第13話 陰陽師登場!葉月も登場!

「いきなり出て来て申し訳ありません。お話は、全て聞かせていただきました」

「は、はぁ……」


 腰も抜かさんばかりに驚いている昌朋さんとは対照的に、奥さんはというと、いきなり現れた和装イケメンにうっとり顔である。ある意味凄いなこの人、この状況でまだそんな顔出来る?! それとも何?! それほどこの顔面が強いってこと?! まぁ強いけどね? 何だろだいぶ慣れたのかな、あたし。イケメンとは思うけど、それ以上に普段の残念ぶりが……。ってあたしも何余計なこと考えてんだ。


橘田きちださん」

「はい」

「あっ、すみません、その、奥様の方です」

「あっ、すみません」


 あーもー、何で名前覚えてねぇんだお前は! 最初に自己紹介してたろ! あたしでさえ覚えてんだから! ていうか胡桃さんなんてインパクト大の名前をどうして忘れられるんだお前! それとも何、女性の名前を呼ぶのは憚られちゃった? こういう時は呼んで良いんだよ!


「ええと、奥様、先ほど歓太郎からもありましたが、僕は、この件に関して、正直、あなたを許せないと思っています。陰陽師としても、僕個人としても」

「そんな。私は」

「あなたの中にどんな正当性があったにせよ、それは他者を呪って良い理由にはなりません。ですが、陰陽師として、呪いに苦しむ方を黙って見ていることも出来ません」

「な、なら――」


 その言葉で、祓ってもらえると思ったのだろう。奥さんは、晴れやかな顔で、慶次郎さんの方へ手を伸ばした。その手を取ることもせず、彼は、苦しそうに顔を歪めて、ふるふると首を振った。


「反省しましたか? 彼女を呪ったことを少しでも悔いましたか?」

「は?」

「もし少しでもそれで心を痛めていたら、あなたはここにはいません」

「それは……どういう……」

「か、家内は死んでいた、ということですか?!」


 真っ青な顔で昌朋さんが割り込む。


「逆です。もし仮にそうだとしたら、もっと早くお帰りいただいていたはずです。呪いというのは、例え小さなものでも、心が弱っている時――反省し、悔いて萎れている時には猛毒になるんです。こんな悠長にお話なんか出来ません。そうなれば僕だって、許す許さないなんて私情なんて挟まずに祓ってました。だから、もうとっくにお帰りいただいていて、いま、ここにはいないはずなんです」


 成る程、あたしがピンピンしてたのは(まぁ多少不調ではあったけど)、そういうわけね。心が弱ってなかったから、ってことね。さすがあたし、心もストロング!


 一人納得していると、「さすが葉月だよね! 心も頑丈! 超合金性!」「おれ知ってる! こういうの、肝臓に毛が生えてるって言うんだろ!」「違いますよ純コ、腎臓です」という声が聞こえてくる。膝の上でもふもふワイワイしている毛玉共だ。


「っだぁーれの心臓が超合金だぁ! ていうかな、毛が生えるのは肝臓でも腎臓でもねぇ! 心臓だわ! ていうか、生えてねぇから!」


 思わずそう叫んで立ち上がる。膝の上にいた毛玉たちが「うわぁ」「おわぁ」「ひゃぁ」と転がって、その上に、あたしがさっきまで噛んでいた御札が、はらりと落ちた。


「あ」


 しまった!

 ついつい突っ込んじゃった! 馬鹿! あたしの馬鹿!


「ひぇぇ! また出た! 何なんですか、ここ!」

「きゃあ! あ、あの女! あの女よ!」


 慌てて御札を回収してもう一度それを咥え、「ごめん、もっかい消せる?」と慶次郎さんに言ってみるが「さすがに無理ですはっちゃん」と苦笑されてしまった。

 

 と、そこへ歓太郎さんが、漫才コンビの登場みたいに拍手しながら入って来た。

 

「はいはいはーい、というわけでね。旦那さん。こちらが今回奥様に呪いをかけられた娘さんです。じゃじゃーん」

 

 何の意味があるのか、手をあたしに向けてその手をひらひらと振ったりもして。


「じゃじゃーんって! 雑な紹介しやがって! その手も止めろ!」

「だってもー無理だよ。あんな勢いよく登場しちゃったらさ。むしろ返して? 俺の真面目モード」

「なーにが真面目モードだ! 途中から輩みたいになってた癖に!」


 目の前に橘田夫妻がいることも一瞬忘れていつものやりとりをしていると――、


「ほ、ほら見てよ昌朋さん。こんな女なのよ。ね。乱暴で、派手な女でしょう? こんなのに意見でもしたら、私刺されちゃうわ。ああ怖い怖い。こんな人がここの女将に収まるとか、ここの品位だってがた落ちよ」


