない。


 何ならその陰陽師が慶次郎さんだとわかれば、厄介な拗らせ方をするかもしれない――、というのは彼女が慶次郎さんに好意を持っている、とわかったいまだから推測出来ることだけど。


「呪いをかけた本人に対してさ、『何もしちゃいけない』ってのはつまり、そういうことなんだよ。死ぬほど痛い目見ないとさ、かけられた方も浮かばれないし、味を占めてまたやるかもしれないじゃん? 晴明殿の時代なんて、いまよりずっと簡単に人が死んでたからね。呪いをかける方だって背水の陣よ。失敗したら死ぬ覚悟でやるわけ」


 だけどこの弟はね、と隣に座る慶次郎さんの頭をぐしぐしと乱暴に撫でる。慶次郎さんは「やめてよ」と言いつつもされるがままだ。


「あん時、あの胡桃さん? だっけ? とにかく奥さんがちょっとでも反省してたら、仏心を出すつもりだったんだ。そうだろ? 反省して、はっちゃんにちゃんと誠心誠意詫びたら。でも、そうしなかった。だから、式神を引っ込めた。もう、あなたがどうなろうと知りません、やっぱり僕は何もしません、ってね」


 おー怖ぁ、とわざとらしく肩を竦めてから、「ってなわけで、俺の出番」と笑う。


「結果として『僕は何もしません』が発動したわけだけど、さすがに令和の世でさ、呪いで死ぬとか、嫌じゃん。しかもウチの神社がちょっとでも関わっちゃったわけだし。っつーことで、神様にお願いしてきたの」

「お願い?」

「ウチの評判落ちたら困るから、呪いでは死なないようにほんのり守ってやってね、って」

「神様SP! 何それ、VIP待遇じゃん!」


 ていうか、いまさらだけど歓太郎さん神様を顎で使い過ぎじゃない? 色々怖いんだけど、この兄弟!


「ぜーんぜんVIPじゃないよ? あくまでも今回の呪いで死なないように、ってだけ。呪い自体を緩和するわけじゃないから、ここを出たらゲェゲェ吐くよ」

「そうなの?」

「さすがに一人の人間に対してそこまではしてくれないって。俺にならまだしも」


 いまさらっと『俺にならまだしも』って言ったなこの人。


「ただまぁそれもさ、さっきも言った通り、奥さんが反省したら慶次郎も祓う気でいたみたいだから、保険的なやつよ。そういうわけだからもしもの時はお願いねダーリン、ってことでひたすら接待してた、ってわけ」

「神様をダーリンとか言うな!」

「じゃハニー? どっちかっていうと、俺の方がハニーっぽくない?」

「知らん!」


 とにもかくにも、そういうことらしい。

 

 呪いをかけた人は、再犯を防ぐために、それはそれはギッチギチに反省させなければならないらしい。これはどう考えても割に合わないぞ、と懲りるまで。これが平安の世なら、そのまま『死』だ。晴明殿はその辺りは結構ドライな考えだったのか、よっぽど雅なお方でもなければ自業自得とばっさり切り捨ていたようである。とはいえ、反省の意が見て取れたらそれなりの手は打ったらしいが。


 だから慶次郎さんも、そう考えた。


 自分は、何もしない。

 陰陽師として、『呪い』などという卑怯なやり方で他者を傷つけようとする悪心が今後も出て来ないよう、心を鬼にして、何もせず、しっかりと反省させねばならない、と。


 だけれども。

 彼は晴明殿ほど割り切れなかった。術者を探るためだけだった式神を、その後も常駐させたのだ。手遅れにならないよう。その時にすぐ駆けつけ、救えるように。


 旦那さんがあんなに必死に頼み込む姿を見れば、改心するかも。自分のためにここまでしてくれる人を、これ以上悲しませてはならないと、己の行動を悔いてくれるかも、と。しかし、そうはならなかった。


「奥さんの呪いって、どうなんの? 死なないとは言ってたけどさ。ずっと残るの? それはさすがにちょっと可哀相、っていうかさ」


 ぽつりとそう言うと、慶次郎さんは、ちょっと苦しそうな顔のまま、笑った。


「さっき歓太郎が言った通りです。一ヶ月くらい吐き続ければ、全部出ます。ただやっぱり苦しいですからね。心が折れてしまうかもしれませんが、そこは神様がお守りくださるでしょうから」

「そう……なの? でも、一ヶ月も吐きっぱなしとか絶対辛いって。死なないかもだけどさぁ」


 あたしだったら、マジで心折れる。あたしでも折れるよ。


「……はっちゃんは、どうしたいですか」

「あたし? あたしが決めて良いの?」

「もちろん。今回の被害者ははっちゃんですから」


 そう言って、あたしの手を取る。たぶんだけど、慶次郎さんは、あたしに期待してる。彼女を許すことを。


「……もし、もう一回、ちゃんと反省してここに来たら、その時は祓ってあげて。あたしもう怒ってないからさ。そう言ってやって」

「わかりました」

「ただ、また同じことやったら、次はあたしが直々に殴るから、ってのも言っといて。マジ痛いやつだから。物理で行くから。グーで行くから、歯ァ食い縛れよ、って。女だからって容赦しねぇからな、って」

「わかりました、はっちゃん」


 ちょっとおどけて、ぎゅっと握りこぶしを作ると、慶次郎さんは、へにょ、と眉を下げて笑った。


 何にせよ、これで一件落着、というやつである。

 

 あと残っているのは、慶次郎さんへの『個別の話』だけだ。


(余談だけどこの三日後、げっそりとやつれた奥さんが旦那さんに連れられてやって来て、たまたま遊びに来てたあたしに縋りついて詫びた。ので、慶次郎さんがちゃんと祓った。)

 

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