第5話 ヘタレ陰陽師のプロポーズ?

 なんか久しぶりにめちゃくちゃ寝た気がするな、と目を覚ますと、眼前に飛び込んできたのは三色のもふもふである。


「んなっ!? 天国!?」


 思わずそう言うと、私が目を覚ましたことに気付いたらしいもふもふのうちの一人(この場合は一匹かな)が、「びゃぁぁぁぁぁ!」と奇怪な叫び声を上げた。この声は……アレだ。おパさんだ。わかった。天国じゃないわ、ここ。


「慶次郎ぉぉっ! 葉月が起きたよぉぉぉぉぉ!」

「おわ、ほんとだ! 葉月! 葉月ぃ、大丈夫かよぉ!」

「心配しましたよ葉月!」

「うっぷ! ちょ、ちょっと待っ。毛! 毛が! 口に!」


 もっふもふ。視界のすべてがもっふもふ。何これどういう状態なの。お前らもふもふモードであたしの顔面に乗ってるってこと? 殺す気!? もふ死!? それはそれで幸せな最期かもしれないけど! いや違うな! これシンプルに窒息死だ!


「だぁぁぁぁぁ! 苦しい! もふ密度が高すぎるっ!」

「うわぁ!」

「おわぁ!」

「ひゃぁ!」


 ぶはぁ、と勢いよく起き上がると三種三様の悲鳴と共にもふもふ共は霧散した。それと入れ替わりに――


「はっちゃーん!」


 真正面から強く抱き締められた。何よ慶次郎さん、そういう事も出来るんじゃ――……って!


「歓太郎さんじゃねぇかぁぁぁぁっ!」


 離れろぉっ! と横っ腹に一撃。


「ごふぅ! さ、さすがははっちゃん。パンチが重い……!」

「こら歓太郎! はっちゃんはいま要安静なんだから!」

「待って、俺もたったいま要安静レベルの右を食らったんだけど……? 慶次郎、お兄ちゃんの心配はしてくれないのか?」

「お前は自業自得だわ! このわいせつ神主がぁっ!」

「えーん、はっちゃんがいじめる〜」


 とわざとらしい泣き真似をするけど、顔は笑っている。こういうところが歓太郎さんだ。


「はっちゃん、大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか?」


 さっと駆け寄って、そっとあたしの手を取る。うん、この優しさが慶次郎さんですわ。


「いや、むしろめっちゃ身体軽い感じする。何かもう二十時間くらい寝た気分」

「二十時間も寝るのは逆に身体に悪い気もしますが。いや、それだけ体力が消耗していたということです」

「そういやさっき死ぬ寸前とかめっちゃ大袈裟なこと言ってたよね?」


 さすがにそれくらいのことになってりゃあたしにだってわかるって。ほんとにこの神社の人間(一部『人間』じゃないけど)って過保護なんだから、と笑い飛ばしていると――、


「慶次郎さん?」


 今度こそ、慶次郎さんだった。

 まだ着替えていない、真っ白い、狩衣かりぎぬとかいう平安貴族みたいな着物だから、間違いない。というか、視界の隅で歓太郎さんが「わお」とか言ってこっち指差してるし。となると、これはもう完全に慶次郎さんだ。慶次郎さんが、あたしのことを強く抱き締めているのだ。


「大袈裟じゃないんです、本当に。本当に、本当に死ぬところだったんです、はっちゃん」

「そ、なの……? そんな感じ全然しなかったけど?」


 だって全然身体が重いくらいっていうか、ちょっと頭が痛いだけとか。あ、あと頬がコケてるとかは言われたけど、だけど、それだけだよ?


「呪いというのは、そうなんです。かけられた人は、自分がそんなに危険な状態だって気付かないで、ある日突然、ぷつんと糸が切れたように死んでしまうんです。はっちゃんは、もう本当にギリギリだったんです。ごめんなさい、僕がこんなに遅くなったから」

「慶次郎さんのせいじゃないよ」


 慶次郎さんの手が震えている。


「僕のせいです。本家には僕以外にも陰陽師はいます。その人に任せて、早く帰れば良かったんです」

「でも、その人は慶次郎さんほどすごくないんでしょ? 式神とか出せんの?」

「出せない……ですけど。じゃ、じゃあ、次は、はっちゃんも連れて行きます!」

「連れてく? どこに?」

「本家です」

「は? 何でよ」

「何でも何も、心配です! 僕の目の届かないところでまたこんなことになったら! はっちゃんにもしものことがあったら、僕は、僕は……!」

「いや、落ち着きなって、慶次郎さん。どう考えてもあたし部外者だからね? 誰こいつってなるに決まってるじゃん。恋人とか奥さんならまだしも――」


 と、つい口が滑る。

 何言ってんのあたし! こんなのもう催促してるみたいじゃん!


 いや、むしろ催促するくらいがちょうど良いのか、この人(ヘタレ)の場合。


「お、おおおおおおおおお奥、奥、さささささ」

 

 ああもうほら、バグ起こしちゃったもん。大丈夫? 再起動した方良い? 電源ボタン長押しすれば良い? 電源ボタンどこ?


