第16話 画家と詩人③

 その後も、何だかんだと話し込んでしまい、お城を出る頃には半日ほどが経過していた。

 本当に、ただひたすら喋っているだけだった。実に無意味な時間だった。

 どうして不愉快じゃないのか、我ながら不思議だ。

 身支度を整えていると、何ともなしに人魚ちゃんが言った。


「それにしても、画家というのは難儀な仕事だな。目が見えなくなった程度で廃業とは」

「廃業しないよ。活動も再開した。新しい絵の買い手も見つかったよ」


 途端、舌打ちする人魚ちゃん。


「稀代の天才が、奇跡の復活を遂げるという訳か。つまらん。そのまま終われば良かったのに」


 ひどい言い草だ。見た目は可愛らしいのに。


「人魚ちゃんに引き続き、私まで絵の世界からいなくなったら大変だよ」 

「二人いなくなった程度で崩れる業界など、遅かれ早かれ消える運命だ。さっさと辞めて、貴様も詩を書け」

「随分と詩が気に入ったみたいだね」

「当たり前だ。画家よりも詩人の方が上等な存在であることは、純然たる事実だからな」

「……理由を聞かせて?」


 言われた瞬間に激昂しなかった私を、誰か褒めてくれ。


「貴様ら画家は、色に頼らねば、視覚に訴えねば、人間一人さえ満足に感動させられない。一方の詩人は、目が見えなければ声で作品を届けられる。目と耳が不自由な相手には、手の平に文字を書くことで作品を届けられる。ゆえに画家は詩人の足元にも及ばない」

「詩で生計を立てられている人が、何人いる? 画家は沢山いるよ?」

「数や金の問題ではない。それに、吾輩以外の詩人には、そもそも存在価値など無い。より正確には、あいつらは詩人じゃない。あいつらが詩人を名乗ることなど、吾輩は許さない」


 別に、人魚ちゃんの許諾を求めている詩人なんていないと思う。って言うとまた長くなりそうなので言葉を飲み込む。

 今、確信した。やっぱり彼女とは根本の部分で合わない。嫌いじゃないけど、一緒にいるのは程々にしておきたい。

 私とヒノは席を立つ。


「じゃあね」

「泊まっていかないのか?」

「宿を予約してあるから」

「どんな宿よりも、吾輩の城には及ばない」

「でも泊まりたくない。人魚ちゃんがいるから」

「随分と冷たいな。吾輩の裸を見た癖に」

「そうなの!?」


 しばらく傍観者に甘んじていたヒノが、半ば反射的に声を発した。

 私は冷静に対応する。


「妙な言い方しないで。事前に会う約束をしてた時、私が人魚ちゃんの部屋に入ったら、人魚ちゃんが服を着てなかった。それだけだよ」

「本当に!? キスしてない!? エッチなことしてない!?」

「そ、そういうこと、大きな声で言わないで」


 何となく、騒ぐヒノの方から顔を逸らす。


「フッハッハ! 性的な単語が出ただけで赤面するような奴に、そんな真似できる訳なかろう!」


 やかましい。

 いよいよ耐えきれなくなり、扉に手を掛けたタイミングで、人魚ちゃんが言った。


「魔眼の呪いを解く方法、教えてやろうか?」

「……呪いのこと、どうして知ってるの?」


 動揺を隠して聞く。


「ある日突然、何の前触れもなく、目が見えなくなったとすれば、まず間違いなく魔眼の呪いだろう」

 「そうとは限らないよ。普通に目の病気かもしれない」

「だが貴様は呪いに侵されているのだろう?」


 なるほど。カマをかけられたのか。


「……無理だよ。魔眼の呪いを解くなんて」


 魔眼の呪いに侵された人間の話は数多く聞くが、その呪いが解けたという話は一度も聞いたことがない。

 改めて絶望していると、羊皮紙に何かを書き付ける音が聞こえた。

 続いて、人魚ちゃんの声が鼓膜を揺らす。


「小娘、これを持っていけ」

「何これ?」

「その街に、【呪術師】を名乗る女が住んでいる。そいつに聞けば、手がかりくらいは得られるだろう。分からなければ魔女に聞け」


 彼女の行動に、私は少なからず驚いた。


「珍しく優しいね。どういう風に吹き回し?」

「吾輩は普段と一緒だ。変わったのは貴様だよ」

「……」


 言われて考える。

 人魚ちゃんは性格が悪く、時折り私の不幸を願う。

 だが、心の底から私を嫌っている訳ではない。もしそうであれば、わざわざ会ったりしないはず。

 つまり、人魚ちゃんの中にある、僅かな善性を、これまでの私は感じ取ることが出来なかった。あるいは感じ取ろうとしてこなかった。

 最近、似たような感想を抱くことが増えている。

 要は、私が世界を憎んでいただけで、実際の世界は私を大して憎んでいなかったのだろう。

勿論、愛している訳でもない。世界はただ、そこに在るだけだ。





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