第4話 ヘタレ陰陽師、無事帰還する

「おはようございます葉月。あの、なんか……痩せました?」


 いつもよりもたっぷりと睡眠を取った翌朝、顔を洗いに洗面所へ向かう途中で麦さんに会った。


「おっ、やっぱ麦さんにもわかっちゃう? そうなんだよね。ほら、用意してくれた部屋着がゆるくなったの! 特にこのジャージ! いやー、やっぱり慣れないことすると痩せるのね!」

「慣れないことというか、そんな重りがついていたら負荷がかかって痩せるのでは……」

「重り?」


 あぁはいはい、これね? うーん、これはまぁほぼほぼ無関係なんだけどなぁ。でも、こんなのぶら下げたことない麦さんからしてみたら、重りにしか見えないのか。そりゃそうだよね。でも残念ながら、これは減ってないんだよねぇ。むしろここから積極的にしぼんでくれよ! まぁ、腹肉が薄くなってくれたり、腿が細くなるのは嬉しいけど。


「それに心なしか頬もコケているような……」

「嘘っ! もう効果あった!? こないだ職場の先輩に、氷室ひむろ真美恵まみえちゃんもやってるっていう温涼おんりょうマッサージ教えてもらったんだよね。むくみが取れるって」

「怨霊マッサージ……ですか」

「そうそう。めっちゃ効きすぎてほっぺたコケちゃう人もいるんだって。徐々に慣れてきてちょうど良くなるみたい」

「成る程、令和の美容法というのは、奥が深いですね」

「そうなのよ! ってなわけでこれは大丈夫。おパさんと純コさんにも言ってるんだけどさ、みんなにイチイチ説明するのめんどいから――」

「わかってます。ちゃんとみんなにも私から伝えておきますから」

「ありがとー」


 なんかよくわからないけど、肩はずっしり重いし、頭痛もする。職場の人にも言われたけど、なんかすごく痩せたらしい。共働きってこんな感じなんだろうな、なんて思いながら過ごすこと、数日。


 たぶんそういう機の巡りなんだろうけど、何もないところで躓いたり、でもそのおかげで危うくトラックに轢かれそうになるのを回避したりして、運が良いんだか悪いんだか、みたいなことが度々あった。


「ちょっともー、お守りしっかりしてよね」


 なんて言いながら、慶次郎さんからもらったお守りに触れると、違和感がある。


「嘘でしょ、御神木割れてんじゃん……」


 なにかの弾みで割れてしまったらしい。だいぶ長い付き合いだったもんなぁ。まさかとは思うけど、あたしの胸で挟まれてぱっきり……とかじゃないよね? さすがにそんなヤワじゃないよね、神様!?