「え~、良いじゃん良いじゃん。それ良いじゃん。よっしゃはっちゃん、俺と結婚しよ。そしたらさ、ぜーんぜんでっかい顔で本家のしのし歩けるよ? 慶次郎もそれなら心配ないだろ? さっすが俺! あったまいー!」


 何をどうやったのか、するり、と慶次郎さんの腕の中からあたしを奪い、後ろから抱き締めて、肩の上に顎を乗せる。


「は? 歓太郎さん?!」

「ちょ、歓太郎! 何言ってるんだ! ていうか、離れて! はっちゃんから離れるんだ!」

「やーだね。ていうか、別にはっちゃんは慶次郎のもんじゃないもんな。お前、いつまで経ってもプロポーズはおろか告白もしねぇんだもん。あぁ~あ、はっちゃんカーワイソー。五年も待たされてさ。普通、ここまで待ってくれねぇぞ?」


 歓太郎さんと結婚するのは絶対に嫌だけど、だけれども、彼の発言に関しては、内心「そうだそうだ!」と拳を振り上げている自分がいるのも事実。普通に考えたら、こんな恋人未満の状態で五年は待たないわな。確かに。


「う、ううぅ……」

「俺もそろそろ身を固めよっかなーって思ってたし、ウチの神様もはっちゃんくらいガッツのある子なら根負けするだろうしさ。ね、はっちゃん、どう? 俺、はっちゃんのこと幸せにする自信しかないからさ、俺にしようよ」


 ずい、と身を乗り出し、あたしの顔を覗き込んで、くい、と顎を掴まれる。この距離はヤバい。あとちょっとで唇が触れる。


「はっちゃんも案外抵抗しないし、これはもうOKってことで良いよね?」


 正直、OKではないです。

 絶対に嫌です。

 だけれども、ここで止めてくれない慶次郎さんなら、もしかしたらこの先さらに五年十年待っても、なんやかんやヘタレにヘタレて何も変わらないかもしれない。


 あたしは信じてる。

 歓太郎さんのこれは絶対に本気じゃない。

 この人はなんだかんだ言っても弟のことを本当に大事にしてる。自分がどう動けば弟を焚きつけられるかというのをわかってる。

 あたしは信じてる。

 慶次郎さんは、こういう時にヘタレる人じゃない。

 この人はなんだかんだ言っても最後の最後、本当にのっぴきならない時には、動ける人なのだ。


 だから、ぎゅっと目を瞑って、身を固くして、待った。

 千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルのスーパー陰陽師が、胸の奥の奥にある勇気を振り絞ってくれることを。


「……か」


 ぽそり、とその声が聞こえて、恐る恐る目を開ける。歓太郎さんも、うんと小さな声で「やっとか」なんて呟いて、ちょっとホッとした顔をしている。


「かん、歓太郎になら、って、思ったこともあるけど。やっぱり嫌だ。僕が、はっちゃんを幸せにしたい」


 真っ白い狩衣にぼたぼたと涙を落として、瞼をごしごしと乱暴に拭う。


「はっちゃん、歓太郎の奥さんにならないでください。僕、僕の」


 来るか?!

 いよいよか?!


 でもやっぱり良いところで邪魔が入るんだろうな、どうせ。ちょうどいまもふもふ達いないしね。きっと、ほんと良いところで、ぼふん! って三人(この場合は三匹か)が出て来てさ、葉月葉月~、なんつって。もうね、全然想定内だから、そういうの。 


「僕の奥さんになってください」


 ――は?


 え? もふもふカットインは?

 へ? 歓太郎さん邪魔しないの?


「へあ」

「はっちゃん、その、返事は」

「ほあぁ」

「あの、僕、かなり勇気出してみたんですけど、その」

「わ、ワンモア……」

「ワンモア? も、もう一回、ですか?」


 こくこく、と頷く。

 歓太郎さんはいつの間にか、少し離れてくれていた。


「ええと、あの、ええと、その、ですから」


 良いよ、OK。もうね、どれだけ「ええとええと」言っても良いよ。もうこの際、待つよ。もうあたし五年も待ったんだし、これくらい誤差みたいなもんよ。


「ぼ、ぼぼぼぼ僕の、その、お、おおおお奥、奥しゃ、奥しゃんに、な、なてくだしあ」


 噛んだ――!

 噛んだけど良いよ! もうこれくらいどうってことないよ!

 ていうかやっぱり彼女すっ飛ばしてプロポーズだったな、この人!


 やっと……。

 やっとだよ。

 もうこの際彼女じゃなくて妻で良いよ。

 恋人同士のキャッキャウフフ期間なんてなくても良いよ。どうせこの人ここから先に進むのだって数ヶ月数年かかるんだろうしさ、もう恋人期間みたいなものなのよ、それはさ。


 蓬田葉月、感無量……!


「謹んで、お――」


 あまりに興奮しすぎたのか、きちんと返事も出来ないまま、あたしは再びぶっ倒れた。


 嘘でしょ。

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