第2話 『若女将』のお留守番
神主と陰陽師が不在だからといって、神社を完全に閉めるわけにはいかない。
ただ、他の神社であれば、神主だって複数人いるんだろうし、巫女さんやら何やらがいるんだろうけど、この土御門神社で働いている人間はあの兄弟しかいない。
歓太郎さんは口を開けばわいせつな発言しかしないようなわいせつ神主だが、神職者としてはかなり有能らしく、巫女も兼任していて、この神社の経営から何からを一手に引き受けている。お祓い関係は慶次郎さんだ。この人、対人折衝力は限りなく0に近い0だが、悪霊だの何だのに関してはすこぶる優秀なのである。ただ普段は、対人折衝力トレーニングとして、小さなカフェの店長をしている(今回は臨時休業にさせていただいている)んだけど。呼ばれたら神社の方に行く感じ。
というわけで、それぞれを補いながら、さらに足りない部分を慶次郎さんが式神で補填するなりしてどうにか回しているというのが、この土御門神社なのだ。
なので、その二人が不在のこの時期には、お留守番用の式神を複数体追加して通常営業しているらしい。
「葉月様、せっかく本日はお仕事もお休みのようですし、神社のことはわたくし達に任せて、どうぞあちらでお休みください」
と、優しい言葉をかけてくれるのは、ケモ耳なしの式神、黒髪ロングの清楚系、『鮎(
彼の他にもう三人、ケモ耳なしのイケメン式神がいて、そちらは神事ではなく専ら雑用がメインである。
一生懸命境内の掃除をしている
とにもかくにも、そっちの仕事は彼らがやってくれるので、はっきり言うと、日中にあたしがここにいる意味はないのである。だけれども、あたしがここにいるかいないかで慶次郎さんのやる気が違うらしい。それが証拠に、ちょいちょい歓太郎さんからメッセージが届くのだが、
『はっちゃん、慶次郎すごいよ! 泣いてない!』
って、まぁギリ涙は流れてないからセーフかな? みたいな涙目で正座をしている姿が添付されているのだ。
……いや、何をどうしたら二十八歳の男が涙目で正座することになるのよ? しかもこれで『すごいよ!』なわけでしょ? この人去年までどうしてたの? まぁツッコミどころは多々あるというか、ツッコミどころしかないけれども、それでも一応あたしがここにいることで何かしらの効果はあるらしい。そう思えば、よっしゃ何かもっと役に立ったろうじゃん! と思うわけで。
神社の方に仕事がないんなら、居住スペースの方で頑張れば良いよね!
そう気を回して、麦さんと共に掃除洗濯、おパさんと一緒に炊事、そんで純コさんと一緒に買い出しなどなどを、それはそれは張り切ってやってみたあたしである。ケモ耳ーズも悪乗りしてあたしのこと『若女将』なんて呼んだりして。面倒だからハイハイ、なんて聞き流してるけど。
まぁ内心「慶次郎さんと結婚したら、こういうこともやるのよね」なんてのも思ったりはする。まだちゃんとお付き合いもしてないのに気が早いってのはわかってる。わかってるんだけど、でも、たぶん慶次郎さんの場合、ここまで来たら恋人っていうか、もう一気に夫婦まで行くんじゃないだろうか。
つまり、お付き合いしてください、っていう告白じゃなくて、結婚してください、まで駒を進めちゃうんじゃないかな、ってこと。だってそれなら一回で済むし、効率が良い――、ってあの人の場合効率云々っていうか、マジで付き合う=結婚くらいに考えてそう。まぁ、あたしはそれでも全然良いんだけど。むしろそれで良いんだけど。
そんなことを考えながら洗濯カゴを抱えて歩いていると、「あの」と後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこにいたのは、回覧板を持った女の人である。年齢は……たぶん四十代くらいかな。きっちりお化粧もして、きちんとした恰好をしている。これからどこかに出掛けるんだろうか、そのついでに寄ってくれたのかな、なんて思った。あたしこんなクソダサTとジャージ姿で申し訳ない。
「回覧板ですか? わざわざありがとうございます」
そう言って、受け取ろうと手を出すと、彼女はちょっとそれをためらうような素振りを見せてから、ずい、とこちらに差しだしてきた。
「すみません、これって次どこに回したら良いんですかね。慶次郎さんから何にも聞いてなくてあたし。あんにゃろ、こういうのがあるなら先に言っとけっつーの。ていうか、慶次郎さん、戻ってくるの明後日の予定なんですよ。あたしが見てもさっぱりわからないんで、彼が戻ってくるまで持ってても大丈夫ですか? それとも一旦次の人に回した方が良いですか? 後からまた戻してもらう感じで」
ご近所付き合いとか、慶次郎さんは大丈夫なんだろうかと一瞬不安になったが、よく考えたらここにはハイパーコミュ強の歓太郎さんがいるのである。たぶんこういうのも歓太郎さんが全部やってたんだろうなと気付き、慶次郎さんじゃなくて歓太郎さんの名前を出しときゃ良かったかな、と思っていると、
「あの、あなたは?」
あたしの問いには答えずに、そう尋ねて来た。
やっべ、そうだよな。彼女からしたらあたし完全に謎の女じゃん。
「あたし、葉月と言いま――」
「慶次郎君とどういったご関係ですか?」
嘘でしょ。
聞いといて被せてくる?
「どういった関係、って言われると」
どういった関係なんだろう。そんなのあたしが一番知りたいやつよ。むしろあたしが知りたいやつよ。おい慶次郎さんや、あたしなんて言ったら良いのよこういう場合。
答えに窮していると、
「若女将、お客様ですか? ああ、
麦さんが颯爽と現れて、あたしから洗濯カゴを奪う。
「立ち話というのもなんです、おパにお茶でも淹れさせますから、社務所へどうぞ」
なんてスマイルまで大サービスして。
まぁでもそりゃそうだな。こんなところで立ち話するよりも社務所でお茶でも飲みながら談笑すれば、今後のご近所付き合いもぐっとしやすくなるかも。み、未来の妻として! なんちゃって。
そう思って、「いかがですか」と社務所の方を指差したけど、
「結構です!」
何か強めに断られて、橘田さんというらしい女性は行ってしまった。
「……どうなさったんでしょう」
「さぁ? あっ、でも、なんかおしゃれしてたし、急いでたのかも」
「おしゃれ? 橘田さんはここへ来る時はいつもあんな感じですよ?」
「そうなの?! うわ、すっご。あたし、回覧板回す時なんて部屋着にサンダルとかだよ?」
「……若女将、それはどうかと思いますよ?」
「もうさ、その若女将って止めよ。なんか恥ずかしいから」
「近い将来そうなるんですから、慣れておいた方がいいですって」
「近い将来かぁ……。それって三十までに来ると思う?」
「どうでしょうね、慶次郎ですから」
「だよねぇ……」
そんなことを話しながら、結局二人で洗濯を干した。
その翌日からだ。
あたしの身に、異変が起こり始めたのは。
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