第14話 画家と詩人①

 史上最高の詩人。その通り名は【人魚】である。

 「足が悪く、ほとんど立ち上がらないから、そう呼べ」と本人が言っていた。

 馬車の中での会話中。これから会う予定の人魚ちゃんについて軽く触れると、ヒノが食いついてきた。


「どんな人なの?」


 言われて記憶を探ってみる。

 丁寧に編み込んだ水色の髪と、エメラルドグリーンの瞳が特徴的な美女だ。スタイルも良く、薄い布団だけを纏った姿は彫刻めいていた。

 上着とロングスカートがくっついたかのような、全身をすっぽりと覆い隠す服装を好み、いつも着ていた。その恰好も、人魚っぽい雰囲気を強める一因だった。

 しかし、私の口から最初に出たのは、それらの外見的特徴ではなく、内面的特徴だった。


「性格が死ぬほど悪い」




 人魚ちゃんは、小高い丘の上にある、立派なお城に住んでいる。

 お城のような家ではなく、本物のお城だ。ある貴族から貰い受けたものらしい。

 勿論、そんな場所を、人魚ちゃん一人で管理するのは到底不可能なので、百人のメイドさんを雇い、彼女たちに管理を任せている。

 丘を登り切った馬車が、お城の前に到着した。

 私とヒノは慎重に石畳の上へ足を下ろす。馬はひどく息を荒げていた。お疲れ様。




 一人のメイドさんに案内されて、私たちは城の最上階までやって来た。

 ヒノ曰く、広い部屋の中央に置かれた、天蓋つきのベッドに、人魚ちゃんは横たわっていた。眠っている訳ではなく、ただ休んでいるだけ。

 下着しか身に着けておらず、やたらと煽情的な姿をしているそうだ。相変わらず、教育上不適切な存在だなぁ。

 ため息交じりに声をかけた。 


「こんにちは。人魚ちゃん」

「フッハッハ! 出たな魔女! 話は聞いたぞ! 目が見えなくなったそうだな! 画家としての貴様は終わりだ! 絶望の果てに死ぬがいい!」

 

 人魚ちゃんはすごく楽しそうに、舞台役者みたく朗々と言い放った。


「清々しいくらい無配慮だね」

「ありがとう!」


 褒めてないよ。苦笑で尋ねる。


「私の目が見えなくなったこと、誰から聞いたの?」

「化け猫だ」

「何で化け猫ちゃんが知ってるのかな? あの子と最後に会ったの、二年くらい前だけど」

「どうせ吸血姫の仕業だろう。あいつはお喋りな上、貴様のことが大好きだからな。きっと今もどこかで貴様の話をしているぞ」


 吸血姫ちゃんは、私のことが大好き。

 かつての私であれば、その言葉を受け入れなかっただろう。吸血姫ちゃんに限らず、誰かが自分を愛してくれる未来なんて、欠片も想像できなかった。

 だが、今は不思議とすんなり飲み込める。どうしてかな?

 愛を知ったから?

 随分と安い表現だ。でも嫌いじゃないし、本気でそう思えることが嬉しい。

 そんな事を考える私に、人魚ちゃんが言う。


「いつまで立っているつもりだ。さっさと座れ」

「どこに?」

「その椅子に」

「どの椅子?」

「いちいち聞かなきゃ分からんのか?」

「分かんないよ。見えないからね」


 そう答えると、人気ちゃんは諦めたような口調で、周囲に何があるか教えてくれた。

 どうやら、私達が話している間に、何人かのメイドさんが、椅子とテーブルを用意してくれたらしい。

 それらは人魚ちゃんが横たわるベッドの脇に置かれていた。ヒノの助けを借りて座る。

 更に、メイドさん達は紅茶まで用意してくれた。至れり尽くせりだ。これで家主がいなければ完璧なのに。

 邪魔な家主が尊大に言い放つ。


「飲め。最高級の紅茶だぞ。美味いぞ」

「銘柄は?」

「知らん。でも一番高かったから、一番美味いはずだ」

「値段だけで物の価値は決まらないよ」

「世界で最も高い絵を描いた人間が、その台詞を言うのか。面白い皮肉だな」

 

 声を上げて大笑いする人魚ちゃん。手でベッドを叩いているのか、ボフンボフンと、くぐもった音がした。

 私は反論する。


「皮肉じゃないよ。私が『値段こそが物の価値を決める』って言ったら、あまりに救いがないでしょ?」

「救いなんて、大抵はまやかしだ。だからこそ信じる者は救われるのだ」

 

 人魚ちゃんが嬉しそうに呟く。

 彼女は、こうやって無駄な話をするのが好きだ。だから私は彼女と一緒にいるのが嫌いだったのだが、今は割と許せる。

 雑談に花を咲かせていると、ヒノが私に尋ねた。


「マーちゃん、これ、ちょっと熱いけど大丈夫? いつもみたいにフーフーしてあげようか?」


 人魚ちゃんがヒノに聞く。


「おい小娘、フーフーとは何ぞや?」

「こうやってね、息を吹きかけて、飲み物とか食べ物を冷ましてあげるの。そうすれば、マーちゃんが火傷しないでしょ?」

「なるほどなるほど。つまり魔女は、自分が飲み食いする物に、幼気な少女の湿った吐息を吹きかけさせた上、それを食べさせてもらっているのか。随分と高尚な趣味だな」

「その言い方やめて」

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