第9話 心当たりはあるか

「何だか賑やかですね」

 

 お盆を持った慶次郎さんが入って来たのは、あたしが歓太郎さん失礼なわいせつ神主に、『見たら七日で死ぬ呪いのビデオ』というものが如何に恐ろしいか、映画『環状』・『うずまき』・『生誕』の三部作全て見ることでより恐怖が倍増するかを熱く語っていた時だ。あのね、DVDじゃないの、ビデオなの。だからこそ怖い、みたいなのがあんの!


 ちなみに全て原作小説があり、映画版は主人公が男性から女性に代わったこともあって賛否両論だったらしいが、あたしとしては別に全然問題ないと思う。


「いつものはっちゃんに戻って、本当に良かったです」


 そんなことを言いながらテキパキと折り畳みテーブルの上にお盆を置く。あ、今日はサバ味噌だ、やった。お味噌汁も良い香り〜。サバ味噌が味噌味なのに味噌汁もいる? って人もいるらしいけど、あたしは絶対いると思う。サバ味噌は、サバ味噌。味噌汁は味噌汁よ。


 なんてことを考えながら、あたしの食事の準備をしてくれている、和装イケメンをじっと見る。彼は、思わず見とれてしまうような優雅な所作でサバを一口取り――、


「はい」


 とあたしの口元へ運んできた。


「――い、いやいやいやいやいや!」

「え? どうしました?」

「じ、自分で食べられるから!」

「えぇ? だってお昼は僕が」

「それはお粥だったし、あたしも本調子じゃなかったからっていうか!」


 あーんってしてもらったんだぁ〜、メンカイシャゼツの間にそんなことがねぇ〜、そりゃ私達を閉め出しますよねぇ〜、ともふもふ達がひそひそニヤニヤしている。


 こいつらの冷やかしはまだ良い。一応ひそひそレベルだし。問題は。


「ズルい! ズルいぞ慶次郎! 俺だってはっちゃんに、あーん、ってしたいし、されたい!」


 歓太郎さんこいつだ。


「何言ってるんだ歓太郎! それは僕だってしてもらってないよ! されたいよ!」

「黙れぇっ、こンの馬鹿兄弟ぃぃっ!」


 声の限り叫ぶと、それと一緒に何かが口から、ポン、と飛び出した。


「えっ、何!?」


 それをサッと回収したのは慶次郎さんである。もちろん素手ではなく、どこからか取り出した御札で、だ。アレだね、イメージとしてはGを始末した時みたいな。えっ、てことは何? あたし、口からG吐いたの!?


 いやそんなわけないじゃん!


「け、慶次郎さん、いまの何……? 何出てきたの……?」


 御札をさらに何枚も重ねてぐるぐる巻きにしている彼に尋ねる。


「さすがははっちゃんです」

「説明になってないから。だから、何なのそれ」

「最後の最後まではっちゃんの身体の中に残っていた『呪い』です。自力で排出するとはさすがです」

「呪いってこんなはっきりした形があるやつなの!?」

「はっちゃんにもというだけで、厳密には質量のないやつです。ですが、イメージとしてはこういうものですね」

「これが、あたしの中に残ってたのね」

「そうです」

「ねぇ、なんかまだ動いてんだけど、それ」


 慶次郎さんの手の中で、御札ぐるぐる巻きのおにぎりみたいなそれは、そこから出ようとしているのか、モゴモゴと必死だ。


「術者のところへ戻ろうとしてるんです。前にもお話したことありません? 呪いはかけた本人に跳ね返ってくるって」

「そういや聞いたような」

「さすがにこれが戻れば、術者も無事では済まなそうですからね。捕獲しました。このまま浄化させます」


 なんてこともないように、さらりとそう言うと、歓太郎さんが何やらくすくすと笑っている。


「何もしないって言ったくせに」

「何もしないよ。僕から、何もしない。呪いをかけた本人に関しては、何もしちゃいけないから」


 そう返す慶次郎さんは怒ったような顔をしている。何もしない、しちゃいけないって、何のこと?


