第10話 手と足②
戦地に行き、現場で闘っている兵士に話を聞きたい。
私がそう言うと、外務大臣は激しく狼狽した。
「兵士たちの元へ行きたいだなんて! 正気ですか!?」
戦争を指揮している人間が、他人に正気を問う。面白いジョークだ。
外務大臣は私を説得しようとする。
「いいですか? 兵士たちがいるということは、そこが戦地のど真ん中だということです。命の保証はできません。だからこそ、我々上層部の人間は絶対に現場には行かないのです。我々が死んだら、指揮する人間がいなくなってしまいますからね」
戦争を指揮する人間がいなくなれば、戦争は終わりそうな気がするけど、どうやら違うらしい。戦争は難しい。
私は外務大臣に尋ねる。
「つまり、指揮権を持ったその日から、貴方たちは一度も現場に行っていないということですか?」
「いいえ」
きっぱりと否定して、外務大臣は正解を述べた。
「我々は生まれてから一度も、戦地に行ったことがありません。国王を含む、国の上層部は、数百年前から世襲制なのです」
「……ひょっとして、隣国も同じですか?」
「はい。そうだと思います」
戦争を全く知らない人間が、戦争に介入して、干渉して、殺戮を煽る。
あるいは、理性的な判断を下すために、あえて前線との関わりを断っているのかもしれない。
無知は時に、おぞましいほど人を強く残酷にするから。
◇
案内役である兵士の男性は、戦場ど真ん中の基地に降り立った私たちを、酒やけした声で歓待した。
「あんたが【魔女】か。思ってたより随分と若いな。てっきり、バケモノみたいなババアが来ると思ってたぜ」
失礼な。私はまだ20歳にもなっていないのに。頬を膨らませて意思表示。
酒やけ兵士はヒノにも声をかける。
「そっちのお嬢ちゃんは何者だ?」
「ヒノだよ! まーちゃんと仲良しだよ!」
「そうか。そりゃいいことだ」
ほとんど意味のない自己紹介を受けて、兵士は適当に笑った。
ヒノに手を引かれ、戦地を散策する。
私は耳をピクピク動かし、鼻をひくひくさせて、周囲の様子を窺ってみた。
「交戦中とは思えないくらい、穏やかな雰囲気ですね」
目が見えなくても分かる。血や硝煙の匂いはするし、時おり銃撃音と悲鳴も聞こえるのに、不思議と緊迫感は乏しい。
「くくくっ、だろ? 変だよなぁ」
何故か嬉しそうに兵士は笑う。
そんな調子で、歩くこと数分。
「ほら、着いたぜ。ここが最前線だ」
途端、ヒノは大声ではしゃぎ出した。
「うわー! すごいよマーちゃん!」
「何がすごいの? 教えて?」
「右手と左足が、いーっぱい置いてある! ピラミッドみたい!」
「ぴらみっど?」
「三角王のお屋敷みたいな感じ!」
「なるほど。あの感じね」
納得して、今度は兵士に聞く。
「これだけの数の人間を、一体どこで殺したんですか?」
私の問いに、吹き出す兵士。
「違う違う。あれ、手作り。手作りの手足」
「……ダミーということですか?」
「そうそう」
何のために、そんなことを? 尋ねようとした直前、ヒノが叫んだ。
「あっちから焼き鳥の匂いがする!」
「ちょっ、ヒノ待って、急に動かないで」
手を繋いでいる私は、自然と引っ張られてしまう。
どうやら、家畜の肉と骨を、切ったり焼いたり継ぎ足したりしながら、ダミーの手足を作っているらしい。血や臓物の匂いはそのせいだろう。
しかし、まだ疑問は残っている。私は兵士に連続で質問した。
「硝煙の匂いと煙は?」
「あちこちで火薬を燃やしてるだけ」
「悲鳴と銃撃音は?」
「兵士が叫びながら、誰もいない場所に向けて乱射してるだけ」
なるほど。傍目には、かなり奇妙な光景だろうな。
そして、最も気になっている点について聞く。
「どうして、こんなことを?」
「だってアホらしいじゃん。戦争で死んだり殺したりするなんてさ」
「……そうですね」
あまりに軽い口ぶりだったので、思わず私は笑ってしまった。
私の反応に気を良くしたのか、兵士は楽しそうに続ける。
「だから、向こうの兵士たちと手を組んで、上層部の連中を騙すことにしたんだ」
面白いじゃないか。
兵士たちの行動を、ひどいとは思わなかった。上役たちだって、これまで決して少なくない数の嘘で、国民を戦争へと赴かせてきたはずだ。
たまには国民が上役に嘘を吐いたっていい。そっちの方がフェアだろう。
しばらくすると、酒やけ兵士が、鶏肉のスープを持ってきてくれた。手足を作る過程で生じた端材を有効活用したものらしい。とても美味しかった。
◇
二時間ほどで、私とヒノは上役たちが待つ城塞へ戻った。
そして彼らに伝えた。
「兵士たちが、どこから左足を調達しているのか、判明しました」
私の発言に、ざわめく上役たち。私は抑揚のない声で続ける。
「兵士たちは、敵国の民間人を大量に殺害しているのです。いわゆるジェノサイドですね」
上役たちは口々に言う。
「なんだと!?」
「信じられない!」
「おぉ……、何という残酷な……」
驚愕、衝撃、絶望、落胆など、反応は様々。
私は半ば無視して話す。
「確かに残酷です。しかし同時に、合理的な判断だと思いました」
その真意も併せて口にする。
「民間人には、女性や子供も含まれます。女性は子供を出産し、その子供が育てば、その内の何割かはいずれ兵士になるでしょう。つまり現場の軍人たちは、未来の敵を根元から断っているのです。子供は言わずもがなです」
「し、しかし……仮にそんな方法で勝ったとしても、他国からどんな目で見られるか……」
「現場の判断で、勝手にやっていることです。いざとなれば、現場の責任にしてしまえば、上層部の皆様に害はないかと」
そう説明すると、上役たちはゴニョゴニョ相談し始めた。
案外、結論はすぐに出た。
「なるほど……。貴方の仰る通りやもしれませんな」
こうして、この問題は、しばらく様子見することになった。
◇
もう一つの国の上役たちにも、同じような虚偽報告をした後、私たちは逃げるように馬車で国を出発した。
一息ついたタイミングで、隣のヒノが私に聞いた。
「あれ、いつかバレちゃわないかな?」
「右手と左足がダミーだってこと?」
「うん」
心配そうに返すヒノ。私は優しく答える。
「大丈夫だと思うよ。触り心地とか、匂いとか、すごくリアルだったし」
本物の千切れた手足を知っている理由についてはノーコメント。
「それと、あのダミーを作ってる兵士たちは、周りの国から、かなり手厚いサポートを受けてるみたいなんだよ」
「他の国が、右手と左足を作るのに、協力してるの? 何で?」
ヒノの疑問に答えてあげる。
「あの2つの国は、お金も資源も大量に持ってる大国なんだよ。だから、あの戦争が終わったら、他の国を侵略しようとするはず。つまり、あの2つの国に戦争し続けてもらった方が、周りの国にとって好都合なんだよ。強い敵の意識が、自分たちの国に向かないからね」
ゆえに、上役たちは永遠に真実には気づかない。
だからきっと、兵士たちはこれから先も、手足を作り続けるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます