第3話 令和の働く女子はみんなそう
「はっちゃんんんんん!」
半べそどころか完べその慶次郎さんから電話がかかって来たのは、その翌日、日曜のお昼前のことだった。縁側で腹を出して寝転がり、ポカポカと日向ぼっこしている時のことである。
「申し訳ありません! こっちで厄介なお祓いが急にたくさん舞い込んできて、滞在期間が延びてしまいました!」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、「帰らないでくださいぃぃ、待っててくださいぃぃ」と泣く二十八歳児に、「ちゃんと慶次郎さんが戻ってくるまでいるから、そんなに泣きなさんな」と(一応)優しい言葉をかけてやる。声がだいぶ疲れているし、「ぎゃあぎゃあうるせぇ。こっちにも生活あるし帰るわ」なんて追い打ちをかけるのは良くない。
その直後、「慶次郎、一旦鼻噛め。俺もはっちゃんと話したい」と無理やり電話を代わられた歓太郎さんから聞いた話によると、本家のじじい共が、慶次郎さんがいるのを良いことに厄介な案件を次々と受けているらしく、ここで恩を売っとけば半年くらいは楽なんだとか。ここでさんざん恩を売っても半年しか持たねぇのかよ、というのが正直なところだけど。せめて一年は持たせろや。
ずびび、と鼻を噛む音が聞こえた後、鼻声が幾分かマシになった慶次郎さんが再び出てきた。
「ほ、ほんとに待っててくれますか?」
「おうおう、ちゃんと待っててやるってば」
「ありがとうございます。頑張れます、これで」
「しっかり頑張って。そんで、うるせぇじじい共を黙らせてきな」
「だ、黙らせられる……でしょうか」
「黙らせんのよ! あぁもうあたしがその場にいたら、横一列に並べて片っ端からビンタしてやんのに!」
「はっちゃん、暴力は駄目です! 警察沙汰になります!」
「だったらあたしが犯罪者にならんように、お前がしゃきっとせんかい!」
「ひぃ! わかりましたぁぁぁ!」
そう喝を入れると、しょぼくれていた慶次郎さんの声に心なしか力が戻った気がする。本人もその自覚があるのだろう、切り際に、
「はっちゃんとお話しすると元気が出ます。ありがとうございます」
と言われた。
ま、あたし? あなたの専属太陽でしたし? とは言わなかったけど。でもまぁ悪い気はしない。
とりあえず通話は終了。
今日も仕事は休みだし、ケモ耳ーズとのんびりお昼食べて、ゲームでもするかな。
そんなことを考えて、むくり、と起き上がる。
と。
ずぅぅぅぅん、と肩が重い。
何これ。この短時間で寝違えた? それとも慣れないことして肩が凝った? あるいは――?
思考を巡らせていると、葉月葉月お昼の時間だよ〜、とご機嫌で駆け寄ってきたおパさんが「うわぁ」と眉をしかめた。
「何よ、人の顔見るなり、『うわぁ』って。失礼じゃない」
その場に胡座をかいて首をコキコキ回す。
「だって葉月、肩にすんごいのが乗ってるんだもん」
「すんごいの? 肩に」
「うん。なんていうか、でっかい塊? ていうか」
「なーに言ってんの。あんね、これ大丈夫なやつだから。ちゃんと心当たりもあるやつだから」
「えぇっ!? そうなの!?」
「何でそんなにびっくりすんのよ。あのねおパさん。あたしだって一応社会人なわけ。まぁ親のコネで入ったお気楽な事務ではあるけど。だけどね? 一応平日は働いてんの。そこにアンタ、こんなお留守番とかね? 慣れないことしてみてご覧なさいって。そりゃあ塊の一つや二つ乗りますわ」
「そうなの?」
「令和の働く女性ってみんなそうなのよ」
「そうなんだ!」
「ましてやあたしの場合……これがさ」
と、たわわな双丘を指差す。本日も立派に実っている小玉スイカ(×2)だ。
「葉月のふかふかおっぱい?」
「そう! それがさぁ、新しいブラジャーの肩紐がちょっと細くて。可愛さで選んだらやっぱ駄目だわ」
ケモ耳のイケメンに何を語っているのかと思われたかもしれないが、安心してほしい。まず普通のイケメンにケモ耳は生えていない。いや、そうじゃなくて。
おパさん――だけじゃないけど――は式神なのである。いまの姿こそケモ耳尻尾搭載のスペシャルイケメンだが、本来の姿はもふもふの毛玉。さらに言えば、ベースは木彫りの狛犬(おパさんだけは獅子)だ。つまり性別なんてあってないようなもの。ならばこそ、こんな話も出来るというわけである。おパさんの方でも、あたしのことをどこぞのわいせつ神主のように厭らしい目で見たりなんてこともない。安心安全のイケメンである。
「肩紐関係あるの!?」
「あるある! 大アリよ! そういうわけで、いまのあたしの肩にはでっかい塊が乗っかってるってわけ。さすが式神、そういうのってわかるのねぇ」
「そうなんだぁ」
「残りのケモ耳ーズも神社の式神ーズもおんなじこと言いそうだけど、説明がめんどいからおパさん言っといて」
「わかった! ぼくにお任せ!」
「さーって、お昼食べよ食べよ」
「食〜べよ〜!」
そんなわけであたしは、やけにずっしり重い肩を特に気にも留めず、いつも通りの日曜を(まぁここにいる時点で『いつも通り』ではないんだけど)終えた。
週明けからは仕事と留守番の両立である。とはいえ、おパさんにも話した通り、親のコネで入った地域密着型卸専門商社の事務ということもあり、忙しいは忙しいけど、たぶん都会のOLさんと比べたら全然そうでもない。
本日も先輩(女子)と一緒にワーワーしながら働いて、「夜道は危ないからな!」と迎え(徒歩で)に来てくれた純コさんと買い食いしながら帰路につく。
しかし……、何だろ、この頭痛。なんていうの、もうすんごいズキズキするのよね。しかもめちゃくちゃピンポイントで。
「なぁ葉月、お前大丈夫か?」
「え? ぜーんぜん大丈夫、って言いたいところなんだけど、いまめちゃくちゃ頭痛くてさぁ」
「だろうな。だって」
「働きすぎかなぁ。いや、働きすぎってほど働いてる感じはしないんだけど、ただね、なんかすごいピンポイントで痛いのよ、額が」
「……だってまぁ、五寸釘刺さってるもんな」
「そう、それ! 五寸釘なのよ!」
「えっ、自覚あんの……?」
「あるよ! あるに決まってるじゃん!」
刺さったことはないけど、あたしが言いたいのはまさにそれ! そんなイメージ! 針とかじゃないの。あんなに細くはないのよ。かといって、ハンマー? そういうのでガツンとやられる感じでもない。とにかく五寸釘くらいの太さのやつでゴンゴン打ちつけられてる感じよ! 純コさん例えるのうまいじゃん!
「じ、自覚あんなら、まぁ……良いのか? おパも言ってたもんな、令和の働く女子ってみんなそんな感じって」
「そうそうそれそれ。だから今日は鎮痛剤飲んで大人しくしとくわ。ゲーム付き合えないけど、ごめんね」
「気にすんなよ葉月」
「おパさんにも言ったけど、おんなじ説明みんなにするの面倒だからさ、そんなわけであたし先に休むねって純コさんからみんなに伝えといて」
「おう、おれに任せろ!」
とまぁそんな感じで、その日は鎮痛剤を飲み、早めに休んだあたしである。
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