第10話 手と足②

 戦地に行き、現場で闘っている兵士に話を聞きたい。

 私がそう言うと、外務大臣は激しく狼狽した。


「兵士たちの元へ行きたいだなんて! 正気ですか!?」


 戦争を指揮している人間が、他人に正気を問う。面白いジョークだ。

 外務大臣は私を説得しようとする。


「いいですか? 兵士たちがいるということは、そこが戦地のど真ん中だということです。命の保証はできません。だからこそ、我々上層部の人間は絶対に現場には行かないのです。我々が死んだら、指揮する人間がいなくなってしまいますからね」


 戦争を指揮する人間がいなくなれば、戦争は終わりそうな気がするけど、どうやら違うらしい。戦争は難しい。

 私は外務大臣に尋ねる。


「つまり、指揮権を持ったその日から、貴方たちは一度も現場に行っていないということですか?」

「いいえ」


 きっぱりと否定して、外務大臣は正解を述べた。


「我々は生まれてから一度も、戦地に行ったことがありません。国王を含む、国の上層部は、数百年前から世襲制なのです」

「……ひょっとして、隣国も同じですか?」

「はい。そうだと思います」


 戦争を全く知らない人間が、戦争に介入して、干渉して、殺戮を煽る。

 あるいは、理性的な判断を下すために、あえて前線との関わりを断っているのかもしれない。

 無知は時に、おぞましいほど人を強く残酷にするから。



 

 

 案内役である兵士の男性は、戦場ど真ん中の基地に降り立った私たちを、酒やけした声で歓待した。


「あんたが【魔女】か。思ってたより随分と若いな。てっきり、バケモノみたいなババアが来ると思ってたぜ」

 

 失礼な。私はまだ20歳にもなっていないのに。頬を膨らませて意思表示。

 酒やけ兵士はヒノにも声をかける。


「そっちのお嬢ちゃんは何者だ?」

「ヒノだよ! まーちゃんと仲良しだよ!」

「そうか。そりゃいいことだ」

 

 ほとんど意味のない自己紹介を受けて、兵士は適当に笑った。

 ヒノに手を引かれ、戦地を散策する。

 私は耳をピクピク動かし、鼻をひくひくさせて、周囲の様子を窺ってみた。 


「交戦中とは思えないくらい、穏やかな雰囲気ですね」


 目が見えなくても分かる。血や硝煙の匂いはするし、時おり銃撃音と悲鳴も聞こえるのに、不思議と緊迫感は乏しい。


「くくくっ、だろ? 変だよなぁ」


 何故か嬉しそうに兵士は笑う。

 そんな調子で、歩くこと数分。


「ほら、着いたぜ。ここが最前線だ」


 途端、ヒノは大声ではしゃぎ出した。


「うわー! すごいよマーちゃん!」

「何がすごいの? 教えて?」

「右手と左足が、いーっぱい置いてある! ピラミッドみたい!」

「ぴらみっど?」

「三角王のお屋敷みたいな感じ!」

「なるほど。あの感じね」


 納得して、今度は兵士に聞く。


「これだけの数の人間を、一体どこで殺したんですか?」


私の問いに、吹き出す兵士。


「違う違う。あれ、手作り。手作りの手足」

「……ダミーということですか?」

「そうそう」


 何のために、そんなことを? 尋ねようとした直前、ヒノが叫んだ。 


「あっちから焼き鳥の匂いがする!」

「ちょっ、ヒノ待って、急に動かないで」


 手を繋いでいる私は、自然と引っ張られてしまう。

 どうやら、家畜の肉と骨を、切ったり焼いたり継ぎ足したりしながら、ダミーの手足を作っているらしい。血や臓物の匂いはそのせいだろう。

 しかし、まだ疑問は残っている。私は兵士に連続で質問した。


「硝煙の匂いと煙は?」

「あちこちで火薬を燃やしてるだけ」

「悲鳴と銃撃音は?」

「兵士が叫びながら、誰もいない場所に向けて乱射してるだけ」


 なるほど。傍目には、かなり奇妙な光景だろうな。

 そして、最も気になっている点について聞く。


「どうして、こんなことを?」

「だってアホらしいじゃん。戦争で死んだり殺したりするなんてさ」

「……そうですね」


 あまりに軽い口ぶりだったので、思わず私は笑ってしまった。

私の反応に気を良くしたのか、兵士は楽しそうに続ける。


「だから、向こうの兵士たちと手を組んで、上層部の連中を騙すことにしたんだ」


 面白いじゃないか。

 兵士たちの行動を、ひどいとは思わなかった。上役たちだって、これまで決して少なくない数の嘘で、国民を戦争へと赴かせてきたはずだ。

 たまには国民が上役に嘘を吐いたっていい。そっちの方がフェアだろう。

 しばらくすると、酒やけ兵士が、鶏肉のスープを持ってきてくれた。手足を作る過程で生じた端材を有効活用したものらしい。とても美味しかった。




 二時間ほどで、私とヒノは上役たちが待つ城塞へ戻った。

 そして彼らに伝えた。


「兵士たちが、どこから左足を調達しているのか、判明しました」


 私の発言に、ざわめく上役たち。私は抑揚のない声で続ける。


「兵士たちは、敵国の民間人を大量に殺害しているのです。いわゆるジェノサイドですね」

 

 上役たちは口々に言う。

「なんだと!?」

「信じられない!」

「おぉ……、何という残酷な……」


 驚愕、衝撃、絶望、落胆など、反応は様々。

 私は半ば無視して話す。


「確かに残酷です。しかし同時に、合理的な判断だと思いました」


 その真意も併せて口にする。


「民間人には、女性や子供も含まれます。女性は子供を出産し、その子供が育てば、その内の何割かはいずれ兵士になるでしょう。つまり現場の軍人たちは、未来の敵を根元から断っているのです。子供は言わずもがなです」

「し、しかし……仮にそんな方法で勝ったとしても、他国からどんな目で見られるか……」

「現場の判断で、勝手にやっていることです。いざとなれば、現場の責任にしてしまえば、上層部の皆様に害はないかと」


 そう説明すると、上役たちはゴニョゴニョ相談し始めた。

 案外、結論はすぐに出た。


「なるほど……。貴方の仰る通りやもしれませんな」


 こうして、この問題は、しばらく様子見することになった。




 もう一つの国の上役たちにも、同じような虚偽報告をした後、私たちは逃げるように馬車で国を出発した。

 一息ついたタイミングで、隣のヒノが私に聞いた。


「あれ、いつかバレちゃわないかな?」

「右手と左足がダミーだってこと?」

「うん」


 心配そうに返すヒノ。私は優しく答える。


「大丈夫だと思うよ。触り心地とか、匂いとか、すごくリアルだったし」


 本物の千切れた手足を知っている理由についてはノーコメント。


「それと、あのダミーを作ってる兵士たちは、周りの国から、かなり手厚いサポートを受けてるみたいなんだよ」

「他の国が、右手と左足を作るのに、協力してるの? 何で?」


 ヒノの疑問に答えてあげる。


「あの2つの国は、お金も資源も大量に持ってる大国なんだよ。だから、あの戦争が終わったら、他の国を侵略しようとするはず。つまり、あの2つの国に戦争し続けてもらった方が、周りの国にとって好都合なんだよ。強い敵の意識が、自分たちの国に向かないからね」


 ゆえに、上役たちは永遠に真実には気づかない。

だからきっと、兵士たちはこれから先も、手足を作り続けるのだろう。 

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