第10話 ほんとに最強の陰陽師なんだよね?

「落ち着け馬鹿兄弟! 違うの、ちょっとしたお遊び的なやつだから! ケモ耳ーズが勝手に言ってただけっていうか!」

「んぇ〜? 葉月も否定しなかったじゃん〜」

「だよな。しっかり返事してたよな!」

「だから私達としてはもう、ほぼ決まりなのかと」

「ええい黙らっしゃいもふもふ共! 下がれぇ!」


 もふもふと目をキラキラさせて寄ってくるもふもふ達を、ずぞぞぞ、と押し戻す。


「わ、若女将……わか……わわ……」

「ほらもう! アンタ達の製造者バグっちゃったじゃん!」

「まぁまぁ落ち着いてよはっちゃん。もうさ、この際だし、いっそ一妻多夫で良くない? ここもうある意味治外法権っていうかさ?」

「んなわけあるかぁっ!」

「じゃあもう良いよ、どっちかはさ、公認の愛人ってことでも。それなら平和じゃん? 仕方ないから俺が愛人で良いよ」


 嫌だよ!

 何、公認の愛人って!


「あたしは! 一人から愛されたいの!」

「へぇ? じゃ、どっち?」


 うん? うん? と言いながら、自分と慶次郎さんを指差す。


「ど、どっちって……そんなの……決まっ……」


 ちら、と慶次郎さんを見る。へにゃ、と眉を下げ、泣きそうな顔であたしを見ている。選ばれないと思っているんだろうか。この期に及んで、まーだ自信が持てないでいるんだろうか。どう考えても、わかるじゃん。あたし絶対慶次郎さんが好きじゃん。何? あたしが選ばないと駄目なの!? 慶次郎さんは選んでくれないの!?


 そう考えると、何だかムカムカしてきた。

 

「ていうか! その話は一旦後! いまは呪いの話だったでしょ! 慶次郎さん!」

「は、はいっ!」

「この一件が片付いたら、個別に話あるからな。覚悟しとけや」

「ひぃ!」

「年貢の納め時だね、慶次郎」

「万が一の時は慰めてやるからな」

「当たって砕けるのです! ファイト!」

「ううう。砕けたくないよぉ」

「安心しろ慶次郎、骨は拾ってちゃんと焼いてエーゲ海に撒いてやるからな」

「歓太郎、どうしてエーゲ海なの……」


 砕ける前からもふもふケアを受けている最強の陰陽師様である。この人ほんとにすごい人なんだっけ? ただのコミュ障カフェ店長じゃなかった? ていうか兄貴よ。


 それはさておいて。


「それで? えっとその橘田きちださん? その人なの?」


 確かに何か怒らせちゃったみたいだけど、そんな恨まれるほどのことだったかな、と思いながら慶次郎さんと歓太郎さんに問いかける。この場合どっちに聞くべきなのかな。たぶん慶次郎さんが正解なんだと思うけど。なんかいまもふもふケア受けてるしなぁ。


「間違いないな」


 案の定、答えたのは歓太郎さんだった。だよな、ともふもふをかき分けて、中にいる慶次郎さんに確認する。そんなもふもふまみれで聞こえてるのか? と思ったが、意外や意外、「そうだよ」との返答である。


