第14話 画家と詩人①
史上最高の詩人。その通り名は【人魚】である。
「足が悪く、ほとんど立ち上がらないから、そう呼べ」と本人が言っていた。
馬車の中での会話中。これから会う予定の人魚ちゃんについて軽く触れると、ヒノが食いついてきた。
「どんな人なの?」
言われて記憶を探ってみる。
丁寧に編み込んだ水色の髪と、エメラルドグリーンの瞳が特徴的な美女だ。スタイルも良く、薄い布団だけを纏った姿は彫刻めいていた。
上着とロングスカートがくっついたかのような、全身をすっぽりと覆い隠す服装を好み、いつも着ていた。その恰好も、人魚っぽい雰囲気を強める一因だった。
しかし、私の口から最初に出たのは、それらの外見的特徴ではなく、内面的特徴だった。
「性格が死ぬほど悪い」
◇
人魚ちゃんは、小高い丘の上にある、立派なお城に住んでいる。
お城のような家ではなく、本物のお城だ。ある貴族から貰い受けたものらしい。
勿論、そんな場所を、人魚ちゃん一人で管理するのは到底不可能なので、百人のメイドさんを雇い、彼女たちに管理を任せている。
丘を登り切った馬車が、お城の前に到着した。
私とヒノは慎重に石畳の上へ足を下ろす。馬はひどく息を荒げていた。お疲れ様。
◇
一人のメイドさんに案内されて、私たちは城の最上階までやって来た。
ヒノ曰く、広い部屋の中央に置かれた、天蓋つきのベッドに、人魚ちゃんは横たわっていた。眠っている訳ではなく、ただ休んでいるだけ。
下着しか身に着けておらず、やたらと煽情的な姿をしているそうだ。相変わらず、教育上不適切な存在だなぁ。
ため息交じりに声をかけた。
「こんにちは。人魚ちゃん」
「フッハッハ! 出たな魔女! 話は聞いたぞ! 目が見えなくなったそうだな! 画家としての貴様は終わりだ! 絶望の果てに死ぬがいい!」
人魚ちゃんはすごく楽しそうに、舞台役者みたく朗々と言い放った。
「清々しいくらい無配慮だね」
「ありがとう!」
褒めてないよ。苦笑で尋ねる。
「私の目が見えなくなったこと、誰から聞いたの?」
「化け猫だ」
「何で化け猫ちゃんが知ってるのかな? あの子と最後に会ったの、二年くらい前だけど」
「どうせ吸血姫の仕業だろう。あいつはお喋りな上、貴様のことが大好きだからな。きっと今もどこかで貴様の話をしているぞ」
吸血姫ちゃんは、私のことが大好き。
かつての私であれば、その言葉を受け入れなかっただろう。吸血姫ちゃんに限らず、誰かが自分を愛してくれる未来なんて、欠片も想像できなかった。
だが、今は不思議とすんなり飲み込める。どうしてかな?
愛を知ったから?
随分と安い表現だ。でも嫌いじゃないし、本気でそう思えることが嬉しい。
そんな事を考える私に、人魚ちゃんが言う。
「いつまで立っているつもりだ。さっさと座れ」
「どこに?」
「その椅子に」
「どの椅子?」
「いちいち聞かなきゃ分からんのか?」
「分かんないよ。見えないからね」
そう答えると、人気ちゃんは諦めたような口調で、周囲に何があるか教えてくれた。
どうやら、私達が話している間に、何人かのメイドさんが、椅子とテーブルを用意してくれたらしい。
それらは人魚ちゃんが横たわるベッドの脇に置かれていた。ヒノの助けを借りて座る。
更に、メイドさん達は紅茶まで用意してくれた。至れり尽くせりだ。これで家主がいなければ完璧なのに。
邪魔な家主が尊大に言い放つ。
「飲め。最高級の紅茶だぞ。美味いぞ」
「銘柄は?」
「知らん。でも一番高かったから、一番美味いはずだ」
「値段だけで物の価値は決まらないよ」
「世界で最も高い絵を描いた人間が、その台詞を言うのか。面白い皮肉だな」
声を上げて大笑いする人魚ちゃん。手でベッドを叩いているのか、ボフンボフンと、くぐもった音がした。
私は反論する。
「皮肉じゃないよ。私が『値段こそが物の価値を決める』って言ったら、あまりに救いがないでしょ?」
「救いなんて、大抵はまやかしだ。だからこそ信じる者は救われるのだ」
人魚ちゃんが嬉しそうに呟く。
彼女は、こうやって無駄な話をするのが好きだ。だから私は彼女と一緒にいるのが嫌いだったのだが、今は割と許せる。
雑談に花を咲かせていると、ヒノが私に尋ねた。
「マーちゃん、これ、ちょっと熱いけど大丈夫? いつもみたいにフーフーしてあげようか?」
人魚ちゃんがヒノに聞く。
「おい小娘、フーフーとは何ぞや?」
「こうやってね、息を吹きかけて、飲み物とか食べ物を冷ましてあげるの。そうすれば、マーちゃんが火傷しないでしょ?」
「なるほどなるほど。つまり魔女は、自分が飲み食いする物に、幼気な少女の湿った吐息を吹きかけさせた上、それを食べさせてもらっているのか。随分と高尚な趣味だな」
「その言い方やめて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます