第8話 葉月、すっかり元気になる

「はっちゃん、具合はいかがですか」

「あー、うん。全然元気元気」


 力こぶを作るように両腕を曲げ、元気っぷりをアピールすると、お仕事モードの和装姿の慶次郎さんは、胸に手を当てて「良かったです」と言った。


「顔色もだいぶ良いですね。食欲はありますか? お昼はお粥にしましたけど、夜はどうしましょう? しっかり食べられそうならもっとがっつりしたものをお持ちしますが」

「そうだなぁ。なんかここ最近あんまり食べられてなかったみたいだし、がつんと食べたいかも」

「わかりました。僕は閉店作業があるので戻りますけど、安静にしててくださいね。閉めたらすぐに来ますから」

「わかった」

「それと、式神達がはっちゃんとお話したくてうずうずしてるみたいなんですけど、通しても構いませんか?」

「オッケーオッケー。全然大丈夫。むしろ話し相手が欲しかったくらいだから」

「わかりました」


 では、と言って扉が閉まると、入れ替わりに――というのか、ぼふん、と現れたのはもふもふ式神のうちの一人、おパさんだ。


「葉月葉月、もうメンカイシャゼツ終わりって聞いてお見舞い来たよ! 元気になって良かったね!」

「いやまぁ、あたし的にはずっと元気だったんだけどね?」


 ばったりと倒れてから、丸一日、あたしはひたすらぐうぐうと眠っていたらしい。何ならまだまだ寝られたんだけど、なんかもう色んな夢を見まくって、お腹いっぱい過ぎて起きたのだ。


 なんだよちくしょう。プロポーズも何もかも、やっぱり夢なんじゃん! 夢の中でさらに夢を見るとかややこしいわ! と悔しい気持ちはあったけど、寝起きでぼんやりしているところへ、文字通り、もふもふ毛玉×3が飛び込んできて、その後、大泣きの慶次郎さんも駆け寄ってきて(歓太郎さんはちゃっかり抱きついてきたから脇腹に一発くれてやった)、まぁ良いや、となったのである。で、わんわん泣くもふもふ達があまりにもわいわいうるさいので、一旦閉め出したのだ。それがつい数時間前のこと。


 それで、だ。


「ねぇおパさん、聞いても良い?」

「んぇ? なぁに?」

「結局のところ、あたしに何が起こったの?」

「葉月はね、呪いにかけられてたんだよ」

「うん、それは聞いた……かな。ああもうどこからどこまでが夢なんだっけ。もう頭ごちゃごちゃだわ。えっと、その呪いってなんかやばいやつ? 死ぬレベル?」


 死ぬ寸前って言われたのは現実だっけ、それとも夢だったっけ? だいたいね、夢がリアル過ぎるのよ。普通、式神だの呪いだのなんて夢だと思うじゃん? ところがどっこい慶次郎さんといればそんなの全然現実の話だからね!? 夢の中の慶次郎さんもちゃんとヘタレだったし。大事なところで噛んでたし。見分けなんてつくかぁ!


「うん、死ぬレベルのやつ。葉月、ほんともーギリギリだったからね」

「嘘! それはマジのやつだったの!?」

「マジのやつだよ。あの、本当にごめんね葉月」

「何がよ」

「ぼく、葉月の肩にでっかい怨念の塊が乗っかってたのに、スルーしちゃって」

「えっ、あれそういうやつだったの!? あたしてっきりただ単にひどい肩こりだと思ってた!」

「ぼくもそれで納得しちゃったっていうか、葉月、なんかわかってたみたいだから、良いのかなって」

「うん……なんかそんなこと言った気がする。うん、てことは、だ。悪いのはあたしだ。おパさんはなーんにも悪くない!」


 むしろ心配かけてごめんね、ともっふもふの身体をもふもふと撫でると、ふへぇ、と気の抜けた声を出して、おパさんはころりと転がった。たぶん犬や猫でいうところの、へそ天ってやつだ。


 すると、


「あっ! おパだけずるいぞ!」

「葉月、私達も会いに来ました!」


 どこからかそんな声が聞こえてきて、ぼふん、と残りのもふもふ毛玉が現れる。もっふもふよ。あたしの視界オールもふもふ。


「葉月ぃ、ほんとごめんなぁ。おれ、葉月のデコに五寸釘ぶっ刺さってたのに、令和の働く女子はみんな刺さってるって言葉を鵜呑みにしちまって……」

「あぁ――……言ったわ。あたしそんなこと言ったわ」

「葉月、私もごめんなさい。あんなにやつれていたのに、怨霊でマッサージなんてトンデモ美容法が令和には本当に存在するものかと……」

「おんりょう……、あっ、そっちね! そっちの『怨霊』ね! あのね、『温』と『涼』! 温かいのと、涼しいやつ! でもマジでごめん! それもあたしのせいだ! ていうか、何もかもあたしのせいじゃん! むしろごめん! みんなあたしのこと心配してくれてたのに!」


 うおおおおん、と吠えてもふもふ達をまとめてぎゅっと抱き締める。ちっくしょー! 何このもふもふ、めっちゃもふもふじゃんかよぉぉぉ!


「はーっちゃーん! 俺も来たぁ〜! さぁ、いっくらでも撫で撫でしてくれて言いよ! 寂しかったでしょ!?」


 スパーンと扉が開き、ドサクサに紛れて現れたのは、なぜか巫女装束の歓太郎さんだ。神主じゃないの? また神様んトコで飲酒神楽してきたの?


「いや、全然寂しくない。もふもふ達がいるし、間に合ってます」

「そんな! 人肌だよ? 人肌!」

「いらんて」

「俺が寂しかったの!」

「知らん!」


 何度拒否してもめげない男・歓太郎さんは、まぁまぁとか言いながら近付いてきた。けれどもいつものように抱きついてきたりはせず、布団の脇に正座をする。で、そのまま、真剣な顔でじぃっとこちらを見つめてきた。


 この人、黙ってりゃすげぇイケメン……っていうか美人なんだよなぁ。しゃべると男だし、すね毛も生えてるけど、巫女さんの恰好してこうやってじっとしてりゃただの美人よ。


 その美人が、にこっと笑って言った。


「はっちゃん、元気になって良かったね」


 案外シンプルな言葉に拍子抜けする。


「な、何よ改まっちゃって」

「え〜? 俺だってこれくらい言うよ」

「あっそ」


 なんか調子狂う。歓太郎さんがおとなしいとなんか落ち着かない。


「でもマジでさ、はっちゃん気をつけなね。今回は相手がクソ素人だったから、ここまで時間かかったけど、手練れのやつだったらマジで三日も経たずにお陀仏だったから」

「えっ!? そうなの!? 呪いのビデオは七日なのに!?」

「ちょ、ビデオ!? ビデオって言った、いま!? 令和のこの時代にビデオとか古すぎだから! ウケる!」

「わ、笑うな!」


 あたしあのシリーズ好きなんだから、良いじゃん!

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