「はっちゃんに呪いをかけていたのは、橘田さんです。ただ、僕には正直、なぜそこまでの恨みを買ったのかがさっぱり……」


 もふもふ達を床に下ろして、ふむ、と首を傾げる。すると、はぁぁぁぁ、と歓太郎さんが海より深いため息をつく。


「だーから! その『若女将』に決まってんだろ!」

「へ? わ、わわわわ、若、若女将……? その、ぼ、僕の……?」

「お前のかは知らん! 俺はまだ、俺の可能性を捨ててない!」

「捨てろ! それは万に一つもねぇんだわ!」


 思わず口が滑り、慌てて口元を押さえる、が。


「は、ははははははっちゃん、あの、いま」

「っア――――! 無し! いまの無し!」

「な、何でですか! あの、はっちゃん!」

「だぁぁぁ! 手を握んな! それは後! 後で! なんかみんな見てるから! 後! 諸々全部まるっと解決してからだ!」

「わ、わかりました!」


 こほん、と咳払いをし、額の汗を拭う。終わった? とニヤついている歓太郎さんが腹立たしい。


「いや、つまりさ。その橘田さんは、慶次郎のことをまぁ、好ましく思ってた、ってことだよ。呪いをかけるくらいだから、かなり本気だったんだろ」

「えぇ?! だって橘田さんはご結婚されてて――」

「結婚してても、アイドルの熱狂的なファンってのはいるしな? それは別腹、って。ただまぁ、もしかしたら、その旦那さんと別れてでも、ってレベルだった可能性だってある。さすがの俺でもそこまではわからねぇけどさ」

「あっ、言われてみれば、確かその人、慶次郎さんとどういう関係かって聞いて来た!」

「ほら、ビンゴだ」


 さっすが俺~、とぱちんと指を鳴らす。うん、まぁ確かにさすがではあるわ。慶次郎さんにはたぶん一生わからないやつだもんな。


「ちなみにさ、それではっちゃんは何て答えたわけ?」

「それが……。いや、正直あたしって慶次郎さんの何なんだろうって思って、答えられなかったんだよね」


 いや、慶次郎さんがあたしのこと好きだってのはビンビンに伝わってくるし、あたしだって慶次郎さんのこと好きだけどさ。でも、ちゃんと言われてないもんあたし! もうここまで来たら意地なのよ。何が何でも告白されたいの、あたしは! それで五年待つとか馬鹿かって思うけどさ。思うけどもさ。夢の中で告白じゃなくて、現実世界でお願いしたいの!


「そこにちょうど私が割り込んで『若女将』と声をかけたんです」

「あぁ――……成る程、そう繋がるわけか。うん、慶次郎の奥さんだと思ったんだ。思っちゃったんだ」

「成る程、それで怒ったのね、橘田さんは」


 あたしと歓太郎さんが二人で納得していると、何やらもふもふ達がざわざわし始めた。こっちにいた麦さんまで「あっ!」と叫んで慶次郎さんの元へ飛んで行く。


「お、おおお奥さん……。はっちゃんが……僕の……お、おく、おくしゃ……」

「慶次郎ーっ! しっかりしてーっ!」

「おいこれ半分魂抜けてんじゃないのか?!」

「慶次郎、まだ駄目です! あなたの人生これからですよ!」


 真っ赤な顔で鼻血を噴き、かくん、と天を仰いでいる。それを、もふもふ達が後ろにひっくり返らないようにと支えている状態だ。


「ちょ、嘘でしょ慶次郎さん!?」

「……はっちゃん。やっぱり俺にしない? この様子だと慶次郎、プロポーズするまでに何回死ぬかわかんないよ?」

「うぅぅ……。この人なんでこんなにヘタレなのよぉ……っ!」


 慶次郎慶次郎、ともふもふ達は必死だ。

 彼らに支えられている最強の陰陽師様は、一応「僕は大丈夫」らしきことを言っているんだけど、その状態で「じゃ大丈夫ですね」って言える人間なんてたぶん一人もいないからね?!


 ええもうどうするのよ、これ。


 とりあえず、布団を明け渡して彼を横たわらせ(そこで歓太郎さんが「その布団、さっきまではっちゃんが寝てたんだよな」と余計なことを口走ったせいで、慶次郎さんはマジで死にかけた)、おパさんにお茶を淹れてもらい、純コさんには冷たいおしぼり、麦さんにはお着替えをお願いした。


 なんやかんやバタバタして、落ち着いたのが、夜八時のことだ。とりあえず今日は休んで、呪い云々の話はまた明日――、という空気になりかけていたその時。


 コンコン、という控えめなノックの後で扉が開いた。神社のお手伝い用式神である鮎餅鮎さんだ。


「失礼いたします」


 彼は、きちんと手をついて深く頭を下げ、その姿勢を保ったまま言った。


あるじ、橘田様がお見えになられましたが、いかがなさいましょう」

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