 それは気になるけど、そんなことより腹ごしらえだ。慶次郎さんから箸を奪い取って、わしわしとサバ味噌&白米をいただく。あぁ、僕が食べさせたかったのに! と残念そうにしている残念イケメンは無視である。


 もぐもぐわしわしとあっという間に平らげ、添えられていたデザートのプリンまでしっかりいただいて、お茶を飲み、一息つく。


「ちょっと色々聞きたいんだけどさ」

「何でしょう」

「あたし何で呪われたのかな。ていうか、誰なんだろ、呪いかけた人って」

「心当たり、ないんですか?」

「ない」

「人から恨みを買ったり――っていうか」

「ない。まぁでも、あたしこんな性格だし、自覚はなくても恨みを買ってる可能性はある、かも」


 腕を組み、ううん、と唸る。ここ数日……いや数週間、数ヶ月遡ってみても全然心当たりなんてない。


 もしかしてアレ? 行きつけのスーパーで半額惣菜を買った時? そういや後ろの方でおっちゃんが「あっ」って言ってた気がする!


「――かな!?」

「違いますね」


 あっさりと否定された。


 とすると、こないだ下着屋さんでブラジャー買った時、「すみません、これのG70かH65ありますか?」って聞いた時に「ハァ?! そんっなサイズ、ウチにはないです!」っていきなりキレて来た店員さん?! 慌てて店長さんが「あります!」って出てきてめっちゃ謝られたやつ。あたしの言い方が癪に障ったのかな?


「――とか!?」

「違いますね」

「いやその店員さんの接客どうなの。確かに胸のサイズはヘイト集めやすいデリケートなやつだけどさ」


 これも違うか。

 もうそうなると全然浮かばな――


「回覧板の人!」

「回覧板の人、ですか?」

「そう。思い出した! そうそう、二人が不在の間、回覧板が回ってきたのよ。とりあえず一旦次の人に渡したから、後で取りに行って」

「わかりました。――じゃなくて、その回覧板がどうしました?」

「うんえっとね、橘田きちださん? だったかな? そこの奥さんが持ってきてくれたんだけど、あたしなんかやらかしちゃったのか、突然怒って帰っちゃったんだよね」


 お茶誘っただけなんだけどさぁ、と笑うと、麦さんが「そんなこともありましたね」と入ってくる。


「小麦粉もその場にいたの?」

「はい。葉月がちょうど洗濯物を外に干しに行くところで。手伝おうと追いかけたら、橘田さんの奥様と何やらお話していたものですから、立ち話もなんですし、社務所でお茶でも、と」

「成る程。でもそんなことで……?」


 と慶次郎さんも首を傾げている。


「あたし何かまずいこと言ったかな。おもいっきり部屋着だったのが失礼過ぎたとか?」

「部屋着……。もしかしてやつ? あらやだ、彼シャツだわって思ってジェラシー! とか? ぐっふ!」

「だぁーれが歓太郎さんの彼シャツよ! だったら慶次郎さんのが良いに決まって――じゃなくて! ちっ、違っ、麦さんが用意してくれたやつだから!」


 えっ、僕の? と顔を赤らめる慶次郎さんに、違う違う! と否定すると、あっという間にしょんぼりしてしまう。しかしすかさず麦さんが、


「確かに私が用意したものですが、あれは元々慶次郎が準備していたものですよ」

「えっ、そうなの!?」

「そ、そうなの!? 小麦粉、それほんと!?」

「ええ、だいぶ前ですけど、慶次郎が言ったんじゃないですか。もしもの時はこれをって」

「そういやそんなことも。でもすっかり忘れてた。はっちゃん最近、ここに来る時ちゃんとお着替え持って来るから」

「慶次郎お前ちゃっかりしてんなぁ。こーのむっつり野郎」

「少なくともお前にゃ言われたくねぇんだわ、このわいせつ野郎!」

「俺なら堂々と直接渡すもーん。何なら脱ぎ立てでも良いんだよ、ハニー?」

「誰がハニーだ!」


 ぎゃいぎゃいと騒いでいると、もふもふの麦さんが、もふもふと転がりながら、「でも確かに、『若女将』らしからぬ服装ではありましたよね」と笑う。


 その言葉に、


「若女将!? どっちの!?」


 と土御門兄弟は身を乗り出して声を揃えた。


 ただ――、


「俺だよね!」

「ぼ、ぼぼぼ僕、僕のでしょうか!?」


 そこに関しては、やはり慶次郎さんは一歩出遅れていたけど。

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