 でも成る程、それで運が良いのと悪いのが半々だったのか。納得納得。まぁ明日のお昼前には慶次郎さん帰って来るし、新しいの作ってもらえば良いや。


 などと軽く考えて迎えた翌日。

 運良くその日は土曜日。さて、軽く掃除でもしながら、未来の夫(と思いたい)の帰りでも待ちますか。


「わわわ、葉月葉月大丈夫? なんか今日ふらふらしてない?」

「え? そう?」

「いつもは起きたらすぐにご飯なのに、まだ食べてないじゃん! ぼくのご飯、今日も美味しく出来てるよ!? ほかほかだよ!?」

「あれ、そうだっけ。なーんかお腹空かないから忘れてた」

「嘘でしょ、葉月がぼくのご飯を忘れるなんて! 病気じゃない!? やっぱり肩のやつが――」

「大丈夫だってば。いまから食べるし」

「そ、そう……?」


 おパさんったら、主に似て過保護なんだからもー。でもマジで忘れてたな、朝ご飯のこと。あたし別に断食ダイエットはしてないんだけど。


「うぉっ、葉月おい、大丈夫か? 今朝はまたいつにも増してぐっさりじゃねぇか!」

「へ? ぐっさり?」

「頭頭! さすがに痛いだろそれ!」

「あぁ、頭痛? そうなんだよねぇ。ここ最近標準装備すぎてなーんか慣れちゃった」

「ひょ、標準装備なのか……? 大丈夫か……?」

「んもー純コさんも心配症なんだから。大丈夫大丈夫!」

「な、ならいいけど……」


 純コさんも大概過保護なんだよね。ていうか、ケモ耳ーズが過保護なのか。


 と。


「葉月!」


 やっぱり来たか、麦さん。


「葉月、一体どうしたんです! 完全にやつれてるじゃないですか!」

「マジで!? ちょっと昨日もマッサージしすぎたのかな。これこのまま行ったらあたしも氷室真美恵ちゃんくらい小顔になれちゃったり?」

「小顔どころか、顔がなくなりますよ!」

「あはは、そんなわけないじゃん。大丈夫だってば」

「ですが……」

「心配いらないよ。いまからご飯食べるからさ、終わったら一緒にお掃除しよ。きれいなお家で慶次郎さん……、と歓太郎さんをお出迎えしないとね」

「そうですけど……」


 しかし今日は随分とみんなあたしのこと心配するなぁ。確かにまぁここ数日の疲れが出たのか身体が重いけど、それもまぁ今日で終わりだしね。



「ただいま戻りました! はっちゃぁん! いま戻りましたぁ!」


 玄関から、そんな声が聞こえてくる。あたしはというと、ご飯を終え、麦さんと二手に分かれて社務所内のお掃除をしているところだった。どーれどれ、出迎えてやりますか。


 とたとたとた、と廊下を早足で移動する足音がする。それと共に、「はっちゃん! はっちゃんは何処に!? 戻りました! 僕、帰ってきました!」と必死な声まで聞こえてくる。


「ここ、ここ。そんな焦らなくても慶次郎さんはもー」


 そんな広い建物でもないため、すれ違うこともなく、廊下でばったりと出くわす。その恰好で移動したの!? と思わずぎょっとしてしまうが、まぁ似合いすぎるほど似合う陰陽師ルックの慶次郎さんだ。はいはーい、お疲れさま〜なんて笑って手を振ると、私の姿を見つけた慶次郎さんは、「はっちゃぁん」と気の抜けた声を発してから、「えぇっ!?」っと目を見開いた。


「どした?」


 と問いかける間もなく、平時からは考えられないスピードで一気に距離を詰めると、両肩をガシッと掴まれた。えっ、何、積極的! 本家で何があったの!? いつものヘタレ慶次郎さんにはあるまじき積極性なんですけど!?


「何があったんですか、はっちゃん!」

「……は?」


 何もなかったけど? むしろ何にもなかったと思うけど?


 頭上にいくつものクエスチョンマークを並べていると、慶次郎さんはいきなり袂に手を突っ込んで、ざば、と「そこそんなに収納力あるんだ!?」って思うくらいの御札を取り出した。イメージはあれだ、金持ちが懐から取り出す札束。紙のテープ巻かれてるやつね。


 そして、


「うわぁぁ、はっちゃんんんん!」


 と叫びながら目にも止まらぬ速さでシュバシュバと手を動かして空を切り、


「僕が、僕がいなかったからぁぁぁ!」


 と叫びながらその御札で私の肩をバサバサと払い、


「こんなことになるなんてえええええ!」


 と叫びながら、そのうちの一枚をぺしーんと私の額に貼り、


「もう! もう大丈夫ですから! もう終わりますからあああ!」


 と叫んで、最後に、何やらむにゃむにゃと唱えて、両手をぱん、と打ち鳴らした。


 えっ何。

 マジで何。

 全体的に何。


「いかがですかはっちゃん! もう大丈夫ですよ! 何か痛いところとかないですか!? 大丈夫ですか!」

「いやいやいやいや。逆に何。慶次郎さんの方が大丈夫?」

「僕は大丈夫です! はっちゃんがいれば無敵なんです! だけどはっちゃんが! はっちゃんがぁぁぁぁ!」

「もう、久しぶりに会ったと思ったらうるさいなぁ。あたしが何?」


 何が何やらわからず、眉間にしわをガッツリと寄せて首を傾げる。


「ありとあらゆる呪いにかかってました! 死ぬ寸前でしたよぉぉぉ!」

「……は?」


 呪い?

 

 死ぬ……寸前……?


「は、はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 腹の底から思いっきり叫んだあたしは、それで頭の血管でもブチ切れたか、はたまた、その呪い云々で弱っていたのかは知らないが、白目を剥いてばったりと倒れた。

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