 ぐいぐいと昌朋さんの袖を引いて、奥さんが捲し立てた。


「お、お前はまだそんなことを」


 呆れた声を出す昌朋さんからパッと離れ、今度は慶次郎さんに駆け寄る。そして、やはり彼の袖をつかんで、媚びたような声を出す。


「慶次郎君、あなた少し世間に触れた方が良いわよ。絶対騙されてるから。悪いことは言わないから。駄目よ、こんな女」


 その言葉で、切れた。

 慶次郎さんではない。


「葉月に謝れぇ――!」

「葉月が慶次郎を騙したりするもんか!」

「葉月を悪く言うことは私達が許しませんよ!」


 ケモ耳達が、だ。

 彼らの姿も見えるようになっていたらしい。


 もふもふぽふぽふと飛び跳ねて、「葉月はぼくのご飯いつもたくさん食べてくれるんだぞ」だの「葉月はゲームもすげぇ上手いんだからな」だの「こう見えて葉月は案外綺麗好きなんですよ」だのと叫んでくれるんだけど、ねぇそれほんとにいま言う必要あるやつ? そんで麦さん「こう見えて」って貴様。


「な、何よ。このしゃべる毛玉」


 そうだよね。そういう反応になるよ。犬でもないんだもん。猫でもないし。いまのこの子達、耳と尻尾が生えたしゃべる三色毛玉なんだもん。何の生き物? ってなるよね。可愛いけど。


「彼らは僕の式神です。わかりますか? 彼女は僕の式神達にもここまで慕われているんです。それに僕も、彼女があなたの言うような人間だとは思いません。謝ってください。いまの発言も、それから、呪いをかけたことも」

「な、何で私が」


 マジか。

 この期に及んで「何で」とか普通言える?


 いやわかるよ?

 あたしめっちゃピンピンしてるしね? なんていうの? こんな元気な人間に何で謝る必要があるの、って思う気持ちもわかる。でもあたしさ、どうやら死にそうだったらしいんだよね? いまでこそめっちゃ元気だけどさ。


 でもさ、奥さんさ、さっき歓太郎さんも言ってたじゃん。旦那さんのことちょっとは考えなよ。ぶっちゃけ悪いのはあなた一人なのにさ、こう言っちゃなんだけど、いまの状態だって自業自得ってやつなのよ。それなのに、旦那さん、どんな思いで病院回ったと思う?


 そう言いたかったけど、止めた。

 慶次郎さんが一歩前に出たからだ。

 陰陽師の仕事を邪魔するわけにはいかない。


「わかりました」


 そう言って、ぱん、と両手を合わせる。聞き取れないくらいの小さな声で何やらむにゃむにゃと――たぶんホンワカパッパして、慶次郎さんは、奥さんに向き合った。


「やっぱり僕は、何もしないことにします。僕の大切な人にしたことも、いま侮辱したことも、やっぱり許せません。晴明殿なら、そうします。何もしません。あの時代ならば、特にそうです。けれど、それではあんまり酷かと思ったのですが、やはり晴明殿は正しかったのかもしれない。ただ安心してください。これによって死ぬことはありません。それだけは、ありません」


 ですから、お帰り下さい。


 毅然とそう告げると、奥さんは「そんな!」と食い下がったが、昌朋さんはもう何もかも悟った顔をして、何度も頭を下げ、今度は慶次郎さんのことまで口汚く罵り始めた彼女を引っ張って帰っていった。


 急に静かになった応接室で、どっと疲れた顔をしているのは歓太郎さんである。


「やっと帰ったか。なぁ、さすがにそろそろ俺着替えて良いよな?」

「ありがとう、歓太郎。こんな時間まで済まなかった」

「べぇっつに良いけどぉ? はっちゃんを朝まで貸してくれるなら、ぜーんぜん?」

「そ、それは!」

「それはあたしの方で許可しかねるやつなんだわ!」

「えぇ~、ひっど~い、俺接待頑張ったのに~」

「何が頑張っただ! ここであの二人の話聞いてただけやろがい!」

「違うもぉ~ん。それ以外にもちゃんと働いたもぉ~ん」


 そう言いながら、これみよがしに巫女の袴をバサバサと振る。


 巫女の、袴を。


 てことは。


「何、やっぱり何か神様にもお願いしてきたの? 悪いことじゃないでしょうね」

「ひっど! 俺がそんなことすると思う?」

「……思……う、かな」

「ひっど!」

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